2008年8月アーカイブ

 アリタリア、イタリアの航空会社ですね。わしは乗ったことがありませんが大好きな会社です。

 というのは、大昔成田空港でバイトしていた時、とてもフレンドリーで警備員のような空港カースト社会(空港は、公務員(国土交通省関係其の他)の下に、エアラインのスタッフのがいてその下に、警備員や掃除の人がいるという縦社会)の最底辺にも優しかったから。

 本当に、警備員を「ゴミ程度」にしか思っていない会社も多い。たとえば、いつも顧客満足度調査ではトップを行くアジアのS航空。ここのスタッフはいい人もいたがとんでもないのが多かった。

 アジア系のエアラインはどこも見かけの華やかさとは対極に「給料が激安」らしい(あくまでも噂)ので、その分自分たちより下の人間がそばにいれば、何かにつけきつくあたるようになるのもやむをえないことなのかもしれない。けれど、見かけはとても華やかな職業なので、妙なプライド(エアラインで働いているというだけで飲み屋ではチヤホヤされているのか)があったりして、それが鼻につくのはきつかったな。

 警備員はバイトだから、飛行機が遅延した場合には、その分長く働いてお金を貰うわけですけれど、バイトの終わり時間が「突然の事情で延びる」ということは予定外のことで(普通のバイトではないですからね)結構しんどい。しかも機材の故障とか天候不良とか、あちらさんの一方的な事情なわけなのに、いざそういう状況になるとあーしろ、こーしろと指示も多く、なおかつスタッフたちもお客の苛立ちをうけて苛立っていてそのとばっちりが来る。

 アリタリアさんは、そういう場合も申し訳ないから、と お客さんに配るミールクーポン(空港のレストランで使えるクーポン)を分けてくれたりした。ですからアリタリアが遅れた時の晩飯は豪勢でしたよ(笑)。普段は食べない2000~3000円分くらいの晩飯でしたから。

 スタッフも結構フレンドリーで、少人数なので人間関係も良かった。エアラインのクルーも「ボンジョールノ、コメスタ(ちわ、ご機嫌いかが?)」「ベーネ、ベーネ(良いですわ)」という会話が我々とかわされる(エアラインによっては全く無口どころか不快感丸出しで、機内のスチュワーデスの笑顔は全くの仕事上の作り物だということがわかるようなのもいた)ラテン系の陽気さだった。

 ALITALIA(Always Late In Take off , Always Late In Arrival)なんちって悪口言われるけれど、一刻を争うような仕事をしているようなビジネスマン以外には悪くない航空会社だと思う。アリタリアは時間の余裕があると楽しめる会社です。

 イタリアというのは不思議な国で、5万人収容のスタジアムでサッカーの国内リーグのビッグマッチが行われるときはその3~4万人(記憶あやふや)分のチケットはマフィアに流れて、裏ルートで資金の源泉になったりとかそんなはちゃめちゃで、国家経済が破綻するとかいいながら、なぜかずっと破綻はせず(裏経済のおかげ?)、フェラーリ、ランボルギーニみたいなスポーツカーメーカーやベネトンやグッチのような世界に誇る高級ブランドがあり、、、オリベッティやフィアットみたいな普通の人相手の商売もあり、、正直実体がよくわからんのです。

 個人個人で言えば日本人に比べて人生を楽しんでいるのは間違いない。テレビでイタリア人は普段は週単位では週末どう遊ぶか考え、年単位では夏のバカンスどう遊ぶかいつも考えている。と放送されていたので、旅先で出会ったイタリア人に「これ本当?」と聞いたら「当たり前じゃない?」って言われたって話は前書いたと思いますが、セコセコと働いている日本人であるわしは、イタリア人と話をしていると人生って一体何だろうとすこしへこんでしまう。

 ということでアリタリアのスタッフは、大変かもしれませんが、ラテン気質で乗り切ってください(って日本の空港で働いている人は日本人か、、、(苦笑))。

 いつの日か、再生されたアリタリアに乗ってみたいなあって思います。

 

 父親は、小心者のくせに見栄っ張りだった。

 わしが帰省する時は、大抵「〇時のバスで帰るから」と電話してある。都会のように頻繁にバスがあるわけでもないから1本はずすと2時間くらいは後になったりしますからね。

 バスの時間が近づくと、縁側に出て双眼鏡(港町なので双眼鏡で港に出入りする漁船をを見るのが父親の趣味だった)なんぞ使って、まだ着かないかなとそわそわとバスを待っていたらしい。で遠くにバスが見えると(わしの家から町に入ってくるバスが見えた)何事もなかったかのように、いかにも関心がなかったかのように、椅子に座っておもむろに本なぞ読んで「お、帰ってきたか」というそっけない態度をすべく格好をつけていた。

 当人は父親の威厳みたいなところを子供に見せたいつもりだったのかもしれないけれど、母親が全部ばらしてるから(笑)。

 飛行機に乗るときはいつも遺書を書いていたし(笑)、これも母親がばらして見せてもらったわけですが。別に家に財産があるわけじゃないので、心得みたいなものをあれこれと書いてあったのですが、飛行機に乗るのに遺書ってのもねえ。

 今年のお正月は、父親と2人で年越しをした。

 何しろ、お雑煮なんてのを作った事がないので、お餅は姉の家からきていたが、どうしていいかわからなかった。

 一瞬餅は焼いてそのまま食べようかと思ったが、元旦でもあるしそれはまずいなと思いなおし、インスタントお吸い物に餅を焼いて入れて簡単なお雑煮にした。姉が来ていたらもうすこし立派なお雑煮になっていたのだろうが。 

 そんなインスタント雑煮が、本人の人生の最後のお雑煮になってしまった。前にも書いたと思いますが6月頃から全く食事を取れなくなってしまっているのです。最後になるなら普通の雑煮を食べさせてあげればよかったかなと思うが残念ながら仕方が無い。

 小さい頃から、父親とはそりが合わず、いがみ合うことも多かった。

 迷信がすきで、「行くな7日、戻るな9日」という迷信をかたくなに信じて(祖父も信じていたようで、旧制中学(父は下宿していた)がお正月明け8日から始まるのに、7日(前日)には行くなと厳命されて、6日に行って7日は1日中ぼやっとしていたらしい(自分が嫌な思いをしたなら子供に押し付けなきゃいいのに)、わしが小学生の頃は姉のところに遊びにいって8月の20日が最後の夏休みの登校日か何かで、19日に帰ってくればいいのに、戻るな9日にひっかかったため強引に18日に戻らされたりした。高校生くらいになってから後はさすがに一切無視したけれど、心のわだかまりはずっと残っている。

 曾孫(わしの姪の子と父親は80年以上も年が離れている。父親が生まれた時と曾孫が今の父親くらいの年齢になる時との時間差は160年以上にもなる。160年以上の隔たりのある景色を見ているんだな。

 父親は戦前極秘中の極秘だった帝国海軍の不祥事のこの事件も記憶にあるというのだから(地元民なので極秘であっても知っているわけで)、本当に生きている化石みたいなもんだなあ。第二次大戦中は空襲警報が鳴ると、リュックを抱えて学校に行っていた(教員なので)らしい。

 元気なうちは、口うるさいし、わがままだし大変でしたが、病気で何も言わない寝たきりになると、それはそれで少し寂しくなるから不思議だ。

 そんな父親、今日が90歳の誕生日でした。

 

 

 ちょいと前の話になります。

 Mixi仲間のゆーくこん(ゆくん)が、暫く前にわざわざ取り寄せた豆の本を日記で紹介されていた。その中にだだちゃ豆の紹介ががあって、どうも美味しい枝豆の親戚らしい。そんな日記を読んでいて、へーぇ、そんなんがあるんだ。機会があったら食べて見たいなと思っていた。

 

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 ところが、その機会はすぐに訪れた。8月12日羽田から飛行機で帰省しようとして、羽田空港第二ターミナルの長い長い通路(セキュリティチェックから600メートル歩く魔の67番ゲート、あれ何とかならんのかね、普段は機内持ち込みにする荷物を預けたりするようになる)を通っている途中、とある売店で、枝豆らしきものを発見。

 あれっと近づいてみると、おおー、なんとだだちゃ豆だ!

