春だなあ

 今日は卒業式の集中日だったのか、お昼にJRに乗ったのだけれど、袴姿の若い女性をたくさん見かけた。桜の花もそろそろ見ごろというところで絶好の卒業式日和という感じですね。1日ずれていたら雨と風で大変だっただろう。

 帰りのJRでは向かいにおじいちゃんと女の子が座っていた。おじいちゃんは手ぶら、女の子は大きなリュック(名札つき)を持っていたので、どこか遠くから親元を離れておじいちゃんのところにやってきたのだろうか?(普通はおじいちゃんは田舎にいて都会から孫が行くんだけど)、両国の国技館や江戸東京博物館が見えると孫らしき女の子にあれこれと説明していてとてもほほえましかった。そっか、春休みもそろそろ始まる季節ですよねえ。

 向かいの席の客といえば遠い昔の記憶だけれど、

 春休みに母親の実家から家に戻るとき、列車の反対側のボックス席(昔は田舎の列車は普通列車も急行列車も向かい合わせのボックス席だった)に母と息子らしい若い青年が座っていた。いろいろと漏れてくる声によると「今年採用になった新任教師でそろそろ赴任地に行く」みたいでそんな話をいろいろとしていた。希望に燃える子供とそれを心配しながらも見守る母親、ゆっくりと歩みを進める田舎の列車。

 わしの母親もその時の反対側の母子に将来の自分と息子(わしのこと)を脳裏に映していたのかもしれない。

 それが、まあ、親の心子知らずで、わしは教員なんかならず(ほんと嫌だったなあ)、公務員にもならず(親の希望でもあったみたいだ)、転職にも失敗して(資格試験は落ち続けたしなあ)、今は鳴かず飛ばずみたいな稼ぎの悪い自営業で(正直老後が心配)、、本当に申し訳ない。

 蓮池さんが中央大学を卒業とのこと。彼の発言で、「大学をこの歳になって卒業したのは正直悔しい」が、「残りの時間を濃密に暮らしたい」みたいなコメントをされていた。

 うーん、本当に身につまされるな。残る人生、時間はそんなに多くないというのは皆が(若い人は除いて)思うこと。

 お金持ちにならなくてもいいし(なれないけれど)、刺激がそんなになくてもいいし、親の生きている年まで長生きしなくても(親父は今年90になります)いいけれど、自分で納得のいく人生を過ごさないといけないな。

 今年の春に仕事につく人も、仕事に慣れてしまってそれに安住してしまうと本当に人生を惰性で生きていくことになる。別に無理をする必要もないが、惰性で生きる人生はつまらないですよね。卒業時の気持を忘れずにがんばってほしいです。世界には何十億の人間がいて、自分個人なんかちっぽけなその何十億分の一の存在だけれど、何十億分の一の貢献をしなければいけないわけですから。

 

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コメント(2)

よっきー :
そう、春休みです。ああ、給食のありがたみがひしひしと感じられる長期の休み…。 三食作らにゃならんのです°・(ノД`)・°・ まあ、我々は大して立派な両親じゃないから高望みは全くしていません。ただ、誰でもいいとホームから見知らぬ人を突き落とすような人間には絶対育てない自信はあります…。 おけさん仰るとおり、世に生きる最低限の役割を果たせる人間に育てなくちゃいけませんね。 それが今の私の何十億分の一の貢献になるかな。
okesan :
息子さんは、まだまだ小さいのに大人なみ以上の食欲のようですから、準備するほうも大変ですねえ。でも、たくさん食べて暮れたらそれなりに嬉しいのでは。 母親は子供を一人前に育てるだけで、自分の責任の多くは果たしていると思います。それほど子育ては大変だと思う。 母になれない男は、がんばって社会貢献しないとね。

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このページは、が2008年3月25日 21:19に書いたブログ記事です。

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