2007年8月アーカイブ

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石見銀山ごま餅 (2007.8月撮影)

 

 お盆に田舎に帰って、東京に戻ってくる時お土産に買ってきました。

 

 基本的に、社長と小学校から高校まで同級生だった関係から、故郷のお土産はN浦食品の製品を買うことにしていますので、当然これもN浦食品の製品です。別に頼まれているわけじゃないけど。

 山陰では、最も大きいお菓子メーカーは米子の寿製菓で、規模的にはN浦食品の2倍くらいはあるそうなのですが(N浦社長談)、それに次ぐ2番手、3番手といったところなのでしょうかね。

 昔、隕石が落下したらすぐに「美保関いん石饅頭」などというようなふざけた饅頭を販売して売り上げを伸ばしたり、商品に対するフットワークの軽さというか安直さがとてもたまらなく好き(笑)。今回も、石見銀山が世界遺産に指定されたらすぐにこれだからなあ(笑)。空港の売店でこれをみつけて苦笑しましたよ、ハイ。

 N浦食品の製品では、うなぎパイのパクリといわれる、どじょうパイもまだまだ健在だし(意外とといっては失礼だけれど美味しい)、同窓会でちょっと話をしたところによると会社の財務体質や経営体質の改善にがんばっているということです。

 経営者というのは、本当に自分の会社の全従業員の生活が自分の肩にかかっているわけで、考えただけでも大変だと思います。

 作るほうはまあともかくも、食べるほうですが、あんまり甘いものばかり食べているとメタポになっちゃいますけれど、やっぱり甘いものは止められない。禁酒は平気だが、禁甘味は絶対嫌だ。

 

 そうそう、N浦食品といえば、ゲゲゲの鬼太郎の石像を作って、制作費に1500万円かかった(メイドインチャイナ)そうで、社長は投資の割に売り上げは伸びてないなあなんていってましたけれど、まあこんな石像を作る余裕があるんだから、余裕があるのですかね。

 

 みなさまお久しぶりでございます。5日ぶりの雑談のカキコミです。

 諸般の事情により、暫くはこちらのブログがご覧になれなくて、かつこちらもカキコミができない状態でした。
 今日から、またカキコミができるようになっておりますので再出発いたします。

 しかしまあ、この雑談今までに書いた分量、現時点でなんと累計で6万行もあったそうです。6万行=1行20文字で120万字、1行40文字なら240万字 になります、240万字だと400時詰めの原稿用紙で6000枚、120万字だと同3000枚。

 うーん、すごい数だなとわれながら改めてビックリ。
 年間365日のうち355日くらいは書いていましたから、すこしずつでも合計すると凄い分量になったのでしょう。5日も日記を空けたのは初めてだったかもしれません。

 ブログを書いていない5日の間にも、くまさんと東向島の亀屋に行った話とか、試験監督した話とか、痛風がまた小発作を起こした話とかいろいろとネタがあるわけですが、またそれはおいおい書いていくことにします。

 入力フォームが変わって、まだしっくりと使い方なれていないのですがそのうち慣れていくでしょう。

 昨日は、今月末締め切りということで、途中まで書いていたセミナー(8日実施)のレジュメを作り上げ3時に就寝、8時に起きて封筒に詰めて、9時に郵便局へ持ち込んで速達で出す(今月末までに出してくださいといわれていたので)というようなことをやっていた上に、午後は海浜幕張(勉強会)、夜はヨガ。本当ならばその後に経理をお願いしているAさんにあっていろいろとお願いをするというタイトなスケジュールだったのですが、Aさんの都合が悪くなりはやめに帰ってきました。とはいえそんなこんなで、今日はすでに凄く眠いです。

 明日からはまたしっかりとブログを書いていこうと思います。


 
 

集中豪雨

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 昨日は、勉強会の暑気払いで、西永福(井の頭線)へ。
 
 それはいいのですが、帰りに豪雨にあった。


 (以下ニュース記事から)
 24日夜遅くから25日未明にかけ、東京23区の東部など一部の地域で局地的な大雨が降り、道路が冠水しました。
 江東区東陽では冠水の被害は数十メートルに渡り、通行中のタクシーなどが一時立ち往生する騒ぎとなりましたが、警察官が駆けつけて道路脇の側溝から排水したところ、水はすぐにひいたということです。


 いやあ、凄かった。とにかく凄かった。
 亀戸駅についたのが、午後11時15分頃。もうバケツをひっくり返したという表現がピッタリなほどの豪雨で、しばし呆然とたたずむ。

 駅のロータリーの向こうにマクドナルドがあるのでそこまで行って、ちょうど「ノートPC持っていたから」止むまで時間をつぶそうかとも考えたけれど、何しろそこまでいくとびしょぬれになるのであきらめる。

 一向に雨が止む気配もなく、仕方が無いから、終電1本前の東武亀戸線にのって、亀戸水神でおり、駅近所のコンビニへ(ここなら傘があるだろうと思っていた)。このコンビ二、駅から30-40mくらいの距離で当初考えた亀戸駅からマクドナルドへ行くより遥かに近いと思うのだけれど、その間ダッシュしているのに衣類がずぶぬれ。

 コンビニでビニール傘を買って、家に帰るも、途中は増水していて、靴は当然ながらべちょべちょ。ひざから下が、プールに入ったようになって方々の体で帰宅。帰宅したら時計は0時だった。

 後でアメダスを見てみたら、東京大手町「23-1時頃の雨量5ミリ」ところが、新木場では1時間に「55.5ミリ」の雨が降っている。

 東京西部は雨がゼロ、、、、なんだかなあ、本当にピンポイントで東京東部だけを襲った雨だったみたい。

 いやはや疲れました。

衣丼

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 (しばらくカキコミができなかったので、これは一昨日のもの)

 夜のご飯に、スーパーで天丼(海老天2本)+天ぷらうどんのセットを買って帰った。
 いやねえ、普通だと、天丼+もりうどんなのに、今日は「海老が1本大サービス」だったもんで(笑)。

 帰宅して食ったら、、、これが、、、最悪。
 衣が、どうやったらこんなに頑丈に揚げられるんだという風なぐらい。戦国時代の伊達政宗の鎧か中世ヨーロッパの鎧か。

 結局天ぷらうどんの1本を食べきる前に挫折。天丼の天ぷらは、綺麗に衣をはがして(笑)頂く。あは、おいおい海老天の海老は、、衣をはがすとえらく貧相だなあ。冬の着膨れだってこんな風にはならんぞ。天丼ってまあそんなもんなんだろうが。

 海老天1本サービスに釣られて、大失敗だった。それなのに食後は胃もたれしてる(ウーロン茶がぶ飲みしたし)。

 最近あまりにも暑くて、自炊をする気に全くならないのだが、そろそろ外食(+できたものを買ってくる)も飽きてきたし、カロリー高いし、コストも高いし、自分で調理しなきゃなあと思う。

☆☆☆

 ちょっと前にJAさんとの打ち合わせで、いろいろと世間話になったのですが、金融機関の競争の激しくなる中、年金以外にも相続とかそういうビジネスにも参入したいといろいろがんばっておられるようです。

 なかなか資産運用とか相続とかは、誰にでも関連する年金と違って、対象者が限られるわけですけれど、JAさんは「農地の処分の問題」があるから、資産の額に関係なく、ビジネスチャンスがあるかもしれませんね。

 それにしても、農地の問題は深刻。
 特に、田舎の親が農業をしていて、子供はもう農業を継ぐ気がなくて、都会でサラリーマンをやっている。

 こういう場合は厄介です。
 農地を誰か安くても買い取ってくれるなら話は楽なんですけど、田舎は離農があいついでいますからそう簡単に農地を引き受けてくれるところもない。とはいえ処分せず放置しておくと、自分の子、孫にまで累が及ぶ(所有権は放棄できませんから)。まだ自分は田舎で生まれ育ちしたから知り合いもいて、何とかなる。
 けれど、子供は都会生まれの都会育ち。お父さんに連れられておじいちゃんの家に夏遊びに来るくらいが関の山です。

