2007年12月アーカイブ

 昨日夜6時羽田発の飛行機で帰省しました。

 1時間ちょっと前に羽田空港着。さすがに帰省のピークだけあって空港は大混乱。チケット購入、発券は長蛇の列で自分の順番が来るまでに20分以上待った。時間があるうちに近所のJTBで発券しておけばいいだけの話だけれど、それをやっていなかったんだからしょうがない。チケット(というより今はeチケットだからお客様控になるんだけれど)を発券しながらお姉さんが、「天候調査で、風雪が強い場合は大阪で降りるか、羽田に引き返しますから」と説明する。いや、天気には勝てませんよ。運を天にして任せるしかない。

 事故や整備不良等エアラインの責任で飛行機が飛ばない場合はガンガン文句を言ってもいいけれど、自然が原因で欠航したりする時は絶対文句を言ってはいけない。だれかが以前そういっていたけれど、わしもそう思います。イライラはするが仕方がない。

 それからお土産を買って、パッキングしなおして荷物を預け(手荷物で全部機内持込にしてもいいけれど、67番ゲートと聞いて、すぐに預けることに。何しろ遠い遠い端っこのゲートなので、空港内を延々と歩かないといけない。

 機内放送でも、「大阪に降りるか、羽田に引き返すか」という説明が出発前にある。

 機内誌をパラパラとめくっていたら、クラシック音楽の欄が「ヨハンシュトラウス特集」になってる。日本だと、年末は第九、第九、で年が明けると「ヨハンシュトラウス」。もうそんな年の瀬か。個人的にはヨハンシュトラウスは好きなんですよねえ。

 てことで、早速イヤホンつけてヨハンシュトラウスを聞こうとする。が、何しろこういう天気、やたら案内放送が入る。美しく青きドナウの中で、皇帝円舞曲の中で、この2つは離陸付近と着陸付近で流れていた(プログラムが1時間なのでちょうどそういう風になるんだろう)。うーん、結構つらい。着陸前もちょくちょく案内放送が入る。そのたびごとに音楽は中断。荒天がうらめしい。やっぱ飛行機の中のエンターテイメントはいろいろと制約が多いですよね。

 結局飛行機は大阪で降りることも、羽田に引き返すこともなく、無事空港につきましたが、現地は大荒れでした。気温が2度くらいしかない。雪は横殴りで寒い寒い。本当にちょっと間違えてたら年内に帰省できなかったかも。

 松江市までバスで40分、到着した時はもう8時をだいぶ回っていました。あーおなかすいたから夕食食べてから家に帰らなきゃと思っても、この時間じゃ駅前はなんにもない。地方都市の夜は早いんです。仕方がないから市内に引き返して、あまり美味しくないラーメン(うーんこれで650円かというような)を食って、コンビニでお茶を買って、タクシーで実家に戻る。初乗り560円は安いよなあ。東京は700円越えているんだもんな。

 家に帰って一息ついて、深夜3時まで起きていろいろ雑用して、就寝。ちょっと疲れました。 

 乗り継ぎの電車が遅れて、結局基隆についたのが午後7時すぎ。

 日が暮れてからの宿探しはきついんですよね。しかも基隆は初めてだったし。さっぱわけがわからんけれど、どうも夜市をやっている辺が宿がありそうだと出かけて、1軒目、受付のお姉さんがさっぱり訳がわからない人で(日本語は当然英語もダメ)普通は宿に客が来たら言葉がわからなくても意図は解するのが世界一般だと思うんだけれど、で2軒目に当たる。部屋はあり700元ですと。夜なので他をあたることなくチェックイン。結局この旅で使った宿代トータル二泊で4000円(笑)。あとでガイドブックみたら地球の歩き方に出ている宿だった。いやあそこに出ている宿はできるだけ避けたいんだけど(ガイドブックなぞるだけの旅ってつまらないでしょう)、結果泊まるのは仕方が無い。

 お菓子はつまんでいたものの、しっかりした食事は花蓮の駅弁だけでおなかがすいていたので、すぐに夜市に出撃。港町だから海産物が安くて豊富だと聞いていて、屋台に入って、海老と牡蠣を揚げてもらってビールを飲んで(一人で酒を飲むのは非常に珍しい、多分年に1,2回のこと)、お支払いは420元(げげげ、昨日の宿代より高い)。やっぱ海産物は高いのかなあ。量もそう多くないし、納得いかない。アジア諸国では、事前に値段を聞くのは必須だけれど、台湾(特に南東部)の人のよさについつい日本的感覚になってたよ。

 ちょっとおなかが落ち着いたので、足ツボマッサージをやりに行く。

 昨年は痛風で、足ツボ行かなかったのよね(苦笑)。痛風の後遺症で普通に足を押されるだけで痛い状態が1年近く続いたので、普通のマッサージだけしてもらってたんですよね。

 で、久しぶりにやってもらったら、痛風発症前より2倍は痛い、うーんますます体が老化していっているのか(汗)、こらあまずいわ。

 足ツボで少し足が軽くなって(軽くなった気がして)、ヨーグルトとお茶其の他を買って宿に戻りそのままダウン。

 

 最終日、9時頃のバスで台北に戻る。台北までは30分ちょっと。高速道路があるから早いです。

 基隆に夜ついたので夜景しかみなかったけれど、港町は好きです。住むと環境がイマイチだったりすることも多いですけれど、ロマンがありますよね。宿を出て、ぼんやりと港を眺めてそれから駅そばのバス乗り場にでかけた。 

 今でも、船旅で沖縄から台湾に来る人もいる。戦前に飛行機がないときは、台湾を目指す人はみな基隆を目指してやってきた。そんな昔に思いをめぐらせていると目の前のゴミ回収船が海に浮かんでいるゴミを収集中、、、、 現実はやっぱ地球環境汚染かなあ(笑)。昔わしが子供の頃は、海洋汚染なんて言葉はあまり聞かなかったので、みなゴミは海に平気で捨てていた。そういう人間の悪業が積み重なって今爆発しているのかなあ。

 

基隆港.JPG

 

 

 

船を毎日見て育ったせいか、やっぱ港町は好きだ

 

 

 

 台北9時半はまだ街が半分寝ている状態なので、旅の締めくくりにいつも1回は行く龍山寺をお参り、三越でお土産を買って、最後に台湾に来たら必ず行くマッサージ屋に行って1時間しっかり全身をもんでもらう。いやあ、昨日の足ツボに負けず劣らず全身が痛い。ツボを押されてのたうちまわる。いやほんと昔はこんなにあちこち痛くなかったですよ。正直やばすぎる気がする。

 足ツボが終わって1時前。そろそろいい時刻なので、空港へ向かおうか。という前に腹ごしらえ。

 台北駅の駅構内で、最後の駅弁を買う。1週間前くらいから発売され始めたヤキソバ(正確には焼きうどんだと思う)、50元。これだけじゃ足りないので、駅の地下街の餃子屋で餃子とスープ追加。おなか満杯にしてバス乗り場へ。

 

台北駅弁1.JPG

 

 

 

 

 

やきそば(やきうどん) 駅弁

 

 

台北駅弁2.JPG

 

 

 

駅弁パッケージ(最新式電車EMU700)

 

 

 台北駅近くの空港行きバス乗り場は人で溢れて(こういうのは初めてだ、この時期は混雑するのかな)、バス1本待って次の便に乗せられる。所要時間1時間で、2時40分空港着。ところが、第2ターミナルで降りる予定が第1で降りて(恥)、あわててターミナル連絡バスにのったら、こいつがまた変なバスで、いきなり空港の外に出ようとする。あれーと思って運転手に聞いたら、英語も日本語もダメだし(苦笑)。結局8の字形で空港をぐるぐる回っていることが判明。第1-空港諸施設ー第1-第2 という風にえらく時間を掛けて動くバス。ここは正直疲れた。