 てことですぐに1袋購入。

 代金1050円なり、正直高い(汗)。

 買って実家に帰ってから、姉の家に持ってゆき、茹でてもらう。

 で、甥っ子、姪っ子(+夫子供)で夕食を囲んだとき、だだちゃ豆が食卓に上がる。早速試食。

 うま~~い。基本の味は枝豆なんだけれど深い味というか、普通の枝豆より食べ応えがある。いやー、どんどん食が進む。が、姪の子が、鞘をつぶすと中の豆が飛んでいくのが楽しくておもちゃにしていた。、おいおい高いんだし、食べ物を粗末にしたらダメだぞお。1歳半じゃ価値がわからんだろうがな。

 甥っ子の話だと、だだちゃ豆は高い飲み屋だとメニューにおいてある事がある、とのことだけれど、よく考えたら「飲み屋自体あまりいかないわし」枝豆は酒(ビール)のつまみという概念があるから、酒飲まない人はあまり遭遇するチャンスがないのかもしれない。枝豆自体酒飲まなくてもいけから、酒なくても大丈夫だわ、これ。

 なかなかに商売上手な全日空商事にやれた(あれ、売店はANA系だったよな、違ったっけ)感もありますが、こんなやられた感は悪くないような気がする。

 

 

 

  火災発生お昼過ぎ、お茶を買いにコンビニに出かけて、家の近所まで戻ってきたら、妙に騒がしい。 消防自動車がけたたましくサイレンを鳴らして集まってきている。

 

 え~~~ 火事だ!

 

 それにしても、コンビニだから所要時間は5分もかかっていないし、朝から火は使っていないし、99.9%わしのところじゃないだろうが、うちの建物の他の部屋からだったらどうしよう。

 そそくさと帰って、自分の部屋に戻ろうとしたら、エレベーターがなかなか下りてこない(というか各駅停車)。で、やっとのことに1Fにエレベーターがたどり着いたのだが、エレベーターが満員だった。あんたら野次馬の集団かい(苦笑)、全フロアから野次馬を拾ってきたから各駅停車だったのか。

 老後に田舎に帰る頃に火事ならまだあきらめもつくけれど、今家財道具一式やられたら目も当てられない、仕事兼居宅は、居宅を失うこと=仕事を失うこと、を意味しますからね。お客さんの住所や電話番号なんか死活問題だもんなあ。パソコンのバックアップもろともやられそうだし。

 幸いにも火事はボヤらしくて、騒いでいる間にすぐに消し止められたよう。わしのところからは煙すら見えなかった。消防の人が「〇丁目〇番の火災は鎮火しました」って言っていたのでわしのところの地番と同じだから、本当に至近距離だったんだなあと思うが結局煙も見えず火元はわからなかった。

 暫く前には、自宅から50mほどのところで火事起こっていたし、この辺火事多すぎだなあ。

 東京東部の古い木造建築が多いこのあたり、今日はボヤですんだけれど大地震による火災が発生したらどうなるんだろう。うちは木造じゃないからすぐに火は回らないと思うけれど、近所に避難できるかなあ。特に地盤の弱い地域だから建物の倒壊のことも考えて、早急に建て直しする必要があるんだが、家は個人の持ち物だしお金がない人の改築が滞るわけだからねえ。

 普段よく通るところで、日照権がらみなのかでかいマンション絶対反対ののぼりの立っている中を着々とマンション工事しているところがありますが、この辺りは地盤(非常に弱い)の関係もあるから一軒家よりマンションを沢山建てたほうがいいと思うんだけどな(地下の基盤がマンションのほうがやっぱりしっかりしている)。でも昔から住んでいる人からそんなマンションだらけの街はとんでもないってことなんだろうか。でもでも東京西部のように閑静な住宅街にはなりえないんだし。一軒家を買う人は「通勤時間がかかっても」と覚悟をしているから電車で1時間かかっても通う気力があるが、マンションやアパートのような集合住宅は「利便性」が重要視されるわけで東京駅から6キロという距離も悪くないと思うんだが。

 

 

 

 

 帰省したとき、文庫本を2,3冊借りて帰ったんですが、その中で面白い内容がありました。

 キリスト教の功罪については、いろいろとありますが、アフリカやアジア、中南米の独自の宗教や文化を根絶やしにしたのは間違いないそうです。

 で、困った事にそれは悪意ではなく、「絶対的な善意」なんですね。宣教師が訪れた現地の土着の宗教は文化などは欧州のキリスト教徒からみたら、それこそ野蛮極まりないもので、即座に教育しなおす必要があると感じ、善意の塊として学校を作り教会を作り教育を始めた。

 キリスト教の伝道については日本も同じで、特に戦国時代から鎖国までの時代、そして明治からの時代、意気に燃えた伝道者が沢山やってきていました。

 明治時代には沢山のお雇い外人を日本政府は雇っていましたが、いろいろな技術指導より本音の部分は宗教指導をしたいお雇い外国人も多かったようです。

 ただ、日本では幸か不幸かそういうキリスト教文化は根付かなかった。理由はいろいろとあるみたいですが。

 日本以外の国でもそういう押し付け善意に激しく反発を感じる人も多かったと思いますが、「キリスト教が最高」と思ってる人にはなぜ行き先で強い反発を受けるのか納得がいかなかったのだと思います。というか絶対というものさしを体内に入れてしまったら、それ以外のものさしで物事を考える行為ができなくなるから、文明の未熟さゆえの反発と一まとめで片付けるしか方法がなかったような気がする。日本でも明治時代には、キリスト教の布教者は「叩き切る」と息巻いていた士族崩れの連中も多かったようですがすごい野蛮人に見えたんでしょうね。 

 人の価値観がそれぞれ千差万別である限り、絶対的な善悪というのは成立しないだろうなというのは自分的な思いなんですが(全くわし個人の考え方ですから文句を言われても困ります)。

 善意の施しというのは、ありがたい反面注意しないとプライドを傷つけるものでもあります。

 外国への援助で、「鼻につく」ことが少しでもあれば、いくらがんばってもちっとも感謝されない。

 アフガンで日本人が殺されました。どういう組織で何をしているかは知りませんし、殺された理由も全くわかりませんから、うかつな事はいえませんが、宗教がものの考え方が大きく異なる地域に手を差し伸べに行くのは本当に大変なんだろうなあとチラリと思って、最近読んだ本の事がよみがえってきた。

 

 わしは、普段から配達記録郵便を良く使います。

 あまり使わない人も多いでしょうから誤解を恐れずに簡単にわし的に説明すると、

 書留(簡易書留)ー補償=配達記録  

 書留のように補償はないけれど、お客さんに「確かに受取りました」の印を押してもらうので、「個人情報の満載した年金手帳や保険証等を送るのには最適」なしくみ。年金手帳なんて1円にもなりませんから補償があってもしょうがない。ただ悪用されると困るんです。

 そんな配達記録郵便ですが、廃止になるそうです。

 「郵便事業会社は25日、郵便物や荷物の引き受けと配達を記録する「配達記録郵便」の廃止を国に申請したと発表した」

 確かに受取人が不在がちだと、郵便事業会社員が何度も配達に出向かなければならず、人件費や配達経費がかかりますよね。元々宅配便に対抗してできた制度だから、かなり設定にも無理があったのかもしれない。書留や速達、配達記録の事業は赤字が年間約300億円に達し、大半を配達記録が占めるというのも無理なからぬ話だ。

 そこまでは仕方がないからと納得をする。が、その対策は納得できない。 

 「利用者には今後、簡易書留や新設する「特定記録郵便」に移行してもらう。簡易書留は損害賠償がついて受取人がわかる仕組みで、取扱料を50円値下げして300円とする。特定記録郵便は、送る側の記録は残るが、配達時に受け取る側の受領証と署名を必要としない仕組みで、損害賠償もない。取扱料は160円」

 いやねその新たにできる特定記録郵便、年金手帳やら保険証やら、いくら追跡がついてるからといってわかるのはお客さんのポストに投函したことまでですよね。次(そのポストからお客さんのところへ渡ったか)はわからない。郵便受けから郵便物を盗み出すバカが全国どこにでもいるんですから。

 てことで、その新たにできる特定記録郵便は使えませんよ。 そうすると90円の値上げか、、、痛いなあ。

 クレジットカードなんかも全く同じで、あのプラスチックカード自体にまったくの価値がない。だから盗られても補償しますといわれても困るわな。で簡易書留の補償の5万円ぽっちじゃ、カードで80万円のロレックスなんか買われたって補償しないわけだし(というかそういう内容物を不正利用した補償は想定していないだろう、あくまで同封された内容物自体の価値で判断するはず)