 こういう場合は地元のJAさんとか頼るくらいしか方法なくなっちゃいますね。お父さんの代に綺麗にしておかないとダメ。でも、なかなか上手くいっていない家庭が多いようです。

 老後に備えて、やるべきこと意外とあるんですね。

 高校野球の決勝戦、テレビは見ていませんでしたが、途中ネットで経過を見たら、4-0になっていたので、こりゃあ広陵が優勝かなあ、なんて思っていて、後で満塁ホームランがでて逆転したという記事がネットにでていて、ビックリ。高校野球はわからないものです。ダイエーの身売り以来、プロ野球には全く興味をもたなくなってしまったわしですが、高校野球はまだちょっと興味あるなあ。

 それにしても、佐賀県は島根県とたいして人口差はないのにここ20年で2回の全国優勝か、、うらやましい。島根県は1勝したら大騒ぎだからなあ。

 夜は勉強会でタキさんの話を聞く。

 お題はヘッジファンド。まあ、お金の無いわしには全く縁の無い話ではありますが、いちおうFP登録してますから、不得意な話でも聞いたほうがいいかなと思って出かけました。

 ファンドとは話がずれますが、投資環境、ここに来て株が下がったり、FX(外国為替取引)で大損する人が出てきたり、素人投資家には厳しいみたいですけど、やっぱり出てますよねえー、退職金をつぎ込んで運用して大損こいたみたいな人。

 いやあ、退職金の1割だけとか割り切ってやる分には能のトレーニングでかまいませんが、大半をつぎ込んでなんてバカですか?といいたくなる。すこし儲かるとついつい足を深みに入れてしまいたくなるのかな。

☆☆☆

 9月、予定表が序々に埋まりつつある。忙しくなりそうだなあ。少々忙しくてもいいから、秋が早く来て欲しい。

 今日も、朝5時おき(笑)、暑くて寝苦しくて目が覚めた。本当にこのままじゃヤバイですよ。夕方から涼しくなるらしいですけどね。

 

 

 

 

 暑さの中にも秋の気配は、、全く感じられず(笑)。相変わらず暑いですね。

 今日は、打ち合わせで神奈川県の湘南台へ。午前9時45分の待ち合わせでしたが、朝ネットが繋がらず=経路および時刻の検索ができず。

 値段はわからないが多分一番早いであろうと想像できる、戸塚までJRそこから横浜市営地下鉄で移動しました。なんとか9時35分くらいに到着。小田急多分遅くてJR東海道線にはかわなんな。

 お仕事の打ち合わせは1時間ほどで終わって、また帰るのも一苦労。同じ経路を使って帰宅(途中でお昼を食べて)したら、暑い日中の午後2時、、、はぁー暑い。お仕事をいただけるのは大変嬉しいのですが。

 打ち合わせは初めて会う人もいらしたので、上着を着ていきましたが、、、暑さがしゃれにならん。なんぼ夏服だといっても、このクソ暑いのにシャツ+Yシャツ+ネクタイ+上着の大拷問大会。
 
 行き帰りの途中は、当然上着を手にもっての移動ですが、その手が上着があるので暑い(笑)。冷房の効いた電車内でも汗は引かずシャツとズボンがべったりと足にへばりついて不快感倍増。

 クールビズは、だらしないからダメなんて騒いでいた国会議員がいましたが、庶民の現実わかってないなあ。あんたらは専用車両で移動して国会の衆議院だかの温度設定は25度だから暑さを感じないんだろうよ。

☆☆☆

 のどが渇いて、途中でミント味の炭酸水(無糖)を買って飲んだけれど、激マズ(涙)。炭酸水は完全に炭酸水で、変な小細工をしないほうがいいなあ。でも、一時期増えたと思った炭酸水がまたコンビニから消えている。炭酸水文化は日本では根付かないのかなあ。ミントは熱いお茶でミントティーが一番。

☆☆☆

 高校野球も今日が準決勝。残すはあと1試合になりました。
 子供たちも休みもあと10日、宿題の追い込み大変だろうなあ。北海道や東北の学校はもう始業式なんだそうですね。

 気温はまるっきり夏ですが、人間世界では秋の気配?

キモイヤツ

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 昨日は2時間睡眠なので、眠くて朝起きてアリバイ作りをしようとしていたら、朝ネットが繋がらなかった(大汗)。どうもフレッツ光も時々上手く行かないんだよなあ。

 てことで昨日の日記をお昼になって継ぎ足しています。

 6時からの打ち合わせの前に、神保町で時間があったので、書店にいって立ち読みをしていると、一人危なそうな若いお兄ちゃんが、、、航空関係の本の前でおもむろに白手袋を取り出し、大切そうに積み上げてあった本の3つぐらい下のところの本を取り上げていた。本買うのに白手袋かよ、、、オイ。

 鉄道オタクはキモイとか航空オタクはキモイとか言われる典型例だなあ。形あるものは必ず崩れる。
 本も1回読めば中古品。ボロボロになるまで読み込んだ本のほうが、本人にも本にも価値があるのだが。

 白手袋で買った本は、家に持ち帰ってビニール包装か何かして保存するのかな。

足跡付け

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明日締め切りの仕事がまだ終わらず。
今日の雑談は、一応書きましたになっちゃう。


土日と撮影やらイベントやらで疲れたけれど、ゆっくり眠れるのは明日以降になります。
ああしんど。あと12時間しかねえや。眠気覚ましのガム、、、なくなっちゃった(汗)。

 土曜日はビデオ撮りして夜はイベントをやって、日曜日はまたビデオ撮りをして、夜は校正の締め切りを(月曜日3時に依頼先にもって行く)何とか仕上げて、火曜日は9月の退職セミナーの打ち合わせで、、9月頭の年金相談会(岩手)のファックスも着てた。

 お盆休みのツケが出たわけではないですけど、なにかこの週末はせわしくなってます。また水曜日頃からは自分のペースで仕事ができると思うのですが。校正の締め切りが終わるまで日曜日は寝られない(予定)。夜が涼しくなってよかった。

 セミナーの会場にお一人島根出身の方がいらっしゃいました。埼玉県某所の社会保険事務所にお勤めだそうです。ご来場ありがとうございました。
 終わった後に名刺を交換しましたが、また交友の広がりが増えました。先週今週と同窓会づいているので、学校も同じかなと思いましたが、残念ながら高校は別(橋南地区なので学区が違う)でした。が、たぶんその後にお話を続けると「共通項が何かでてきた」と思います。その程度の広さの街ですから、松江は。

 女性ですからお歳はお聴きしませんでしたが、県の人口75万(最近はこのくらいか?)しかいない島根県民(元を入れるともっといると思いますが)ですから、同郷となるとぐぐぐっと存在を近く感じます。勝部さんとおっしゃる、「島根で最も年金ができる方」もご紹介したいし、またメールを入れておきます。

☆☆☆

 普段テレビを見なくなって、どうしても見たいときはパソコン(チューナー機能をインストールしている)で見ているわけですが、お盆に実家に帰って甥っ子と話をしていると、甥っ子もテレビは持たずに携帯ワンセグでみているそうな(苦笑)。

 もちろん、大画面のでかいテレビをもっている家庭も増えているでしょうが、1人者とか、妻帯者でも余りテレビをみない家族などは、あまり機器を持つ必要もないし面倒なのでどんどんそういうふうな傾向になっていくのだろうなあと思う。

