継続は適当心から

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 日記1日飛びました。まあこういうこともあります。

 年365日を目指しているけれど、350日くらいしか書けません。それでもまあほぼ毎日なんで凄いなあと自分では思いますけれど。

 昔、本を読んでいて、イスラム教徒のお祈りの話がでていました。
 彼らは1日5回のお祈りを義務付けられている。ところが人間ですから、かなり敬虔なイスラム教徒でも、お祈りを忘れたり、間に合わなかったりすることがある。

 その本の筆者も、イスラム教徒と話し込んでいて、お祈り時間を忘れてしまったそのイスラム教徒は「あ、お祈り忘れた、でもこれは神様からの(時間の)プレゼントだ、たまにはいいだろう」と自分を納得させていたそうです。

 今はお祈りの時間だからと認識しているのにサボるのは悪だけれども、お祈りの時間自体を何かしていて忘れたり、あるいは旅をしていたりして物理的に無理な状況である場合にはしなくても良い。

 宗教的に許される事か否かはわかりませんし、許されてもかなりいい加減な事なのかもしれませんが、そういう柔軟さがイスラム教を広める原因となったのかなあと思ったりもしました。

 いい意味での適当ですよね。できる範囲でできる事をしないと逆にストレスがたまってしょうがなくなる。

 ブログもある意味適当に書かないと、続かないのかなと思ったり。

☆☆☆

 土曜日は撮影、日曜日は年金相談会でした。

 日曜日の相談会は「大チョンボ」発生。  そろそろ、、、あちこちでボロがでてきているので年金相談会も引退せないかんかも。

 てことで疲れたので午後11時に終身。ブログは早朝にUPしてます(例によって日付は23時に戻してます)

コメント(2)

いもちゃん :
>彼らは1日5回のお祈りを義務付けられている。 おおおお、義務だったんですね。 知りませんでした。 うちの息子は○○国際高校にかつて通っていました。 その学校には世界各国からの留学生がとっかえひっかえきているそうです。 イスラム教の国の生徒は、授業中でも お祈りの時間がくると、お祈りをはじめるそうです。 先生も、それは尊重してるそうな。 >ブログもある意味適当に書かないと、続かないのかなと思ったり。 OKESANの日記は、いつも力作ですもんね。
okesan :
>>いも幹事 おお、そうでしたか、尊重するのがいいと思います。 宗教の重みって、日本人はわからないですよねえ。 バックパッカーで、ビーフカレーをヒンドゥー教徒に食わせたり、とんこつラーメンをイスラム教徒に食わせたりといういたずらを自慢したのもいました。が、宗教的冒涜は「容赦なく嬲り殺しにされる」危険性がある(しかもそれは正義だったりする)んですが、本人たちはそんな自覚が全く無かった。いや怖いことです。

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このページは、が2007年6月24日 23:53に書いたブログ記事です。

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