 赤字で大変なのはわかる。何とかしないといけないのもわかる。

 でも、だからといって、「書留使え」はないだろう。普通に配達記録の値上げですまなかったのかなあ。

 個人的に想像するに簡易書留で補償した案件というのは物凄く少ないんだろうかな。だから、コストに締める人件費は圧倒的に大きくて簡易書留と配達記録との料金差(補償の差)が計算してみたらあまり出なかったというのが本当のところか。どうなんだろう。

 民営化で郵便料金が下がるなんて思った人もいるようですが、国営時代の「ムダや赤字サービス」を排除するのも民営化の効果の一つ。つまり採算が合わないのに国策で無理した部分も沢山あるんだろうと思います。それが合理的な値段になるのは、利用者には辛いが健全な組織としての態度。

 でも、貧乏人には辛い値上げなのは間違いないですけれど。

 昔はバレーボール日本代表の試合も面白くて見ていたが、最近は全く見ない。

 理由はアレコレあれど、最大の理由は、あの応援。何かよくわからない(わしが知らないだけなんだが)ジャニーズ系タレントが出てきたり、観客席には応援グッズを漏れなく配るのか、応援が非常に単一的になっていて面白くない。

 しかも、極端な身びいき。

 昔、某T〇Sの試合中継は、10分のうち9分45秒は日本チームのほうを映していた。相手のスパイクが決まっても日本チームを映す。贔屓するにも程があると猛烈にしらけてしまった。

 てことで、うんざりして最近はもっぱらスポーツ観戦はサッカーなんですが、

 「SMAP香取慎吾(31)が、テレビ朝日で放送されるサッカーW杯アジア最終予選(9月6日~)の日本代表応援団長に就任し、25日、東京・六本木の同局で、放送をPRする巨大パネルのお披露目イベントに出席した。前回ドイツ大会のアジア最終予選から応援団長を務めており、6試合のうち、スタジアムに足を運べば5戦全勝という不敗神話も持っている。香取は「プレッシャーもありますけど、全身全霊で応援したい。他の仕事をおろそかにしてでもね」と笑わせた。」

 はぁ。また香取慎吾が出てくるのか。いや芸能をしているSMAPの香取慎吾はかまわないんだが(面白いし)、サッカー番組に出てくる香取慎吾はねえ。

 とある人がスポーツのテレビ局タイアップを鋭く批判していた。

 テレビ局Aが独占中継すると決まると、Aは視聴率を上げるために半端じゃない宣伝をする。ところが中継をしないB,C,DはAの視聴率を上げてほしくないから、その試合の重要性をより下げて小さく報道したり無視する。サッカーや野球はかなりメジャーなスポーツなので、放映権がないテレビ局も報道するのだけれど、それより一歩人気の落ちるスポーツはそのことが顕著になる。結局はタイアップのしすぎは、自分の首をしめることにもなる可能性がある。

 確かにねえ。バレーで五輪以外のビッグイベントって何?って考えると悩んでしまう。

 で、バレーボールの世界選手権(女子)、 1998、2006、2010 日本開催だそうで、なんで日本ばかりで開催するんだろう、誰か知っている人がいたら教えてください。

 芸能人といえば世界陸上の織田さん、わしは世界陸上全く見ないのですが、織田さんのモノマネの山本高弘(名前これでよかったっけ?)があまりに面白いので、次に本物が出てきたら見てみようと思ったりする。

 姉から電話があり、実家の掃除をしてて燃えるゴミで居間にあった状差しまで捨ててしまっただと。

 「えーっ」

 状差しの裏には、金庫のダイヤルの番号が、右に〇〇3回とか書いてある(苦笑)。無くなったら開けられないやん。

 すんでのところで気がついて、番号だけはメモっておいたらしいが、、、まったくもって人騒がせな、ヤレヤレですわ。

 相当な勢いで掃除をしたらしいので、次実家に帰ったときは、さらに部屋の中が閑散としているんだろうなあ。捨てることに掛けては天下一品の姉が、しんみりとしていたくらいだから(笑)。

☆☆☆

 五輪終りましたね。

 わしは覚えていませんが、小さい頃五輪の閉会式の時に「五輪が見られなくなる」とテレビの前で泣いていたとか。一体何を見ていたんだろう。あの頃は本当に4年後というのは、本当にそれこそ遠い遠い先でしたが、今ではあっという間に4年が経ってしまいます。年取るのが早いはずだ。

 関係者の皆さんお疲れ様でした。上手くいった人行かなかった人いろいろとありますが、勝負事は時の運が必ずついて回るものですから、ってわしが偉そうに言うような事ではないですね。

 人生も五輪というイベントも終わりというのは何か寂しいものですが、終わりのないものはないわけで、この宇宙だって必ず終わりがあるわけだから、物事には必ず終わりがあるということは始めから与えられたものとして考えておくしかないのだろうと思います。

 五輪のおかげで今年の高校野球やプロ野球もすっかり影が薄くなっていたようですね。

 最近わしは贔屓のチームがない状態で全く野球中継を見たりすることも全くなくなって、最近の様子がわからなくなっていました。野球の日本代表チーム半分以上知らない人ばかり(汗)、GG佐藤なんて人初めて知った。一瞬ハーフか何かかと思った。

 昔は五輪や野球をラジオで聞くということも普通にしていた(子供の頃)のですが、水泳競技をラジオで聞くのは当時は当たり前だったけれど、かなり無理がある。陸上もしかり。サッカーも苦しい。あ、野球は割と球技にしてはラジオに耐えられる競技だな。

 今はなんと言っても携帯電話。水泳の決勝とか午前中に競技がありましたが、会社でワンセグでトイレの個室の中でコッソリという人もいたらしくて(笑)、現代風だなあとちょっと思ったり。北島の水泳の時は会社のトイレが満室だったのでしょうか。

 

 

 

 

 土曜日なので(ということもないが)朝昼兼用のご飯を10時過ぎに食べた直後に電話、学生時代の同級生のS君から。「ちょうど通りかかったから昼飯食べに行こう。」 げ、ご飯たべたばっかりだけれど、まあ何とかなるだろうと食事に行く。亀戸駅前で飯を食って1時間ほど談笑。

 娘は高校2年生かあ。早いなあ、来年は大学受験だそうだ。S君と高校も大学も一緒だった、K君にも会ってないけれど息子はもう大学生になってるのかな。

 1学年上のS先輩の話も出ましたが、わしの嫌いな某携帯電話会社(犬の会社)の執行役員になっているそうな。いやいや先輩は相変わらず好きですよ。犬の電話会社は嫌いだけれど。

 筑豊川筋の荒っぽい血が入ってて、先輩の酒は吐いてでも断ってはいけないという教えを頂いた事がありますが、そういう縦社会への順応性と負けん気の強さが今の地位までのぼりつめた原動力なんだろうなあ。わしはダメ(すぐ酒を断るし)ですが。今度又一席設けないといけませんね。そういえば犬の会社が以前外資系(V社)であった頃にはロンドン出張なんてのも時々行かれていたそうですが、最近はそういうことも必要なくなったのでしょうね。体的には楽かもしれない。

 その後、午後6時から吉祥寺勉強会。半袖では電車の中も駅を出てから会場まで歩く間も寒い。いや本当にこれもう秋ですよね。勉強会後KさんとMさんとその後お酒を飲んで帰宅したのが深夜(作成時間は前日に戻してあります)。てことでどうみても過食気味。明日の体重計が怖い。

 昨日だか一昨日だが、北海道で気温が10度をきっているのを見たが、北海道はそんなに冷え込んでいるのか? いや気温が10度を切るとなると「真冬」の格好をしていないと寒くて仕方がないでしょう。北海道に旅行に行くのだから、何かに備えて厚手の服を余計に持っていっているのだろうが、さすがに8月にコートまでは持っていってないだろうから、本州から夏休みの旅行に行った人は悲惨だったんだろうなあ。

 

 五輪400mリレー銅メダルおめでとうございます。

 その偉業は関係者にしかわからないそうですが、そうかもしれない。

 昔、プロボクサーで竹原慎二(ガチンコファイトクラブに出ていた)という世界チャンピオンがいました。世界チャンピオンといえども1度王座についただけで、1度も防衛できなかった。

