お祭りの記憶

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 もう12月も5日になってしまったか。
 ガキの頃の12月は、お祭りに始まり大晦日に終わる。で、1ヶ月が結構長かったな。それに比べて最近の1ヶ月の短さは一体なんだ(汗)。

 ぼんやりと、webニュース見ていたら、田舎のお祭りの記事が出ていた。
 時代が時代で、子供は親の言うとおりの人生をまなければならない時代なら、わしもこの船に乗っていて櫂をこいでいたかもしれませんね。田舎ではこういう行事に参加してやっと一人前に見られるということがありますから。

 普段は静かな漁村でも、お祭りの日だけは神社前に露天が出て賑わい、小学校は半日授業で午後はお休み。ランドセルを放り投げて臨時に貰ったお小遣いを握り締めて、神社にはせ参じたものです。お参りはまあ付け足しで、なんと言っても露天を冷やかすのが楽しみ。

 しかし、観衆が300人かぁ、ますます過疎が酷くなっているのかなぁ。偶然今年は日曜日にあたったのに(昔どおりであれば、曜日に関係なく日にちでお祭りは行われてますから日曜日に遭遇する確率は7年に1回)。露天はいくつぐらい出ていたんだろうか。

 中学はお祭りだからと学校が休みになることもないから、お祭りは小学校6年生までしかみていないはずなのに、ものすごく懐かしく感じるのは、子供の頃の印象が大きく引きずるからなのでしょうね。

 昨年叔父が亡くなり、母親の実家とももう縁が切れそうだし、数年前に家を売ってしまったから、老後にわしがこのお祭りをみることもないでしょう。老後に田舎に帰る予定だといってもここには帰りません。

 人生を振り返ることより、前を見て歩くほうが絶対重要だけど、時々昔の記憶をフラッシュバックさせるような記事がでていると、うーんと思わず懐かしさに読み入ってしまいます。わしもそんな年なんだろうな。

 お祭りが終わると本格的な冬到来、まもなくして学校も冬休みに突入。山陰も雪のシーズンに突入します。

 冬の季節風の強い日は、気温もぐんと冷えるけれど、雪はあまり積もらない。道路がカチカチに凍結して危ないだけ。これは風情がない。

 しかし、風が強くない冬型の気圧配置の日、寝る前に窓から外を見ると街灯に照らされて音もなくしんしんと雪が降っているのがみえる。そんな雪を見た後眠りにつき、朝起きてみると一面の銀世界。
 もう子供ですから、そんな日に学校に行くのは楽しくてしょうがない。あの音もなく雪が降ってくる夜の景色がとても好きだった。田舎なので本当に雑音がないんです。

 今と違って、雪が積もるとしょっちゅう停電が起こったりして(電線が切れたりするんだろうな)、ろうそくの火の中で暖かくない電気コタツ(石油ストーブは使えたから凍えることはなかった)に入って母親と電気が復活するのを待つ。不便なだけで幻想的でも何でもないんだけど、そんな時間も意外と好きでした。

 「清少納言枕草子第一段」
 冬はつとめて。雪の降りたるはいふべきにもあらず、霜のいと白きも、またさらでもいと寒きに、 火など急ぎおこして、炭もて渡るもいとつきづきし。

 冬は早朝が一番すばらしい。雪が降っている時はいうまでもなく趣が深く、霜が真っ白におりているのもすばらしい。また、そうでなくても非常に寒い時に火などを急ぎおこして、炭をもって(廊下などを)通って行くのも非常に似つかわしい

 雪の降った朝の景色の美しさは平安時代も今も変わらないんですね。寒いのは以前も書いたけど絶対いやですけど、朝の雪は、足跡も車の跡もほとんどなく、本当に綺麗です。

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このページは、が2006年12月 5日 22:38に書いたブログ記事です。

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