2008年10月アーカイブ
10月も終わり、あと2ヶ月で今年も終わりです。
保険会社から生命保険料控除のハガキが来たり、年賀ハガキのポスターが郵便局に貼ってあったり、だんだんと暮れが押し迫っていくように周囲が迫ってくるような。
ずいぶんと寒くなりましたね。まだ暖房は入れませんが、今シーズン初の綿入れを着て夜はすごしています。
新幹線に乗ると、アイスクリームが美味い。
この前どこかのニュースでもそのことがでてた。東海道新幹線はスジャータ(名古屋のメーカー)、東北新幹線は小岩井だとか。そいや色も違うなあ(てことは東北でも東海道でも買っているってことだ)。
新幹線で売っているアイスは「コチコチ」なんですよねえ。だから売り子のお姉さんで「固いのでしばらく経ってからお召し上がりください」と言ってくれる人もいる。確かに、普通にお店で売っているアイスのように買ってすぐ食べようとしても固くて食べられない。
溶けてやわらかくなるまで大体15分くらいはわしは待つかなあ。だから、新幹線に乗って早めに買い求めないといけない。テーブルをだして買ったアイスを乗せて、じっと待つ。プチ至福な時間。
つうことで、今名古屋ですが、今日も買いましたよ。
金曜夜の新幹線は混雑しているようで、案内放送でも「本日自由席に車内販売はお伺いしません」などと言っていた。自由席はこれがあるからねえ。
甥っ子が、何か試験を受けるために家に来た(と思う)のだけれどすれ違い。仕事が終わってからくるんだからねえ。
部屋の鍵を某所に隠して、勝手に入ってくるようにしておいた。4日までいるらしいが、4日はつくばのセミナーがありその準備があるので、同じ屋根の下にいるけれど完全な別行動になるようだ。
しかし、公務員はいいなあ、こんな金融危機でも対岸の火事をみているようなもんだろうから。わしなんか来年は仕事があるかなあとか、年を超したら仕事があるかなあとかそんなことばっかり考えるもんな。
「国際オリンピック委員会(IOC)のロゲ会長は30日、北京五輪陸上男子ハンマー投げで筋肉増強剤に陽性反応を示したベラルーシ2選手の処分について「分析結果で(違反は)議論の余地がない」と述べ、両選手の失格が確実であるとの見解を示した。当初5位の室伏広治(34)=ミズノ=が銅メダルに繰り上がるのは時間の問題となった。」
めでたい事はめでたいんですけれどねえ、何かこう素直に喜べないというか、もう北京五輪って遠い昔のような気もして、いまさらって感がぬぐえないんですけれど。
この前の日曜日、8月11日の日経のコピーをとりに図書館に行きましたが、一面下段が「内芝金メダル!」。
あー、そんなこともあったなあって何か遠い遠い過去のことのように思えましたけれど、まだ3ヶ月経ってないんですね。
メキシコ五輪男子200mで、アメリカ人で優勝したトミー・スミス、3位につけたアメリカ人ジョン・カルロスが、表彰式で黒人の貧困を象徴するため、国家演奏中黒い握り拳を掲げ続けた事件(今は銅像になってるんだなあ)の頃だったかもしれない(記憶あいまい)ですが、
「黒人は金メダル取ったって、数年チヤホヤされてその後忘れ去られまた元に戻りに貧困にあえぐだけだ」 ってコメントを読んだ事があります(そのメダリストがしたかどうかは記憶は不明)。その当時はそんなもんかなあと思ったけれど、今は何となく「人の記憶は簡単に忘れ去られる」ということには同意しちゃいます。
カールルイスに象徴されるようにその後は五輪金メダル=カネ の世界になってしまったので、チヤホヤされるばかりでなく、お金が入るというように五輪も変わって行ったので、今は、五輪の勝利=名誉のみで「黒人アスリートが元の貧乏に戻る」という時代ではないでしょうが。
そう思うと、大した仕事はしていないのに銅像を作って地元の村役場とかに置き飾ろうとするバカな地方政治家はどうしようもないな。100年経つと「これは誰だ?」ってことになっちゃってそれこそ地元の古老に聞くみたいなことになるから。まだ薪を背負って本を読んでいる二宮金次郎の銅像を置いたほうが子供の情操教育のためにはマシでしょう。で銅像を作れば作ったでこんどは処分するのが面倒だし後世に悪影響を及ぼす。
自分が社会的地位にあり、いろいろな業績を残した場合、それを後世の人に伝えるため銅像や肖像画を作りたくなる気持ちはわからんでもないが自分が思っているほど他人は自分の業績については無関心。やっぱり綺麗に何も残さず死んでいくのがわしは好きだ。てかわしは業績を残していないので問題外なんですけれどね。
☆☆☆
明日はハロウィンだか何だか、、
外国のお祭りは何でも輸入しちゃうんだな、コンビニをはじめ小売店はなんでも商売のネタになるから。そのうちラマダン(イスラムの断食)まで輸入したりして(それはないか)。
お祭りを輸入するのはかまわないが、その分「日本古来の古い伝統的なお祭り」がどんどん廃れていってしまうのは悲しい。
楽しくドンちゃん騒ぎをするお祭りだけが後世に残り、日本古来の「ピンとこう乾いた空気のある厳粛なお祭り」が廃れて行っているような。特に地方都市のお祭りは後継者難もあり壊滅的ですよね。
前から言っていますが、お祭りは楽しいばかりじゃない。元々祭りって宗教行事だからそれなりの意味があり、場合によってはちっとも楽しくない、極端な場合は祭りに苦痛を伴う事もある。とはいえ世の中の流れには逆らえないかな。
JRは仮装して電車に乗ってくるバカのために特別警戒態勢だとか。自分たちの中で楽しむのはかまわないが、公共輸送機関まで乗ってきて邪魔するのはやりすぎだろう。
中野にDVD30巻を届けに行って帰宅。
帰宅時に中央線(快速)が止まっていた、人身事故らしい。えーまたかよーと他の乗客が呆れている。
中央線は、本当に良く止まるそうな。わしは普段使わないからピンとこないけれど、毎日使っているとうんざりするくらい止まるんだそうな。
時は、世界的な金融危機、日本では株式相場が大暴落。日経平均は半年前に1万2千円だったものが8000円になってたりするんだから、身包みはがれるほどの大損をしていた場合は確かに電車が来ると「ふらーっ」という気分になるのかもしれないけれど、亡くなる時くらい「他人に恨みを買わない」ようにしましょうよ。乗客の皆さんはイラついているんだから(昨日の人身事故がそういう事故かどうかはしらない)。とはいえ発作的なものはなかなか止められないしねえ。
中央線の快速が使えないなら、普通電車(黄色いヤツ)に乗って帰る(10分くらい余計にかかる)だけなのでわしは問題はなかったんですけれどね。
隣に座った東京駅に行くのかと思われる、大きなスーツケースを持った女性の2人組、快速なら新宿から東京に1本なんだけれど動いてなかったので、各駅停車に乗り込んできて、必死に携帯で路線検索をしている。
でも、飯田橋付近で、運転を再開した快速電車が各駅停車を追い抜いていったので苦笑してた。で、東京駅に行くなら御茶ノ水で快速に乗り換えるかと思いきや、水道橋駅で下車、、、、ん、ん、ん、わけがわからん。後楽園遊園地に行くわけじゃないだろうし、タクシーで東京駅行くのかな?羽田にいくにしても成田にいくにしても品川駅にいくにしても「水道橋駅下車」はないだろうよ、その割には2人で必死に携帯にかじりついて携帯弄っているのは何なんだ。
携帯電話はこういう時に便利だけれど、なかなか使いこなせてないんですかね。使いこなしが上手い人はサクサクと次善の乗り換えを見つけ出したりするんですけれど。