 でも彼の偉業は業界では奇跡といわれているそうです。

 ボクシングの世界チャンピオンといえば、どれでも同じかといえば全く違うのだそうで、何といっても王様はヘビー級ですがその次か次の次にくるくらいミドル級は格式が高い。

 スーパー〇〇級とか昔のジュニア〇〇級とか言う階級は所詮はスキマの2流の階級で世界チャンピオンといえども業界人の間では扱いが全く違う。ちなみに具志堅さんの13度防衛は、やっぱりジュニアフライという階級から凄いは凄いけれどちょっと格落ちで、ガッツ石松さんの5回防衛は、ライト級という階級だから凄いんだそうです。

 ミドル級というのは数あるボクシングの階級の中でも重い階級で、諸外国の強い選手がひしめいている階級。だから防衛はできなかったにせよ1度でもチャンピオンについたというのはもう前代未聞で奇跡に近いというか奇跡。小柄な日本人には絶対取れないといわれていた階級で次もないといわれている。

 でも、そんなことはボクシングに詳しい人じゃないとわかりませんよね。普通の人は世界チャンピオンといえばそれでへぇーとなっちゃう。特にテレビ局は「〇〇級の世界チャンピオン」の世界チャンピオンだけを高く取り上げ、どれも同じで報道してしまう。

 陸上400メートルリレーの銅メダル、ウサイン・ボルトなんか見ていたら絶対日本人に短距離種目のメダルは無理だろうなあというのは素人でも何となくわかりますが(ボルト以外の黒人選手と比較してもやっぱりダメだな)、実際に一緒に隣を走った選手や専門家でないとその絶対的、絶望的な差は実感できないのかもしれない。

 金メダルは金メダル、銅メダルは銅メダル ですが競技人口、外国での人気、其の他もろもろの諸条件を入れるとその価値は限りなく金に近い銅なのかもしれない。長い長い五輪の歴史で黒人選手が殆どいなかった(メダルの取りやすかったであろう)戦前ですら日本選手の陸上トラックのメダルが人見絹枝さんだけだったなんてのも始めて知りました。

 わしの行っていた小学校は同級生が21人。今は廃校というか学校統合しましたが、統合前末期には1学年がヒトケタ前半にまで減っていたそうです。21人であれば顔も名前もしっかりと覚えている。今となっては顔はずいぶん変ったやつも多いけれど。

 そんな田舎にお盆にお寺にお金を持っていきましたが、その時同級生のNさんの家の玄関に「忌中」の張り紙がしてあった。そういえば、お母さんが亡くなったという話を聞いていた。まだ若いのに(70歳にもなっていなかったそうな)、がんだったそうで。

 母親も仲良しだったんだけれど、10歳以上も年下の人がなくなるのはショックだったかもしれない(本人は表情に出さないが)。

 Nさんの長女がわしと同級生で、その下に2人弟がいた。

 その弟さんが、大学生で親元を離れて下宿をしていたときに、荷物が親から送られてきて、その中にタッパーに入ったカレーが入っていたそうな。

 だが、悲しいかなそのカレー、到着時には既に傷んでいたそうで(笑)、息子から母親に「すぐ腐るような生物は送るな」と苦情の電話があったそうな。到着から不在で荷物の受取まで時間がかかっていたのだろうか。

 普通こういう場合は、レトルトのカレーを送ったりするもんだけれど、それじゃ心がこもっていないということで、親ってのはどうしても自分で作ったものを送りたがるんでしょうね。

 思い出せばわしが大学生の時、友人のところにちょうど荷物が送られてきて、開けてみたらいろいろと食物が入っていたがその中に、タッパーに入ったサーモンマリネが入っていたなあ。その時点で即宴会に発展したわけですが、いずこの親も同じですよね。親元を離れている子供のところには何かしらの荷物が送られていたように思う。こんな余計なものを送りやがって、、全くしょうがないなあ といいながらも少し嬉しかったりするわけで。

 Nさんの弟も、傷んだカレーを見た時は「なんというバカ親だ!」と一瞬ムッとなったかもしれないけれど、今となっては亡き母親の子供への心遣いを思って感謝しているのかもしれない。

 

 

セミ

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 何かすっかり暑さも厳しさを失い、もう秋になろうかと体が勘違いしていますが、たぶんぶり返しがあるんだろうなあ。せめて夜は熱帯夜でなく涼しくなってほしいけれど。7月末から8月始めは去年にも増して暑い気がしたけれど後半はそうでもないような。

 そろそろ子供さんたちは、新学期が気になる頃ですかね。8月も20日を過ぎると本当にカウントダウンですからね。宿題やらなきゃねえ。 

☆☆☆

 家の前で蝉が死んでいました。

 ウィキペディアによると、蝉も幼虫でいる間は種類により3~17年と違うそうで(ずいぶん差があるな)すが、それにしても幼虫でいる間はとても長い。

 そして成虫になるとすぐに死んでしまう。成虫で生きていられるのは1ヶ月くらいとか(1~2週間よりは長いらしい)。

 そのはかなさゆえに人間の心をとらえるものですが、アブラゼミの幼虫6年、成虫1ヶ月を人間の寿命に比較してみると、寿命が85歳として、成虫になるのは83歳9ヶ月の時なんですね。

 人間では、ほぼ「介護が必要な状態の頃」になって地上に出てくる。蝉にとって地上は、介護施設か老人ホームか。いやいや種の保存のためにこれから最後の大仕事をしなきゃいけないから年寄りといっては失礼だな。

 昔は何も思わなかったけれど、地上を元気よく飛び回っている蝉、そんなこんなで最近は限りなくいとおしく感じられます。

 しかし、都会のど真ん中でも蝉の声はたくさんしているんだけれど、どこにいるんだろう。小さな公園とか空き地くらいの土地でもちゃんと産卵して、幼虫が育ち、羽化するのかな。

 原稿締め切りを2つ仕上げやっと自由の身に(はならないな、多分校正が上がってくる)、原稿書きと校正の仕事は費用対収入ではあまり率の良い仕事ではない。有名人なら原稿単価が全然違うから状況は全く異なるんだろうけれど。

 毎年、仕事のない8月(年金相談会もセミナーもない)。その反動は9月にやってくる。自営業だからお金が入ってこないんだよねえ。正直来月が怖い(笑)。でも、9月の同窓会には帰る(だろう)。どうやって家計をやりくりするのか今から悩む(大汗)。

 同窓会といえば、父親の同窓会、まだ細々と続いているみたいだが何しろ同級生は「亡くなった人」のほうが多い。また幹事の人が送ってくれた収支会計報告はイマイチよくわからない(父親と同い年だからしょうがないかなあ)。親父の会費を払わないといけないんだろうか。

 母親の同窓会は、母親がもう出かけられないので最近はお断りしている。お見舞いももうまともでない姿を見てもらうのも忍びないのでご遠慮の方針ですし。でも、つい最近までは延々と同窓会が続いていて(まだまともな人の間では続いている様子)。母親も喜んで参加していた。

 若い頃の時代、空間の共有という概念はずっと我々の心に影響を及ぼすんだろうな。

 ということで、最近は少々無理してでも同窓会のような寄り合いは出たほうがいいと思う気がしている。以前はあまり出たくはなかったんだけれど。

☆☆☆

 わしが田舎に帰っている間に親戚(父親の兄弟)から姉のところへ、「父親の居所を教えてほしい」旨の電話が何回かあった。

 親戚だから本当に心配しているのかもしれないが、生まれてから今まで生きてきた長いお付き合いの歴史から「物見遊山で、父親がどんなところでどんな状況でいるか」をただ見にきたいような臭いがプンプンしていた。姉も同じ感覚。てことで丁寧にお断りした。

 多分田舎のことなので、うちの兄弟は周囲で「血も涙もない」とか悪く言われているんだと思う。

 それは仕方が無いことなんだけれど、1日24時間のうち20時間も寝て、呼びかけても返事をしないような父親を見せるのは忍びない気持もわかってほしいんだが、昔風の親戚関係やお付き合いの感覚を引きずっている人には無理な相談だな。

 お見舞いを持ってこられるんだろうけれど、お返しをしたりとか面倒が増えるだけ。わずらわしくてしょうがない。親子より血の薄い親戚はもう他人一歩手前なんだから、より血の濃い親戚の意向はすこしは尊重してもらわないとねえ。

 自分の子供はみな平等に可愛いからと財産があるのに、遺言も何もせず死ぬ親は世の中に多い。まさか自分の子供が自分の死語財産をめぐって子供同士で喧嘩するなんて思いもよらない。あるいは予想してもそれを避ける期待があって何もしないのか。