 3時頃にチェックイン。免税店は完全に冷やかしで(買いたいものないし、酒タバコをやらない人には本当に意味ない施設だな)、余った小銭でケーキとコーヒーをオーダーしくつろぐ。

 16時45分発、飛行機は行きと違ってやたらと順調、3時間もかからずに成田着。

 普段は京成電車で帰ってくるのですが、小岩行きのリムジンがちょうどあったので、試しに乗ってみた。高速道路が渋滞しないので早い早い。途中停車の葛西なんか45分でついちゃう(驚)。

 つうことで、無事帰宅。

 いやあ、駅弁と温泉と電車三昧で 全然疲れなかったです(笑)。

 こういう旅なら何回行ってもいいなあ。台湾に到着時に空港の両替所で3万円を両替し、結局使ったお金は28,000円ほど。2千円余った。台湾1周したのにお金が余るのは、ひとえに「交通費の安さー台湾1周で1万円は絶対かかっていない」と「宿代にお金が殆どかからなかったーこれは偶然の産物」からでしょうね。残りの2千円は次に備えて再両替せず持って帰ってきました。

 (データ)

 3泊4日(うち1車中泊)  走行距離 たくさん 

 食った駅弁4個、入った温泉3箇所、マッサージ3回(足ツボ1回、全身2回)

 花蓮についたのが11時25分(列車を降りようとして、ホームの上を疾走するバイクとぶつかりそうになった。ホームの上をバイクで走るか?むちゃくちゃむかついてにらむが、運転していたオッサンはそ知らぬ顔だった。台東から花蓮あたりは人がいい人が多いんだけど、こういうバカもちゃんといるんだな。

 てことで花蓮で1時間の乗り換え時間がある。何をするかというと時間的に「ヒルメシ」 花蓮の駅のホーム側には駅弁屋があるのだけれど待合室のほうにはなさそうだ。セブンイレブンもあるが、そこで買う弁当は駅弁なのか? うーんなかなかそこは判断しづらい。とりあえずフラリと駅の周辺を歩く(タクシーのタロコ渓谷に行かないかの勧誘が凄い)、すると駅弁屋がある。駅の中で買うのが駅弁という風に厳密に決めなくてもいいだろうということで、そちらで購入。買ったのは今までの駅弁と違って、野菜たっぷり駅弁(チャーシューも入っているけれど)、70元。

花蓮駅弁.JPG

 

 

 

花蓮駅弁(正確には駅前弁)、野菜が敷き詰められていてヘルシー

 

 

 

 おいしゅうございました。元気をだしてついでに駅の構内にマッサージ屋さんがいたので、揉んでもらう。実は瑞穂温泉でやってもらおうと思ったんだけれど、個人経営の人で、電話しても連絡がつかなかったのよね。ひなびた温泉はそういう設備的な部分が劣るよなあ。

 駅のマッサージ屋さん、10分100元、弁当を食い終わって出発直前まで30分間。腕は悪くなかったけれど、駅の待合室のど真ん中でシャツをたくしあげさせられて、タイガーバームみたいなすーぅっとする薬剤を塗られた。いや、こんなんじゃさすがに女性はしないだろう。ちょっと恥かしいし。と思って横を見たら外人(欧米系)のコニシキ体型のオバサンが体揉んでもらってた、アジア人と同一料金はマズいだろう(笑)。

 マッサージは出発の8分くらい前に終わり、花蓮始発の普通列車(こっちは電車)に乗り込んで、蘇澳駅を目指す。

 平快と違って、都会の通勤電車と同じようなロングシート。これは長時間座るもんじゃないよね。本当に味気ないしつまらない。

 1時間ちょっとして蘇澳新駅につく。旧駅と二つあるらしいんだが、当然新駅は不便なところにあり、タクシーを頼むしかない。タクシーで市街まで160元。

 蘇澳駅は何が有名かというと、冷泉(炭酸泉)。出てきた冷泉に砂糖を入れるとラムネになるらしいんだけれど本当かいな。ま、何はともあれ冷泉浴に行くが、時期が時期なんで誰一人屋外で冷泉浴なんてしている人はいない。夏はこんな感じになるらしいんだけれど。

 で、冷泉だけでなく温泉とセットになる個室湯を所望。屋外で冷泉なんて浴びたら一発で風邪引いちゃうよ。

蘇オウ冷泉.JPG

 

 

 

下から泡がぶくぶく、天然ジャグジーではないが不思議な感覚

 

 

蘇オウ温泉.JPG

 

 

 

木桶のほうにお湯を張ってそっちばっか入ってた

 

 

 本来なら冷泉に入って暫く動かないでいると体がポカポカしてくるらしいのだけれど、あまりの冷たさにすぐに挫折、もう足を入れた瞬間だめだと悟った。で、木桶のほうに温泉が入るのでそっちばかり入っていた。冷泉でポカポカは暑い頃にやらないとダメだよな。しかし冷泉を温めて温泉って言っていいのか?よく温泉の定義を知らないからわからないが。ここも夏に着てみないといかんなあ。

 そんなこんなで1時間風呂につかり、その後名物サイダーを飲んでから、街を軽く散策。時間があったのでネットカフェでメールチェック。いやあ本当に便利な世の中になりました。

 蘇澳駅を16時45分に出て、蘇澳新駅で今回の旅で初めてかつ唯一の自強号(特急)に乗り、基隆を目指す(途中乗り換えアリ)。

 

 

 

 

 

 平快 といっても何の事だか 相当に鉄分が濃い人で無いとわからないと思います。

 わしもよくわからなかった。が、要するに昔の客車の鈍行。台湾でも鉄道近代化の波が押し寄せ、昔風の客車鈍行はもうすぐ全廃予定。絶滅の危機に瀕しているのです。

 てことで、日本の鉄道マニアが大挙(してるのかどうか知らないが)、客車列車に乗りに台湾まで出かけている様子。来年でかけたらもう走ってないかもな列車らしいのです。確かに新幹線も走りはじめた国なんだから時代の流はしょうがない。

 しかし、乗りたくても朝晩しか走っていないという風でダイヤ設定がとても悪く、一番乗りやすくかつ距離が長い台東ー花蓮を走っている平快200次(200次というのは列車番号)は一番人気。で、せっかくだから平快に乗ってみようと思って、わざわざ特急や急行を使わずに、利用するわけですな。

 あ、ちなみに台湾では、電車の鈍行と客車の鈍行では値段が違うんです。これなんでなんだろうか。日本だと各駅停車は種別に関係なく一律ですもんね。

 わしも子供の頃には、客車の鈍行列車が走っていたのになあ(遠い目)。京都から松江まで1日掛けて乗りとおしたことがある。昔の餘部鉄橋は最後尾で除いて(昔の客車はドアが開いていたり、最後尾からは外が見えたんですよ)

 そんなこんなで、ちょっと遅れて瑞穂駅に来た平快200次をパチリ。いや、失敗だ。どうでもいい機関車が写っていて、肝心の平快の青い胴体が写ってない(汗)。 相変わらず写真はへたくそだなあ。                                                                 

平快200次.JPG                                                                                                                                                                                                              

 

 

オレンジの機関車じゃなくて、青い客車のほうに注目                                                                                                                                                                                                                                                                    

 

                                                                                                                                                                                     

 わしの乗った車両はお客さんゼロ(苦笑)。いや一緒に乗った人がいたのでわしらが乗って乗客は2人になった。まあこれじゃあ、平快は廃止されても仕方が無いなあ。というか、平快がディーゼル車になってもやっぱり人が乗らないんじゃないかな。台湾でも一番人口密度の低いところだから。外見だけみたらそうボロそうにも見えない平快ですけれども、乗ってみるとやっぱりガタガタ。でも窓を開けて外の風を入れてその時に入ってくる機関車のディーゼルエンジンの独特の匂いをかいで。カタンカタンというレールのジョイント音を聞いていると、ああーいい気分。時々反対列車と追い抜き列車の待ち合わせのため長時間停車。

 

平快200次車内.JPG

 

 

 

平快のレトロな車内

 

 

平快200次窓.JPG

 

 

 

唇をとんがらせてるように見える窓を止める金具。こういう細かい部分がそこはかとない懐かしさを感じさせてくれる。

 

 

 いやあ、わしの子供の頃の山陰本線そっくりだ。本当に懐かしさがこみ上げてくる。でもこの平快もそろそろお役御免なんだよねえ。本当にお疲れ様でした。

 1時間半ほど走って花蓮駅に到着。ここで1時間ほど小休止して、列車に乗り換え。

                                                                                                                               

 
 瑞穂温泉でタクシーの運転手さんが連れて行ってくれたのが、瑞穂温泉山荘。定番の宿らしい。宿のご主人の説明では、日本統治時代に警察関係の保養所として発達したのだとか。

 宿泊料金はいくらするんだろう。外見やフロントの感じじゃそんなに高そうな気はしないが、でも温泉だしちょっと不安なあと思って恐る恐る聞いてみると、日本時代からある畳部屋はなんと400元=1440円。 ええええ、それ安すぎちゃうんか?

