祭りのこと

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 今日は1日年金教室で出払っていたけれど、浅草では三社祭が行われていたらしい。

 でもって、再三の警告を無視して、やっぱり神輿の上にのったバカがいたらしい。

 神輿の上にのるようなことがあったら、来年からは宮出しをしない(神輿を出さないという事か)という警告が事前にあったんだけど、全く効かなかったんですね。

 お祭りといえば、楽しいものということがまず浮かぶけれども、神事と考えると、それは違うんじゃないかな、思った以上に大変なもの、神話の国のさらに神話の世界に育った人間はそう思います。この話は前にしたことがあるかもしれないけれど、もう一回書きますね。

 お祭りの準備は物凄く長い時間を掛けてますよね普通、本当に地味な事の繰り返し。

 わしの田舎では、小さいお神輿が地区、地区にあったが、それ1つだけでも大変だった。
 毎月1日、15日、28日には朝必ずお供えとお神酒をもってお使いで、そのお社があるところまで上がっていってた。其の他節分、桃の節句、端午の節句、そういう時期には特別にお供えをもっていく。それだけでも結構わしは面倒くさいと思った。

 お正月前には、子供たちが幟を立てて、準備をする。

 それで、神輿が家にくるのはほんのわずか(2日だけ)。お立ちの日にはおみこしが練り歩くが(といっても人が少ないから大したことはない)、そういう晴れの日は長い長い積み重ねの上の一瞬なんですね。ましてや町の神社のお祭りの準備期間の長さといったら。
 だから、蝉の幼虫の時期と成虫の時期だと思っている。お祭りのフィナーレは7年をかけた2週間みたいなもん。

 博多の祇園山笠も岸和田のだんじりも、祭りに関しては前の祭りが終わった時点から準備をしているはず。山笠や鋒の引き手は昨日今日集まった人間だろうけれど、祭りを主催する人は気の遠くなるような準備をしているんだから彼らの言う事を聞かなきゃ話にならん。

 三社祭も似た様なもので、神職の人とか神社のお偉いさんは、いろいろと1年かけてあれこれと準備しているんだろうな、そういう人が「神様への冒涜だから絶対するな」といっている。

 それを、単純に「お祭りで騒げればいい」というようなのが出てきて、騒いで平気で禁を破る。

 それは主催者も怒るだろうなと思いますよ。

 最近は、地味な祭りはどんどんすたれ、勇壮な祭りは残る傾向だと思いますが、そのの勇壮なものでも、「全く祭りの趣旨を理解していない」のが多く参加するようなのが残るのはとても寂しい気がします。

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このページは、が2007年5月20日 20:40に書いたブログ記事です。

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