あいべっぐゆあぱーどん?

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 なんだか最近は普通の公立の中学高校に「1年単位雇用の外国人のネイティブ先生」がいるんですね。前からちょっと気になってたけど、英会話の習得に効果はあるのかな。

 外国人の先生を連れてくるのはかまわないが、一番大変なのは「英語の先生」なんじゃないかな。

 「英語の先生」って英語がぺらぺらだと思うだろうけどさにあらず。カナリ怪しげなのもたくさんいそうですよね。

 高校生の頃、隣の鳥取県の某高校に交換留学をしているアメリカ人(だったと思う)女性が高校に遊びに来て、その様子を地元のローカルテレビ局が放映した。

 ところが、その女性が高校にやってきて、案内のMという英語教師が、「うぇるかむーとぅーあわーはいすくる、、、」と必死に歓迎の辞を述べてる最中、その女性は、ニコニコ&はてな な様子。どうもあまり通じてなかったみたい(笑)。英語教師の中でもネイティブとマトモに話ができるのは、殆どいない(高校では大抵Uという英語教師がアテンドしてたので、そいつは話せたみたい)と聞いていたが、現実がテレビで公衆の面前に流されるとちょっとね。

 高校の英語教師を長く務めていると、確かに「仮定法過去完了」だの何だの、受験用の英語は抜群にできるようになりますが、悲しいけど「ちゃんとした英会話」はおざなりになってるのか。

 それでも、まだ高校の英語教師はまだ程度が良くて(採用時の学力試験は高校のほうがレベル高い)、中学の英語教師はわしらが習った頃はそれは悲惨でした。

 今の若い教師は、録音録画機器が昔とは比べ物にならないくらい発達してて、話す聞くを大学の間にきちんと学んだ人が多いので、能力は格段に上がって昔ほど、全く会話が通じないという人は少なくなったかもしれません。でも、全国あまたある「公立の中学、高校」では、ロクに英語が話せない英語教師がまだまだたくさんいると思う。

 で、そんな英語教師のところにネイティブのセンセイが派遣されたら。。。。英語力が悲惨なのが、バレバレじゃないですか。冒頭のように、英語のネイティブで一番困るのは英語の先生じゃないのかと。英語の教師が学校で2,3人という小規模の学校だと、イヤイヤながら通訳もしなきゃいけないし。

 そういえば、大学で英文科とか卒業すると、外国の安宿で、大学の話をしたがらないって聞いたことがありますね。法学部卒ですとか文学部で日本史やってましたなんてのなら、英語が話せなくても問題ないんですが、英文科卒なら「それなりに、話せる」と周囲が思いますからね。しかも、安宿には学校では全く習わなかったけど、海外に何年も出かけて、英語を体で覚えたという使い手(文法とかそういう堅苦しいことはわからないが、よく通じるんだなこういう人たちの英語)、もいますからねえ。

 そうそうそれで外国人来訪者を迎えたMという教師。
 事前にクラスのやつに、「お前ら、よく聞き取れなかったら あいべっぐゆあぱーどん(語尾上げる)? 、って聞きなおすんだぞ。」なんて念を押したから大変。

 「あなたのご趣味は?」
 「あいべっぐゆあぱーどん?」
 「あなたのお父さんのお仕事は?」
 「あいべっぐゆあぱーどん?」

 田舎の高校生ですから、テレビカメラに極端に緊張したからでしょうか、ズタズタで殆ど会話にならなかったそうです。それでテロップで「日本の高校生は、読み書きの能力に比べて会話力が極端におちる」とか流されたそうですが(笑)。

 わしは当時下宿でテレビがなかったので見なかったのですが、同じクラスのやつが詳細にその内容を教えてくれました。彼いわく、「中学1年レベルの会話すらみんな、アイベッグユアパードンだもんなー、頭悪すぎ」って笑ってましたが。

 わしは学校を卒業しても英語をきちんと学ぶことはなかったですが、メーカーやその他いろいろな会社に就職した奴は、仕事の必要性上MBAとったり、海外駐在経験が長かったりして、相当な英語の使い手になっているのも多いです。英語を教えるという技術は別として、英語力は学校の教師の何倍もついてるんだろうな。

 でもね、高校当時クラスのトップレベルの英語力があり、超一流大学を出て、海外に5年も6年も駐在員で行ってた奴が、「いやー、映画の英語は難しいよ。聞き取れんよ」と飲みながら話してくれるのを聞くと、語学って本当に奥が深いなと思います。

コメント(5)