 いつもシブい旅しかしてないわしでも、温泉宿ならそれなりの値段を覚悟しているぞ。まあ、安いに越した事はないんだが。

 ということで、連れて行ってもらった部屋が写真の通り。見事に何にも無い。テレビもエアコンもない。これじゃ安いわ。なおかつ修理はしているものの築90年らしいしねえ。

 

瑞穂温泉山荘畳部屋.JPG

 

 

 

温泉で泊まった畳部屋

 

 

  畳部屋じゃなくて、ちゃんとした部屋もあるらしいのだが(1500元とか言ってたっけ)、真冬でエアコン要らないし、テレビはよくわからないし、しかも前日は車中泊だからすぐ寝るだろうから、関係ない。

 すぐ風呂に浸かり、飯はパスして(駅弁攻撃で胃が言う事を聞かなくなっていた)、暫くくつろいで、また風呂に浸かり。隣の部屋の人が日本人の男性だったので、夜はビールで乾杯して雑談。

 宿はボロだが、湯はいいぞお。いかにも温泉~~~って感じの色(鉄分でオレンジ色)、体に効きそうだ。

 でもって、夜の11時頃に眠くなってダウン。翌日は朝7時に起きて、早速風呂に行くけれど、大浴場は、、お湯が抜いてある(汗)。あわてて宿の人に尋ねたのだけれど、個室のほうに入れといわれた。おお、そうかそうか。個室のほうもお湯が抜いてあったけれど(掃除中)、蛇口をひねるとすぐ湯が出てくる。大浴場のほうもお湯が抜いてあっても、間断なくお湯が注ぎ込まれているのだから、湯量は豊富なんでしょうね。俗に言う掛け流しってやつですか?

 

瑞穂温泉.JPG

 

 

 

 

お湯はいい湯でした

 

 

 8時45分に、前日瑞穂温泉に来るのに使ったタクシーを呼んでもらって駅へ向かう(隣の日本人とシェアした)。ミーハー観光客ですから、記念写真も一枚。

 何も無いところですが、湯がいいから、多分また来る事があるんだろうな。この瑞穂温泉の奥に紅葉温泉ってのがあるけれど、そこも泉質がいいらしい。なんだかそこにも足を伸ばしたくなってきたなぁ。

 

瑞穂温泉山荘.JPG

 

 

 

 

 

 

出発日は12月25日。クリスマスイブからクリスマスにかけての日を温泉三昧ですごした贅沢。うひー。

9時39分瑞穂駅発、平快200次で花蓮に向かうのじゃ。

 てまあことで電車に乗って、おにぎりほおばって、後は2時間したら瑞穂につくからとおもってのんびりしていたのですが、どうも気になることがある。

 台東駅に「名物池上弁当」みたいな張り紙があった、台東駅から3つめの関山駅では駅売りの弁当屋さんがいて、反対側にいた男性が弁当を買いに行ってた。

 ガイドブックを丹念にみ返してみると、どうも「駅弁が名物」らしい。しかも、次の「池上駅の駅弁」最も有名なんだそうな。

キョ光号車内.JPG

 

 

 

 

キョ光号車内、日本の在来線の特急列車と全く変わらない。

 

 

 これは、うかうかしておられない。池上駅で何分停車するのかわからないが、何とか駅弁を買い求めないといけない。最近は鉄分(鉄道趣味の濃さ)が抜けていたが、その抜けていた鉄分が急に元に戻っていく気がする。弁当がホームで買えないと終わりだけれど、まあそれも覚悟の上で勝負をかけるしかない。

 で池上駅14:20分ちょっと遅れて列車が到着。

 そうすると、いたいたー(^^) お姉さん(オバサン)が、「弁当ー」という声を張り上げてる(わしのミミにはビントーと聴こえるが、現地の言葉で、便當(當は当の旧字体?)なんで発音が同じなんでしょう、すぐわかる)。 当然列車が停止したら、一目散に売り子さんめがけてダッシュ。何か昔の軽井沢の峠の釜飯争奪戦を思い出すなあ(笑)。

 無事弁当を買い求め(70元・・100元札だすと、ビニール袋におつり30元を入れてある(要するに事前準備してある)ところも、峠の釜飯スタイルだな。

 買い終わってから思い出した、んんん、朝は高雄のパーコー飯駅弁、昼はさっきおにぎり食ったばっか(笑)。全然腹減ってないやん。でも、弁当は温かいうちに食べないと冷たくなってしまうと美味しくなくなってしまう。てことで列車が発車してしばらくして弁当を食う。

 

池上弁当.JPG

 

 

 

まあ、日本の駅弁になれた人からみるとやや貧相に見えるのかもしれませんが、パーコー弁当じゃないだけ(真ん中のカツみたいなのも薄い)いいし、米もこちらの米は台湾で一番の米で美味いし、なによりもこの箱が薄い木(経木って言うのかな)なんですよねえ。木の香のする箱はすごくいいわあ。

 

 真ん中辺に梅干があり、一番下(ゆで卵の横)に奈良漬があり、一番上(カツの上)にたくあんがあり、おお~お漬物3点セットと喜んだのもつかの間、一番上のたくあんに見えたのは生姜の輪切りでした(苦笑)。

 てことで、もう満腹すぎるほどの満腹で(空腹だったらもっと美味しかったんだろうなあ)、ぼんやり景色を眺めながら台湾西部を北上。15時11分に瑞穂駅につく。

 うーん、また瑞穂駅から温泉までが距離あるんですよねえ。駅前からタクシーに乗って、170元。 ところがタクシーの運転手さん「150元でいいから」なんておっしゃる。またまた自発的料金値引きかいな(笑)。台湾南西部は人がいい台湾人のなかでも最も人がいいといわれているだけのことはあるわ。ほんとインドのタクシー運転手に爪の垢飲ませたい。

 てことで、3時半すぎに、瑞穂温泉に到着。宿はどんな宿があるかわからないから、タクシーの運転手さんに「頼むわ」のお任せでしたが、黙っていると連れて行ってくれる有名な宿があるらしくそこへ連れて行かれた。基本的にみなりがみすぼらしいのか、ありがたいことに世界各国どこへ行っても「高い宿へ連れて行ってくれ」とも「安い宿に連れて行ってくれ」とも言わないのに、安めの宿に連れて行ってくれる。タイあたりだと、カオサンとかソイカセムセンとかいう時点で安宿(最近はそうでもないらしいけどね)確定なんですが。

 高雄に6時40分頃について、時間がある。

 深夜の高速バスにのったら前回もこんな時間について、時間をもてあましたなあと思い出す。基本的に夜だと夜市に繰り出したりして時間をつぶせるのだけれど、早朝は辛い。日本でも東京駅に朝5時台(高速バスだとこういう可能性がある)につくと、本当に夜が明ける7時頃(この辺からモーニングの飲食店が開店し始める)まで本当に時間つぶすのが大変だ。