 家に初めてカラーテレビが来たときの事を覚えている。その日はちょうど福岡国際マラソンの日で、先導役の白バイの赤いランプが映像を撮っているカメラが揺れる度に激しく動いていたのを思い出すので鮮明に記憶している。親父は形式主義なので、「ゴーカな外装が家具調のテレビ」が欲しかったらしいのだが、基本的に外装なんかどうでもいいわしはそれで十分満足でした。

 時代は流れて、最近の主役は横長テレビ(2年ほど前から実家もこれになっている)ですが、出始めの頃は、すごく横に扁平で見難いなあと思っていたのですが、慣れると逆に今までのテレビが、サイコロのようで、すごく変な感じに見えますよね。元々が横長のほうが人間の眼には適しているのでしょうが、それよりも眼の慣れって恐ろしい。

 テレビを見なくなったけれど、サッカーはやっぱりいっぱい観たいな。日本のテレビでは放映しない国際試合を見るため、中国のインターネットテレビCCTV5にアクセスできるようにしています。この前のアジアカップの韓国ーイラン戦もこれで見ていた(日本のテレビではBS以外やらないので)、いやあインターネット様様です。

 うおおおお、、、涼しい。って室温30度を下回った程度なのにこんなに感じるのか。今までの暑さが尋常じゃなかったってことですよね。

 ただお昼は、相変わらず38度くらいになってて、今日もファミレス避難しようかなと出かけたら、ファミレスが満席で入り口に待ち客が居たのですごすごと、近所のコーヒー店に移動した。昨日は空いていたのにどうしたんだろう。

 北アフリカに出かけた時、連日40度を上回るような気温で、死ぬかと思ったが、なにしろ空気が乾燥していたので夜は涼しかった。

 まさか日本(しかも東京)が、北アフリカのサハラ砂漠の近所の気温になるとはねえ。チュニジアでバスに乗り、車内の気温が41度になって意識が朦朧としてたときのことを思い出す。しかもそのバス、エンジンかけたままガソリンスタンドで給油してたんだぞ(信じられん)。

☆☆☆

 同窓会でHさんと話をした。
 同級生なのにさんづけなのはHさんが、「年齢的に1つ上」なのが理由、同級生もHさんとさんづけだった。
 昔のHさんは、髪ボウボウでガタイもよく大きなバイクに乗っていた(記憶がある)。そんなHさんなんだが、げそっと痩せていた。痩せた理由が「アフリカに行っていたから」なんだそうだ。

 さらに話を聞くと、Hさんは「海外青年協力隊」で物理教師としてガーナに派遣されていたとのこと。

 あれれ、Hさん文系クラスじゃなかったの?と突っ込みを入れると、派遣されるガーナではまあそんな文系クラスの物理でも何とかなる程度のもの(だったらしい)。もちろん試験があったそうですから行く前には勉強されたのだと思いますが。

 15年くらいも前になるけれど、ガーナに出かけ、休暇の時にブルキナファソからマリに抜けて、トンブクトゥまで訪れたということ。で、わしも行った事があるので、マリやらガーナの諸都市(アクラ、クマシ、タマレ、タコラディ其の他)の話で盛り上がった。Hさんいわく、帰国後ここまでガーナの話が通じたのはお前(わしのこと)が初めてだ。ですと。山陰からアフリカに行く人は少ないのか。

 Hさんも当然のごとく、「現地でマラリアに罹った」そうですが、海外青年協力隊でバングラデシュに赴任していた女性(この人は同窓生ではないです)が「あ、私は赤痢に2回なっただけです」とこともなげに言っていたところをみると、長期の滞在では「現地の病気」は避けて通れないんだろうなあ、と改めて協力隊の大変さを感じた。

 海外青年協力隊の元締めといえばJICA、そういえばJICAに勤務のH谷は、同じクラスだったのに参加してなかったな。おいH谷(こちらは当然さんづけではない)、飲みたいぞ、わしのブログは読んでいないだろうからここで騒いでもムダだとおもうが。
 ケニアに駐在していたこともあるアフリカの援助のエキスパートらしいのですが、いろいろとアフリカの話を聞いてみたい。tobyまた何かあったら宜しくね(H谷の住所しらない)。

 3次会で一緒に飲んだ同級生は、外資系の会社(理系です)に勤めていて、ある日突然出張明日からアメリカに行ってくれといわれ、その後帰国、かとおもいきや成田に戻らずソウルに行ってくれといわれるくらい世界中をつれまわされたり、すごい生活を送っているようでしたが、わしらの年代で海外に行く人は当然ながら大抵が、仕事なんですねえ。

 わしのようなバックパックは少なかったなあ(というか探し出せなかった)。バックパッカーと仕事で旅に出る人は旅のスタイルが違うから視点がかなり違うんですね。

 もうすこし稼げるようになったら、バックパッカーに戻るぞ(宣言)。
 ということで仕事がんばらなきゃ。


 

体調不良

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 毎日暑い暑いのネタばかりですが(ごめんなさい)、昨晩帰宅してから、夜の最低気温がなんと29度、部屋の寒暖計はずっと33度で多分1分たりとも30度を下回らなかった。
 疲れているのに忙しさと、暑さで寝られず、寝たのが2時半すぎ。
 で4時頃地震で目が覚め(結構大きかった気がする)。6時すぎに暑くて目が覚めた。
 仕事場の寒暖計は、見てみると31度だったがすぐに上昇を始めて7時前には36度。

 さらに上昇して37度。。。。。

 午前10時半に朝日が差し込まなくなるまで暑くて意識が朦朧として、仕事にならなかった。 10時半を過ぎても37度が36度になっただけでずっと気温が変わらず。

 最近は室温が35度を過ぎたら午後1-3時はスクランブルでファミレス避難ということにしているので、ファミレスに12時半には避難した、、、、が、あまりの暑さと冷房の気温の変化の激しさから、体調を崩し、、、ファミレスの中で頭痛やら吐き気やら寒気やらを感じてダウン。ファミレスに2時間半いたけれど、1時間半は「寝て」ました。迷惑な客だ。

 寒気のする中足元がふらついていましたが、何とかチャリで帰宅。
 途中書店でさらに涼んだせいかすこし体は回復してます。が、晩御飯はスーパーで買ってきたカットパイン(笑)、すこし自重しとかなきゃ。水分補給も。

 昔インドネシアのジョグジャカルタで熱射病寸前になり、水道検針のバイトで東京地方の最高気温が39度の時1日中外出(しかも長袖で)して、午後事務所に戻る前に熱射病寸前になり。そのいずれもが、寒気や頭痛がしたという体験があるので今日もちょっとヤバイかと思ったけれど、熱射病に室内でなるかなあ、やっぱり体内バランスが崩れただけなんだろうか。

☆☆☆

 くまさんが東向島探検に来る日でしたが、くまさんの地元熊谷も気温40.8度(熊谷じゃないけれどあのあたり在住)冗談みたいな気温。それが理由というわけでもないけれど、探訪は延期。いやほんと正解です。

 打ち水をして、夕方から浴衣を着ているお姉さんが涼んで。。。
 江戸を代表する東向島ならそういう景色も浮かんできそうだけど、この暑さじゃあ、、誰も外でないか。

☆☆☆

 元横綱琴桜死亡。
 昔わしの爺さんが好きな力士だったなあ。久しぶりに思い出した。
 琴桜は鳥取の倉吉出身なので半地元(島根じゃないが鳥取の出身になると)余計に力が入っていたのだと思いますが。
 1890年生まれの爺さん。2007年生まれ、生後五ヶ月の姪っ子の子供、、実に117年もの差があるのか(しんみり)。

 19時50分米子発のANA最終便で帰京。15日の最終ですから当然のごとく満席。姉の家を19時に出て、間に合うかなと心配したけれど、空港まで20分で着いて楽勝、やっぱ田舎は車での送り迎えがあると全然違います。

