仕事の向き不向き
なんで母親の性格が似なかったかといつも残念なのは、わしには几帳面なところがないこと。 昔から、小遣い帳とかつけるのが大の苦手で、その辺はものすごくいい加減だった。
一方母親は、そういうことが大好き。小さい頃からわしは、毎日家計簿をつける横に座って、「1円あわない」と真剣に悩んでいる母親の姿を見ていたので、税金の申告時期になると、せめて母親の性格の10分の1でもあって、毎日適当にでもいいから帳簿をつけていたらここまであせって苦労しなかったのになと思う。
社労士の行う業務の一つに給与計算がありますが、わしは頼まれても受けない。その理由の第一は、「一人で経営している事務所で、わしが病気等の何かの理由で倒れてしまったら、給与支払いが滞ってしまう」ということ。給与の遅配は絶対に避けないと、クレジットカードやローンの引き落としなど、モロに生活に影響が出てくることが十分考えられるし、従業員としても他のことでは我慢しても、給与の遅配だけは我慢できないことでしょう。でももちろん理由はそれだけじゃない、第二の理由が「わしがそういう細かい数字が苦手」ということがある。
数字自体は苦手というわけじゃないと思う。
今から老後を迎えて、必要な老後資金はいくらくらいで、年金額はいくらぐらいでなんて試算をやるのは嫌いじゃない。むしろ楽しい。そういう計算はアバウトでいいから1万円くらい違ってもへでもないですからね。でも、給与計算は1円でも違うとヤバイ、これは相当つらい。
で、先週からいろいろと同業者と話をしていて、やっぱりみんな「給与計算には苦労している」という話で盛り上がった。 同業者が顧客の給与計算の部分を持ち寄りで、給与計算センターを作ろうか という話も一部ででてた。
元々が、会社が自前で給与計算をするのが大変なので、税理士や社労士に給与計算を振るというのがスタート時点なのだから、賃金計算自体が面倒くさいし大変な事務であるというのは当然。で、それを請け負った社労士も事務所の経営基盤が安定しないうちは喜んで受けるけれど、だんだん大きくなってくると「給与計算は神経を使う割にはおいしくない」仕事で、苦痛かつ重荷になってくる。そんな感じなんだろうな。傍目には、普通に給与計算を企業から受けている社労士も「生活もあり、いろいろな事情があるので受けている」だけで、実際はできれば避けたいと思っている人がわしが思った以上に多いのが現実みたい。これは新鮮な驚きだった。わしだけが給与を苦手としているわけじゃないんだな。給与計算を受けないのは単なるわしのより好みなのか。
コンピューター時代だからなんでもコンピューターソフトが計算をやるなんて思っていると大間違い。計算自体のミスは確かにないんです。
が、今日も同業者のO君と話をしていたのだけれど、給与計算についてコンピューターへの入力の前提自体が間違っている会社があったとか。いやそれなら何をやっても正確な数字は出てこない。しかもそれがわからないままに普通に処理をしていたとか。知識がないと間違っていることすらわわからなくなる。
わしの税金額の計算も同じで、入金、出金の帳簿を付け終わったら(帳簿をつけるというより入力をするという感じなのだが)、あとは機械任せ。でも、何か不安なんです。貸借対照表や損益計算書が自動的に出てくるけれど、誰かにこの数字はなんでこうなりましたか?と聞かれたら、何も答えられない。
最近は、コンピューター用のどんどん便利なソフトができていますが、やっぱり仕事の向き不向きとか、正確性を持つための前提知識とか、仕事の資質ってコンピューター化してもあまり変わらないのかなあと思ったり、そうなるとドンドンコンピューター化してもわしのような、細かい数字が苦手な人間は「給与計算をやっちゃだめだ」ってことになるのか。

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