海外に出ること
うおおおお、、、涼しい。って室温30度を下回った程度なのにこんなに感じるのか。今までの暑さが尋常じゃなかったってことですよね。
ただお昼は、相変わらず38度くらいになってて、今日もファミレス避難しようかなと出かけたら、ファミレスが満席で入り口に待ち客が居たのですごすごと、近所のコーヒー店に移動した。昨日は空いていたのにどうしたんだろう。
北アフリカに出かけた時、連日40度を上回るような気温で、死ぬかと思ったが、なにしろ空気が乾燥していたので夜は涼しかった。
まさか日本(しかも東京)が、北アフリカのサハラ砂漠の近所の気温になるとはねえ。チュニジアでバスに乗り、車内の気温が41度になって意識が朦朧としてたときのことを思い出す。しかもそのバス、エンジンかけたままガソリンスタンドで給油してたんだぞ(信じられん)。
☆☆☆
同窓会でHさんと話をした。
同級生なのにさんづけなのはHさんが、「年齢的に1つ上」なのが理由、同級生もHさんとさんづけだった。
昔のHさんは、髪ボウボウでガタイもよく大きなバイクに乗っていた(記憶がある)。そんなHさんなんだが、げそっと痩せていた。痩せた理由が「アフリカに行っていたから」なんだそうだ。
さらに話を聞くと、Hさんは「海外青年協力隊」で物理教師としてガーナに派遣されていたとのこと。
あれれ、Hさん文系クラスじゃなかったの?と突っ込みを入れると、派遣されるガーナではまあそんな文系クラスの物理でも何とかなる程度のもの(だったらしい)。もちろん試験があったそうですから行く前には勉強されたのだと思いますが。
15年くらいも前になるけれど、ガーナに出かけ、休暇の時にブルキナファソからマリに抜けて、トンブクトゥまで訪れたということ。で、わしも行った事があるので、マリやらガーナの諸都市(アクラ、クマシ、タマレ、タコラディ其の他)の話で盛り上がった。Hさんいわく、帰国後ここまでガーナの話が通じたのはお前(わしのこと)が初めてだ。ですと。山陰からアフリカに行く人は少ないのか。
Hさんも当然のごとく、「現地でマラリアに罹った」そうですが、海外青年協力隊でバングラデシュに赴任していた女性(この人は同窓生ではないです)が「あ、私は赤痢に2回なっただけです」とこともなげに言っていたところをみると、長期の滞在では「現地の病気」は避けて通れないんだろうなあ、と改めて協力隊の大変さを感じた。
海外青年協力隊の元締めといえばJICA、そういえばJICAに勤務のH谷は、同じクラスだったのに参加してなかったな。おいH谷(こちらは当然さんづけではない)、飲みたいぞ、わしのブログは読んでいないだろうからここで騒いでもムダだとおもうが。
ケニアに駐在していたこともあるアフリカの援助のエキスパートらしいのですが、いろいろとアフリカの話を聞いてみたい。tobyまた何かあったら宜しくね(H谷の住所しらない)。
3次会で一緒に飲んだ同級生は、外資系の会社(理系です)に勤めていて、ある日突然出張明日からアメリカに行ってくれといわれ、その後帰国、かとおもいきや成田に戻らずソウルに行ってくれといわれるくらい世界中をつれまわされたり、すごい生活を送っているようでしたが、わしらの年代で海外に行く人は当然ながら大抵が、仕事なんですねえ。
わしのようなバックパックは少なかったなあ(というか探し出せなかった)。バックパッカーと仕事で旅に出る人は旅のスタイルが違うから視点がかなり違うんですね。
もうすこし稼げるようになったら、バックパッカーに戻るぞ(宣言)。
ということで仕事がんばらなきゃ。