 チェックインカウンターあたりで、ペットボトル(アクエリアスの青いホルダーに入れていた)を置き忘れ、わざわざ出発前にスチュワーデスさんに機内放送で、「待合室にペットボトルをお忘れになった方」と呼ばれてしまってちょっと恥かしかった。相変わらず忘れ物大王だ。

 飛行機は羽田空港混雑のために、離陸が10分遅れ、さらに風の影響で一番遠い滑走路(と案内していた)に降りてしかも第2ターミナルの一番端っこだったので、移動も大変。21:50分発の京急の電車ー押上から都営バス(最終)で帰宅しました。羽田がもう混雑して遅くなるとわかっているときは羽田上空でぐるぐる回るよりも最初から出発を遅らせるんだな。

 羽田空港の第2ターミナルは出来上がったのはいいけれど、「本当に延々と歩かされる事が多い」これはいつも不満です。

 同窓会のおかげで今回は本当に楽しい帰省でした。tobyをはじめ幹事連中に深く感謝。大同窓会は準備が大変だからプチ同窓会で、誰かと飲みに行きたいな。同窓会から2日経ったけど、余韻が残っている。

 昔は帰省で親元に帰ると、上げ膳、据え膳、食費其の他は1円もかからずすべてをやってもらって、いろいろと根掘り葉掘り近況を聞かれるのはうっとうしかったけれど今思えば親元に帰るのは自分の意識の底では甘えもあったし楽しかったんだろう。しかし、今回は、「親が仕事のことで心配しているから」と、自分が書いた原稿が載っている雑誌を持ち帰って見せても「ふーん」としかいわない、会話が成立しない。いや、文の内容はわからないから読む必要はないが、自分の息子の書いた文章なんだからすこしは、興味ある顔みせろよなと思うが、それすら感動しなくなったところをみるとかなり悲しい。雑誌を持ち帰るだけムダだったのかなあ。

 いつも帰省してみているキューピー山(以前もここで紹介した)ですが、股間がぜったいモッコリ状態になっているような気がする(笑)。この山を小学生の頃から見続けて、、、やっぱり絶対股間がモッコリになってると改めて写真を見ながら思います。

 

 

 

 

 

 同窓会は4次会まで行ったと書きましたが、実は5次会まで行ったが正解(苦笑)でした。あまりあちこち行ったので間違えてしまいました。今日はしっかり骨休めをしたいところですが、そういうわけにもいかず、家で書類の整理。

 世界の人口66億人。短い人生のうちに出会える人の数はいったいどれだけなんだろうと時々思います。

 たぶんほとんどの人とは、出会いすらない。電車で偶然隣に座った人、路上でぶつかってスイマセンと謝った人。近所なら可能性がゼロじゃないでしょうが、普通はもう2度と出会うことのないたった1度だけの遭遇です。それでも人口を考えると、確率的にはすごい貴重な出会いであることには間違いない。ぶつかって難癖をつけてくるようなロクなもんじゃない人間との出会いもあるわけですが(これはいやだな)。

 このブログを読みに来てもらえる人、わしが読みに行くブログ。それも貴重な出会いです。本当にありがたいこと。

 出会えて、話ができて、名前を聞いて、、そのレベルになると世界の人口を考えてもうすごい確率です。最近貰ったり差し上げたりする名刺の数も増えてきましたが、とても凄い事なんですね。

 普段何気に生活していると、そんなことは全く思わない。でも、同窓会にでるとそういう気持ちがとても強くなります。

☆☆☆

 今日の夕方、久しぶりにわしの育った街に所用で行きました。もう3年ぶりくらいかと思います。甥っ子の車で35分、いやあ遠い。とんでもない田舎ですが、なんとPHSの電波がバリバリ入るようになっていた(驚)。

 お寺にお伺いして、和尚さんといろいろとお話をして帰ってきました。

 田舎の景色は本当に変わらないんです。本当に変わらない。自分が子供の頃の建物が何気なく残っていたりする。一番変わったのは道路、道路は国の(県の)予算がつくからかどんどん変わって、良くなっている。こんなところの道路整備をしなくてもとふと思いますが、道路整備をしていないと、病院がないから救急車も来ないのは死活問題、消防署も遠い、迂回道路もない。まさに生活基盤そのものなんですねえ。都会にいると、そういう事情をえてして忘れてしまいそうですが、田舎に帰るとそういう事情もみえてきます。

 本日は同窓会、高校の卒業生450人のうち4分の1くらいが参加、 午前11時半から、午後12時まで12時間以上4次会まで流れて、ヘロヘロで帰宅しました。酒が弱いのによく飲んだよなあ。

 記憶が幹事の皆様本当にありがとうございました。T君F君その他特に多大に感謝。

 しかし不思議ですよねえ。高校の時代ってたった3年。その3年間でクラス替えもあるから、そんなに長い時間一緒にいたわけではない。

 でも名前も顔もあやふやだったのが話を聞くと、だんだん切れていた記憶が甦っていく(繋がらない人もいたけれど)。やっぱり学生時代の時間って特別なんですね。いかに濃密な時代をすごしていたのかがよくわかる。勉強もいっぱいさせられたけれど楽しかった。

 東京の高校と違って、田舎の高校は北は北海道から南は九州まで、本当に全国に卒業生が散らばるわけです。高校の卒業式に、「この中の相当数は多分今後一生会うこともなく終わってしまうんだろうな」と思ったことを今日Tと飲んでいて思い出しました。そういう意味では今日の出会い貴重です。

 大人になってからの3年は本当に、あっという間です。しかし自分自身では濃密な時間とはとてもいえない。3年という年月をダラダラと過ごしている。自分の時間の使い方が悪いのだろうけれど、本当に時間を無駄に過ごしていると思う。人生の時間は有限。こんなんじゃあ何もしない間に終わってしまいます。

 昨日の夕方墓参りに行き、施設から戻っていた父母もまた施設に戻りました。同窓会といえば、父親も母親も大体80歳頃で終わりました。それ以上になると、死亡する人が増えたり、ボケたり、足腰が立たなくなったりすることが多く、同窓会が成立しなくなる。同窓会すら無限にできるわけがない。同窓会に参加して楽しかったと同時に、人間の寿命の短さをいやというほどに感じました。

 4次会が終わって、飲み屋から帰宅。タクシーで行くくらいの距離だけれど、酔いを醒ますために徒歩で帰宅。通学で通った道、当時からあって相変らず変わらない店、全く変わってしまった町並み。あまり昔ばかりを振り返ってもしょうがないのですが、たまには振り返ってみるのもいいですよね。

 

 

暑くて徹夜

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 あぢー、、暑くて全然寝られないし、あせもの痒さはピークを迎えてあちこち痒いし、で仕事もあるし結局完全徹夜になっちゃった(苦笑)、ただぼーっとしていたので仕事は全くはかどっていない。

 夜を通して、ずっと部屋の寒暖計で気温を見ていた。

 日が落ちて、気温は36度から33度になる。しかしそこから全く動かなくなる。本当に微動だにしない、夜の8時ころから3時頃までずーっと33度で変わらない。それでも深夜3時を過ぎてからは涼しい風が入ってくる、と思ったら気温も序々に下がってきた。深夜3時から2時間かけて3度さがって30度。

 ところが朝の4時40分くらいからは、うっすらと明るくなってやがて朝焼けになる。ビルの合間から忌まわしい太陽が照りだしたのは、午前5時15分。公式な日の出時刻は5時前だったらしい。

 太陽が出たとたん仕事場の気温は急上昇。本当に急上昇という言葉がふさわしい。あっという間に33度になり、7時になる前には既に36度になった(汗)。30度でも若干快適に思えてしまう。

 朝の7時前から36度かよー。全くもう。つらいはずだよなあ。まさしく炎熱仕事部屋ですわ。胃が拒否反応を(大量の水に)しているものの、無視して水を無理やり押し込む。あんまり無理やりすると胃腸が拒否反応をおこすわけだが。