そうそう、ネット検索ということが極めて普通の事になって、
わしの仕事「年金相談」も大きく質が変化している(と思う)。年金なんて勉強してもわからないことだらけ。お客さんに教える事は普段よく聞かれる事に限定される。でもネット検索がその場でできると、「自分がよくわからないこと」もどしどし出てきて、お客さんに教えられる。
つまり、「情報整理伝達役」という立場がより重要になっているってことですね。それは本当につくづく感じます。
何というか、総理大臣がホテルのバーで酒を飲んでいるから庶民感覚がわからないとか、さっぱり最近のマスコミの報道はわからん。どうしてそんなことが話題になるのか理解に苦しむ。
総理大臣は別に毎日料亭で飯を食おうが、高い酒を飲もうが、きちんと国民に向けて良い仕事をしてもらえたらいいわけです。日本に1人しかいない特別な存在ですしね。国家元首ではないが格式では日本No2のVIPですし、政治の最高責任者なんだからストレスも貯まるでしょう、マスコミの叩き方も酷いし。
昔の政治家にはお妾さんも普通にいたらしいけれど、嫁のほかに何人女性がいようが、ばっちり国の仕事をしてもらえれば何の問題もありません(まあこの場合は、少子高齢化とかその辺の話で説得力が欠けたりして女性の支持率がガタンと落ちたりするようになるかもしれませんが)。
総理大臣どころか普通の国会議員になった時点で、「普通の人」じゃない。
JRや航空会社に盆暮れの超繁忙期に乗る前日に電話してすっと座席が取れたりするのは一般庶民じゃあり得んのですよ。しかも、大抵は予約が入ると周囲にブロックを掛けられて「1A」とかとても乗り降りし易い座席が手に入る。国会議員は普通のサラリーマンの3倍働いてもらわないといけませんし、常に身の危険があることや他の人との混乱を避けるためにそういう優遇をするのは全くかまわないのですけれど。
☆☆☆
午前中に来週のセミナーの資料をメールに添付して相手先に送付する。
これで先週水曜日から続いていた超多忙は少し落ち着いた。
で、来週セミナーで行くのはつくば、ブログに初めてとか何とか書いた記憶があるけれど、実は初めてじゃなかった。
そう、つくばの科学万博に小学生だった甥っ子を連れて行ったんだなあ、昔原木中山(地下鉄東西線の駅)にすんでいる頃に。
JRの駅から万博の会場までバスで行ってたから、つくばの街並み(てのがあるのかどうか知らないけれど)なんて全く見てない気がする。
当時はつくばエクスプレスも高速バスもなかったから常磐線で、臨時駅(万博駅なんてのがあったはずとおもって調べたら万博中央駅というのだった)
万博の当時は1985年。わしも若かった(苦笑)。
昨日の勉強会では少子化の話がでてたけれども、子供がいると「海外旅行にはあまりいけない」かもしれないけれど、「こういうイベント」にはやたらと行くようになるんだと思う。将来のことを考えるとやっぱり連れて行きたくなるし。
てことで、子育てって大変だけれど、それを体験することでいろいろと見聞したり知識を蓄えたり、世の中に対して思うことも多くなるんだろうなあと思う。子供の好きな施設(動物園とか博物館とか)って全然行かないし。
あまり清潔感のある話ではなくて恐縮です。普段はシャワー毎日浴びていたのだけれど、ここ1週間は浴びるのがかなり辛い。風呂は当然ダメだし。
てことで、先週の水、木、土、日 の仕事&イベントがある日は当然朝シャワーを浴びたが、それ以外の日は浴びてない。絆創膏を貼っていたところが、かぶれて痒くなってたまらない。今日もパスで浴びるのは明日だな。濡れたタオルで体を拭いてもやっぱり限度があるんだろうな、風呂やシャワーに比べて汚れは落ちないだろうから気休め程度。あまり外出したくない気分。加齢臭が気になるお年頃だし。
傷はだいぶ癒えてきたがその分新たな悩みも。
かなり酷い部分をのぞいてカサブタ担ってきたので、その部分は放置しておいてももう大丈夫なのだろうが、雨や汗で濡れてくるとカサブタは血が溶けてズボンについてしまう。やっぱり何か保護が必要。でも市販の「傷絆創膏」では範囲が広すぎて対応できないし、ガーゼをあてるにしても、上に書いたようにここのところカーゼ貼りまくり後遺症で、カーゼを止めるテープを貼るとその部分が猛烈に痒くなる。痒いからとテープを少なくすると、膝なので簡単にガーゼがはがれる。
困ったもんだ。
☆☆☆
土曜、日曜とドタバタ、先週半ばの疲労も蓄積していたのか、早々とダウンし(寝ようと思って寝たわけではない、寝た時間もわからないが多分夜の8時頃かもうちょっと後か)、起きたのが深夜2時。
あーやべと思って来週のセミナーの資料作りを始める。火曜日が締め切りなのにまだ殆ど手をつけてなくてあせってたんだよねえ。
朝の2時に起きると本当に1日長いですよね。ずいぶん仕事したなあと思って時計を見たら昼の12時だったりする。朝の8時におきて同じように10時間経過したら午後6時だもんね。
早朝の空気を取り入れようと窓を開けると寒い。いよいよ冬の足音が聞こえてくるような。うちの洗濯物を干す竿は、窓が西向きなので、南北を向いた方向で渡してあります。
で、夏は洗濯物を吊るすハンガーが北側方向に移動しますが、冬は南側方向に移動する。要するに夏は南からの風、冬は北からの風に煽られるんですね。そんなところからも季節が移って行くのがわかります。
早起きは三文の得といいますが、早起きにも限度があって、朝2時だと、コーヒー飲んで、甘いものを食べて(頂き物があったので)、、、午前10時に食べた冷凍パスタは一体何? 朝飯?昼飯? こんな不規則な生活していたらいかんわになっちゃいます。
☆☆☆
近所のスーパーにバナナが戻っていた。正確にはもうちょっと前に戻っていたのだけれど、まだ青いバナナで相当出荷をあせっていたような感アリアリのバナナでした。
バナナはたまに買って食べますが、最近は「ダイエットブーム」で逆に買いづらくなっていた。何か買うと「あの人ダイエットしてるのかな?」と思われそうで(気にしすぎ)。
もうちょっとほとぼりが冷めたらまた買おうかな。
昨晩11時に帰宅して12時半には床に就いた。
疲れていたのですぐに眠くなった。が、寝てからが大変でした。
何しろ披露宴でフレンチをしっかり食べ、二次会が中華で(中華街なので)、おなかがもう半端じゃないほどパンパン。ということで二次会の最後から三次会は水やウーロン茶やジュースばかり飲んでいたのだが、これも良くなかった。NHさんは、「フレンチと中華は別腹」なんていわれていたが、違う気がする。
寝ている間に3回も胃液が逆流し(大汗)、口の中に酸っぱい感が。
で、6時に起床したが、正直「うえ~、体調悪い~」。
とはいえ仕事なので、ケガをかばいつつ難儀しながらシャワーを浴びて、着替えをして、6時45分に家を出た。7時に亀戸駅、7時半に新宿駅発の小田急ロマンスカーで町田(ロマンスカーなら箱根の温泉にと言いたいところだが)へ(急行でも30分ちょっとしかかからない距離でわざわざロマンスカーを使うのは「車内で予習をしたい」から。町田で降りて江ノ島行きの急行に乗り換えて目的地へ。
急行にいる間にまたおなかの調子が悪くなって、駅のトイレに駆け込む。
いや~、昨日の酒、ジュース、水の飲みすぎは辛い。
8時半に現場にお伺いして、9時から2時間セミナー、その後お客さんから質問が1件、11時半にお食事に誘われ蕎麦をご馳走になる。いや、正直蕎麦でよかった。これ洋食とかだったらおなかに入らなかったかも。
