今日は成人式か
今日は成人の日かあ。
あのクソ暑い成人式(わしの田舎は夏のお盆に成人式をやっていた)から数えて2×年、思えばオヤヂになったもんだ。成人式だからといって特別なことは全くなく、式だけあって終わったら定番のアルバム貰って帰宅しただけだったな。同級生もいっぱい居たはずなのに、お茶を飲もうということすらなかった。田舎だからそういう店すらなかったのが原因だったのかもしれない。
毎年のように相変わらずバカが騒ぎを起こしているようですが、寂しいのか目立ちたいのか。20歳の頃のやんちゃはまだ可愛い気があるけど、もう5-10年しても相変わらずやんちゃやってたら、世の中から相手にされなくなるから気をつけないとね、と思うんだけど本人が自覚しないとどうしようもないからなあ。
ホワイトカラーエグゼプションという制度の導入で政府与党が揉めています。この制度、一言で言うと、ある一定の年収以上の人には残業代をなしにして働いてもらうという働き方なんですけれど、これに対する安倍首相の発言にはビックリ。
「日本人は少し働き過ぎじゃないかという感じを 持っている方も多いのではないか」と述べ、労働時間短縮につながるとの見方を示した。さらに「(労働時間短縮の結果で増えることになる)家で過ごす時間は、 例えば少子化(対策)にとっても必要。ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)を見直していくべきだ」とも述べ、出生率増加にも役立つという考えを示した。
ああ、安倍首相は、残業代がないならみんなバカバカしいから早く帰って仕事しなくなる=総労働時間が減るって考えているのか。うーん、そういう考え方をする人が居るんだな、ビックリした。
現実見たら絶対無理なのにね。一従業員が周囲が残業しているのに残業しないで自分だけ変えれると思っているのかな。
残業代なしなんてことになって、しかも該当者は一定年収以上の者ってことになったら、そういう人はもっと働かせられますよ。それが普通の見方。
事実労働組合側は、「猛烈に反対」しているようですし。でも、安倍首相は、なんで労働側が反対するのかわからないのかもしれませんね。
この手の制度は、大抵は「残業代逃れ」の裏道として使われちゃいます。アメリカの制度の模倣らしいですけれど、アメリカではどうも違う形で運用されているようで(すいません、この辺勉強不足)、形だけ導入したに過ぎないもののようです。
さて、この問題と成人式がどう関連付くかということなんですけれど、
わしは、若い人には期待していた部分があったのです。というのは、割とドライな考え方をしている人が多いから、昔と違って、会社と従業員は親と子とかそういう前近代的な考え方から脱却していけるのではないか。
そうすると、「タダで残業をする」とか「会社のいいなりに違法行為」をする。というような、よくない日本の労働環境を変えていけるのでは。と。
外国人は、この点はドライな様子で「金出さないのになんで会社のために働かなきゃいけないんだ」ってのが多かった(もちろんエグゼクティブはそういう意識は薄く日本人より猛烈に働いているけれど)、事実日本に働きに来た南米からの出稼ぎの人たち見るとその辺の意識は徹底していた。
しかし、日本の若者、、、期待していたのに何か変。
仕事に対する意欲とか規律とかいうものは少しずつ崩れてゆき労働者としてのモラルは下がり、でもタダ働きの残業等に対する異議など正等な権利に基づくものに対しては何もしようとしない。わしの個人的な見方で統計的にデータがあるわけじゃないけれど、これじゃ最悪じゃないですか。
自分のことは自分で守らなければいけない。たとえば労働環境が悪く、毎日深夜まで残業してて体を壊しても会社は何もしてくれるわけじゃない。過労死しても会社は線香すらあげにきてくれないかもしれない。
そういう場合は、どんなに大変でも自分で自分の身を守るためにあるいは家族の生活を守るために、身を張って戦わなければいけないのに、そういう気概はあまりないみたい。
いや本当にまずいんですよ。大人になったら、誰も守ってくれない。大切な家族が居るのに働きすぎで過労気味になってたら、奥さんとよく話しをして、何かあった場合に備えて生命保険に入るなり、最悪の場合は転職するなり、組合に相談するなりいろいろと考えなきゃいけない。
誰ががこういう人生で生きることを教えなければいけないのですが、この前お話をしたM君なんかも、社長のいいなりで、結局いいように使われている(しかも給与未払いで)。で、自分からは何も使用としない。こういう場合に「自ら出る所でる」気概がないと本当に、こちらが何のアドバイスもできないのです。気持ちがあればあとは誰かがアドバイスして助けてくれるのですけれどね。
