介護を考える年代なんです

| | トラックバック(0)

 怒涛の同窓会が終わり、平常に戻る。繰り返しになりますが、幹事さん本当にありがとうございました。

 で、帰京する前に父親の病院に行き、母親の介護施設に行く。

 相変わらず父親は寝ていた、最近は寝るのが仕事だから。呼んで揺り起こしてもわずかにまぶたが動くだけ。このまま召されてしまうんだろうけれど、いつまで持つんだろうか。姉が父親の体を見てさらに細くぺシャンコになったなあとしみじみ。確かに全く歩いていないし、管で鼻から栄養を補給しているわけだから、やせ細っても致し方ないよねえ。

 同窓会で医者をやっているS(元々は脳が専門といっていた)に病状を説明して聞いてみたりしたけれど、今の状態で寿命を待つしか選択肢はないみたいだ。

 小学校から高校まで同級生だったOと久しぶりに会ったけれど、彼の母親(父親はすでに亡くなっている)も今介護が必要な状態でヤバイらしい、同窓会の会場に出向く途中であった考古学部(なぜかわしも幽霊部員だったが)のTも両親ともにオムツ状態で介護が必要なのだとか。

 親が子供を生む年齢というのは様々だから、親が20代で生まれた子供はまだまだ親は元気かもしれないけれど、30代で生まれた子供だとヤバイ状態になっているのも多く、同窓会も介護お悩み相談会の様相を呈してきたりします。

 上で話を聞いた医師のSは3年生の時下宿が同じだったんだけれど、大学の医学部に入った年に父親がなくなったのだとか、苦労をしている人はしているのですね。Sの父親は土建屋さんだったそうで(1、2度みかけたことがある)すが家業を継がせることもなく息子が大きくなる頃には土建業は斜陽になるから医師になれと強く勧めたのだそうな(その頃にはガンがわかっていたみたい)、親というのは本当にありがたい。そんなSに比べたら90過ぎても父親が生きているわしは恵まれていると感謝しなきゃいけないです。まあうちの場合は教員にならなかったのがすごく不満みたいでしたが。

 母親は調子が良いようで、持っていったプリンを4分の3くらい食べた。普段は殆ど無口なのですが、今日は簡単な受け答えの会話が成立した。

 父親は、「帰るから、またくるから」と言っても無反応ですが、母親は「帰るから、来月また来るから」というと少し(気のせいか)寂しそうな顔をする。これが非常に辛いわけです。父親よりは次帰宅しても生きている確率が高いけれども、いつ何が起こるかわからないですし。あんまり親孝行しなかったなあ、今頃になって足しげく帰省してもあまり罪滅ぼしにはならないなあと思ったりもする。

 

 

 

トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: 介護を考える年代なんです

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.come3ham2da.com/blog/mt-tb.cgi/1163

このブログ記事について

このページは、が2008年9月15日 23:29に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「同窓会終了」です。

次のブログ記事は「世界経済の問題が場末のわしの心配事」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

Powered by Movable Type 4.0