 暑い国に旅に出ると、よくあせもになる。そしてとにかく体中が痒くなる。

 インドしかりアラブしかり東南アジアしかり。暑い国でみんながお昼寝をするころに、暑苦しいジーンズをはいて外を歩き回っているのですからあせもにはなるよなあ。もうそうなると本当に悲惨。頻繁にシャワーを浴びることもできず体をかきむしるだけ。

 悲しいことにこういう国は、悲しいことに「停電」が頻繁に起こったりする。そうすると、天井の扇風機(コロニアル風のでかいやつが普通)が止まり、全く寝られなくなる。これはこたえますねえ。

 日本に帰国して涼しいところにしばらくいると、あっという間にあせもは引いてしまうのだけれど、今の日本だったらあせもは引かないな、それどころかわしがあせもをだすということは、今の日本はそういう暑い国以上なんだな。夜は特に。

 そんなつらい思いをしてまで何で旅に出るのか?という風に聞かれるかもしれないけれど、あせもの痒み以上の感動があるんですよね(はずれもあるけれど)。

 あせもになってもいいから旅に出たい。しかしインド人はあせもにならんなあ(苦笑)。肌の色が違うから気がつかないだけか?

 今は羽田空港のパソコンデスクで書いています。いやー、冷房がしっかり効いているところはあせもは痒くないのでとても快適です。

 

 午前中は急な仕事で調布へ。余りの暑さにJR(錦糸町ー秋葉原あたりすごく混雑する)に乗りたくない一心で、値段が高くてもいいからと都営地下鉄の西大島まで行って地下鉄に乗る。その後府中のハローワークへ。外を500メートル歩くと、500ccのペットボトルが1本欲しくなる(苦笑)。

 お昼過ぎに帰宅したものの、部屋の温度はほんの36度、、はぁー、窓を開けても全然気温は下がらず、扇風機は暑い空気を攪拌しているだけ。シャワーを朝浴びたのにまた浴びる。シャワー温度設定は37度、室温と大して変わらないやん。シャワーを浴びるとあせももすこしおとなしくなって痒くなくなる。

 そういえば帰りの電車の中で、立ったまま化粧を治している女性が居たな。危ないとは思うけれど背中が汗で引っ付いている状態だったので、化粧の落ちも相当だったのだろう。とにかく万人が辛い思いをしている猛暑だ。

 帰宅して2時間半、午後3時にはついに居たたまれず、ノートPCと校正原稿を抱えてファミレスへ緊急避難。ドリンクバーのドリンクをがぶ飲みしながら仕事を続ける。

 休憩市ながら眺めていた 某掲示板に、気象庁へのクレームがあった。気象庁は天気予報でなくて天気実況をしているのか? って。

 確かに 当初猛暑予想→7月涼しい日が続くと一転猛暑じゃないかも→8月暑くなると猛暑予想みたいなことをやっている。 何かころころと立場を変えてるなあ。直前の予報ならそうは大きく外れないはずだし、事態が起きてからなら100%外れない。直近や後付でいろいろいえるならこんな美味しい商売はないよなあ。

 今年の7月は確かにそんなに暑くなかったなと思い返す、もうそれは遠い昔のようだ。まだ8月になって10日しか経ってないのに。

 真昼は暑くても我慢するからせめて夜だけでも、「涼しくなってくれよ」と思う。田舎で過ごした子供の頃は、「夏でも夜は涼しくなる」って感覚があったからなあ。潮風にそよぐ風鈴の音も懐かしい。

 子供たちの長い夏休みも折り返し点をすぎましたね。残りあと半分、、それでもあと20日はありますから長い長い夏休みではあります。でも昔と違って8月25日が始業式なんてところも多いのかな。

 そろそろ宿題が気になり始める頃ですね。8月20日を過ぎると宿題の事を考えてとても憂鬱だった。

☆☆☆

 明日から、田舎に帰省します。午後1時の羽田発の飛行機。帰省ではクラスの同級生T君代表幹事による同窓会が楽しみー。とはいえ仕事がたまっているので今日は寝られないかも。寝苦しくて寝られないのはつらいけれど、仕事で寝られないのもつらい。

 すこし(かなり?)ボケの入った母親は、日付がよくわからないので今日帰ってくるか、今日帰ってくるか? と待っているそうです。顔を見るとほっとする。いや会話はなかなか成立しなくなって、昔と比べたら極端に減ってしまったんですけどね。

 雑談は、続けて書きますが、なかなかかけないかもしれない。

 

 江東区は、南のほうが今住まいとしては人気。

 見上げるようなマンションがにょきにょきとたくさん建っている。

 元々が埋立地だけれど、新しいだけに防災面でも古い下町の江東区の北(わしが住んでいるあたり)よりずっとしっかりしているらしい、江東区はドコも埋立地とか海抜ゼロメートル遅滞とか災害に弱いところだけどいろいろと考えてるんだろうかな。若い夫婦が大量移住入居し、学校はパンク状態だそうな。

 わしが住むわけではないからそういうセレブ化した街というのは興味は無いが、この時期いつもうらやましく感じるのは、夏の涼しさ。これは正直不思議なんです。

 午後11時現在 東京大手町の気温29.2度、同新木場の気温26.3度 3度も違う。いつもこんなもん。ちなみに東京の気温を測る大手町から新木場って直線距離で4キロほど。それでこんなに違うんだ。今日に限らずいつも3度くらいは気温が違っている。

 単純に海岸に近いから涼しいというだけではないみたい。だって、同じ時間の海岸近くの羽田空港の気温が27.6度なんです。羽田も東京(大手町)に比べたら低いけれど、新木場に比べたら1度以上の差がある。羽田は滑走路の照り返しがまだあってこれが原因で暑くなっているのかなあ。

 昼の暑さは辛いが、夜涼しくなるとしっかりと睡眠を取れるので、翌日が辛くない。この時期は新木場がうらやましくてしょうがないな。あせもはでまくっている。

 朝起きたら仕事場に光が差し込んで入るという話はしたと思いますが、最近は午前10時半くらいまで日光が当たります。そこまでが地獄。今日計ったら室温は36度でした。どうりで暑いはずだ。。。あと1ヶ月耐えしのがないといけない。10時半になったら部屋が全部日陰になってホット一息という所です。冬は旭が差し込むとポカポカとして暖かいんだけどなあ。

 

 横綱の朝青龍は、急性ストレス障害だそうで、うつの一歩手前だとか、ほっとくと大変になるんだそうな。やっぱ帰国してじっくりと治療したほうが良いような気がするのだが、いろいろしがらみがあるのか日本で治療になるんでしょうね。

 で、横綱朝青龍は意外と肝っ玉が小さいなとか新聞やネットでいろいろいわれている。実際そうらしい。

 人は見かけによらないということは言い古された言葉だけど、見かけがごつい人ほど精神的にもろいという場合が意外と多いです。相撲とりの稽古なんて本当に「これ人間がやるのか?」というくらいきついし、よほど精神的にしっかりしていないと稽古についていけないと思ったりするのですが、こういう辛さには耐えられても横からの揺さぶり(今回の件)のような場合にはもろかったりするんですね。

 本当に外見が強いし中身もしっかり強いって人は少ないような気がする。

 ものすごく過激は発言をする評論家でも、実は見かけによらない小心者で、そういう過激な発言をした後で、胃腸を(ストレスのために)やられて、慢性の胃腸病でいつも薬飲んでいたりすることもあるそうな。だから、発言が過激だったりこわもてだったりしても本当にその人が強い人とは限らない。ブロックは硬いけれど、壊れだすともろいのと同じですよね。仕事上絶対に引けない、とか絶対に言わないといけない事を思い切って言う、でもその後に批判の嵐というのは本当にきついと思います。