 1時間ほどヒマをつぶして、高雄発7:11分のキョ光号(キョー草かんむりに呂と書く=急行列車扱)に乗車(写真)。乗車前に、お茶と駅弁と時刻表を買い込む。

 

キョ光号.JPG

 

 

 

知本駅に到着した、キョ光号

 

 

 台湾の駅弁は基本的にパーコー飯(ここの写真の中段と下段にある豚スペアリブ)が乗っかっているご飯で、全体の量は多くないが脂&油ギッシュで、正直おじさんには重い(苦笑)。まあ、駅弁と聞いて条件反射的に買い込むほうも買い込むほうだが(笑)。しかし朝7時台に食べる飯じゃないよねえ、確かに。

 列車はトコトコと(まさにトコトコと)南回り線を移動、こういうのんびりさがいいんだわあ。バスでの移動の疲れもあって、時々記憶が飛ぶような状態で、9時47分に知本駅に到着。駅について外に出ると、なーんもない(笑)。バス停もわからない(わし言葉しゃべれないし)。仕方が無いのでタクシーに乗って「温泉へ行ってくれ!」、「どこ行くんだ?」「 どこでもいいわい (殆ど会話になってない(笑))。温泉についてメーター見たら205元。そしたら運転手さん「200元でいいから・・」 何て人がいい、、ちょっとインド人に爪の垢飲ませてやらなきゃなあ。  

 

知本温泉.JPG
 

 

 

 

 てことで、お任せで連れて行ってくれた温泉@知本温泉

 

 1時間ほど朝風呂を楽しんだ後、お昼頃のバスで台東市に戻る。台東市からはまた鉄道に乗って、一路瑞穂を目指す。今日のお泊りは瑞穂温泉に決定、13:22分発のキョ光号でGo!お昼のおにぎりと、お茶とお菓子を買っていざ乗り込む。

 旅に出たからには旅の日記を書かねばならない。

 てなわけで、まあいろいろ思い出を書いておきます。(自分のため?)

12月23日

 中華航空105便(成田19:40分発)で出発。

 出発は10分遅れで、なおかつ向かい風が強いのか、思いのほか時間がかかり現地(台北)についたのは午後11時を回ってから。飛行機はエアバスA330でしたので、シート液晶つき、本当にこれいいんですよね。これがあると時間が経つのを忘れてしまう。

 で、選んだ映画はダイハード4(映画館で観てなかったのよね)、戦闘機に飛び乗るというあり得ない設定に苦笑しつつ(こういうリアリティが無いのは苦手だ)、機内食を食いながら2時間で見終わって、その後時間があったので若干ゲームをして、さらに時間があったのでハリーポッター(何作目だっけ?)を観ようとして15分くらい経ったら、着陸で映像サービスが消えた(苦笑)。2本映画を観るには時間が無い。

 新しいパスポートではじめての入国をし、3万円を台湾元に交換(ほんとレート悪くなっているよなあ、トホホ)。

 空港連絡バスに乗って一路台北市内へ。終点の台北駅(台北車站)で降りて、そのままバスターミナルへ(近い)。

 高雄行きのバスのチケットを買って(710元)、水とお菓子を買い込んで、1時15分に出発。

 台湾では有名な総統座椅(2番目の写真)ってやつなんですが、やたらと豪華風なだけという話もあり(確かに。座席にマッサージ機能は絶対いらないと思う)、それでもシートテレビがあるので、ビデオで映画でもと思っていたら「ハリーポッター」があったので選択(機内で見逃したのと全く同じの)。でそれを観ようとしてまた15分くらいして、記憶が消えた。またかいな(苦笑)。

 台湾というのは大きくない国なので、高雄までは高速バスでほんの4時間半程度。朝の5時40分過ぎに高雄駅に無事到着。あーもうちょっとゆっくり走ってくれんかな(笑)。

 夜行バスは最近しんどい(体力的に)ので、国内でも全然使いませんが、深夜に台北についた場合の宿探しの面倒を考えるとついつい夜行バス使ってしまいます。台北定宿の南国大飯店がなくなったのは痛いなあ。

ご報告のみです。

詳細は明日以降(書くことは山のようにあります)。

あー疲れてない(笑)。

 4時になったらそろそろ家を出ます。19時40分中華航空105便台北行き。水曜日の夜に帰ってきます。おかげで水曜日のFPの忘年会出られなくなっちゃった(大汗)。

 目的は、単なる遊び(笑)。温泉ですこし疲れを癒してきます。どこの温泉に行くかは、飛行機の中でガイドブックを見て決めようと思う。海パン忘れないようにしないと(これがないと温泉に入れないところ多数)ね、最終チェックしなきゃ。

 なんか直前までてんやわんや。本当はこんな時期にでかけるもんじゃないですよねえ(大汗)。先月予約した頃はヒマヒマになる予定だったんだけれど。、まあ昨日も3時頃まで起きていて、今日は8時半に起床だから今日の夜はよく眠れるかもしれない。

 来年はもうすこし余裕のある日程で旅にでたい、できればタイに行きたい。

 ではではー。

 土曜日のビデオ収録終了。

 これで、一応は今年の仕事はちょっと早いが終わった。が宿題はヤマのようにある。受験前の中学生や高校生ほどじゃないが、お正月もあまり休めないかもしれない。なんだかなあ。

 明日から水曜日まで休みます。温泉にいってすこし羽伸ばしてきます。

 ☆☆☆

  今日のwebニュースからですが、

 「那覇へ飛べ!」 乗客とJALが3時間押し問答 

 こらあ、やっちゃいかんな。

 いや、職員的には客の怒号は辛くて耐えられないかもしれないけれど、本当にお客の安全を考えているならやっちゃダメだ。

 エアラインは、気象の専門家を置いて、刻々と変わる気象の変化を確認してフライトするかしないかを考えているのだろうし、他所(多分青い飛行機か?)が飛ぶならJALも飛ばせるだろうなんてど素人であるお客の意見に押されるなんて言語道断。次から同じような微妙な気象状態の時、「前はお客の言うとおりに飛んで、無事到着しただろう、さっさと飛ばせ」とお客に詰め寄られたらどうするんだろう。

 こういう弱気な姿勢、公務員の間でも見られるんですね。

 典型的な例が社会保険事務所。すっかり世間の批判の的となって、萎縮して、怒鳴られるとしゅんとなっている。これだけ年金問題が大きくならない前は、公務員の中でもふんぞりかえりが多い役所としていつも上位にいたのにね。萎縮していると、すぐに無理難題を押し付けてくる輩がいる。

 夏に社会保険事務所に行ったときのわしもそうだった。お客さんにせっつかれて、普通は1週間で発行する健康保険証をなんとか早くだしてくれ、といいに言った。そしたらいきなり2日程で出してくれた。わしはお客さんが要望するからとりあえず一言要望を言っただけで、実は内心は「こういう理不尽な無理難題はばっさりと断ってくれ」と思っていたのよ。いや無理をしないで2,3日で出すのなら問題は無い。でも無理したら続かない。国民のほうも、「あそこの社会保険事務所は2日でやってくれたのにお前のところは1週間かかるのか? というような意地悪な言い方をするやつが必ず出てくる。余計な期待を与えちゃいかんですよ。

 世の中が社会保険事務所を批判しているのとは全然話が違うんだから。 

 仕事って、そういう辛いプレッシャーを厳然とはねのけるべきときははねのけないといけないのですよね。わしがそういう場合の責任者であって、耐えられるかどうかは自信がないですが。

 お客様を大切にするのと、お客様に媚びるのとは全然違いますからねえ。

 

 

 午後に保険会社の営業の人と会う。

 目的は保険のセールスなんだが、わし「営業の人と年金の勉強会」をしているくらいだから、知識的にはまだ転職3ヶ月目の新人君では話にならず、偉そうにわしのほうが延々としゃべってた。

