帝国ホテル、村上シェフ

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 帝国ホテルの元総料理長で、本格的なフランス料理の普及に尽くした村上信夫(むらかみ・のぶお)さんが死去されていたとのこと。

 村上さんの名前をはじめて聞いたのは、会社に入った2年目、優秀外務員の表彰式の後のイベントで、「村上シェフのお料理とお話」というのはどうですか? とイベント代理店の営業の方が話を持ち込まれたのが初めてだと思います。結局その年の表彰式は、「東京ヒルトン」で開催されたという記憶がありますが、村上信夫シェフの名前はしっかり頭に入りました。

 彼の修行時代の話も面白く(よくテレビにでられて話されていた)、一番下っ端で入って、ソースの味を盗もうと、皿やナベなどの洗い物についたソースを舐めようとすると、みんな洗剤がかかっていたりして舐められない。
 それでも、めげずにせっせとナベをピカピカになるまで磨いていたら、ある日料理長がきて、「このナベを磨いたのはだれた?」と聞かれ、「村上と○○です。」と答えると、「こいつらは料理の心がわかっている。明日からはナベも皿も、そのままにして渡してやれ」
 たしか、そんな風な話をされてたと思います。手取り足取りの現代と違って、昔は味を盗む、味を盗まれるという壮絶なバトルがあったのですね。

 味を舌に焼き付ける、まさにその言葉がぴったりです。

 で、一番印象深いのが、日経の「私の履歴書」に書かれていた軍隊時代の話。
 コック修行も道半ばで戦争に突入したため、軍隊で出征し、戦地を転戦していた或る日、上官から、「村上、何かうまい物を作ってくれ」といわれ、みたらカレー粉と其の他の食材が少しあったのでウサギを捕獲して捌いて肉を確保、カレーライスをつくって振舞った。みんな普段とは違って目の色を変えて喜んで食べてた(この頃から日本人はカレー好きだったのですね)のですが、その後もっと上の上官にみつかって、呼び出しを食らう。
 で、どやされるかと思ったら(要するに匂いで敵に所在がわかるから、ああいう香り系の食事は戦地では作ってはいけないということですね)、「村上、おれにも食わせろ」とカレーを食べた後、おもむろに「以後気をつけろっ!」と怒られた。

 履歴書を読んだのは、だいぶ前で、記憶が風化しているので話の内容が正確じゃないかもしれませんが、こういう風な内容だったと思います。

 生死をわける戦場という修羅場にほっとする話、で、やっぱり「美味しいもの」は人の心を和ませるんだなあ。と思いました。ものすごく人間臭い話でしたし、印象に残っています。村上さんのカレーが最後のごちそうで、帰らぬ人となった兵隊さんも多かったのでしょう。

 村上さん、お疲れ様でした。 合唱
 

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このページは、が2005年8月 4日 08:21に書いたブログ記事です。

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