セミナーは、5月に話をしたようなネタを使いまわすということなのですが、お客さんにお配りするテキストが変ったため、話す内容を作り直した。が、金曜日にリハーサルで話を自分で壁に向かって話をしたりして準備をしたのだけれど、昨日がほれ、結婚式のため勉強も何もできない状態で最後の最後の仕上げがうまくいっておらず、自分では50点以下の落第点。最後の総仕上げの重要性を再認識しました。仕事は最後まで絶対手を抜いてはいけないですね。土曜日が本番だと思って金曜日にリハーサルをしておかなければならなかった、金曜日のリハーサルが甘かったんだろうと思う。
次また仕事が来れば(もういいですといわれるかもしれないけれど)、今回の失敗を改良してまたよくしていこうと思います。
蕎麦屋さんを出て、最寄駅から小田急に乗り、座りたいので中央林間で小田急を降りて東急田園都市線へ、乗り換えなしで清澄白河、清澄白河からバスで帰宅。
東急線は座ったとたんに眠くなり、途中2,3回目が覚めるもののすぐ寝入ってしまい、九段下、神保町あたりまで殆ど記憶がありませんでした。ここんところ疲れ気味だもんなあ。
帰宅後、ちょっと休憩をした後、図書館に向かい、8月の新聞のバックナンバーをコピーしたりして5時頃まで調べ物&雑誌を軽く読む→閉館前に帰宅→現在に至る。
貴重な土日ですが、あっという間に終ってしまいました。
先ほどからブログを書きながら昨日貰ったチョコを食べてたけれど、妙に美味いなあ。とチラリ眺めたらチョコは「ゴディバ」だった。ちっこい一口分=森永や明治の板チョコ1枚(120円くらいの)分だもんなあ。正直「もらい物でないと食べられません」、はい。
本日(実際書いているのは翌朝だが)は、D君の結婚式@横浜、三次会まで行って結局総滞在時間10時間ほど。かなり疲れました。
京都、大阪遠征組のNさんPさん、屋久島からはるばるやってきたHさんもお疲れ様。
姪っ子の結婚式がだいぶ前にあり、次は甥っ子が(奇跡的に?)結婚する場合以外はもう人の結婚式にでることもないだろうなあと思っていたのですが。本当に次はもうないだろうなあ(2次会くらいはありか)。
自営業は社内での付き合いというものがないので、上司(同僚)として結婚式に出席するようなことは当然なくとても楽ですが、同時に冠婚葬祭と極端に疎遠になるので、世間からずれてしまうようになってしまいますね。同級生もかなり社会的に重要な位置にいるので、部下の多い大会社務めのヤツの中には、結婚シーズンには(職場の年齢構成にもよりますが)、月イチで結婚式に出席なんてのもいそうです。大変だなあ。
しかし、悲しいのはひじひざのケガ、、、Sさんヨッパで右足と左足間違えて人の膝蹴りやがって(怒)、めっちゃ痛かったでぇ~、この落とし前は川崎支部会S邸襲撃でつけさせていただきます(笑)。蹴飛ばされなくても、傷がまだ治ってないのでこういうイベントで普通に座ったり立ったりに難渋します(口には出さないが心の中でイテテテテ)。うーん、いつになったら完治するやら、何やらこういうイベントも100%楽しめない。
わしおよびわしの知っている方の昨日の新郎とのつながりは「AOL海外旅行スクエア」によく出没していたOBということで、本来ならば全くの接点のない人ばかりですが(お父さん、お母さんもビックリされたと思います、年齢も学校も息子と何も接点がないのが沢山座っているので)、ネット社会というのは本当に不思議な縁で知り合いになるもんだということをつくづく思いました。
同時に席に座って、Nさんとその隣のMさんに、「あれ、Okeさん 〇〇 って苗字だったんだ?」といわれ、何度も何度もチャットしてオフ会(宴会)をして、顔も良く知っているのに、名前を知らないってことがよくある世界なんだよなあということも再認識しました。パソコン上ではSN(スクリーンネーム=ハンドルネーム)だけあれば十分コミュニケーションができますからね。
最近は全く流行らないチャットですけれど(わしが興味ないだけか)、昔はテレホタイム(懐かしい)になると、チャットが立ち上がり、みんなチャットルームにパソコンでアクセスし、深夜族と称して深夜までチャット(朝4時過ぎに新聞が来たからそろそろ寝ようなんていってた)してました。懐かしいなぁ。
あ、よっきーさんもその頃の海外旅行スクエアに迷い込んだお一人か。
式、二次会、三次会ともに中華街方面、あまり詳しくないのでみなの後を突いて歩きましたが、中華街は相変わらず喧騒が凄いですね。
帰宅したのは深夜11時、明日が早いのにどうするべ(大汗)。
今日の訪問地は、たまプラーザです。
ドラマは全く見ないので、見たことありませんが金妻の舞台(これ一体何だ?)だったらしいところです。
押上や錦糸町から半蔵門線+東急田園都市線1本でいけるというのは本当にありがたい(実際は座りたいので清澄白河始発に乗りましたが)。私鉄の中では有数な混雑路線ですが、さすがに反対方向(都心から神奈川方面)への移動でしたので、車内は混雑する事もなかったです。
通るのはもう何十回も通った事がありますが、降りるのは初めて。普段生活している東京東部に比べて、町の作りはしっかりしていて上品な感じはします。 本当のセレブによると、やっぱり田園調布や成城といった超高級な住宅街に比べたらたまプラは相当に格落ちるらしいですけれど、田舎から単身上京してきてこの辺りに一戸建てが建てられたら「大出世」じゃないのかなあ。
しかし、住所が横浜市青葉区美しが丘、最寄り駅がたまプラーザ って、、、 あまりにも「イメージ作りすぎ」な気がするのはわしだけか。昔は元石川町と言ったらしいけれど、その程度でとどめておいたほうが無難だったんじゃないかな。東急の五島慶太が命名したらしいんだけれど。わし的には、日本橋蛎殻町とか本所吾妻橋とかなにか「古いけれど歴史を感じさせる地名」のほうがシブくて好きだな。銭形の親分がたまプラーザは歩けんわ。
午前中は曇りたまに晴れ、朝の電車が二子玉川で地上に出たときは窓から日が差してきて、結構車内には傘を持った人もいたけれど、えええ雨降るの?という感じでした。
ところが午後からは大雨(半端じゃなかったですね)、傘を持ってきてないわしは仕方がなく帰りはビニール傘を1本借りて(返さないけれど、ってもう返さなくていいですよといわれたので)きました。しかし、コロコロキャスターは見事に濡れるんですよね。最初から雨予想であれば(というかわしがそれに気づいていれば)、被せるビニール袋を持ってきたりするんですけどね。
☆☆☆
わしのケガを心配していただいたかたありがとうございました。
回復には向かっております。3,4日たって動かないでいるとどこも体は痛くないので、本当に骨は何もなかったんだろうと思います。でも歩くと、ひじを曲げると痛い(苦笑)。擦り傷ですから仕方がないですよね。
しかし、本当に傷の処理用品もいろいろあるもんですね。
どうやってシャワー浴びるんだって、病院の看護師さんに聞いたら、保護用のパットみたいなのがあるからといわれ、買ってきたのですが、要するにサランラップ+接着剤つき みたいなものなんですね。 なかなか使えてシャワー浴びるときには重宝しますが、これ通気性がないから治りは悪いのかなあと思ったり。
朝6時に起きてすぐにシャワー(というか体を洗うだけ)を浴び、その後ガーゼを取り替える。痛い!
