父母という言葉は禁句
学校で講演をするノウハウの話を今日の夜ビデオ収録で聞いた。
学校で話をする時は父兄という用語はもちろん、父母もダメ 保護者といわないといけないらしい。
両親がいるとは限らない、親が保護者とは限らない、からだそうな。いやわからないでもないんだが、そんなに最近はものをいうのが難しい状態なんだ。保護者が母親というのはわしが小学生の頃からいたんだが、父母のいずれかでもないことってのも最近は普通なのかな。
最近は「とても細かいことまで言葉遣いに気を使わないといけない時代」。これが、正しい方向なんだろうか?わしにはよくわからない。
イスラム社会は、足が不自由な人に、「こいつはち〇ばだから」というようなきつい言い方を普通にして、でも困ったときはその人を助け、お金のないときは恵んであげたりするらしい。
本当かウソか知らないが、宗教的に敬虔でクルアーン(コーラン)を忠実に守る人たちならそういう行為をしてもおかしくない。そう思うと日本では言葉だけに気を配るが、それからプラスアルファの心の奥底の暖かさが少ないような気がする。言葉に注意するのも、本当に差別的なことを避けたいからではなくて、そういう言葉を発すると周囲から叩かれる というようなことがあったりする。それが理由ならば根本的な差別の解決にはならないし。
最近見た新聞記事で、女性に乱暴を働いた〇〇容疑者が強姦罪で懲役〇年 なんてのがあった。
なんのために女性に乱暴って言い換えてかくんだ?、乱暴って書くなら罪名(強姦罪)を書いたらまずいだろう。大ボケかましてるよなあ。乱暴って言葉でぼかしたかわからないじゃないか。
新聞記者がそもそもなぜ、乱暴を働いたというように強姦のことをぼかして書いたのかというような意味がわかってなかったりするんだろうなあ。罪名でモロバレ。
最近は、乱暴を働いた=強姦という風に読み替えているけれど、本当に顔や頭を殴った=乱暴を働いた ということもあるだろうし、新聞のぼかした言葉遣いにもこまったもんだ。読む側としては強姦と単なる暴行ではもちろん受け止めるイメージが全然違う。
レイプ事件は、乱暴と書こうが何しようが、被害者のことを配慮するために年齢やら仕事やら(OLくらいの大雑把な言葉も含めて)被害者のことを一切書かず、でもした行為(強姦なら強姦)を客観的に書かないといけないような気がするんだが。そうしないと怒りに火がつかない。
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