 しかしまあ、パウチッコ(正式名称は何っていうんだっけ?)している名刺を貰ったのは初めてだな。いいアイデアかもしれないが、名刺入れにサイズが大きすぎて入らないんだよ(苦笑)、もうちょっと考えたほうがいいと思う。

 保険って絶対必要なもの。でも入り方がわからない人が多い。子供がいない夫婦世帯なら、そんなに高い死亡保障はいらないし、独身ならもっといらない。でも、子供が小さい家庭なら必須。お父さんがなくなって、大学進学をあきらめたなんて話になったら、母親も辛いし、本人も辛い。そんな初心者レベルの話すら、わかってなくて保険を売る人、入る人すらいる。

 安くない買い物なのですから、ちゃんと考えて保険は入ったほうがいい。ということで、保険を真剣に考えてお客様の事を考えて売ってくれるセールスマンには無条件の応援を送りたい。

 保険のセールスというと無条件に嫌な顔をする人もいるけれど、それは昔からの「コネ」とか「私を信じてください」みたいな浪花節的なセールストークが主流だったから。お客様のニーズを考えて保険を売るのは本当は難しいし、レベルの高い仕事なんですよね。安易な気持じゃできない。

 2時間ほど話をして、別れた。新人君がんばってください。

 

 学校の先生というのは、「教え方が上手い」というのが一般的な世間のイメージですが、必ずしもそうとは限らないようです。

 確かに、教員採用試験に合格して、教員になって という段階で一切「教え方の能力(ペーパー上の理論は除いて)」は考慮されていない。でも合格してしまうと大体一生が保証される。合格してからきちんと努力をしている人は上手くなるけれど、努力をしていない人は永遠に上手くならないし、先天的に教えるということが下手な人は、一般的な努力じゃ全然上手くならない。飯が食えなくなるからと必死に努力をする必要も無い(最近は不適な教師の再教育が行われているようですが)。

 年金の大家服部先生によると、人に者を教えるのは才能の面が大きいといわれていました。

 いやね、最近元教員だけれど教え方がとても酷い人がいたもので。若い頃からそういう教え方をしていたのかなあ?それだったら、生徒がたまったもんじゃなかったんだろうなとふと思ったんです。

 若い頃はちゃんと教えていたけれど、年をとって急に能力が衰えたというのであれば、そろそろ引退の時期です。公立学校共済の年金はいい年金でてますから、あとはゆったり老後を過ごせばよい。

 高校の時、国語の教師にNという先生がいました。わしは教わったことが無いのですが隣のクラスが古文を教わっていた。が、教え方が最悪なのか、誰も授業を聞かない。内職(勝手に自習すること)をしてたほうがよっぽど良いということで、みなめいめいに授業を聞かずに勉強に励んでいたそうです。

 普通の人間だったら、学校に行くのが毎日針のむしろだったと思うのです。教師としての畏敬の念もまったく生徒には沸かないですからね。東京の高校のように、授業は適当に息を抜いて、予備校でしっかり勉強するわって訳にはいきません。田舎ですから学校が全て、だから教師への目も相当に厳しかったんだとおもいます。

 今年の夏の同窓会でNは教員を辞めたという話を風の便りに聞きました。いや、本人にとってはそれが最も良い選択だったんだと思います。周囲の人からみたら、なんでそんなに安定した地位を と思うかもしれませんが、才能が無いならしょうがない。それより生徒たちにとって最もよかったという選択ですから。時々そういう場合にも自分の地位と生活にしがみついてやめようとしないのがいる。これが一番厄介です。

 それにしても、元教員ということをきいて、「少なくても(内容がイマイチでも)、普通のレベルのセミナーをするだろう」なんて淡い期待を持ったわしが甘かった。実際の講義を聴いて自分の目と耳で確かめる必要性をひしひしと感じました。

 お昼にどん兵衛きつねそばを食べて、食べ終わってテーブルの上に置いたとたん、置き方が悪くてひっくり返った。

 机の周辺水浸し、じゃないつゆびたし(大汗)。20分以上、テッシュと雑巾で、緊急のお掃除、全く持って情けないし疲れた。水と違って色がついているし臭うし、ヤレヤレ。

 不幸中の幸いだったのは、つゆに濡れた書類が、どうでもいい(不用とはいわないが、すぐに取り出せる程度のもの)だったことかな。いやあ、お客さんから預かっている書類とかが濡れたらとんでもない事になってた。

 食べ終わったら間髪をいれず流しに持ってつゆを捨てておけばいいのだけれど、それを怠ったが故の天罰でした。モノグサ者はダメダメですね。

☆☆☆

 最近、おっさんが電車の中で「ゲームをしている」のを時々目にする。しかもスーツ姿で。

 車内で何をして過ごすかは自由だけれど、やっぱスーツでゲームとか漫画本って、古い人間のわしには違和感がある。スーツを着ている間は戦場にいっているのと同じなんだからそんなだらけた態度ではダメだと思うんだけどなあ。

 今日の電車の中でも、隣に座ったおっさんが目を輝かせて(笑)、レーシングゲームをしていた。

 普通の新聞や雑誌を読むか、仕事をしているか、さもなくば語学の勉強をしているか。オレは忙しいんだ、仕事をしているんだというような、ちょっと鼻につく嫌らしさがあるのは別だけれど、そういう何かに真剣なのが男の格好良さだと思うんだけどね。

 まあわしの場合はスーツを着る時間が普段のサラリーマンの何分の一(多分ならすと週に2回くらいだと思う)だから、すごくスーツを着たときは気分が変わるけれど、普通のサラリーマンにとっては日常の作業着だから、べつにそういう気持にはならないんだろう。

 自衛隊に勤めている人は、制服にしわができるので絶対に電車でもバスでもイスに座らない人が結構いるらしいけれど、そういうのは非常に格好いい。海上自衛隊の白い制服なんかやっぱ直立不動だと「かっちょいー」と思うもんね。座席に座って、しかも疲れて口あけて寝てたら制服姿も台無しだわ。

 いくら高そうなスーツでも、ゲームに熱中している姿で、格好良さが帳消しになってしまう。

 

 

 なんか飛行機ネタが続いているので、飛行機ネタを続けますが。

 わしの田舎の出雲空港でSAAB機がパンクして大変だったみたいですね。

 そいや、大昔成田空港でバイト(荷物検査のバイトだったんですけれど)してた時、その荷物検査をやっていた某航空会社の到着便が「着陸するんだが、車輪がパンクしているぞー」という連絡を地上にしてきた事があった。なんでパンクがわかったのか(離陸したときに確認したのかなあ)古い事なので覚えていませんが、なんかすごい空港が厳戒態勢になって、消防車が待機してみたいなことになった。

 確か機種がB-747だったんで、たくさんあるうちの1個くらいタイヤがパンクしても大勢に影響は無いだろうって思って(わしは素人だから)いたのだけれど、なぜかわしらも全然関係ないのに待機させられてた(なんでだろう?、契約内容にそんな待機行為なんて入ってなかったと思うんだが所詮はバイトだから言われたら文句も言えないし)。

 待機中でも、航空無線を傍受して(エアラインのオフィスでは航空機と管制塔との交信が聞けるようになっているのですね)、みんなが一喜一憂。まあ、ケガ人がでたりしたらエアラインの職員は事後処理が大変(鉄道でもバスでも航空機でも、犠牲者の損害賠償担当係は本当に辛い仕事だと思う)だから心配する気持はわかりますが、我々はあまりそういうのは関係ないのでぼんやりと座って待っていた。

 結局、何事もなく遅れもなく無事に着陸したのですけれど、まあみんな緊張してました。一番若い男性職員だけが、なぜかハイ状態で、周囲のベテランの職員に不謹慎だと怒られてましたが。

