捏造じゃなければ報道していいものやら
なんだか堅い話が続いて、雑談とはちょっと遠いようなここ数日の日記ですが。
捏造は絶対ダメダメですけれども、じゃ捏造じゃないなら何でもOKかというとこれがまた悩ましい。
昔、某テレビ局に年金博士というのが出演していて、年金額を増やしたいなら「5,6,7月に残業しなさい」なんてやってた。
知ってる人には常識だけど、1年間の保険料の基準は4,5,6月の給与で決められます(以前は5,6,7月だった)。それで決められた金額が9月から1年間続くのが原則(大幅な上下がない限り)。だからその3ヶ月残業をすれば保険料が上がる=年金が増えるという図式。保険料を下げたいならその3ヶ月はなるべく残業をしないことになる。
でもねえ、前も書いたと思うけど、残業なんて自分で勝手に「この月はやる、この月はやらない」なんて一社員が自由裁量でできるわけもない。
つまり理屈は正しいんだけど、実現性については限りなくゼロ(残業を自発的意思でできてし放題な特別な会社なんてねえよ)なんです。
こういう「正しいんだけど、実現可能性が限りなくゼロ」なものを有益情報として報道していいものやら。間違いじゃないし捏造でもないし、倫理に触れないのだから問題ないという人もいるだろう。でも現実的でないものを堂々と報道するのがいいこととは思えない。
健康番組でも、「実現不可能なことを説く場合」が結構あるように思う。
納豆がいい、黒酢がいい、黒ゴマがいい、コンブがいい、レモンがいい、なんちゃらがいい、、、じゃまとめて全部腹いっぱい毎日食うのか?そんなことが可能なのかってなことになる。人間の胃袋なんて限界があるんだから、いくら健康食品とはいえ、あらゆる種類の健康食品を毎日大量摂取は無理だわ。健康食品だって大量摂取したら害になるかもしれないし。
少しの量ですみ、かつ毎日持続性があるような食品ならともかく、そういう毎日食えない量の摂取や毎日できるはずもない下ごしらえなどは、「非現実的な摂取量や摂取スタイルを完全に無視した」空論にすぎないということができますよね。
そういう報道はしていいものだろうか?よくわからんけど、考えると悩む。
☆☆☆
昨日のたみさんの書き込みで、「僕はかなり前より残業代ゼロなんですが、けっこうこういう会社多くなってません?」ってのがありました。
多くなっているのかもしれませんが、これは世の中に「違法な会社が増えた」というのが正解なんじゃないですかね。
残業代を出さない、ホワイトカラーエグゼンプションなんてのが議論されてますが、今の法律運用上では残業代を出さずにすむ対象者は限られている。課長とかいう肩書きをつけられても本当は「管理監督者」でないと「残業代は支払うべき者」なんですよね。それを残業代をセーブするために「課長代理」とかわけわからん職種を作って多くの会社がごまかしてる。でも本来こういう人たちは管理監督者じゃないから、残業代の対象になる。裁判やったら会社が負ける事例多いと思いますよ。
年俸制を実施してても「残業代は払う必要がある」し、営業職だって「残業代ははらう必要がある」、労働法の世界では常識だけど、世の中はそれを常識とは思わない。現実と法律の条文があまりにもかけ離れ始めたために、一般の人が何が何だかわからないようになっているように感じます。
サラリーマンの対処も難しく、そんなことで会社にたてついても居心地はさらに悪くなるし、場合によっては干されてしまう。業績が悪くなったら真っ先に首を切られる対象になるかもしれない。だから「言いたいことを飲み込んで我慢する」こともしょうがないのかなと思う。
でもね、100%我慢は良くない。やるときゃやらなきゃね。
たとえば、過労でダウンして身体に後遺症が残るようになった(脳梗塞とか)、あるいは死んでしまった。そんな時は会社に遠慮している場合じゃない。オーバーワークしてたら会社の安全配慮義務違反を主張し、残業代も取り返さなきゃいけない。でもそういう場合には「法律のイロハのイ」くらい知っていないと、労働弁護士とか労働組合とか行政(労働基準監督署)に救済を求めるなんてことすら思わないですよね。そういう場合のことも考えてある程度は「一般的法律常識を備えておく」というのは、生活をしていく上で必須のことのように思えます。法律常識がわからなければ法律常識を教えてくれる人と友達になっておく。そういうことってとても大切ですよね。

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