 ところが現実には親が死亡した時の財産争いの揉め事は世の中頻発している。ということは親が思っているよりはるかに兄弟同士というのは関係が薄いってことですよね。子供の頃は子供同士親と同じ屋根の下で同じ食事を取って本当に一体化しているけれど、成長した後は別々になり、結婚をした場合には、全く関係ない血(嫁または婿)が入ってくる(遺産相続で裏で糸を引いている場合も多い)。

 父親の親戚、プラスになっているのかいないのか。 親戚関係は誠に難しい。

 

 

 

 

 

 

 5日も遊んでしまった(わけではないがやっぱり田舎に帰ると思うように仕事はできない)ため、締め切りの仕事が相次いでいて、ちょっと厳しい。

 8月は超ヒマになる予定だったんだけれど、そうでもないか。ならして仕事するならヒマだったんだろうけれど。それでも単価が安いのでちっとも家計は豊かになりませんが。

 てことで、もうちょっとがんばります。

 9月の高校の同窓会、悩みに悩んで帰ることにしました。8月に帰省しているのに連続ですからねえ(苦笑)。ただ、頻繁な帰省で正直軍資金が乏しいので、バスにしようかなと思っております。しかし、2年続けてやるかなあ。いや我々は出席するだけだけれど、幹事さんは大変だと思う。

 

 

 先ほど(午後8時前)帰宅しました。飛行機は大幅に遅れた。羽田空港が混雑ってお盆だから大増発したって話は聞かないんだけど盆暮れは遅れるなあ。出発が20分以上後れ、到着到着は1時間時間遅れ(上空旋回で+30分?)。飛行時間が長いからサービスのためお茶やキャンディまで勧めてスチュワーデスさんも大変だ。

 昨日から姉が来て、親の衣類の大処分大会。

 もう父親がスーツを着る事もなかろうと、1着残して全部処分でゴミとして出す。母親の帽子等も処分。全面協力するしかないですけれど、ちょっと寂しい。見ると思い出がよみがえってくる洋服も多い。だんだんと空になってく棚や引き出し、、、覚悟はしているけれどすこし複雑な気持。

 第三者なら何のためらいもなく捨ててしまうようなものでも、やっぱり関係者にとっては、「思い出」という衣を付けているのでなかなかドライに割り切れないですよねえ。

 改めてわしも絶対に「今後荷物を増やしたくない」と思う。捨てた分だけ補充して買うようにしないとどんどんと荷物が増えていく。なんでもかんでも普通に燃えるゴミとして出せるドライな感覚な人なら苦労はしないだろうけれど。

 父親は絵手紙が趣味だったので、絵手紙に押す印鑑(落款?)だけでも10個くらいはあったのですが、全部処分。書きかけの絵手紙やらも全部処分。絵手紙の書き方などの本も処分。年賀状作成に使っていた干支のスタンプも処分。

 写真もだいぶ処分した。やっぱり写真は本人の思い出の部分が多いから、「これ誰?」というような写真は本人以外持っていてもしょうがない。わしも手元にある古い写真は全部時間があればパソコンに取り込んで、写真自体は償却しなきゃと思う(が時間がない)。

 明日からまた普通の日常に戻りますが、体以上に疲れたかもしれない。

 

 

 

 

 一昨日、家から羽田に行く途中で新日本橋に立ち寄ったのは、お土産を買うため。

 千疋屋によって1個1万円のメロンを買って帰りました。お金持ちな人ならいざしらず貧乏なわしにはそれこそ清水の舞台から飛び降りるようなお土産。普段は1000円でお釣りの来る形焼ですから(笑)。

 親もそうは長くないだろうから少しくらいはいいものをと思ったのですが。

 でも、少し手遅れだったみたい。父親がもう食べられないのはわかっていたのですが、姉によると母親もなかなか固形物は食べたがらないとか。1年買って帰るのが遅かったかな。まあせっかく買って帰ったんだからすりおろすなりつぶすなりして食べやすいようにしてもっていかないといけない。そういう風にして食べるともったいないような気がするけれど仕方がない。

 まあ商品の高い安いの判断もつかなくなっているから、最初から自己満足に過ぎないけれど、本当に年寄りの老化は時間との勝負です。孝行したい時に親はなしにならないようにみなさんもご注意を、万事早め早めが良いようです。

☆☆☆

 実家にかえってのもっぱらの足は、「自転車」

 でも自転車では速度も出ないしやっぱり厳しいことも多い。お墓は自転車でいける距離だけれど、母親の施設には遠くていけない。

 わしが老後に、田舎に引きこもった場合を想定すると移動手段をどうしようか?と思うと真剣に悩む。

 一見田舎のほうがお年寄りに優しいと思えるけれど、交通機関とかの利便性はやっぱり都会のほうがはるかにお年寄りには優しいんだろうなあ。路線にもよるが都バスが1時間に4本も5本もあるなんてこと、田舎の人からみたら考えられない。

 

 朝は朝寝坊して、午後は父親のいる病院に行く。古い病院で病院独特の消毒のにおいがして、介護施設とはずいぶん雰囲気が違う。

 父親は予想通り寝ていた。

 姉が声をかけて起こすと、うっすらと目を開けた。何とか誰かわかるみたいだ。でも声はあげない。

 お正月には、施設に財布を忘れたと雪の中を施設に戻ると大騒ぎしていたのがうそのような衰え方だ。姉の家には1歳の姪の子が来ていて会うたびにびっくりするほどに変化しているが、年寄りもまったく同じ(方向がいい方向か悪い方向かという違いは致命的だが)。

 こうなると、病院に行っても何をすることもない。会話もできないから3分もすると時間をもてあましてしまう。5分もたつと父親はまた眠りについていた。

 そそくさと病院を辞して、次に母親のいる介護施設に行く。

 母親も相変わらず。でも、父親と違って問いかけに少しだが返事をしたりする。そんなに長くは続かないが。

 施設の食堂の大型テレビは、北京五輪を放映していたが、誰も見ていない。一般家庭では見ている人が多いんだけどなあ。

 五輪に出場しているアスリートは、馬術や射撃のような特別な競技を除いてほとんどが10代後半から30代前半でしょう。そして鍛え上げられた肉体、普通の人ではとても考えられないような能力を発揮する。でもそういう人も50年、60年先には歩くことや考えることもままならないようになってしまうんだろうな。人間に不老不死はありえず、またどんなに化けモノのような肉体も最後には衰えて朽ちていく。この施設に入所している人も50年前は気力も体力も充実していて、仕事や子育てにバリバリがんばっていたんだろうなあ。世の中諸行無常、そんなことを思いながら、食堂にいる入所者さんとテレビを見比べていた。

 

 

3時頃まで、うだうだしていて、3時20分に家を出る。

亀戸駅からJR、錦糸町で総武線快速に乗り換えて新日本橋。新日本橋でいったん降りてお土産を買う。
再び新日本橋から総武横須賀線に乗って品川、品川から京急に乗り換えて羽田空港へ。羽田空港についたのが17時10分頃。以前は航空券購入に大行列ができていたのですが、最近は本当に行列が少なくて待つこともなくチケットを購入(というかチケットレスだから料金の支払いというほうが正確か)。しかし料金高い。ついこの前まで14500(株主優待券を使って)だったのに、16900円になってる。はぁー。

飛行機は定刻18時、でも15分ほど遅れた。
ゲート前の大画面テレビで、五輪の水泳をみていた。同着順位の人が決勝(あるいは準決勝)進出をかけてさしで勝負をするスイムオフなんてのがあるんですね。へぇー。いやしかし大変だわ。普通の練習なら五輪選手ですから1日に1キロ2キロ泳ぐのはわけないだろうが、五輪の本番という極端な緊張は人間の疲労度を何倍にもしますからね、200m×2本でも5キロくらい泳いだ疲労度だろうな。北川選手お疲れ様でした。

てなわけで、乗った飛行機はB-737-800今年の6月から就航しているらしいピカピカの新車(新機?)です。窓から見えた機体番号がJA51ANでしたので、この写真の飛行機そのものでした。

座席がなかなか座り心地よくて、しっかりシートが背中と腰にフィットするんですね。ためしにリクライニングをちょっとしてみたんだけれども、これもなかなか具合が良い。乗っている時間が1時間ちょっとじゃもったいない。これならバンコクくらいまで乗っていてもいいなあ。シートピッチが伸びたらしいけれど、最近は新幹線をつかって月イチで名古屋に行っているせいか、どうしても足がしっかり伸ばせる新幹線と比較して狭い気がする。