ゆーくこん :
語学は学ぶ事に終わりがありません。アメリカ人でも教養のある人は英語クラスを取ったりしてますね。日本でも「上手な書き方教室」に行くようなもので。私も日々自分の日記で日本語いろいろ教えてもらってます。 耳は簡単に慣れます。だれでも英語圏の人と話す機会が少しあれば聞き取れるようになり、決まりきった日常フレーズも覚えます(例、私)。でも、文法や単語/熟語力はそこから必要になるので、必ず受験英語に感謝する時がくるはずなんです、英語が必要になる人は。慣れてしまえば聞き取れない原因は単語の意味を知らないから、だからです。でも今は中、高校では、会話の教科書もあるようなので先生も上達してますよ、きっと。 あ、そうそう、日本人が日本語について質問受けて答えられないのと同様、アメリカ人も話してるからといって語学のセンスが有るとは限りません。特に田舎から行った人。都会では耳が慣れてるから日本人の英語もかなりわかる確率が高いけど。 ところで、なんでこんなに私をエキサイトする話題の日記なんですか? 私は「なぜ日本人(自分を含む)に英語が大変か」のうんちくを述べてるヒマに1語でも覚えろ、と思っているので、こういう話しは自分ではしない訳なのです…。今はさぼってるんです、もうずっと…。いかーんです。仕事中に辞書引いてゲームしてる程度の気分…。いかんです。
遠藤 :
こんにちは。今年は幼稚園から大学までたくさんの学校で教えていますが、英語の先生の公立、私立、中学、高校の差はあまりないように思います。「その人による」ということのようです。 私も発音は低レベルだと思いますが、それでも「話す内容」があれば通じるものです。 国際学会で30分お話をしたりする機会もありましたが、終わって「おまえの英語はひどがったがまあ、英語を聞きに来た訳じゃないし、内容はわかったよ」と言われたことがあります。 今後の教育界の課題は小学校の英語必修にどう対応するかです。英語は試験でも免許的にもほとんど必要とされてこなかった小学校の先生がどうやって英語を教えてゆくのかは課題が多いと思います。
よっきー :
ここにいらっしゃる方々は国際的な方が多いので、私などの考えは遠く及びませんが、現役中、小学生の親として。月に数回の英会話が効果的とは思いません。ただし、力にはならなくても興味をもつきっかけとしては有効だと思います。授業時間が減って学力低下(公立)が甚だしいのですから、英会話の時間を取るなら他の科目に力入れて欲しいのが本音です。私だけじゃなく、周りの学校友達もそう言うママは多いですね。だって英会話、やりたいお子さん(親御さんかな?)は、英語教室行きますからね。 私、仕事やめたら全く話せなくなりました。とほほー。
よっきー :
おけさん、 ぷりーずどんとまいんどいっと です(笑)
okesan :
>ゆーくこん >語学は学ぶ事に終わりがありません。  米国の大学院でMBAを取ったレベルの人も、常に英語に日常に接してないとあっという間に能力が落ちると、ラジオで英語会話とか聞いてたりしましたね。あの努力は凄いと思ったけど、そうでもしなきゃすぐ離せなくなるらしい(といっても話せるレベルが違うんだろうけど)。さらに能力を高めたいという意図もあるんだろうし。  ネイティブでも、20年その国の言葉を使わないと話せなくなりますから。 >必ず受験英語に感謝する時がくるはずなんです  これは間違いなくあるんだろうな。受験英語やってないと、関係代名詞や仮定法過去完了なんてわからんもんね。  受験英語は使えないといわれるけど、やっぱりスラングだらけの英語より、古めかしくても正当派の英語を使ったほうが相手もちゃんと認めてくれそう。 >遠藤さん  そうですね、公立の小学校の英語教育って、一体どうするんだろう。わしも英語より前に国語力(日本語力)をつけないとダメダメだとおもうんですが。あと算数もきっちり。  理系の人間でも最後は、論文書いたり説明をするのに日本語能力は必須ですし、算数は計算はもとより、日常生活あらゆるところで「数学的思考の元になる」ものですからね。これはバカにしているけど、意外と重要です。  読み書きそろばんとなんて昔の人もちゃんとその辺わかってたんだろうな。  ああ、遠藤さんもそうですけど、専門用語は習得したいですね。映画がわからなくても、専門用語がわかれば、全然違う。年金=pension なんてのは、普通の人はぴんと来ないもんなあ。 >よっきーさん  小学校から英語ってたぶん、「はろー、まいねーむいず。。。」なんだろうな。そんなんだったら日本語勉強させろってことですよね。  シンガポールが国際的に発展するのは英語教育云々とか主張する人もいますが、あの国は「マレー人、華人、インド人と全く言語の異なる人が混在してる国ですし、そういう環境だと英語をつかうのが民族対立を防ぐために無難」なんですね。  あと教育をするテキストが自国語で作れないというのもあって、パキスタンの高校生のテキスト(物理)を見せてもらったけど、全部「英語」でした、ウルドゥー語で初等、中等教育ができても、それ以上の語学インフラ(その国の言葉で高等教育ができるか否か)までは整ってない。  国によってはいろいろな面で、英語を学ぶのは必然(できないと差別される)なんですけど、日本はそういう必然がないですからね。逆に日本語ができないとちゃんとした職につけない。

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このページは、が2006年9月23日 10:17に書いたブログ記事です。

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