 その意味では、ちょっとした発言にまで揚げ足をとられて、24時間監視される政治家というのはよほど神経が強くないとやっていけない。バッシングの嵐でも平気でしれーっとできる図太い精神構造が大なり小なり政治家にはないと心が持たない気がする。

 逆に、見かけが弱そうでふにゃふにゃしていても、実は図太いのも多い。これがまた見かけによらない。

 昔いた会社で、このタイプの女性が居て、何かあるとすぐにボロボロと泣くのだけれど、泣いてもなにをしても自分の行動や発言は全く改めようとしないのがいた。泣くと、上司(男性)はうろたえてしまうので、仕事の失敗の叱責もどうしても弱くなる。てことで、見かけはすぐ泣くから弱いようで実は、猛烈に打たれづよい(というかプレッシャーを全く感じない)人だった。同性(女性から)はそういう部分がばれてて総スカンだったけれど、男は泣いている女性にきつくはいえないから。こういうのは心は強いですよねえ。

 そういえばその人、プライベートで男がすぐにできてたようでした。弱い部分を武器にして男に接近していたのかどうかは知りませんが、実際そうなら、弱い部分なんて全くないやん(苦笑)。すぐ泣けるというのは逆にすると甘えるという行為をなんのはじらいもためらいも無くできるタイプなんですね。いまだに女の涙は対応がよくわからない(一生わからないのかもしれない)。

 周囲のお局様たちは、そういう心の中はしっかり見抜いているけれど、何か言って泣かれると周りからは「お局のいじめ」にしか見えないので、極めて扱いは慎重で最低限の注意しかしていなかった。この話は前にしたと思うけど、お局様を黙らせる(泣いて周囲の同情を引きお局の攻撃をかわす)という高等テクニック(無意識かもしれないけれど)は凄いと思ったなあ。

 自分がものすごい逆境に立ったとき実際どうなんだろうと時々思う。人間の強さ、弱さというものがモロにでるのでしょうが、そんな「がけっぷちの逆境」っていまだ体験した事無いからわからない。でも、想像すると自分はかなり弱い人間の部類だと思う。小心者だし。精神的にもすごく簡単に壊れる可能性がある。

 サラリーマンしてたころ、「出世したくないなあ」といつも思っていた。消極的だけど、上司に怒られ、部下にそっぽむかれる弱い中間管理職をたくさん見て、明日はわが身か。と思っていたりした。

 今は自営業だから、お客さんから怒られたり無理難題の要求があっても、「自分で関係切れるという最後の切り札がある」というのが支えで今はやっていけてます。サラリーマンは組織で動くので、先方からの無理難題があって、しかも上司がその無理難題を否定するのではなく部下に何とかしろという風に圧力をかけてきたりしたら、本当にストレスでダウンしてしまうだろう。サラリーマンの頃はしょっちゅうだった胃痛が自営業になったら殆どないのはそのせいだと思う。

 性格だけでなく、怖いものも人様々ですよね。相撲取りのように格闘技をやっている人でも、注射一本怖いって人がいる。大相撲なんか体重200キロくらいなのが真正面からガチんとぶつかるわけで、注射1本なんかより遥かに痛いはずなのにそういうのは平気で、病院にいっての注射一本が怖かったりする。人間の心って、本当に不思議なものです。病院の独特な雰囲気がそういう恐怖感を起こさせてしまうのか。

 

 

床屋+外出

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 午後予定外の外出。暑いなあ、、、ほんと。

 秋葉原駅で電車に乗り換え時に自販機でペットボトルの水を買うも、、ちっとも冷えてない。トホホだよ。生ぬるい水が出てくると金返せって思っちゃう。駅はキオスクで買うべしですね。

 夏真っ盛りで、浴衣等の和装で電車に乗ってくる人をちらほらと見かける。

 が、何だかちょっと違うなあ。風情が無いな。
 足元は、ゲタ、雪駄、ぞうり なんでもいいけど和風なものにしてくれ、、サンダルは(うーん)。
 ミミはピアス、指にはでかい指輪(男の子が)、、うーん粋でいなせなお兄さんという感じじゃないぞお。江戸っ子ぽいレトロな雰囲気を期待してしまうのだが、古い時代の人間だからだろうか。

 背は高いし、すらっとしているし外形はとてもいいんだからもったいない。わしのような胴長短足とは偉い違いなんだから。

 極めつけは、折りたたみ式の携帯電話を、2つ折にして帯に挟んでいる(笑)、これは格好悪いでしょう。そもそも携帯と浴衣は似合わない気がする。せめて巾着袋を抱えてその中に入れて持ち運べばいいのになあ。

☆☆☆

 午前中は床屋に行って髪を切ってきた。
 この前行ったところをちょっと覗いたら、大いに不満のある髪型にしたおじさんが所在なさそうにしてて、ああこの人に切ってもらうのやだなあと思って別のところにした。値段が値段だけに、美容院のように「指名」なんてできないだろうし。

 この前のところ1600円、今度のところ1800円。価格競争凄すぎる。

 しかしまあ、1人髪を切るのに40分かかるとしても、1時間2400円か。諸経費を除いても稼ぎは2000円くらいにしかならないのかな。1日5人髪を切って、やっと1万円か。コストが高ければもっと稼ぎは低くなる。月25日働いても25万円ー30万円。
 こらあ、「床屋や食いはぐれはない」と昔から言われていたけれど、普通には食えないよなあ。と髪を切ってもらいながら思う。

 最近増えてきた10分1000円の床屋のほうがよっぽど儲けに関しては合理的な値段設定だ。1時間に3人人がきたらそれで3000円稼げて、30分は休んでいるわけだから。

 でも、蒸しタオルが気持がいいので、10分1000円床屋にはいかないだろうなあ。
 

気の重い話

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 午前中に傷病手当金の話をしにお客さんのところへ行く。数日前に雑談に書いた人なんですが。

 傷病手当金のこととかって、説明しづらいのですよねえ。

 細かいことは複雑になるので書きませんが、「今支給を申請し、一旦小康状態になってその後調子が悪くなったら」などと細かいことを説明しないといけない。それをしていないと、将来何かあったときこちらが悪くなってしまう。

 障害年金にしても、これから障害状態が悪化したら というような話をしないといけないし。遺族年金であればもし死んだらという前提でお話をしなければいけない。

 本当に、旅行代理店の旅行プランナーと違って相手方が積極的には話に乗ってこないから、どういう風に相手を傷つけないように説明したらいいのかいまだわからない。

 元気でピンピンしているなら、障害や遺族の年金の話をしても「笑って済ませられる」のですが、どこか調子が悪いとかそういう状態だと「ずきっ」と来るんですね。病気を持っている人は悪いことは想像したくない。今日も話をしてて、ご本人はなるべく話に乗ってきたくないというような感じだったので傍にいたお姉さんばかりと話をしていた。まあここ数年で脳梗塞3回おこし、てんかんで病院に運ばれ、その辺が落ち着いた思ったらがんがみつかった。ですから現実逃避もしたくなるでしょう。

 他人のことを心配しながら、自分のことも怖いですよねえ。本当に病気っていつなるかわからないから。長患いはしたくないなと思うのだけれど、そんなことはわからない。お金なんかないから冗談抜きに生活保護に頼らないといけなくなりそう。

 昨日は3時過ぎまで起きていたので、お昼めちゃくちゃ眠くなり、30分だけ昼寝をした。

 普段夜に寝るのはならないけれど、こういう短い睡眠のときの寝起きって、なぜか必ず心がブルーになるんですね。理由はわからないけれど心がすごく落ち込んで、すべてのことがネガティブになる。どういう頭の思考回路なんだろうか。