しかし、入り口においてある新聞、英字新聞がやたらと多かったけれど、国際線にも使っているの?4部も5部も英字新聞だらけで、あれこの飛行機国内線だよなあなんて軽く思う。

てなわけで、空港から松江市内へ行く連絡バスの中でPC立ち上げてこれ書いています。晩御飯まだだけれど、どうしようかな。地方都市の駅前って早いんですよ終わるの、しかも最近の様子はあまりわからないし。ファミレスやファースフードのお店は車前提の街づくりゆえ中心部にはないんです。

 北島康介金メダルかぁ。

 わしは昔から小心者で徹底的に本番に弱いタイプなので、スポーツの世界でも期待されながら思わぬ成績で敗退してしまった人に限りなく共感を覚えるほう。わし自身五分五分の勝負が上手くいったことがないもんなあ。

 だから、ここの所ずっとライバルに負け続けていたけれど本番になると勝つという人には(北島選手のこと)、敬意を表するが正直違う世界の人みたいだ。入試でも国家試験でも本番にベラボウ強いタイプの人っていますよね。

 アテネの五輪からずっと負け続けていたらしいのに最後の五輪になって大逆転なんてどうしたらできるんだろう。

☆☆☆

 映画ハリーポッターの主役ラドクリフ君は、年収29億円だそうですが(驚)

 3億円、いや1億円あったらもう「即仕事をやめて引退、東南アジアでグータラ三昧」なんていう夢を持つオッサン(わしのこと)と違って、まだ19歳ですもんねえ、引退ってわけにはいかない。ラドクリフ君はこれからが人生だから、大金を貯金するのも何だし、何か投資とかするのかなあ。あ、ハリポタシリーズは全部映画は収録し終わってないですよね?だったらまだ彼が出演する必要があるな。

 ラドクリフといえばポーラ・ラドクリフ(マラソン)。2時間15分の記録を持ち、アテネはガチガチの本命ながら途中棄権、今回の北京は直前になって疲労骨折と運が悪いというか何というか、世界選手権で金メダルをとっているとはいえ、北島選手とは真逆(だからわしは共感する、しかし北京は出場するんだっけ)。北京出場が気になってネット検索してみたが、全く関係ないことに彼女が喘息持ちだとは知らなかった、マラソンを2時間15分で走れる心肺機能の持ち主でも喘息になるんだな。医学的には心肺機能の強化ってのは喘息の治療には全く関係ないのか。

 明日から土曜日まで帰省です。

 すこし休んできます。といいつつ仕事持ち帰りますが。

 いやあ、昨日は本当に涼しかった。夜もしっかり寝られた。

 でも25度の熱帯夜よりちょっと下がっただけなんですよね。多分昔わしが子供の頃は、場所の違いはあるけれどこの程度の気温が普通だったんだと思う。このまま秋になるわけもないが、何とか「お昼の35度超えとか」「夜27度超え」は遠慮してもらいたいもんだ。夜が不快で寝られないか否かの分岐点は気温が27度を下回るか否かだというのはここ3年、エアコンなしで夏を耐えてきて体得した経験値。

 小中高大と図書館以外にエアコンのある教室で勉強したことがないが、当時はそれが暑いのも当たり前で受け止めていた。高校の補習授業は、1,2年の時は前後で2週間、3年生の時はもっと学校に行っていた気がする。出席とられて出席日数に入るからサボれない。教室で暑くて下敷きを扇子代わりにヒーヒーいいながら、そして帰宅した下宿の屋根裏部屋でも暑くてヒーヒー言いながらすごしていたはずだが、夜はそれなりに冷えていたんだろうなあ。

 ☆☆☆

 夏祭りの神輿と花火の音と、盆踊りの音が聞こえてきた日曜日だったけれど、今日は暑くなかった(30度を下回った)から、神輿を担ぐのは楽だったんだろうな。

 子供の頃の今の時期、午後は海に行くとして、午前中は夏休みの友が終ったら仏具磨きとかさせられていた。あ、墓掃除もあった(掃除嫌いには苦痛の種)。本当にお盆が近づいてきたのを実感する時期。

 うちのお墓の裏は藪で、蚊の攻撃が凄かった。蚊取り線香を持っていっても、帰宅したら足や手や総攻撃されててボリボリと掻きむしる。虻の攻撃もあった。お墓が石段を登ったところでバケツに水を汲んで上がるのも大変だった。

 セピア色の写真とよく言うけれど、まさにそんな写真にふさわしい記憶だ。

 今日は図書館に行って、文庫本を3冊借りてきて、カバンに詰めて帰省の準備。帰省の準備といっても着替えくらいだから、別にたいしたことはないけれど。よく考えたら本当に最近読書していなかったなあ。仕事関係の本ばっかしか読んでいない気がする。

 夏とかお盆とかいうのは、何か物凄く感傷的になる気がする。春も秋も冬もこんな気持にはならないのになんでだろう。

  

 昨夜は甥っ子と晩御飯を食べに蕎麦屋に行った。

 別になんともない普通の蕎麦屋なんだが、そこでわしは冷やしたぬき蕎麦を頼む。

 で、出てきた蕎麦、ごく普通の蕎麦なんだけれど、、てっぺんに小さな海老天が乗っかっている。これが、、食べてみると暖かい。うーん、揚げたてか。

 いやね、揚げたての天ぷらを出すのは一般的には非常にいいことなんだろうけれども、これ「ひやしたぬき」なんですよねえ。正直、せっかく冷やした蕎麦なのに、海老天に接触しているところが「生暖かくなってる」んです(汗)。なんかすごく中途半端なことに。

 基本的に天ぷらは暖かいのが美味しい。暖かいそばと相性がいいから上に載せてもいいだろう。でも冷たい蕎麦にするなら、暖かい天ぷらは別盛にしないとまずいんじゃないかなあ。冷たい蕎麦の上に暖かい天ぷらを直接載せるという食べ方があるんだろうか?

 甥っ子もついちょっと前までは大食漢だったけれど、30代になって普通の食欲に落ち着いた。お店に行ってもわしよりはよく食べるがそんなにビックリするほどではない。でもうちもそうだったけれどどこの家庭もよほどに「食べ盛りの印象」が子ども(特に男の子)にあるせいか、盆暮れに帰省した際に、「大盛攻撃」や「肉攻撃」にあうケースも多い。今日からあいつも大盛攻撃受けてるかもな(そんな感じはしないけれど)。

 正直食べ残しのムダも多くて迷惑かもしれないけれど、そういう親心、たまに帰ってきた子供(といってもいい大人だが)に美味いものを沢山食べさせようとする親心、冷静になってみるとありがたいですよね。でもいつまでたっても親の頭の中では子供は成長しないのか。

 

 

 

 甥っ子が田舎に帰る途中立ち寄った。9連休かよ、、、いいなぁ。

 明日の早朝7時の新幹線に乗るらしい。ひかり号で岡山まで4時間。そこから50分待ちで、特急に乗り換えて2時間半。ずいぶんと接続が悪いな。なんでこうなったかというと、単に「チケットを取るのが遅かった」だけなんですね。盆暮れ恐るべし。あの5分おきの東海道新幹線がほぼ全部満席になるんだからなぁ。

 てなことで、もうお盆シーズン突入ですね。今日明日帰る人も多いし、来週帰る人も多いみたい。みなさん良い思い出を作ってください。わし的には掃除が嫌いなので辛いといえば辛いが仕方が無い。

 帰省といえばお土産。親父は甘いものが大好きで(酒も飲むけれど)、特にアンコ系が大好きだった。てことで帰省時には迷わず毎回人形焼か三笠山(ドラ焼)を買って帰っていたけれど、最近はすっかり人形焼も食べなくなってきて、今年のお正月からは買わないで帰るようになった。もう食事は全く食べないからこれから買って帰ることもない。お土産を沢山かって帰れるうちがいいのかもしれない。もう一人の姉は親にセーターやら何やらを買って帰っていたが、もうそうすることもないだろうから彼女なりの寂しさを感じているのかもしれない。

