救急車で運ばれる?
先ほど、姉のところから昨日救急車で親父が運ばれたという連絡があり。
電話口でケラケラと笑っているので、どうせたいしたことがなかったんだろうなと思ったら、案の定。
救急車で運ばれた原因は「擦り傷(爆)」
生死をさまようような傷だとか長期入院が必要な傷なら、すぐに子供に連絡がありそうなのに、わしにも姉にも一切連絡がなかった(笑)。子供が知ったのは今日になってから。
ちょうど母親が、デイサービスに行っていて、本人が一人で留守番してた間に転んだ(この辺は不明、転んでないのかもしれない)のでパニックに陥った様子。あわてて子供に連絡するかと思いきや、そのデイサービスの施設に電話して母親を呼び出したとか。もう母親もちゃんと電話を聞いて、119番に電話して、救急車を差し向けてというような事務処理ができるレベルの判断力はないので、多分そこの職員の方にいろいろと面倒を見てもらったのだと思います(施設の方大変ご迷惑をおかけしました)。
でもって、今日はまた「擦り傷の治療のために」何と「日赤病院へ」出かけているらしいです。大病院は順番待ちが大変なんだけどなー、しかも土曜日だし。そういうことは全く意に介していないらしい。ご近所の病院行っても、傷薬塗って終りくらいなもんだろうに、それを平気で待合室で何時間も待つ感覚もねえ。
いやー、救急車という公共財をくだらないことに使った上に、無駄な医療費を更に使わせて世の中の人には誠に申し訳ない(深く謝罪)。
病院の先生から「今はまだらボケの状態だからしばらく(2、3ヶ月)施設に行ったほうがいいのですけどね。」といわれている状態なので、擦り傷なんかよりそちらのほうがはるかにヤバイのですけど、自分では「正常なつもり」なんで困ったもんです。
あちこちから郵便で送られてきた書類を見ても「わけがわからない」、だから重要な書類なのかどうでもいい書類なのかわからないから、とりあえず全部袋に入れて持ってろといつも言うんですが、帰省すると「訳がわからない書類」は、わけがわからない親父の頭で整理され(なぜか株の配当金の支払いなどというような金目ものは目ざとく見つける)、更に訳がわからない状態になってます(苦笑)。
でもねえ、自分も何時そういう状態になるかわかりませんよねえ。若年性の認知症も最近多いし、若年性でなくても何十年かして、親父のように超自己中心的な身勝手なボケ老人になったらいやだな。なんだかため息がでてきます。
痛風体質から何から、どうも病気に関しては父親の血を受け継いでいる部分も結構あるんで特にそう思います。物の見方考え方は母親にどちらかというと近いのですけど、脳はどちらのほうが出てくるか? どちらになっても遺伝だからしょうがないと思うけど、不安ですよね。
爺さんは明治24年生まれで84歳まで生きた。この爺さんは若い頃はすごく短期で家族は大変だったらしいですけど、歳を取ったら凄くいい人「温厚な爺さんになった」。しかも、ボケも余りなく、お宮参りを毎日欠かさず、最期はお宮参りの途中の石段で心臓が急に痛くなってほとんど苦しまずに亡くなった。多分10秒も苦しんでないんじゃないかな。
近所の人が、うちの爺さんにあやかりたいと当時言われてたのは、その寿命(明治生まれの男性で84歳はかなりの長寿)や亡くなり方、ボケなかったこと いろいろあるんでしょうが、わしも今ぐらいの年齢になって、そのあやかりたいという気持ちがやっと現実的にわかるようになってきた。
姉は、爺さんを見習えと父親に前々から言ってたけど、結局見習わなかったな。とはいえ身勝手な父親といえども、完全放置しておくわけにも行かず。難しいことです。しかもこれから先が全く見えないのでねえ。

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