昨日から比較してだいぶ痛みが引いていたのですが、マキロンを塗ったらまたじくじく痛み始めた。完治どころか傷口がふさがるまででもしばらくかかりそうだな。傷薬を塗っても消毒薬は塗らないほうがいいかなあ。
歩くたびにズボンに擦れて痛い足を引きずって、朝7時過ぎの電車に乗って、秋葉原乗り換えで京浜東北線、東神奈川から横浜線で鴨居駅へ。京浜東北線も横浜線も混んでなくてよかった。この時間帯でも総武横須賀線の快速は地獄の混み方でしたからね、ちょっと前に使ったときは。
横浜線(橋本ー相模原間以外)に乗るのは久しぶりだなあ。横浜国際競技場(今は日産スタジアムっていうんだっけ)も久しぶりに車窓から見るとでかい。駅から結構距離があった記憶がある。最寄り駅は小机駅だけれど、昔はのどかは田園だったんだろうなあ、今でも普段はのどかな都市近郊の住宅地域だけれど、サッカー等イベントがあるときはすごいことになるわけで、観客向けの商売で儲かる人ならともかく、何の恩恵もない人は「何でこんな施設なんかできたんかなあ?」とため息をついているのかもしれない。
年金相談のお客さんは6名、少ないのでゆったり説明できる。
昭和32年生まれの人がいてどきっとする。昭和30年代の人が相談にくることもあるようになった。昭和30年生まれの人って53歳ですからね。わしも昭和30年代、年金がちらつく年頃になってきたんだ。
朝起きると、首が痛い、肩が痛い、腕が痛い あちこち痛い。
つうか、起きる前にうつぶせになったら一番すりむいた膝頭と布団が擦り合わさって飛び上がるほど痛かった。こんなんでしゃきっと目が覚めても困るな。
しかし転倒からしばらく経つとあちこち痛くなるというのは予想していたけれど、予想以上の箇所に痛みがでてた。これも歳のせいかな。
じっとしていれば普通で、特に傷むところはないので、骨には異常がない様子。
午後からは11月4日にあるセミナーの打ち合わせ@本郷。都営バスと都営地下鉄を乗り継いでいく。打ち合わせは都内ですけれど、セミナーはつくばであるんです。そういえばつくばって初めて行くなあ、近くて遠い場所だった。セミナーの内容は介護関係。内容が年金でないだけに予習が必要なんだけれどかなり忙しいので準備が間に合うかどうか。
セミナーで話をして面白くないとか内容がないとかいわれるのは辛いし、難しすぎるということを言われるのも辛い。面白くないといわれるより難しすぎるといわれるほうがへこむな。話のプロになるために努力はしていますが、なかなか「絶賛される」ような話ができないので悩みます。
☆☆☆
午後に事故後はじめてシャワーを浴びる。防水テープを傷口に貼って、水がかからないように静かに静かに。
シャワーじゃ水が飛び散るからシャワー自体を使うわけじゃない。だからシャワーを浴びるという言い方は厳密には正確じゃない。湯を風呂桶に浸してそれで体や頭を洗う形です。しかし湯舟にドボンと浸かれるのは何時の日か。
☆☆☆
明日は、年金相談会@横浜線沿線某所
またまた早起きしないといけない。そろそろ寝ないとね。
朝8時頃の横浜線ってどうなんだろう。何しろ経験がないのでわからない。
ギュウギュウ詰めだとキャスターのカバンが辛いなあ。体も痛いし、足も擦れて痛いし。何か気力がいるような気がする。
年金相談、本来は予定が入ってなかったのだけれど担当される先生がご病気でわしに話が回ってきた。タイ行きの資金を稼ぐ貴重なチャンス。しかし、わしが昨日骨折していたりしたら当然ながら「仕事はキャンセル」で、キャンセルして次の人がキャンセルとキャンセルが連続すると依頼した金融機関側も嫌だっただろうなあ。あるいは無理してギブスで出かけて行ったか。
今日は、病院で検査+薬を貰う日だった。
予約は11時半、てことでスクーターに乗って出かけた。
錦糸町のオリナスの前、車線変更をしたところ前に車が(大汗)、あわてて急ブレーキをかける。
と、スリップサイン(タイヤの溝でこれがでるとそろそろタイヤが磨耗してるから交換してねってやつ)がでてて「そろそろタイヤ交換しないとヤバイなあ」と思っていたタイヤが見事に滑った。3車線ある道のど真ん中で横転して仰向けに。アスファルトにヘルメットがあたるコツンという音がまだ耳に残っている。
あー、ヤバすぎ。
てことで転倒時にすりむいたみたいで、膝とひじがかなり痛い。でもどうも骨には異常がなさそうだ(すぐに判断したらまずいのだけれど)。
病院は予約時間がもうすぐだし、スクーターはこすったあとはあるもののエンジン等にはなんら異常がない。てことで一息入れてエンジンを掛けて気を取り直して病院に向かう。
で、病院で採血をされるのと同時に、「傷口の洗浄(これはサービス)」をしてもらって帰りました。病院の看護師さんありがとうございました。内科が中心の病院だからあまり傷の処置ってなれてなかったんじゃないかなあ。
「消毒しますけれど、これあまりしみないんですよね」とつけて頂いた消毒液は、本当にしみなかった。へぇすごいな、こんな「あまりしみない消毒液」なんてあるんだ。オキシドールかマキロンか、消毒はしみるという概念が吹っ飛んでしまった。
てことで、事故から11時間くらい経っているのですが、普通に座っている分にはあまり痛みはなくやはり骨には何も異常がない様子。でも動くと体のあちこちが痛い。
人間って事故る時に、異常事態なのでものすごく体のあちこちに力を入れるみたいなんです。これは以前接触事故をやったときも、事故が起きたときは何もなかったのに翌日からだの節々が痛くなってきたことで経験済み。
予想はしていたけれどその通り午後になってあちこちに痛みが出はじめてきた。一番痛いのは右のお尻の部分(だから歩くと少し辛い)、あとは腕も痛いし腰も痛いしガタガタ、当分体中が痛いと思う。
しかしまあ、スクーターが滑ってそのまま反対車線まで行っていたら今頃こんなブログを書いていることもなく、大騒ぎだったのでしょうが、なんとか軽傷で済んでよかったですわ。
11月のタイが終らないと死ねません(笑)。あ、それより親の葬式を2つしないと死ねませんね。
夕方痛い足で(というよりズボンと膝がチャリをこぐと擦れて痛い)、ドラッグストアに向かい、ガーゼと防水テープ(傷口保護のお風呂用)を買って帰る。明日からのシャワーが怖い(風呂には入りませんが)。
損害 → 長袖シャツ(穴が開いた)、Gパン(血が付いた)、ガーゼ、テープ代
あんな派手なこけ方してこの程度ですんだんだからラッキーというしかないのかもしれない。
ここのところドタバタして疲れていたのかな、昨日寝たのは記憶がない。Gパンのまま寝てた(汗)。朝目が覚めてもう6時前。疲れている時はこうやって疲れを取るんですよ(後付の苦しい理由)。
日中のビデオ撮影もたっぷり睡眠時間をとっていたので全然眠くならず。
お昼の食事の時に講師の先生や受講生の方と一緒に食事をしていて、野菜果物の話がでてきた。
山形出身のF先生、岡山出身のF先生(あれイニシャルだとどちらもFだ)、「果物の産地だから果物が安いかというと、全然そんなことないのよねえ」
まあそうだろう。実家や親戚が農家じゃなければ、美味しい果物をタダもしくは激安で分けてくれるなんて考えられない。東京に持っていけば幾らでも金を出してくれる人がいるわけだから。
でも、漁村はちょっと違う。
わしの育ったところは漁村だからわかるけれど、魚って「計画的に獲れる物」じゃないんですね。だから、大漁が続いた場合などにはご近所からいろいろと魚のおすそ分けがある。わしのところもよく頂いた。