☆☆☆

 冬場に着ていた毛糸のセーターをやっと洗濯(苦笑)。毛糸用洗剤で洗濯機を毛糸洗い用にソフトにスイッチを変えればいいだけだから洗うのはそんなには困らない。が洗いあがって困った、結構汚れが落ちていない(汗)。どうすんだ?でも毛糸だからそこだけゴシゴシってわけにはいかないですよねえ。

 やっぱ男も家庭科学習しなきゃな(大汗)。あ、ネット検索してみるか。

☆☆☆

 北京五輪開幕(らしい)

 でも自分的に盛り上がらない。サッカーいきなり負けちゃって五輪はもう終わりムードだしね。ナイジェリアとオランダには勝てそうもないし。あ、ほかに見るといえば野球があったか。いやいや、貧乏自営業者は五輪みず仕事しなきゃね。

 

 

 今日はヨガの日、船橋まででかけました。

 ヨガが終って、外にでると意外と涼しい。おお、今日は寝苦しくないかなと淡い期待。

 でも電車にのって、地元に戻ると、もわーっとした空気。えええ、なんでと思ってアメダスでチェック。東京都心と船橋の気温って1.5~2度違うんだ。うちは都心じゃないけれど、まあ他に比較するところがないので都心を使う。この気温差が今日だけなのかいつもそうなのか知らないけれど、このくらいの気温の違いでずいぶんと暑い涼しいの感覚が違うんですねえ。

 最近東京地方はにわか雨が続いていますが、本当に距離が1キロ違うと降り方が違う。気温もそんな感じなのかな。関東地方一筋縄ではいかない。そういえば同じ江東区でも湾岸の新木場は本当にいつも涼しい(ってほどでもないけれど)し。

 しかし、東京は本当に蚊が少ないなあ。こちらに引っ越してきてから滅多に出くわさないし、蚊取り線香を買ったことがない。田舎は気温は涼しいがあの不快な高い羽音で夜寝苦しくなるんですよねえ。

☆☆☆

 ヨガ教室の先生と一部の生徒さん、来週月曜日から2週間インドに行かれるそうです(2週間かあ、しかも豪華な宿らしいので金もヒマもないといけないな)。

 で、今日の教室の前にも準備の話で盛り上がっていた。蚊取り線香をどうするかとかいろいろ。

 いいですよねえ、最近は「電池式で火を使わない上に長期間使えるやつがあるから。昔は金鳥の渦巻きを沢山かかえて旅に出ていた。

 先生ご一行、デラックスな宿にお泊りのようなので、エアコン完備で蚊はまず入ってこないでしょう。エアコンがあると本当に蚊少ないですからね。窓を開けないドアを開けないから当たり前っちゃ当たり前ですが。ヤバイのは観光地のちょっと暗がりみたいなところ、この辺で大抵やられる。

 高い宿には蚊は来ないかもしれないけれど、安宿には蚊は当然来る。でも夜寝るときは蚊の心配はあまりしない。安宿にはエアコンがないけれど天井に大体ドデカイ扇風機が回っている場合が多いです。でもって、あのドデカイ扇風機は結構風が強く、強めにしておくと蚊はこないんですよね(止まって血を吸えないというのが正解か)。ただこっちが風邪を引く可能性アリ。だから、長袖のトレーナーを着たりシーツを被ったりしてやや寒いのに備えるくらいの格好で寝る、これでバッチシOK。

 なんだけれど、いやこれにも欠点が、

 アジア(国の首都たとえばバンコクあたりは滅多に停電しないが)、アフリカあたりだとよく停電があるんですね。停電すると扇風機が止まり全く風がなくなるから、とたんに猛烈に暑くなる。しかも上で説明したとおり厚着しているし、さらには蚊も待ってましたとお出ましになる。こうなると寝られるわけもなく、寝たり起きたりで朝を迎える事になる。

 翌日は疲れていて何もする気にならず、エアコンの利いているレストランで長居して過ごしたり。そういう不都合も旅の醍醐味ですが、その時の蚊の羽音くらいうらめしいことはないですよね。

 こんなことを書いていると、旅に出たくなる。天井でグワングワンと回っている扇風機、うるさいけれど風情がありますよねえ(本当はエアコン付きの宿がいいけれど)、旅のガイドブックも油断するとすぐにページを風が勝手にめくってしまう。いろいろ不便もあるけれど、ほんと旅はいいよなー。

 

  

 最近話題のグーグルのストリートビュー いや、ヤバすぎでしょう。なんだ今頃になっておっせーななんて言っている人もいるかもしれませんが、とにかくわしはこんなすごい機能をしったのは昨日今日です。

 http://www.google.co.jp/help/maps/streetview/

 住所をグーグルに入れて、地図をだし、ストリートビューをクリックしてそこいらの360度パノラマ写真を出す。

 ためしに、くまさんに以前連れて行ってもらった東向島のハイボールの元祖亀屋さんを検索してみる。そろそろ道路整備で建て壊しなのかな、風情のある店なのにもったいない。 てことで、

 亀屋さんの住所を入れてみると、、あったここだ。ぜひ写真の中の→を動かして360度パノラマにしてみてください。

 あまりにもリアルでヤバすぎる。ついでにわしの住まいも住所を入れるとバッチリと建物が写っている。

 昔は住所を教えてもらっても、ふーんその辺りかというところまでしかわらなかったけれど、今は住所がわかれば写真までバッチリ出されるので、いやはやです。

 さっそくいろいろな遊び(不思議な写真とか面白い写真探しとか)がネット上で始まっているようですが、本当グーグルさん本当にすごすぎるよ、あんた。

 そうなるとなかなか隠し立てができない。前にちらりと触れたと思いますが、わしのよく利用する米子空港(正確には美保飛行場(自衛隊的には航空自衛隊美保基地なんですが、そこを米子空港と称して民間機が飛んでいる状態)。そこの滑走路延長事業なんかの地図は、

 こんな風な写真でごまかされています。これ何か変ですよね。そう空港の南北両サイドが何もない状態になっている。南側は確かに何もないけれど、北には自衛隊の基地がある、空港のターミナルがある。

 これをグーグルで検索すると、
 こんな風になる わけでして、何のために航空写真を細工したのかわからなくなります。自衛隊基地だから気を使ったのかな。でも飛行機の中から普通に基地が見えるわけですしグーグルさんにかかったら秘密にする意味がない。

 さすがのグーグルさんもまだまだ東京とか大阪とか大都市ばかりで地方都市までは手が回らない状態みたいですけれど、暫くしたら人口10万人くらいの町は皆網羅するようになるんじゃないかな。ぜひみなさんところの住所もためしに入れてみてください。

 ここのところ時間に余裕があるけれど、決してヒマという状態ではないのでたっぷりとは遊べませんでしたか、これヒマがたっぷりあったら1日中でも見てられるかもしれない。ただブロードバンドが必須っぽくて、けっこう重い(パソコンの中は凄い作業量なんだろうなあ)ので、気軽にというわけには行かないと思いますが、興味ある人、正直嵌ります。

 

 

 何か1日中凄い天気だった。

 雨が突然降ってやんでの繰り返し。1キロ先は小降りなのにこちらは大雨みたいな超ピンポイント雨攻撃。

 夕方のお出かけ時も最初30mくらい家からでて歩いていたら突然雨が降ってきた。まさに突然。最初はバイクで行こうとさえ思っていたがまあ電車にして正解だったか。

 その割には涼しくない。湿気があってべたっと体に空気が張り付くような感覚。温度も大切ですが、やはり湿度も大切なんですねえ。

 外出の帰りにスーパーTに晩御飯と水を買って帰らないと(水はとても重要)と立ち寄るも、お惣菜コーナーが時間が遅いせいか綺麗さっぱりなくなっている、見事にない(おにぎりが1個転がっていた(笑))。しかもペットボトルの水は手にぶら下げて帰るのが重たくて面倒だなとおもって、何も買わずに帰る。

 で、一旦家に戻ってカバンを置いて、チャリで、スーパーKに出かける。ところがKはお惣菜はおいてあるが安くない。Kは8時を過ぎると半値札が貼られるが、Kは経験則上9時半から10時くらいに貼るみたいでちょっと早かった。それよりKは水がないのがヤバイ、、いやあるにはあるんだが、何かウーロン茶と変らないくらいの値段の高い水しかない。これじゃだめだ。