 飛行機なんて金属の塊なわけだからそんなものが空の上を飛ぶとなると、冷静に考えるととても怖いことです。でも新幹線だって、たった5センチのレールの上を車輪が回って時速300キロでかっ飛ばすわけで、冷静に考えると怖いですよね。車は自分が安全運転でもバカドライバーが周囲にいるとヤバイし。心配性な人はなかなか乗り物には乗れないかもしれない。

 

 

 

 

 N700系という最新の東海道新幹線、かなり評判がいいようですけれども、わしはどうかなあと思う。確かに最新型で乗り心地は格段に(ゆれとか)アップしたのでしょうが。

 新幹線が嫌いではないのだが、大阪より西をエリアとするJR西日本に何かと難癖をつけるJR東海の姿勢が嫌いなので、東海道新幹線はなるたけ乗りたくない(大阪は飛行機を使うとして、名古屋くらいかな使うんだったら。でもそれも本当は高速バスでしのぎたいくらいだけど名古屋までバスだと5時間かかるからなあ(苦笑))ということもあるんですけれど、それより今回のN700系、窓がずいぶん狭くなったのが気に入らない。

 検索してみると、20センチは小さくなっているとか。 いやね、軽量化して高速化を計るのはいいんだけれど、いやだなあ。昔から新幹線は羽のない飛行機といわれていましたが、本当飛行機の窓とかわらない。飛行機の窓もずいぶんと小さく、窓側の席の人しか外は見えないけれど、飛行機の場合一旦飛び立ってしまうと、離陸着陸の時を除いて、窓から見える景色ってあまり大したことがないからいいやって自分は思うんです。

 でも新幹線って、やっぱ車窓がないとつまらない。たとえ通路側であったとしても、仕事をしてたり本を読んでいたりして、はっと気がついて外を見る。それだけでもずいぶん気晴らしになるんです。そんな魅力が5分のスピードアップのため減少してしまった。軽量化、高速化は時代の流れですけれど、ますます新幹線(東海道に限る)に乗りたくなくなった。

 

 飛行機の窓側、通路側どちらに座るという話が、ゆーくこんのMixiで話題になってた。ゆーくこんが香港ノスタルジーな書き込みをされていた(ここのちょっと前のブログです)、そんなこんなで香港かあ、飛行機かあと、香港啓徳空港の着陸ビデオを見ていた。うーんこれは窓側で見たほうが楽しいかも、あ飛行機は落ちると思っている人は絶対通路側だな。このビデオをとっている人みたいに、外で見るのが一番なんですけどね。

 

 日曜日は1日、日記が飛びましたね。

 日帰りで御殿場に出かけていたから仕方が無いか。帰宅は深夜だったし。

 東京駅から乗ったバス(10時20分発)、指定された座席は6Aだったけれどこれが辛かった。冬至が近いので、太陽の光が窓から横方向で入ってくる。で、とてもじゃないけど窓際に座ってられないので、隣があいていたので通路側に移る。が、通路側でも横方向から光が入ってくるので直射日光は避けられない。他に移動するほどには空いていなかった。

 最悪なことに、光をさえぎるカーテンが、後ろと前でわしのところは真ん中あたり。つまり後ろの人がちょっとカーテンを引いて、前の人がちょっとカーテンを引いたら、それを繋ぎ合わせて光をさえぎるしかない(自分でコントロールできない)。高速バスって3列くらいの座席で1枚の窓で、カーテンが前後2枚になってますよね。前席のお姉ちゃんが、直射日光がモロに入ってきても、全くカーテンを閉めようとしないので、暫くして様子を窺ったら寝ている様子。こっそり立ち上がってカーテンを引かせてもらいました。

 で後ろから来てたカーテンとマジックテープで引っ付けて安泰、、、、かと思ったら違った。ファスナーじゃないからぴったりと閉じたといってもカーテンに隙間ができますよね。その隙間から光が入ってくる。これがまた、通路側に座っていても真横からだから避けられない。

 そんなこんなで光と格闘しつつバスは途中渋滞で15分くらい遅れて、お昼前に東名足柄着。いやー、冬至の頃の横方向から入ってくる日光って結構面倒ですね。

 

 帰りは、午後9時29分東名足柄発のバスに乗る(予定だった)。最終の1本前のバス。最終は乗り遅れたらしゃれにならんから大事をとって。

 が、クソ寒い(御殿場付近で夜の9時過ぎてたので、吐く息が白区なるほど冷え込んでいた)中、バス乗り場で待てどくらせどバスは来ない。9時44分にバスが来た、、と思ったら、最終便だった。

 16分後に出るバスが先に来た。

 後でネットで確認したら、最終1本前のバスは17分遅れになってた。1分の差で後のバスが早く来たんだな。しかし、最終の1本前の便は特急便、最終便は急行便、東名足柄からだと所要時間が5分違う。1分くらいの差なら途中で戻してしまうかもしれないし、なんだかなあ。ネットで後れの時間がわかってなかったから急行便に乗ったけれど、ネットでわかってたらどうだっただろう。でも最終の頃だし安全策で急行便にのったかな。

 乗車して暫く、疲れがたまっていたのかふっと記憶がなくなり、記憶が戻ったのは霞ヶ関のバス停あたり。それから、東京駅についたら、もう時間は11時過ぎてて、それからJRに乗り換えて帰宅、、とおもったら、誰かバカが錦糸町駅の緊急停止ボタンを押したために、全線安全確認のため電車が止まってた。いやそういうのが一番イライラする。

 家にたどり着いたのは12時を回った頃。疲れた。

 夕方前、旅行代理店から電話がある。

 「こんにちは、、○○トラベルですけれど、航空券の件で・・・」

  おお、そうであった、来週23日から台湾に行ってくるのだ。もう1週間前かあ。早いなあ。しかし、チケット代金が1.7万年だけれど、燃料サーチャージと空港使用料(税)を合計すると、3.2万円になる。。。うむむ、何かお得感が全然ない。3,4年前は3万円でおつりがきたのに。

 夕方発の中華航空で、実質3日だけなのですが、「クリスマスイベントに全く縁のない」わしにとっては、別に問題もない日程ではある。沖縄で飛行機が燃えて、不謹慎ながら中華航空のチケットは安くならないかなあと思っていたところ。

  格安航空券もeチケットの時代らしく、「月曜日にメール添付でお送りしますー」ということですが、便利だけれど味気ない時代になってきた。zero3es(PHS)は、ワードエクセルがみられるので、そちらに落とし込んでおけば航空券の紛失は問題ないわけだな。

 昔は、パスポートケースにパスポートとビニール袋に入れた航空券(汗でボロボロにならないように)を入れて肌身離さず持ち歩いていたものだが、そんなことも今は昔か(今の航空券は折り曲げ禁止なので今現在できませんが、。それより世代の前の二つ折りができた時代)。 

 しかし、困ったことが、、、先月に請求した報酬、、相当数が振り込まれていないのです。踏み倒しのないところばかりなので安心は安心なのですが、やれやれ。お正月も近いぞ(汗)。

 自転車操業じゃなくて、もうちょっとお金に余裕をもてるくらいにがんばれってことですよね。

 

 インドの航空会社 エアーインディアが今年の10月からバンコク経由の便を全部直行便にしたということを初めて知りました。昔からタイのバンコクはまさに飛行機の中継基地で、一時は、パキスタン航空、エジプト航空、エアーインディア、ビーマンバングラデシュ航空とかなり濃いめのエアラインがたくさんバンコク経由で日本に飛んできていました。

 航空機の直行便化は最近のトレンドですし、特にインドは経済発展が目覚しいので、インド直行便にしてもビジネス需要が見込め十分ペイできる、時代の流れなのでしょうが。JALやANAが直行便をだす時代だし(JALは最初南回りで欧州線を運行していた関係でインドまで飛んでましたけれど、そのうち撤退して、また復活になった)。飛行機の性能も飛躍的に向上し、中型機でも無着陸でずいぶん遠くまで行く事ができるし。

