能力差によるイライラ
会社を辞めて学習塾の講師アルバイトをしてたとき、つくづく思ったのが、「できない子の指導くらい難しいものはない」ということ。
クラスで底辺の子はどうしても、「学習する態度」みたいな勉強以前のことが問題になる。でもそれは無理ないなと思ったこともある。
マンツーマンで徹底的に1つのこと(普通の子なら10分くらいで理解するようなこと)を1時間20分教えて、そのときはわかったように思えても、次回塾に来たときは綺麗に頭からクリアされている。
よくそこまで忘れられるものだとしみじみ思うと同時に、これじゃあ、学校の授業にもとてもついていけなくて面白くないだろうな。とも思った。当たり前だけど本人も「わけがわからない」とイラついてた。
頭は普通なのにサボってばかりいるのは何かのきっかけで上昇することもありえる、こういうふうなのは全く手の施しようがない。
さて、そういう能力的にできない子は別として、割と教えやすいのは平均的な頭の素直な子。
クラスの真ん中ぐらいなやつで、あまり今まで勉強してこなかった奴は、しごけばしごくほど面白いように伸びてゆく。同じレベルのライバルもそんなには勉強していないですからね。
ところが、できる子たちを更に伸ばすのは難しいんですね。競争相手もそれなりに勉強しているし、地頭もいい。偏差値50を55にするのと、60を65にするのでは難易度がぜんぜん違う。
話が飛んで、サッカー日本代表も1990年頃まではめちゃ弱かった。代表の試合を見に行っても国立競技場がガラガラというような今では考えられない状況。
そこからJリーグが始まりどんどん強くなっていった。
いわば、偏差値40台から50台には急速に速くなっていったんだとおもう。
でもジーコの時代そして次の時代は、50台の偏差値を60台にするという作業の時代。そしてそれを成し遂げないと日本を強豪というカテゴリに世界のサッカー界は入れてもらえないでしょう。これは本当に大変な作業だろうなあと思ってしまう。
新聞ではJEFのオシムが監督候補だそうですけど、これからどういう手腕を見せてくれるのか。
現監督のジーコは現役時代はいわば世界のトップ、学生でいえば学年トップで東大医学部を狙おうかというようなレベルにいた選手。
それがいきなり、教える側にまわって、2流大学受験に四苦八苦している日本というチームを引き受けて、もどかしさはなかったんだろうか?わしがクラスの最底辺の子供たちに教えているときは、顔にはださなかったが、正直「何でこんな簡単なことがわかってくれないのかな」と思うことも時々あった。
選手のジーコからみたら、今の代表選手のレベルでも、「なんでこんなことができないのかな」とイライラしている部分もあったんじゃないのかなあと思ったりする。
そこで疑問を疑問として思うだけではなく、自分の理想と現実のギャップをすばやく認識してある程度の、修正策、打開策(妥協策とも言うが)を見出す。それが名監督なわけですけど、そのギャップの感じ方と自分の中での打開策はジーコはどうだったんだろう。
今までの日本サッカー発展に対する貢献は相当のものがあり、今の風潮のように、ジーコのことを頭から避難する気は毛頭ありませんし、専門知識のないサッカーファンとしてはこれ以上コメントはしませんが、ジーコに「そういうイライラがなかったのか?」聞いてみたい気がします。

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