普通でいること
O君から電話がかかる。 遺族年金の話。
父母が離婚して、母に引き取られ、その母が病気で亡くなった。ですと。
残された子供は14歳(中学生)。結婚している姉はいるらしいんだけど。
うーん、聞いてているだけで気が重くなるような話だな。子供の事を思うと、やりきれん。親戚に養子ということで引き取られるらしいんだけど、14歳ってまだまだ母親の愛情が欲しい時期。
29歳で亡くなった将棋の村山聖(幼少時にネフローゼ発症)が、20歳になったとき、「自分、20歳になるまで生きていられると思わなかったのでとても嬉しい」という発言をしていたというのを読んだ事がある。
養護学校というのは、早く亡くなる人も多く、同級生が3人だけど他の2人はもう亡くなったと若い頃養護学校に通っていた20代の女性が話してくれたことがある。
子供の頃普通に親が居てご飯を食べさせてもらって、大人になって普通の暮らしができる程度の稼ぎや健康状態があって(年をとればあれこれ病気がでてくるだろうが)、普通でいられることのありがたさ。
時々こういう大変な話を聞くと、思い返してしまうが本当にありがたいと親に感謝します。普段は思いもつかないからなあ。
上を見たらキリがない、けど、下を見てもキリがない。
某食肉会社の社長もすこしこういうことを思えば、銭儲けに走りまくって身を滅ぼすこともなかったのだろうに。
普通でいられることがどれだけ幸せかというのは、大人になってわかることです。子供じゃわからない、でも不幸は敏感にわかるんですね。子供の頃にそういう普通でないつらさを味わうことは、かなり厳しい。
人間は悲しみ、
苦しむために生まれた。
それが人間の宿命であり、
幸せだ。
僕は死んでも、
もう一度人間に生まれたい。
村山 聖
20代でここまで悟れる人生ってどんなんだろうと思う。人生の長さはわしのほうが長いけれど、人生の密度はわしより遥かに濃いんだな。

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