 結局、Kでも何も買わず自宅への帰りショップ99によって水を買い、腹を満たすものを買って帰宅。

 で帰宅して冷蔵庫を空けたら水2リットルほぼ手付かずのが入っていた。昨日かってきてすっかり忘れてしまっていたらしい。はぁー何やってんだ自分。水があるなら食料も特に買う必要もなく家へ帰ってそばを茹でて食えばよかったんだな。

☆☆☆

 北京五輪ももうすぐ、オグシオが北京へ出発ってでてた。いや元々が美人だけれど試合中はすっぴんでそんなにすごいという感じではなかったけれど、ちゃんと化粧するとやっぱ美人ですねえ。多分サッカー以外はニュースで見るくらいにしか五輪は見ないと思いますが、選手のみなさんがんばってほしいです。

 

 

 

 昨日髪を洗っていたら、かなりの数抜けた。

 白髪になるのも嫌だが、抜けるのはもっとやだなあ。

 うちの家系、周囲を見渡しても「薄くなるが禿げない家計」らしい。生え際が後退したりそういう人が周囲を見渡してもいない。

 てことで安心はしているのですが、やっぱり不安にもなる。

 で、理由を少し考えてみた、ででた結論が「金曜日の宿で使ったリンスインシャンプー」が原因

 ちゃんとした高い宿ならアメニティグッズでシャンプーとリンスが別になっていたりしますが、ビジネスホテルくらいだと、経費節減のためかリンスインシャンプーの1回分包装がおいてある場合が多かったりする。健康ランドの大浴場とかもおいてあったりするな。

 このリンスインシャンプー、昔から使うと髪がボロボロ、ボサボサになっていた。最近は使わなかったんだけれど久しぶりに使ったらテキメンに髪にダメージが来た気がする。いろいろとネット検索すると「シャンプー+リンスに性能はかなわない」ということがでてくるが、効能だけでなく髪のダメージも相当高いのだろうか。単にわしの髪質がリンスインシャンプーにあわないのか、それとも安物のシャンプーだから性能が悪いのか。

 旅用といえば、ビジネスホテルの歯ブラシ、これも「ないよりはマシ」な程度で、毛先とか見ると「歯茎傷めそう」、でおいてあるカミソリ、これは貝印のやつと同じく、あっさりとヒゲだけじゃなくて皮膚まで切れる。いやね、普段の髭剃り用のカミソリはスーッと横にずらしても皮膚が切れない工夫がしてある(だから高い)んだけれど、使い捨て用はそんなのはないですよね。普段から無用心にかみそりを使っているんだから、こういう場合くらいは気合を入れて皮膚傷つけないようになんて思えばいいんだろうけれど、、つい普段と同じにやっちゃって切っちゃう。

 てことでですね旅に出るときは、マイ洗面用具(シャンプー+リンス+歯ブラシ+髭剃り)は荷物になってもいつでもどこへでも持っていきなさいってことだな。ふぅ。

☆☆☆

 午後4時半頃に用事で外出したら、外は凄い雷だった。雨降るかなあ?と心配だったので傘も持って出たけれど、結局雨は降らず。一雨夕方に来ると涼しくなるのになあ。天気予報は傘マークだ。

 

 漫画家の赤塚不二夫死去。

 何かこういう記事を見ると本当にオッサンになったことを実感する。おそ松くんは子供の頃床屋の順番待ちしている時よく読んだ。本屋がない町だったので(漫画雑誌くらいは売っているところがあったのか知らないが間違いなくコンビニはなかった(今もない))ので、わしが漫画本を買ってもらうのは滅多にないことだった。

 72歳かあ、早すぎるな。

 トキワ荘に住んでいた、あるいは出入りしていた漫画家は本当にみな早死にだ。手塚治虫、藤子不二雄(F)、石森章太郎、園山俊二 みんな60代で死亡。で今回の赤塚不二夫。みんな平均寿命まで遠く及んでいない。

 2002年に倒れてからということはもう漫画家人生としては60代で終っていたってことだな。

 徹夜に次ぐ徹夜が漫画家の宿命だから、これで命を縮めている側面は大きいだろうけれど、赤塚さんはそれに+酒 が入っていたからなあ。

 2002年から2008年まで6年の闘病生活 というのを聞くと、何か凄く恐怖を感じるこの頃。脳の病気で寝たきりになっている場合は、やっぱり他人の言っていることが聴こえていたりするらしい、でも自分からは手足も動かず声も出せないから意思表示ができない。自分が倒れたら一体どうなるんだろう。

 ぽっくり逝けたらという願掛けは昔からあるのですが、そういう願掛けをする気持がよくわかる。医療技術の発達は治らない病気を直すようになったけれども、昔なら100%ぽっくり逝けるのが、一命を取りとめて寝たきりになるというマイナスの側面も弊害として出てくるようになった。

 

 昨日は夜遅く名古屋について、そのまま宿に。宿でくつろぐまもなく11時過ぎから2時頃まで仕事をして、寝る。

 疲れがたまっていたのか横になってあっという間に寝入ってしまった。

 で、相当時間が経過した。

 人が心地よく寝ているのにけたたましく電話がなる。目が覚めたら真っ暗、えええいたずら電話かよおと思ってむかつきながら体を起した。

 すっかり家にいるつもりだった。でも何かが違う。うちの電話は「ベル音」じゃないし、、寝ぼけた頭でやっと状況がわかり始めた。そうか、わし名古屋の宿に泊まっているんだ。で、7時にモーニングコール(電話で自動的に登録するやつ)をセットしたんだ。で7時になったので電話が鳴ったんだ。
 
 それにしても、なんで7時なのに真っ暗なんだと、まだ寝ぼけていた。ビジネスホテルの窓なんて小さいし、その小さい窓がカーテンで覆われているんだから当たり前。でも普段は暑いから窓を全開にして寝ているから、朝になると普通に明るくなっていたんですね。そんなギャップでずいぶんと頭が混乱したんだな。

 そういえば木曜日も深夜2時に寝て7時頃に起きた。ここのところ毎日5時間くらいの睡眠で、どうしても寝不足になってしまったのかもしれない、やっぱ睡眠は7時間は欲しい。

7時20分ころから風呂を張り朝湯(といってもビジネスホテルだからなあ)、その後モーニングサービスのパンで朝食、朝8時25分頃にチェックアウト、会場に向かった。

 明日は両国に講談を聞きにきてくださいと誘われているが、仕事が山盛りだし、でもちょっと疲れたから気分転換もしたいし、、どうしようかな。

 いよいよ8月になっちゃいました。小中学校の夏休みももう4分1消化してしまいました。まだまだしりに日がついている状態ではないと思いますが、宿題をためないように小中学校に通う子供をお持ちの方は気をつけましょうね。いやわしも小中学生の頃は苦労しました(笑)。

 高校野球が始まり、原爆記念日、JALの墜落の日、お盆 というように例年のパターンで8月は着々と進んでいくのですけれども、何か他の月より独特な感じがする。上手くは表現できないけれど。

 8月16日の東京へ戻る飛行機、キャンセル待ちが取れたとのメールが、2日ほど前にきました。それで座席予約をしようとANAのサイトにアクセスして覗いても、座席が真ん中席しかない。やっぱ通路側でも窓側でもいいけれど、両方を他人に囲まれている席は座りたくないなあ。ってことで座席指定はひとまず保留して、たびたANAのサイトを覗いて、予約できる席をチェックしていましたが、今日になって真ん中席以外に窓側に1席予約ができる席があるのを発見、早速予約しました。まずは一安心。

 夏休みが分散しているせいか、飛行機の本数が増えたせいか、以前より予約しやすく(キャンセル待ちがとりやすく)なっているような気がする。昔は2ヶ月前の発売時点で予約入れてもすぐキャンセル待ちになったりしたんですけどね。エアラインにお勤めとか旅行代理店にお勤めとかいう人のコネを使っていた人も多かったし。

 ただ取れた席はいい席じゃないのは間違いなく、後ろから3番目の席。飛行機の一番うしろのほうって、ものすごく降りるのに時間がかかるんですよね。A320とかB737のように150-200人くらいの定員の飛行機でも、先頭で降りた人とは5-10分は違う気がする。まあ夜遅く到着する便でもないし降りてすぐ仕事をするというわけではないので、かまわないんですけれど。

 帰るたびに親が衰えていくのをみるのは結構つらいが、また東京に戻る時に親の顔をみるのはもっとつらい。飛行機にのれば1時間10分なんだけれどそれ以上の距離を感じてしまう。親孝行はできるうちにしておいたほうがいいですよね。

 

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