まあ、それでうらやましいと思ったらいかん(笑)。魚屋なんてないから、家庭の主婦は魚を3枚におろせないと話にならない。農村出身の母親も最初は苦労したんだろうなあ。料理も慣れですからそのうちできるようになるのだとは思いますが。
やっぱりスーパーの鮮魚売り場で魚を、「これ刺身にしてください」なんていえばなんでもやってくれる都会のスーパーのほうがいいでっせ。
ただね、3枚におろした後のアラの部分、これが食えないのがちょっと悲しい。正直美味しいんですよね。で、母親はなぜかこの部分を煮たりするのが好きだった。骨と頭だけ、だから骨と骨との間の身、頭の後ろあたりの身、この辺の身をしゃぶるのは子供らしくないけれど子供の頃からしていた記憶があります。スーパーの人に言えばくれるのかな。いやわしは一人分だし自分で調理できないから貰わないし、商品にならないからそういう品もないし。
当たり前のようにやっていたことだけれど、都会や農村の子供だと小さい頃にアラの煮たのを食べるなんてあまり経験がないのかも。子供は基本的に骨嫌いですからね。
金融危機で世の中大変、結局生き残るのは農業や漁業などの第一次産業かなと思ったり。でも野菜作りの人はキャベツならキャベツばかり作っているので、主食がキャベツでおかずがキャベツというわけにはいかないし、結局米や他の野菜を買わないといけない。てことでなかなか大変らしい。物々交換という手もありますけれどね。
じゃあ家庭菜園でもやるかってことだけれど、家庭菜園で「美味い野菜や果物を作るのはよほど好きな人じゃないとダメ」ですよねえ。水やりだけしていた程度の農作物は本当に、飢え死に寸前でないと食べられないくらいまずいのが多いです(家庭菜園でできた野菜は貰っても自動的にゴミ箱行きの場合が多い)。普通に食える野菜や果物を作るだけでもどれだけの技術が必要かと思い知らされます。そう考えるとスーパーに並んでいる野菜や果物、、、農家の人の技術料を考えると安すぎるのかなあ。
旅に出るまで後1ヶ月ほどになりました。ワクワク感もありますが同時に不安も、
「反政府団体の民主主義市民連合(PAD)は17日午前、タイバンコク都内のシーロム通りで7日に起きたPADとタイ警察の衝突により多数の死傷者を発生させたタイ政府に対しデモ行進を行った。PADによるデモ行進により道路が封鎖されたため、バンコク都内で一部交通マヒが起きた。」
うーん、バンコクは素通りしてすぐに田舎に行かないとダメだな、この状態じゃあ。
こんなに政情が乱れていたら、タイに旅する人が少なくなり「格安航空券も値崩れを起こしているかも」しれませんが、今更そんな安いチケットを見つけても腹が立つだけだからなるべくそういうサイトは見ないよう目を瞑っています(苦笑)。
燃油サーチャージも、JAL、ANAとも値下げするどころが値上げしやがった(驚)。確かに、3ヶ月毎に計算をするわけで、今回は5-7月の燃料価格を基準に決めるのだから値上がりするのは理屈上は正しいのかもしれないけれど、7月頃に比べて最近の油の下がり方は半端じゃないんだから、何とか前倒しとか考えられないものかねえ。まあANAもJALも使いませんからいいですけれど。
先週家に帰って母親に「旅にでるぞー」と言ったら嫌な顔されたな(苦笑)。そういうことは敏感にわかるらしい。事故にあうのは時の運で大抵は不可抗力だから仕方がないが、不可抗力ではない不注意の事故は避けるように心がけないとね。親より先立つわけには行かない。
しかし、たった4日間の旅に出るだけでこんなに楽しみワクワク感が長く持続できるなんて、旅ってコスト考えたら安いもんだな。ひ~~~さしぶりの韓国、台湾以外の旅ってこともそのワクワク感を大きくしている原因でもありますが。
でもって旅の後の不安、、、12月から仕事が減ってるのよねえ(汗)。毎年1,2,3,4月は仕事少なめではあるのですが。仕事の臨時注文がないとやばいっす。
☆☆☆
とある方から、タイ語を日本で勉強するにはどうしたらいいの?と聞かれました。NHKも会話をやってないし、、、とか。
そんなことわしに聞かれても判らん。わしもしゃべれんし。
まあそう返事しても良かったけれど、普通にCDーRやDVD付きの入門書を買うか、語学学校に通うか はたまたタイ人のお友達を作るか。
タイ人のお友達がいなかったら、タイマッサージ屋に行ってマッサージを受けている間ずっと語学を教えてもらうのがいちばんでないかい?と言ったらいたく乗り気でした(笑)。常連さんになって飯に連れて行ってタイ語を学んだりすると安上がりかもしれない。
まあ、マッサージ屋のタイ人、お姉ちゃんが多いからそういう所で学んだら女言葉になるのかもしれないけれど。
実は前から週1回くらいはこの方法でタイ語を勉強したいと思っているのですが、お金がかかるのが難点(わしは貧乏なので)で、なかなか実現していないのです。
電車に乗っていて、ドア付近に立ち、ふと網棚を見上げると、
「カンコーヒー」がポツンと立っていた。
これ中身が入っているの?ていうか飲み干した缶でも中のコーヒーは100%なくなるわけじゃないし、そもそも缶だから落ちてきたら痛いし、理解できない。
下においてあげようかと一瞬悩んだけれど、「わしが飲み干したように見られるのは嫌だな」という考えが頭をよぎり、なにもせずに置いたままにしていた。やっぱり下においてあげたほうが良かったのかな。
ちょっと離れたところに座っていた小学生の子供(隣は人がいなかった)、カバンから蒸しパンのようなものを取り出して食べていた。食べるのはまあかまわないとして(通勤電車だからあまり良くはないが)、食べながらぽろぽろとかけらをこぼす。
で、自分の降りる駅に着いて立ち上がる前、自分の膝の上のかけらは手で払いのけていたが、自分の座っていた横に落ちたやつはそのまんま(ロングシートだからシートの上に)。こらこら、次に隣の席に人が座ると蒸しパンの上に座る事になるだろうが(怒)。白いスカートの女性とか大変だぞ。
電車の中というのは、基本的に不快空間(人と人とが接近する空間)なんだからお互いが心地よく時間を過ごすために普段以上に、「公共心」が求められるんだが、網棚カンコーヒーや蒸しパン少女を見てちょっと悲しくなった。細かい事だけどね。
☆☆☆
わしは、仕事では、「キャスターつきのカバン」を持って移動している。結構でかい。
朝晩の通勤電車に乗り合わせると大変。何しろ混雑しているのにでかい荷物を持っているので周囲の不快感を煽る。しかし、網棚までたどりつけないしたどりつけても重さ10キロ以上ある荷物を網棚に上げる事は他の人が邪魔になってできない(できるのは始発か終点くらいかな)。
昨日の京王線は運よく途中から座れたのはいいが、疲れてすぐ眠くなって意識が遠のいた。で、ふと気がつくと手元からカバンがコロコロと自走して離れていく(汗)。一瞬にして目が覚めてあわててカバンを取り戻した。カバンがぶつかった若い女の人ごめんなさい。
満員電車の中にキャスターつきバッグを持ち込むのは非常識という人がいる。確かにその気持もわかるなあ。でも10キロを超す荷物を普通のカバンに入れて歩くのも厳しいんですよ、オッサンには。
昨日の日記が見事に忙しくて飛んでしまった。ま、いいか。てことで2日分をまとめて書かなきゃ。
昨日午前は親のお使いで郵便局と銀行めぐり、お昼は適当に食べて、午後になって母親のところに行き、マンゴープリン(ちょっと前にブログに書いた)の代わりに買っていた栗プリンとイモプリンを食べさせ(2個とも食べた)、お正月には帰ってくるからと言って介護施設を出て(この時間は母親も辛いだろうがわしも辛いんですよねえ)、姉の車で空港まで送ってもらう。