 とはいえ、パキスタン航空も、エジプト航空も、エアーインディアもバングラデシュ航空もみな(バングラデシュ航空はタイ行きではなく、ダッカ経由カルカッタへ利用しただけですが)利用しましたが、日系や米系と違って「旅~」って感じがして好きでした(こういうエアラインに安全性、快適性は絶対に求めてはいけません(笑)、飛行機に乗ること自体を楽しまないと)。

 予約の再確認(リコンファーム)で一苦労し、代理店に直接行かないと怖いので(わしの英語で電話はちょっと不安)、バンコクで下手すると半日費やし(カオサンの代理店で別の予約をしたついでにサービスでやってもらうという手があるのを発見したのはずいぶんたってから)。

 世界を旅する日本の貧乏バックパッカーがバンコクを起点にすることが多かったのも、タイの飯が美味い、物価が安い(あくまでも日本との比較で)などいろいろな魅力があったのが主な理由ですが、マイナーなエアラインが多く日本から出かけるのに安いチケット選択がいろいろと可能であったというのも、大きな理由の一つです。

 そんな、パキスタン航空も、エジプト航空もバンコクを経由しなくなり、バングラデシュ航空は日本に来る事自体を止め、唯一残っていたのがエアーインディアだったのですが、それもなくなったわけです。

 これからは、エアーインディアに乗る機会って、インドに行くときだけになってしまいましたが、インドに行くことあるかなあ(行きたいとはいつも思っているけれど)。

 パキスタン航空も、エジプト航空も、エアーインディアも バンコクから東京へ向かう便は深夜1-3時頃の出発で、現地であった日本人とタイの空港でだべって時間待ちをしたのも楽しい思い出です。

 いやー、また思い出が一つなくなったなあ。今日はおっさんの愚痴でした。

 いつもいろいろお世話になってるSさんの紹介で、相続事業承継のセミナー@千葉 に行く。

 ずいぶん久しぶりに京成電車の千葉線(津田沼から千葉中央へ)に乗った。京成本線(上野ー成田)に比べてずいぶんとのんびりしている感じがする。

 普段は聞かない税金の話。

 あー、やっぱり税金の話(特に法人さんへの)は違うや。普段わしらは、1万、2万円の話をしている(年金なんてそんなもん)のだけれど、税金の話になると何千万円、何億円の話がでてくる。「えー、社長さんの年収を5千万円としましてねー」、、、どこの世界の話だ(笑)。確かに、松下幸之助(松下電器の創始者)が、厚生年金を貰っているという話は笑い話だったなあ(松下さんの財産からしたら年金なんて小遣いにもならないはした金)。

 でも儲かっていない社長さんの場合、税金はあまり払わないせいか、税金の話には乗ってこないが、老後が心配なんでしょう年金の話には乗ってくる。その辺は一般のサラリーマンと変わらない。いや老後が心配なのはサラリーマン以上なのかもしれない。

 税金の仕事をしている人と違って、年金の仕事をしていると、お金持ちとは無縁な世界にいることになるけれど、それはそれで、必要性はあるわけでまあいいかなと思う。個人的にはお金持ちのほうがわがままで苦手だ。

 セミナーが終わって、Sさんの車で海浜幕張まで送ってもらって、そこからJR-西船橋で京成に乗り換え押上からチャリで帰った。車に乗せてもらって、行きより運賃が10円だけ安くなった(笑)。

 

 いよいよ12月も10日を過ぎてしまいました。

 なんだかそろそろ尻に火がつくような状況。仕事のほうは一段落で、来年まで急ぎの仕事はない(予定)、まあある日突然仕事が舞い込んでくることもありますけど年末はさすがに無いだろう。仕事がなきゃないで、結構来年早々の生活が大変なわけですけれど(苦笑)。

 年賀状をごっそりと買ってきた。自分の分と父親の分。ヒマを見て、印刷しなきゃいけない(汗)。印刷といってもキャノンのプリンターがせっせと動くわけですけれど(笑)。今年から父親の分が追加になったわけです、昨年までは父親が自分でやってた。

 で、父親の分ですけれど、一体いくら必要なのか見当がつかない。てことで、とりあえず200枚(結構年賀状出すのがすきなので)買ったのですが、後で姉から100枚もあれば十分なんて言われた。えええー、このままじゃ100枚余らせるジャンか(大汗)。まあ5円だせば引き取ってくれるからいいのですけれど、それにしても500円の損かよ。100枚のうちで、お年玉の1等や2等にあたるといいんですけどね。

 最近は父母ともに宛名書きもおぼつかなくなってきたので、代筆してやらんといかん状態です。てことで昨年の親父に来た年賀状をせっせとエクセルに入れる作業をお正月に田舎に帰ったらしなきゃいけない。ついでにプリンターも持って帰りたいところだが、キャノンのポータブルのプリンター、何しろランニングコストが高いんですわ(インクすぐ無くなるし)。重いしかさばるし、飛行機に乗せて持って帰るのも一苦労。てことでお正月に東京に戻ってきてから一気に宛名書き(宛名打ち)の予定。

 どうも、年賀状書きは好きになれんな。特に仕事関係はねえ。お正月の風物詩なんだろうけれど、個人的にはなくなってもいいかなあと思う行事の一つ。だが仕事先から賀状が来ると、やっぱ「無視するわけにはいかん」のですよ。小心者ですしね。

 昔の友達の消息、無事ですよー な知らせは嬉しいんですけれど、そういうのって年賀状30-40枚もあれば十分ですしね。

 

 最近は、節約節約ということで、外食もあまりしないのですが、昨日夜は、つけ麺を食った。

 家から駅まで行く途中で、朝でかけるときにお店(開店前)に改装半額セールのチラシがあったもんで(笑)。さすがに半額だと激安だな。オーターはカレーつけ麺with煮卵(ちょっとカレーにはあわないかなあ+100円増し)で490円なり。

 ここの写真でもわかるように、改装前はたった3席しかないお店だった(苦笑)。信じられない狭さ。つうか3席しか客席が無くて、ラーメン屋(正確にはつけ麺屋)が成立するのかどうか、前から不思議だった。しかも開店したのが9月だから、3ヶ月しかたってない時点で改装。最初からお店を拡張するつもりで、9月は仮営業で様子見だったのかなあ。

 てことでめでたく座席は10席になった。お昼の掻き入れ時(結構人が並んでいる)にお客さんを逃がさないですむでしょう。

 できたときに、3席のラーメン屋が一体どうなっていくのか、でかくなるのかつぶれるのか。興味津々だったのですが、これで興味の半分以上はなくなっちゃった。サイズ的にはちょっと小さいけれど普通のラーメン屋だもん。

 わしはグルメではないので、味の評価はあまりしたくないが(あてにならない)、素直に美味いと思う。ただ、節約第一なので駅へ行くときなどしょっちゅうこの前を通るけれど、年に2回も食べないのじゃないかな。前食べたのも甥っ子が来たときだったから(彼も美味いといっていた)。

 でも、ちょっと気になる新メニューがある。イタリアンつけ麺、、、なんだこれ。トマト味のつけ麺なのかチーズたっぷりのつけ麺なのか、少なくとも醤油ベースのつけ麺じゃないんだろうなあ。

 どうも気になるので、試食しに行ってみるかもしれない。

 ラーメン通のくまさん、東京来たらこちら来て見ますか?