 ということで、午前中に障害の話をしていたその延長なのか、自分が明日病気になって長患いを始めたらどうなるんだろうなあとかあれこれ思ってすごくブルーになってた。

 別の会社の社長さんにも、「仕事中は労災は従業員さんだけしかつかえませんから、社長さんは何か対策を練っておかないと危ないですよ」とアドバイス。

 なんか、「病気になる」「怪我をする」と脅かしてばかりだけど、誰かが脅かしてあげないと本人は真剣に考えないんだろうな(と自己弁護)。

 

 

冷たいもの摂りすぎて、おなかすこし調子落した。

 朝おにぎり(冷凍の解凍)、昼もりそば(大盛りで)、夜カップ麺+買ってきた惣菜(アスパラベーコン巻きフライ)なんで食欲は落ちていないと思うんだけど、1日で2リットルのペットボトル+ダイエットスプライト500cc+アイスキャンディ2個平らげたらおなかに来てしまった。

 でも暑いんだもん。ペットボトルは毎日1本消費しているし。

 今日は夏祭りで、お神輿を担ぐ音が聞こえてきてた、この暑い中で神輿を担ぐの大変そうだ。でも担いでいる人は盛り上がっているのか。

☆☆☆

 飛行機に乗るときは必ず左側から乗りますが、これは元々船から来たもの。じゃあ船はなんで左側で接岸するのかといえば、これはバイキング船から来たものらしい。

 バイキング船の舵は船の後ろじゃなくて右側についていたんだと。どんな形状なのかは知らないけれど。そうすると、どうしても岸につける側は舵のない側の左側になるんだそうな。
 英語で、右舷はスターボード、左舷はポートというらしいのだが(知らなかった)、スターボード=ステアボードから来たもので(ステアリングのステア)、元々舵がある側ということだったらしい。

 そういえば、面舵(右舷方向へ曲げる)、取り舵(左舷方向へ曲げる)というのも不思議な呼び方だが、右舷左舷という名詞だけではなく、面舵をとる、取り舵をとる(動詞)も starboard,port(上のスターボード、ポート)というらしいんですね。

 でも、飛行機は単純にライトターン、レフトターンって言わないんだっけ? そこは船の用語を受け継がなかったのかな。ああアメリカでは、古い伝統がないので船舶でもライトターン、レフトターンと簡単に言うらしい、こういうところはアメリカ人はあっさりとしている(古臭いものにこだわらない)よなあ。

 小さい漁船を見たことがある人は知っていると思いますが、舵というのは間違えやすいのです。右に回ろうとすると、舵を左に切る必要がある。左に曲がろうとすると右に切る。車のハンドルのようにはいかない。
 車のハンドルにしても、車は前輪が動くから、右にハンドルを切ると右に曲がり、左にハンドルを切ると左に曲がる。けれど、もし後輪が動くと思ってもらうとわかりやすいかな。右にハンドルを回して、後輪が右を向いたら、車は左にまがるはず。逆に左にハンドルを回して後輪が左を向いたら、車は右に曲がります。舵のことは漁船に乗ったことがない人はわからないかなあ。
 
 そんなこんなで、映画タイタニックにも誤訳があったらしい。そんなもん専門家でないとわからないよねえ。翻訳のプロでさえ、専門用語では苦労する。

 

蝉の音

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img050.jpg 仕事場の網戸くっついてた蝉

 妙に蝉の音がするなあと思ったら、蝉が間近にいた。仕事場の網戸の上方にくっついて激しく鳴いていたので、あわてて激写。色が黒くて解説しないとわからないけれど、蝉です。

 夏の子供の頃の遊びの定番、虫あそび。わしはこれが苦手だった。カブトムシやクワガタムシ、取って飼育するとか、蝶を採って標本を作るとか、そんなことは全く興味がなかった。カマキリなんて絶対につかめなかった、今でも怖い。

 でも、東京の虫の少なさは、昆虫苦手なわしでさえ寂しく感じるんですね。生息する場所が少ないですからしょうがないのでしょうけどね。 ただ、うちの近所は割と蝉の音はするのかなあ、近所に公園があったりするからだろうか。

 海水浴は大好きだったが、これも海の生物は苦手だった。特に岩場で泳ぐと、藻とか一杯生えていて、それが体にまとわりつくのがダメだった。たぶんダイビングは一生しないだろうなあ。確かに南の海は綺麗だけれど、海の生物は怖い。

☆☆☆

 高校の同窓会まであと10日、幹事T君お疲れ様です。T君のHPに同窓会掲示板があるのですが、クラスの人気者Y君のカキコミが。

 ベルギーのブラッセルの日本人学校に赴任しているから出られません。。。あら、、、とさっそくネット検索してみると、なんと日本人学校の教頭先生ではあーりませんか。偉くなってるなあ、、みんな。自営業は「出世」という概念が吹っ飛んでいるからどうも、偉くなっている同級生というのは違和感があるんだが。

 Y君は学園祭等イベントで、ナリチビさんという女性とセットでピンクレディの物まね(古いなあ)で全校生の人気を独占していたのだが。

 作詞家阿久悠もなくなったし、追悼の意味もこめてなにか同窓会でやってもらえると思っていたのですが残念ですねえ。

 

クールビス

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 午後は外出。何しろ暑い。
 最近は暑い、暑いとだけしか言っていないなあ。夏は嫌いだ。早く秋にならないものか。

 子供の頃は夏が好きだったのに。毎日早起きしてラジオ体操、集会所で夏休みの友をすこしやって、午後は海で泳いで、カキ氷を食べて昼寝して、夜は花火。

 なんでこんなに夏が嫌いになったかというと、「東京」のせいかもしれない。夏の特に夜が寝苦しくてつらいんですよねー、田舎の夜は真夏でも風が入ってかなり涼しくなるから1日中遊びまわっててもぐっすり眠れた。

 そして、大人になって、あの忌まわしいネクタイなんてのをつけなきゃいけないことになったのも原因か。

 この時期初対面の人以外にはさすがに上着は着ませんが、ネクタイはつける。ところが、あまりの暑さで、出かけるときから、一番上のボタンをはずしてネクタイをずらして のグータラ服装になってたりする。
 で、忘れ物大王のわしなので、お客さんのところにいってそれを戻し忘れる事多数あり。印象悪いだろうなあ。あーこれなら最初からノーネクタイのほうがいいんでないかい状態。

 最近は役所の人はみんなノーネクタイだし、世の中的にも違和感もだいぶ少なくなってきたので、懇意にしているお客さんからすこしずつ始めてみようかと思う。

 電車の中で周囲を注意してみても、上着着ている人多数。

 元々が女性は冷え性気味な人が多いのに、男性が、シャツ、Yシャツ、ネクタイ、上着着てたら、絶対室内温度はかみあわない。 男性がシャツ1枚と女性がシャツ+上に薄いもの1枚羽織るくらいでどうも冷房温度は男女かみ合う感じ(個人的意見)なのに、男性が厚着したら本当に大変ですよ。

 お客さんのオフィス(都内某所)、1時間ぐらい話をしてて(上着は着ないけれど、首まわりはYシャツとネクタイでがっちり)、帰るころに、「ずいぶん寒いなあ」と感じるところがある。
 女性の職員さんもいるけれど、こんなに寒いところに朝から夕方まで居たら体調壊さないかなあとこちらが心配になってくる。てか実際にそういう苦情がでてるのかもしれない。

 別のところですが、やっぱり部屋の温度が相当低いところがある。
 そこの女性いわく、「男性の外回りの人が多く、ものすごく暑そうなので、その人を基準に冷房温度を設定している」ですと。
 
 いやあ、その心遣いはとても貴重だけれど、外から室内に入ってきて、「ああ涼しい」と思うくらい冷房しているところは、30分もたつと「寒い」という感じになると思う。外から室内に入ってきて、「あれ、冷房ちょっと効きが悪いんじゃない?」くらいのところのほうが暫くしていい温度になるんですよね。