午後3時半の飛行機で帰京。しかしまあ3連休の後なのになぜか満席(本当にどうして?)。事前のネット予約でも真ん中席しか空いてなくて、窓か通路側を必死に取ろうとしたけれどダメで、結局真ん中席に乗った。所要時間が1時間10分ほどだからいいんだけれど。
飛行機は発達した雨雲の影響で途中揺れに揺れて、ホットコーヒーはサーブされず冷たい飲み物だけ(サーブされただけましか)になった。パソコンで文章を書いていたが、揺れの影響でかなり目が疲れるのですぐ切り上げる。
午後5時過ぎに羽田につくも、電話に留守電がはいっていて、お客さんからなので羽田の到着待合室ですぐPCを開いて作業。その後京急、都営線を乗り継いで押上、押上からバスで帰宅した。
で、今日は年金相談会。
朝6時におきて、6時50分に家を出てJRで亀戸ー秋葉原ー東京ー横浜 と乗り継いで、相鉄線で相鉄線某所へ。
明日もレンチャン相談会です、明日は6時26分亀戸発の電車に乗らないといけないので、今日は早くやすまないといけない。
午前中に、父親のところと母親のところに行ってみんなで昼を食べに行ってどたばた。午後は特に何もなくゆっくりとすごす。
帰省中は毎日訪れないとね、そのために帰省しているわけですから。明日午後の飛行機で帰京します。次の帰省はお正月、コート着て帰省するようになるわけだから、1年経つのは早いですねえ。前回の帰省はTシャツだったわけで。
姉夫婦の車で、ご飯を食べにちょっと遠出をする途中で、農産物の無人ショップがあるのだけれども、最近は「ただで商品を持ち帰る馬鹿」が増えてもう経営的には厳しいらしい。
島根県は田舎で、都会に比べてこういうところは「誠実な人」が多いと思ったんだけれどなあ。わしが地元びいきすぎるんだろうか。
この前ゆーくこんがアメリカの田舎の無人ショップの話をブログで書いていたのだけれど、日本の田舎の人のほうがアメリカの田舎の人よりすれているようで日本の将来やばいんでないかと思ったりする。
☆☆☆
父親へ証券会社から株式の書類が来ていたが、9月30日時点で含み益がほとんどない(苦笑)、てことはそこからさらに株式は急落しているので今は含み損がでている。
でも病院や施設での費用は年金でまかなえるので株の下落は基本的に影響は少ない。
でもでも、もし老後資金を株で持っていたりしたらどうだろう。生活のためにこれだけ急落した株をある程度売らないとまずかったはず。
若い頃から老後資金をためるには株式というのはインフレ等を考えてもいい選択肢と思いますが、実際に老後資金が必要な年齢になる場合はすぐに使えるように現金化しておくことが必要になりますね。
やっぱり株式は老後資金の準備のためにはちょっと考える部分がありそうです。
午後2時過ぎに介護タクシーをお願いして、母親を父親の病院に連れて行く。
60年以上夫婦でいるのだが、これだけ別々になったのはたぶん始めてなんだろうな、普段は頭の中に配偶者のことは思い浮かばないようになっているのかもしれない。母親の施設から父親の病院まで車でいけば20分もかからない距離だけれども自力で乗り物に乗れないお年寄りにはその距離はとても大きい。
1日23時間以上寝ている(と思われる)父親は、寝ているのを起こされて母親がいることを理解したらしく、珍しく大きく目を開けて普段はめったに出さないような大きな声を上げていた。母親は相変わらず無表情だけれども、父親の存在と状況はわかったらしい。
2人の心の中は一切わからないからなんともいえないし、子供の自己満足でしかないけれども、なんとなく顔をあわせることができてほっとした。
☆☆☆
人間は、1人で生まれて、1人で死んでいく。
どんなに親しい人、一心同体の人、大切な人がいたとしても悲しいけれど1人で生まれて死んでいくしかない。
でも、生まれてから死ぬまでの間は絶対1人では生きていけない。人という漢字の成り立ちのとおり、人同士の協力がなければ生きていけない。いや人生って難しいものだと思う。
朝から雨模様。
お昼前に床屋に。来週のスケジュールがけっこうきつくて、今のうちに床屋に言っておかないと行けるのは来々週になってしまう。かなり髪が伸びていうっとうしいし、お客さんのイメージも悪かろうということで普段は行かない土曜日だが出かけることにした。
床屋が終わって昼飯を食べ、帰宅して田舎に帰る準備、PCのケーブルがなくてヨドバシ錦糸町店に緊急出動。午後2時半すぎに家を出て、3時半からのNPOの打ち合わせに参加。18時前にオフィスを出て、その後書店によって労働法の本を買いJR+モノレールで羽田へ。
途中の東京駅でマンゴープリンを買う。親へのお土産のつもりだった。
ところが、、、買ってから大失敗に気がつく。マンゴープリンの賞味期限が今日までになっとる(大汗)。母親のところに行くのは明日以降、だめじゃん。
てことで泣く泣く羽田空港のベンチで晩御飯=マンゴープリン2個とあいなりました。まったくもってトホホです。プリンは買いなおし(さすが空港では賞味期限が2,3日後になっとる)
で、何かものすごーく中途半端。ご飯を食べるにはプリン2個は結構おなかに響いているし、でもプリンだから流動食みたいなもので物足りない。サンドイッチかおにぎり程度のものはないかと目を皿のようにして探すが、午後7時半の空港、セキュリティを抜けたらまったく見当たらない。見事に売り切れ。あー最悪、こんなに早いんだ。お弁当は売っているんだがちょっと量が、、、マンゴープリン食べなかったらお弁当でもよかったのになあ。夜の空港ってこんなにモノがなかったっけ?。
ANAの国内線でコーヒーを頼むと、「砂糖とミルクはどうされますか?」と聞かれる。「はい」と答えると、「砂糖とミルクがセットになった袋をくれる」 ミルクのみ、砂糖のみのオーダーができない。わしはミルクは入れるが砂糖は入れない。てことでいつもカラになったカップに使ってない砂糖の袋を入れて返却することになる。なんだか毎回毎回すごくもったいないような気がする。砂糖1袋が買えない人も世界中にたくさんいるんだから。
ドタバタしていた1週間ももう少しで終り。
忙しいとあっという間に時間が過ぎてしまいますですね。
明日の最終便で帰省しようと思います。ここのところ年5回(2,5,8,10、正月) ペースで帰省しておりましたが、今年は9月の飛び入り同窓会が入って6回になりました。次は多分(というか間違いなく)お正月ですね。
来週火曜日に東京に戻ってきて、水、木と年金相談回。そう思うと時間がない。明日は午後打ち合わせがあるので、最終便になっているわけだし。てことで雑用をいろいろと済ませ、夕方からチャリをこいで西大島へ、都営線にのって一路神保町へ向かった。
久しぶりの書店めぐりでござる。神保町は三省堂と書泉グランデは欠かせません(グランデは6Fの乗り物関係のところ充実しているのです)、昔なら神保町といえばキッチン南海の黒いカレーなんかも魅力でしたが最近は食事のほうは胃がもたれるばかりなのでちょっと、、、(汗)。
当初の目的は、「ワークライフバランス」の本と、「介護休業」の本を探すでしたが、気に入ったものがなく(残念)、かといってすごすごと帰るのも何ですし、語学の本のところへ行って「まずはこれだけタイ語(1500円、CD-Rつき)」を買って帰りました。タイ語を学ぶなら、たぶんマッサージ屋に足しげく通って、マッサージをやっているコンタイ(タイ人)と仲良しになるのが一番だと思いますが、何しろコストかかるからなあ(汗)。
先ほどから、聞いておりますが、相変わらずタイ語は発音難しいですね。こりゃダメだ。文字もわからんし、文法はあまり難しくないんだけれど。
次はマレー語かインドネシア語(ほぼ同じ?)、そして中途で挫折しているアラビア語に挑戦だっ。