 終日ビデオ撮りだったので疲れて夜は仕事ができず。ぼんやりと夜はすごしていました。

 先ほどの、NHKアーカイブス、意外と面白かったです。

 昭和42年(1967年)頃って、凄いですね。米の買入価格、1俵7800円。東北の大規模農家(5ヘクタールくらい耕している人)は、1000俵以上を国が買い上げてくれる。そうすると800万円近い売り上げになる。昭和42年の大卒初任給が28,000円、単純に比較計算すると、1000俵米を作った農家は今の貨幣価値で5000万円くらいの売り上げになっている。売り上げだから必要経費は抜く必要がありますが、必要経費が4割としても3000万円、6割としても2000万円の稼ぎになる。

 農家というと貧しいイメージもありますが、これだけみると「超リッチ」、勤め人、特に当時は給与の安い公務員なんて話にならなかったのかもしれません。とにかく米作りは安定して(作ったら売れ残りの心配もないし、これは普通の商売している人からみたら考えられない事ですね)、野菜や果樹の栽培に比べて段違いに魅力的な作物だったようです。テレビでも畑を崩して田んぼを造成するところを映し出していたし、諸外国に比べ、今頃になっても異常に米の作付面積は、野菜や果樹に比べて大きくアンバランスらしいのです。

 番組の最後に、米に頼る農業の危うさ、国の食管制度に頼る危うさ(当時は国が米を全量買い入れかつ値段は、売値より買値のほうが高いという矛盾が発生していた)、を危惧する声もあったけれど、「国民の半分を占める農家(当時は)を悪いようにはしないだろう」という、淡い農家の期待感で番組は結ばれていた。

 結果は承知の通り、食管制度は平成7年に新食糧法に変わり(内容は知らないです)、なし崩しで崩壊した。今は1俵の米の値段は14,000円。1000俵作っても1400万円にしかならないそうです。必要経費を引くと(以前より機械化が進んでいるでしょうから経費は多いのかな)、収入が大規模農家でもサラリーマンかそれ以下になる可能性だってあります。

 「国は悪いようにはしないだろう」という期待は夢幻のものになってしまったのだけれど、農業に限らずえてして国民は国というものに淡い期待を抱きますよね。

 昔、就職で東京に出てきたとき、「山下新日本汽船」という会社に就職した同級生と飛行機で一緒になりました。その当時海運業は経営的にいいということは聞かなかったのですが、その点について彼は、「海運は国策だから悪いようにはならないと思う」と極めて楽観的な期待をこめた感想を述べてくれました。

 その後、山下新日本汽船は、他の船会社と合併しナビックスラインという会社になり、その後吸収合併で商船三井になったそうです。商船三井は大手の会社ですが、吸収された側の人間への処遇はどうなんでしょう、普通は人員整理しますよね。確かに、国策なのか何なのか、船会社の多くは合併をすることにより倒産は免れているが、彼の淡い期待とは裏腹に、「会社が単独で生き残る」ということはなかった。いや彼は合併も含めて、合併はあっても首になることは無いと考えていたのかな。

 いろいろな業界に、国と庇護という観点があったわけで、昭和の時代以下に公務員じゃない一般の国民が国という巨大な組織に頼り切っていたか、時代の違いなのかもしれませんが、面白く観させていただきました。そういえば、銀行も保険会社も護送船団方式だから1社もつぶさないなんていっていたけれど、バブル崩壊時にばたばたとたくさんの銀行や生保が倒れたな。あれもまさか国が、、というような淡い期待だったのですね。

 

 

 

 

 久しぶりに成城学園まで講談を聞きにいく。

 季節はまさに忠臣蔵の季節。忠臣蔵の物語自体は有名だけれども、討ち入りの場面だけでなく、その周辺にも物語が(真偽の程は別として)たくさんあります。

 大石内蔵助の妻子を、実家に送り返すくだりは、なかなかのものでした。討ち入りを前に、討ち入りするからと妻子を実家に送り返すことは、計画の実行が漏れるので絶対に避けなければならない。計画を実行するためには妻子をも欺くこともいとわない、そのために遊郭に出入りして、、、討ち入りを悟られないため大石は遊びまくったというのは確かに聞いたことがある。

 講談の世界の話ですが、普段からちょっとしたことでも不満をすぐブーブーとたれるわしのような人間からしたら、うーんと感心する事しきりです。

 元総理の小泉純一郎氏。この人も凄い。

 自民党にいて、派閥としても主流ではなかったが、ひたすら耐えた。自分が総理大臣になる点から逆算すると、自民党にいるのが最適な選択ということがわかっていたので、どんな逆境でも自分が耐えて他の人から誘われても自民党から党を割って出て行くようなことをしなかった。文句を言うことなく、耐えてその機会を待った。

 残念ながら人間には口と頭がある。

 頭で考えて口に不満はすぐ出てくる。思わず本音を出したしたくなる事もしょっちゅうある。でもそれがプラスになることは殆どないんですね。最近の政治家の舌禍事件を見ても、うっかり本音を語るというのは非常に危険なこと。政治家が本音を語るのは、その影響力其の他を考えて用意周到にしないといけない。それで政治家としての一生が終わってしまうかもしれないから。

 政治家ほどの影響力はないけれど、一般の人だって仕事や家庭での不満は山ほどあってもそれは飲み込んでにっこり笑っていくしかないんですね。会社勤めでも、上司や会社への不満があっても、それを会社関係の人との席でポロリと漏らすと、それが命取りになることもある。でも人間はそれがなかなかできないから辛い。

 昔の会社でも、多分人間関係からして物凄いストレスをためているであろうけれど、絶対に他言をしなかった立派な人がいました。残念なことに早死にされたけれど、みんなに尊敬されていた。

 大物というのはそういう自己コントロールができるのですね。わしはずっと小物だなあとため息一つ。

 

 

 

 

 

 全国的に有名な秋田のなまはげ。

 昔は男鹿地方一体で行われていたのですが、最近は行っていないところが増えてきたということ。

 原因は後継者不足、といいたいところだが、それだけではないそうです。後継者の不足は勿論あるけれど、それは養成をすると何とかなる。ところが、その肝心のなまはげの訪問を拒んだりする家がドンドン増えいていってそちらが問題なんだそうな。

 やっぱり田舎だから、ヅカヅカと他人の家に入り込んできた、なまはげ様にも接待をする(らしい、酒や料理を出すんだろうな)。自分の家に他人が入ってくるのもいやだし、接待の準備も面倒だ。

 わずらわしさはわからないでもないですけれど、そういう地域のコミュニティ行事に拒絶反応を示す人が多くなっていけばなまはげは続かないですよね。

 悩ましいけれど、人の意識が変わっていくのだから仕方が無い事なのかもしれない。しかし本当にそういう地域コミュニティをなくしてやっていけるのだろうか。日本はドコへ行っちゃうんだろう。

 

 なまはげで思い出したけれど、 12月の3日は、田舎の祭りでしたねえ。本当に懐かしい。

 が、やっぱり後継者不足で、祭りの維持も大変らしい。しょうがないですよね。わしらの親の世代は小学校1学年40-50人もいた世界、わしらの時代は小学校の同級生が21人。で最近は全学年で数人となって(苦笑)学校がなり行かなくなり、6つの学校が統合して1つになった。少子化だけでそれだけ子供は減らない。大人の数も激減しているという事。そしてそのただでさえ少ない子供たちが大きくなると都会や、近隣の町にでていく。わしも、時々書き込みをしてくれるKazも同じように(あいつは小学校は違うが)、都会に出て行った組(わしは老後に変える可能性があるが)。

 出て行った人間だから、祭りが続いても続かなくても文句は言えないし言うつもりもない。続いて欲しいと思うけれど、続かなかったらしょうがない。

 ただ、祭りに限らずその地域地域の伝統の継承というのは、わしの田舎のだけに限らず、田舎はドコでも直面している深刻な問題なんですね。秋田のなまはげも本当に他所のことながら続いて欲しいと思う。

 ディズニーランドやユニバーサルスタジオジャパンや、、確かに刺激が強いし楽しいのかもしれないけれど、ただそれだけ。伝統のあるものって、素朴ながらどこか懐かしくかつ何かしんみりとしたものを感じさせてくれるような気がする。強い刺激になれた人には、刺激が少なくおもしろくないのだろうけれど。なんていったらおっさんですよねえ。