再び銀山ネタ
わしは、一応松江市の出身となってますが(本籍地松江市だから間違いではないですが市町村合併で松江市になったのは2年ほど前なのでどうもしっくりこない)。生まれたのは中国山地の山の中、母親の実家に近い所です。
でもって、父親の実家に行くとき、大抵は江津という町を通って鉄道を乗り換えていたのですが、たまに「大田市までバスで出て、そこから鉄道に乗って松江方面に」ということもありました。
そうすると、このバスは見事に銀山のある通りを掠めて通ってたんですね。ところが、銀山があるのは知っていたが、本当にあの辺りは「寂れた山村」で、誰も訪れない場所だった(たまにはお客も居たのかもしれませんが)、まさか銀を掘った後がそんなに価値があるなんて誰も思わなかったのでしょう。あれこれと連れて行ってくれる親でしたから、わしがガキの頃に有名な遺跡なら1回くらいは行っているはず。ところが、銀山に行こうなんていわなかった。多分観光開発もしてなかっただろうし、親も気にも留めなかったようなもの。着実に自然に戻ることを運命付けられていた遺跡でした。
ところが、ある時期から急に騒ぎ出し(たように見える)、最後に世界遺産登録。
形勢不利だったのを逆転した決め手となったのが、「自然に配慮した鉱山」だったからだという事を聞きました。乱暴に開発をせず、木を切ったり、森を破壊したりしないで、自然と共生をして鉱山開発をした。それが高く評価されたのだということです。
もし、荒れるに任せる開発をしていたならば、銀山跡は目立ったけれど、今回採用にはならなかったのかもしれない。そういう意味では先人に感謝です。が、静かに遺跡を自然に戻らせてもよかったのかなという気もちょっとする。それだけ早く自然に溶け込み自然に戻り始めていたようなのですが。
一昨年、亡くなった叔父のお見舞いに行くためこの辺を通りました(ついでに銀山にも寄った)が、昔とは考えられないくらい道が整備されていました。しかしもっと整備しないとこれから大変になるんだろうなあ。
そうそう、高校時代下宿をしていたのですが、そこのおばさん(もう亡くなられた)は、まさにこの付近の出身でした。母親と父親が結婚して最初に住んだの大田市(銀山からちょっと離れているけれど)の山の中の学校付近。
世界遺産としてではなく、自分の人生の中の一部としてこの辺のことは懐かしく思い出されます。
山陰で言えば、鳥取砂丘を山陰海岸といっしょに世界遺産なんて声もあるらしいですが、うーん、いけどもいけどもな絶望的広さのサハラ砂漠などみたら、、無理な気がしますけど、どうなんだろう。
今日の世界遺産(TBS)は、石見銀山ということですから、これは見なければいけないですね。普段は仕事している時間なのですが。

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