もちろん年が年ですから、いまからペラペラになろうなんて思っておりません。何とか英語、日本語が通じなくても現地を一人歩きできる最低レベルに達するのが目標。言葉は全く通じなくても旅はできる(ミャンマーでマルマル2日以上言葉が通じず、ただ黙々と旅をした経験から間違いない、ただぼられたのか遠回りしたのか全くわからないのでそれを全部受け入れる覚悟は必要)のですが、やっぱり不自由です。
外出中もできるだけ聞いて歩きたいのですが、そうだ、わし「ipod」みたいなこじゃれたモノ全く持ってない(大汗)。持っているのは古いカセットとポータブルCDプレイヤー、これじゃちょっと外で聴くのは恥かしいか。ま、そんなのはあまり気にしないからいいけど。
昔から英語も別に得意ではないし、語学センスがあるとは到底思えないんだけれど、旅に出る前はまじめに勉強しますね、何時間でも(苦笑)。
年金相談会@埼玉県某所
疲れました。午後終わりごろになって、障害年金の受給とか、大正15年生まれの旧例共済組合該当の人とか、内容が濃い人が連続、、いやいや疲れました。相談人数も久しぶりの20名。
終りの時間も押しに押して、結局夜のヨガにはいけず(涙)。ヨガにいけないのが最初からわかっていたら久しぶりでせっかくの埼玉だったんだからくまさん誘ってラーメン食べに行けばよかったな。
まあ、前日が余裕たっぷりに説明できるくらいの人数のお客さんだったので、わしの仕事的にはきちんと埋め合わせになってるからいいですけれど。
一番最初のお客さんは、年金が貰えない人でした。
アレコレ期間計算しても10年にもならない。
聞けば40代の頃から年金保険料を払ってなくて、民間の個人年金に加入しているとのこと。
民間の個人年金は高いんですよねえ。5万円くらいの年金を貰うのにビックリするほどの保険料だった。で、インフレ保証(物価スライド)もないし。
自分が国の年金に関係しているからという点を贔屓目にしてみても、損得から考えると「国の年金」の保険料を払わず「民間の年金に入る」のはないだろうと思う。でもそういう風な考え方をしている人が多すぎる。
国の年金が足りないから民間の年金に入るというのは普通にありだけれど思いますが。
で、その人は早めに見切りをつけてしまったんだけれど、その時知っている人が周囲にいればまだ年金を貰えるのに十分な保険料を払う期間があったので、間に合ったんだけれどなあ。
世の中に、老後の心配をしてもしょうがないから年金なんて掛けてもムダという若者が沢山います。いや若い頃に老後の事を考えられないのも仕方がないことなのかもしれない。でも、そういう人の年金相談を隣にいて全部聞かせてあげたくなります。自分も必ず将来は老いる、老いて働けなくなる。
本日は年金相談会@相模原某所
わしは何てことはなかったのですが、隣のブースの大先生のところには難問が。大先生、難問になればなるほど元気になっちゃう(いや、なくても元気なんですけれど)。
3人目の子供が腹の中にいる間に夫が失踪してしまったという女性が年金相談にいらしたのです。もうその時点で「難しい問題」決定みたいな雰囲気。
子育てには相当苦労されたらしい。年金履歴で15年くらいは保険料免除されていたので本当にキツキツの生活だったのだろうと思う。
大先生、失踪して行方不明になってしまったら民法上の規定により7年を過ぎると死亡したものとみなされ、「遺族厚生年金」が貰える可能性があると説明される。でも失踪したのは20年以上も前の話でその後この女性は失踪宣告を申し立てる等のことは何もされていなかったのですね。
「もったいないね~」という先生の声が室内に響く。誰も年金のことを話したりアドバイスしてくれたりしなかったみたいだ、誰かがいい意味で入れ知恵してくれたらよかったのに。
大先生が一通りの年金の説明をされて後、その女性は相談会場を辞されたわけですが、しばらく経ってまたその女性が相談会の会場にいらした。
法務局に出向いて、夫の消息をいろいろと調べられたらしい。
で、失踪した夫(未だ失踪ということで夫婦は籍は入っている)は、現在埼玉に住民票があり生きていることが判明。同時に生存しているから遺族年金を貰えないことも判明。
でも、今までの苦労と夫の無責任は恨みが消えるわけはない。小さい子(しかも1人はおなかの中にいる時)3人を置いて失踪するなんてのは、男のわしから見ても言語道断、不愉快だ。
その女性は夫が見つかったが、「離婚」を決意されたようで、大先生も「離婚時年金分割」の説明をされていた。離婚時年金分割の調停に関しても顔もみたくないという。そらそうだろう。
無責任な男を配偶者とすると本当に一生を棒に振ってしまう。妻子を捨てて失踪するなんてことはそう滅多にあることじゃないのですが、おきてしまうと残された配偶者は塗炭の苦しみを味わう事になる。
年金相談は本当に人生相談なのですね。
緒形拳さんお亡くなりになられました。
名俳優だったんだけれどなあ。本当になんと言うか演技が上手い。わしはあまりドラマや映画を見ないので批評する資格がないのかもしれませんが、そんなわしでもこの人の演技力は他の役者さんとは比較にならないほど上手いと思わせる役者さんでした。NHKの大黄河のナレーションも良かったなあ。
しかし若いですねえ。71歳かよ。
映画演劇というのは子役も必要だけれど年寄りの役も必要。元気ならこれからも暫くは活躍できたのに残念です。
☆☆☆
そんな緒形さんより20年も年上の父親、昨日姉に電話したら「最近復活している」ですと(苦笑)。
完全に寝たきりで何のことかわからなかったが、姉が病院にいったら「すまんのう」とか声を掛けてくるらしい。
えええ、先月、先々月に病院にわしが出向いたときは寝ているだけで、今年の6月頃からちっとも声を出したことがなかったんだが。姉と父親の枕元で、「じいさん一体何考えているんかなあ、何も考えてないんかなあ」とか話していたけれどそんな会話も下手したら筒抜けだったかもしれません(笑)。何というか驚くべき生命力というか、食事を口からできずどんどんやせ細っていたのにねえ。大正生まれは本当に頑丈です、はい。
☆☆☆
>名古屋市中川区の60代の男性が、同区内で購入した中国製粒あんを食べた後、めまいなどを訴え、この粒あんから微量のトルエンと酢酸エチルが検出されていたことが7日、分かった。名古屋市中川区の60代の男性が、同区内で購入した中国製粒あんを食べた後、めまいなどを訴え、この粒あんから微量のトルエンと酢酸エチルが検出されていたことが7日、分かった。
何かねえ、中国製食品、これだけあれこれと続くとさすがに食べる気がしなくなりますよね。
この前冷凍食品の特売日に、いろいろと商品を眺めていたら、「原材料は全部国産」なんて表示があるのがあった。いや、冷凍食品は大抵中国で作っていると思っていたのでちょっと意外でしたが、国産というのが「ウリ」になる時代なんですね。別に国粋主義者じゃないけれど、中国産はなるたけ遠慮したい。
とはいえ安い居酒屋のメニューは大抵「中国産」で出来上がった製品輸入をしているし、時々わしも店に行って食べているわけで、うーん気になりだすと不安だらけになる。
久しぶりにかったふりかけ「丸美屋の豚味噌そぼろ」不味い。のりたまのほうが100倍美味しいや。これは何も書いていないけれどまさか中国産?(裏の表示の丸美屋は販売者としか書いていないぞ、製造者は誰だ)。
何か世の中えらいことになってますね。世界同時株安とか、欧州では金融機関もやばいとか。
この期に大損をこいた投資家を見てざまあみろと思う人も結構いるようだけれど(特に外国では)あまりにも短絡的。
