友人と親戚
原稿締め切りを2つ仕上げやっと自由の身に(はならないな、多分校正が上がってくる)、原稿書きと校正の仕事は費用対収入ではあまり率の良い仕事ではない。有名人なら原稿単価が全然違うから状況は全く異なるんだろうけれど。
毎年、仕事のない8月(年金相談会もセミナーもない)。その反動は9月にやってくる。自営業だからお金が入ってこないんだよねえ。正直来月が怖い(笑)。でも、9月の同窓会には帰る(だろう)。どうやって家計をやりくりするのか今から悩む(大汗)。
同窓会といえば、父親の同窓会、まだ細々と続いているみたいだが何しろ同級生は「亡くなった人」のほうが多い。また幹事の人が送ってくれた収支会計報告はイマイチよくわからない(父親と同い年だからしょうがないかなあ)。親父の会費を払わないといけないんだろうか。
母親の同窓会は、母親がもう出かけられないので最近はお断りしている。お見舞いももうまともでない姿を見てもらうのも忍びないのでご遠慮の方針ですし。でも、つい最近までは延々と同窓会が続いていて(まだまともな人の間では続いている様子)。母親も喜んで参加していた。
若い頃の時代、空間の共有という概念はずっと我々の心に影響を及ぼすんだろうな。
ということで、最近は少々無理してでも同窓会のような寄り合いは出たほうがいいと思う気がしている。以前はあまり出たくはなかったんだけれど。
☆☆☆
わしが田舎に帰っている間に親戚(父親の兄弟)から姉のところへ、「父親の居所を教えてほしい」旨の電話が何回かあった。
親戚だから本当に心配しているのかもしれないが、生まれてから今まで生きてきた長いお付き合いの歴史から「物見遊山で、父親がどんなところでどんな状況でいるか」をただ見にきたいような臭いがプンプンしていた。姉も同じ感覚。てことで丁寧にお断りした。
多分田舎のことなので、うちの兄弟は周囲で「血も涙もない」とか悪く言われているんだと思う。
それは仕方が無いことなんだけれど、1日24時間のうち20時間も寝て、呼びかけても返事をしないような父親を見せるのは忍びない気持もわかってほしいんだが、昔風の親戚関係やお付き合いの感覚を引きずっている人には無理な相談だな。
お見舞いを持ってこられるんだろうけれど、お返しをしたりとか面倒が増えるだけ。わずらわしくてしょうがない。親子より血の薄い親戚はもう他人一歩手前なんだから、より血の濃い親戚の意向はすこしは尊重してもらわないとねえ。
自分の子供はみな平等に可愛いからと財産があるのに、遺言も何もせず死ぬ親は世の中に多い。まさか自分の子供が自分の死語財産をめぐって子供同士で喧嘩するなんて思いもよらない。あるいは予想してもそれを避ける期待があって何もしないのか。
ところが現実には親が死亡した時の財産争いの揉め事は世の中頻発している。ということは親が思っているよりはるかに兄弟同士というのは関係が薄いってことですよね。子供の頃は子供同士親と同じ屋根の下で同じ食事を取って本当に一体化しているけれど、成長した後は別々になり、結婚をした場合には、全く関係ない血(嫁または婿)が入ってくる(遺産相続で裏で糸を引いている場合も多い)。
父親の親戚、プラスになっているのかいないのか。 親戚関係は誠に難しい。
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