赤提灯は赤い提灯
給食費を払えるのに滞納している親が増えて、本当に大変なことになっているそうです。
そこで「きちんと徴収し、払わない子供には食わせるな」という人と、「特定の子供だけに辛い思いをさせるのは教育上良くないから給食は食べさせる」という2つの意見に別れる。
現在は後者が有力で、給食費を払えるのに滞納中の家庭の子供にも等しく給食を提供しているそうです。
しかし、これが教育的配慮なのかな。払えるものでもズルして払えないのなら、やったもん勝ちというのを、自分の親が証明してるわけで。純真な子供がそれをを目の当たりにするのは教育的には誠に好ましくない気もしますが。ちゃんと払うものは払わないとそれ相応の報いが来るということを教えるのもひとつの考えなのではないかなあ。経済的に給食費が払えない家庭ではないのですから(経済的に払えない人には免除があるそうです)。
いろいろと難しい判断ですけども、どうなんだろうう。食べさせないのもあり、食べさせるのもあり、ですが食べさせるのであれば、親のほうに小額ながら強制執行をかけるなり何なりの取立てをする必要があると思います。不正の野放しは本当によくない。
ヨッキーさんの最近のカキコミでもちょっと触れられていましたけど、学校の教員も一度外でいろいろな経験したほうがいいと思いますねえ。それでどういう風に思うのか。今までの判断と変わらないのか、一度学校という隔離社会から離れて学校を見たらまた考え方や感じ方が変わらないかな、変わらなきゃ変わらないで良いんだけど(特に新卒ですぐ教員になった人は)。ただ、問題意識のない人は何をやっても変わらないか。
この前山口の母子殺人事件の判決でも話題に上りましたが、裁判官は、刑事裁判で「少年」という場合はそれだけでもう頭の中は条件反射的に「刑を軽くする」方向に向かっているのが通例なのだそうです(というかそういう判例が以前あったのでそれに拘束されているのですけど)。
ところが、世間一般の人はそうは思わない。
抵抗する母親をレイプして殺し、泣き喚く生後10ヶ月の子供をついでに殺した。これで「無期懲役」になり、少年だからと「7年で刑務所を出所」する。という刑の軽さに多くの人が納得がいかなかったわけです。死刑と無期懲役の差が大きすぎる法律制度的欠陥はあるにせよかなりの数の人が「刑の軽さ」に疑問を抱く。
被害者からしたら、少年という理由だけで「刑が軽減される」というのは傷を更に深くする訳ですし。
裁判官という職業上の「常識」は世間一般の常識とすこしずれているというのが最近話題に上っています。裁判官も先生と同じく一度職場を離れて「世の中を体験」することの重要さを叫ばれてますしそういう動きもある。何が世の中の常識ってのはなかなか難しいですが(真剣に検討し始めるとこれまた哲学的な話になる)、裁判のない日は自宅で裁判の調べ物、裁判のある日は出廷して裁判。というきわめて狭い世界で生きていたら、世間一般のあらゆる事象に的確な判断を下すのも無理があるのかもしれない。
そういえば、とある人の体験談で「赤提灯」といううのは、「赤い提灯」としか想像できない裁判官がいたらしいですけど、「会社の帰りに赤提灯に寄った」という言い分は、その裁判官には何のことかさっぱりわからないんだろうなあ。
こんな人に、裁判を担当して欲しくないと思うのはわしだけでしょうか?

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