 宗教というのはなかなかに難しい。 

 この前、本を読んでいたら、なんと3大宗教(仏教、イスラム教、キリスト教)ともに、元々男女は平等じゃないんだそうな。  サンスクリット語の名詞にはフランス語やドイツ語のように、男性形、女性形とあり、仏陀は男性名詞、菩薩=ボーディサットゥアも男性名詞、その他の仏教にでてくる仏(人物)はみんな男性形なんだとか、観音様も元はといえば男なんですかね。キリスト教では新約聖書に集まった群衆の数を数えるのに「女と子供を除いて」みたいな記述があるとか(マタイ伝14の21)。  イスラム教は言わずもがな。

 聖典に書いてあることは宗教のすべて。以前モルモン教のケントギルバートが「酒を飲まない(お茶を飲まない)というのはモルモン教の前提であって、そこは異教徒が議論をふっかけてきても議論にならない」という発言をしていた。 聖典に書いてあったらそれがすべてで、そこをつっこんでもしょうがない。酒は飲んではいけないというのは、健康上の理由ではなく、神様が禁じていること=そこに書いてあることは真実なのですから。逆にそうだと信じてないことには宗教は始まらない。  

 とすると、男女同権というのは、今では当たり前という風にみんなが思っているのだけれど、宗教に忠実な人からみたら、とんでもな話なのかもしれませんね。そして、そういう宗教的な男女差別は、それが聖典に書いてある限り、普遍的真実であって、男女が同権というほうが間違っているということになる。そうなると何が正しいことなのかちっともわからなくなりますね。  

 タリバンにつかまった韓国人23人、早く開放されるといいと思いますが、新聞記事によると「タリバン支配地域」で、「ノースリーブで観光」していた女性が居たとか。 タリバン支配地域なので、すぐに宗教的不道徳で「密告されて」つかまった疑いがあるのだそうです。  この記事が本当なら、西欧的価値観のまったく通じないところにいくのに、うかつすぎますね。パキスタンにしろイランにしろ、キリスト教徒であっても仏教徒であっても、女性はスカーフをかぶって風波を立てないようにするのが普通。それをさらに過激なイスラム教を信奉するタリバン支配地域にノースリーブじゃあちょっとまずい。それは通報されちゃいます。  

 しかも、彼らの価値観は、イスラム教>異教徒の命 なわけですから人質にとって同胞の釈放を要求するのは正義以外の何物でもない。  なおかつ、韓国人ボランティアは、自分たちは「平和のためのボランティア」だから、他国の軍隊のように襲撃されないだろうというような甘えがあったようだとされている。 ボランティアをやる人がよく陥る自己陶酔みたいな部分があったのでしょうか。 

 以前書いた、ジョークのつもりでインド人にビーフカレーを食わせたり、イスラム教徒にカツ丼を食わせたりするのは、非常に危険。現地で逆鱗に触れ、嬲り殺しにあってもそれは、「彼らの正義」なのですから、多分罪に問われないでしょう、殺したやつは誉められるかもしれない。  海外旅行は危険が一杯というのは、スリや強盗に遭遇するということがまず頭に浮かびますが、そういう単純なところだけでなく、宗教的文化的価値観の違いによるすれ違いとかそういう部分は、わからなないだけによくよく注意しないといけない。

 傷病手当金という制度があります(昨日も書いたけれど)。

 健康保険に入っている人が、病気や怪我になって、仕事ができない場合にその休業補償を受けるものです(有給を使っている場合は出ませんが、有給が切れたら大抵これを貰って生活を成り立たせている場合が多い。)

 会社の社長さんも健康保険には加入しているので、当然病気になって働けない場合には、お金を支給されます。

 ところが、問題は税金(わしの苦手な)。

 昨年から運用が変わって、会社がずっと50万円の給与の社長さんなら、そのまま50万円を出し続けなさい。そうしたら払った給与は経費として認めてあげるよ。ということを厳密に適用するようになったらしい。給与の上下は認めませんということ。

 会社が儲かったら給与をあげたり、損したら給与を下げて税金を逃れる対策なのかもしれませんが、どうも変。


 ある社長さんがいます。給与50万円貰っている。 で、ある日突然病気で倒れた。

 この場合、今までだと、「給与を一旦全額停止」にして、傷病手当金(給与額の3分の2)を貰うことができた。

 ところが、これを今やると上のように「給与を下げたらダメですよ」という規定にひっかかって、税務上経費にならないんだそうな。てことは、給与を下げたり停止したりできないから、結局社長さんは、税金が増える事を考えると、傷病手当金をもらえないことになる。

 大きな会社なら、寝たきりになった社長さんに給与を払う余裕はあるかもしれないが、中小企業にそんなことはできない。社長が寝たきりになっても延々と給与を払い続けなきゃ行かんのか?本当にそれでいいのか。ま確かに労働者じゃないから働かなくても給与を貰えるというのはわからないでもないが、それは理屈での話。

 そらあおかしいだろうってことで、東京国税局の税務相談室に突貫電話。

 出てきた職員がまた鼻をくくった対応で、、、

 「ええ、ですから、社長さんなら病室のベッドの上から部下に指示ができるわけですから、病気とはいえ給与を払うのは当然で、、、」
 「はぁ?、脳梗塞でぶっ倒れた人まで仕事させるのですか、税務署は?」
 「いや、ですからね、法律上はしょうがないんですよ」
 「でも、資金繰りの大変な中小企業は、社長がぶっ倒れたときに、ぶっ倒れた社長に延々と給与を払い続けることなんてできないし、給与を減額したり、一旦停止にできなきゃおかしいでしょう? 国税局は中小企業をつぶすためにあるの?、意図的な利益操作じゃなくて、社長が倒れている、しかも中小企業はその倒れた社長が全て=いなくなれば倒産する んでしょう?」
 「そうはおっしゃられてもですね。法律が」
 「わかった(わかってないけれど)、じゃあ 50万円の給与を一旦入院中だけ止めてまた50万円にするのはいいわけ?」
 「その場合は、給与全額が経費として認められなくなりまして、あくまでも定時同額が原則ですから、、、」
 「えええ、病気になる前払っていた50万円も経費じゃなくなるの?」
 「いやあ、ですからその辺はなにぶんにも先例がなくて、運用はまだ未定で、どこからかというのははっきりしておりません」」
 「正直、中小企業で、社長さんが倒れた場合のことなんか何も考えていないわけね? しかし、取り扱いもわからないでよく運用していますね?」
 「これについては、しばらくたたないと。。。」

 今回税金の運用を変更したおかげで、「健康保険の傷病手当金の規定」は少なくとも役員に関しては意味を持たない(使えない)場合が多い規定になってしまったわけだ。

 保険料は同じなのに、給付が違うなんてことがあるかいな。
 しかも、ぶっ倒れた社長の生活をどうするか?、中小企業の社長だとすぐに私生活と会社経営が傾くという問題はおおきくのしかかってくる。
 
 税務当局は、こんなことまで考えないで法律作っているんだろうな。でも、ここのところ毎年、役員が病気になって、、、って話が出てくる。本当にそうなると大変なんだよ。会社つぶれるから。

 しかし、こんなことあっていいのかな。

 防衛策は、会社の社長さん「民間の保険に入りましょう」しかないのでしょうかね。というか入っておかないととんでもない事になる。

 税金はプロじゃないから、なんでこんなにかたくなに「定時同額」にこだわるのかさっぱりわからないが、もしわしが社長で、病気になって、こんなこと説明されたら何のために高い「健康保険料払っているのか」わけわからない、それこそはらわたが煮えくり返るほどに不愉快だと思う。

 午後になって暑い中、エネルギーあげまくりで疲れた。