いやね、リーマンの人解雇されちゃった(だろう)けれど、彼らの中には億単位の報酬を貰っていた人がゴロゴロいたわけですよ、3年働いていて半分を貯金していたら貯金も億単位。急に節約生活ができるか否かは別として、質素にやれば何年(何十年)も働かなくてもやっていける蓄えはある。その上に頭のいい人たちだから次の仕事をまた何か考えるしスカウトも来るでしょう。
金融の現場の人でなくても、お金を持っている人は強い。10年前に日本のバブルが飛んでその後日本経済は散々でしたが、その頃に株を大量に買い込んでいまだ長期間塩漬けにしている人を知っていますが、お金のある人はそれくらい余裕があるんですね。「まあ、安くなったものはしょうがないなあ」なんて悠然としていられる(心中は知りませんが)。
10億円資産がある人は、その大半が吹っ飛んだとしても1、2億円くらいはあるんですよ。いや、外貨預金とか金投資とかいろいろと細工をして分散しているからそんなに吹っ飛ぶ事もないだろう。
それにくらべて、庶民(わしも典型的庶民)は、たくわえは少ないし、もし仕事が無くなったら明日から途方にくれる。余裕がないんですね。景気が後退して悲惨な思いをするのはまず最初に一般庶民から貧困層。特に雇用の安定しないフリーター、パートアルバイトあたりはヤバイ。
お金持ちがバブルがはじけて「ザマミロ」と思う気持は庶民にはだれしも確かにあるでしょうが、でも一番困るのはザマミロと思っている人間自身だというのはなんとも皮肉です。
何とかんとかアメリカで金融の救済法案が通りましたが、この「ザマミロ」感覚は、時として国の方向を誤らせる。方向性が間違いなのに恨みエネルギーは高いですから。ちょっと怖いです。
健康保険や年金制度も「社会のセイフティネット」、お金持ちは自費で病院に行けるし年金も必要ない。必要なのは庶民なんですね。でも最近はなぜか「貧乏な人」が「健康保険や年金要らない」といっている。いやそんなこと言い出したら喜ぶのはお金持ち(というか保険料や税金を払っている会社経営者)ですよ。はぁー。
☆☆☆
それにしても、金融というのは難しくてわかりません。
最近はネットでいろいろな金融のニュースやブログを読んでいますがさっぱりです(一つ一つのことはわかったりするんですけれど)。年齢的に頭が固くなったことと若い頃に経済金融の勉強をあまりしてこなかった事が原因でしょうが。
世界経済が完全に収縮したら旅に出るどころの騒ぎじゃなくなっちゃうんだろうなあ。そうすると旅に出られなくなる側も辛いし、受け入れ先(途上国の外国人旅行者向けのゲストハウス等)はもっと辛くなるだろう。観光客がやって来ないと干上がってしまうほど外国人観光客をあてにしている世界の観光地も多いです。
午後の介護セミナー終了。
まあ、何といいますかいろいろな話を聞いていても介護の問題は物凄く難しいわけですけれども、あれこれと。
講師の石川さんの話も面白かったですが、
「介護している人は普通に旅もして」ということは、なっとく~ とうなづいていました。わしが旅に出ることを正当化する裏づけにしたいわけではないですけれどね。正直介護のメインは姉なのでわしは介護の主たる担い手ではないのですが。
親や配偶者其の他のを介護をしている人はそれだけでとても疲れます。そしてゴールが見えないから本当に辛い。ゴールが見えていたらそれでなんとかがんばれるんですが人の命ですから。
介護だけやっていたら心も体もボロボロになります。やっぱり気分転換は必要ですよね。
旅に出ている間に介護されている人が亡くなるかもしれない。でもそれは時の運。介護されている人が死ぬことは、いつになるかわからないのだからそれを心配していたら、まさに24時間へばりつかなきゃいけなくなる。
そこで、問題になるのは周囲
「あそこの嫁(娘)は寝たきりの親を放り出して遊びほうけている」 そういうやつが絶対いる。ご近所や遠い親戚やらの責任はないが口を挟むのは大好きというのがしゃしゃり出る。
親子だから、もし遊びほうけている子供がいたとしても、親はそういうご近所や遠い親戚のように「とんでもない子供だ」と思うだろうか。
昔、学習塾の講師をしていて思ったのは、「おまえ大丈夫か?学問というレベルではなく日常生活に支障出るぞ」というくらいわしが教えるのに頭を抱えてしまうほど勉強のできない子でも親から見たら子供は宝物なんですね。親は絶対に見捨てないんです。ムダとも思えるお金(塾の謝礼)を払い続ける。
介護疲れでうつろな顔をしている子供や子供の嫁や婿を見ることを思えば、自分の介護なんてしてほしくないって思う親は多い気がする。もちろん、80歳、90歳になってそういう気遣いをできなくなった(何も考えられなくなった)親はそういうことを言わないかもしれませんが、親が70歳の頃(若年性の認知症の場合はそれが発症する前)の「まだ分別が付くときの自分が介護されるときのされ方」を親がどう考えているかでしょう。
まあそんなこんなで旅には出るぞーなんですが。
姉も札幌雪祭りに行きたいといっていたので、積極的に勧めています。いつも一番近くで苦労しているんだから。
☆☆☆
旅行に備えての節約生活に入ってしばらくして、追加の仕事をいくつか頂きました。てことで金銭面は何とか今の時点でクリアできるかな。サラリーマンと違って餓えることもあれば臨時の仕事が入ることもある。生活に余裕があるわけではないのですが、まあ何とかやっていけそうです。
てことで、節約朝昼晩ご飯の記載は数日でやめてしまいました(笑)。3食+おやつ 800円/1日なんて目標を経てていたんですけれどね。
チケット代金は10月10日クレジットカードで引き落としなんですね(苦笑)、こらこらキャセイさん早すぎ!でもこれを払ったら後は現地滞在費だけ考えればいいので何とかがんばれるか。
今日は名古屋でビデオ撮影。
年金教室は名古屋であっても、静岡、福井 あらゆるところから参加されます。本当に熱意には頭が下がります。
東京教室でも、九州や北海道から参加される方もいらっしゃるし(毎月ですよ)。狭い日本、飛行機にのれば九州も北海道も1時間半で東京に着くとはいえ、家から空港とか考えると倍以上時間はかかるだろうしコストも大変。
でもねえ、そこまでしてでも勉強をしないと世の中から取り残されてしまう。特に地方では最新情報や勉強仲間が少ないですから、何かしないといけない。
わしも島根にいたら、大阪まで毎月通っていたと思うしなあ。
勉強をするのはお金のためでもあるし、自分の身を守るためでもある。あやふやなことを言ってお客さんを怒らせたりしたら大変ですから。
そして勉強に来るのは、知り合いに合うという副次的な楽しみもあるのです。自営業は普段は仕事は一人でやるということも多いですから話相手も少ない。
☆☆☆
明日は介護関係のイベントお手伝いです。何か疲労が蓄積している気がする。
てことで、お暇な方はぜひいらしてください。まだ余裕はあるみたいですから(時間的にもう手遅れか(苦笑))。
帰りの新幹線は豊橋をすぎてから、記憶がない。寝ると新幹線はまことに早いですわ(笑)。
朝から忙しかった。
午前は雑用をこなし気がつけば昼。昼ごはんをどこかに食べに行くのも作るのも面倒で、コンビニでフランクフルトとポテトサラダを買ってきて、食パンにケチャップを塗ってフランクフルトを巻いたのと、食パンの上にポテトサラダを乗せたもので済ます。
午後は引き続き雑用をこなし、郵便局に出かけて用事を済ませる。
午後5時前にあわてて家を出て(予定より1時間近く遅くなった)中野で修正用ビデオ撮り、その後すぐに中野駅から中央線快速で東京へ、19時半の新幹線で名古屋向かう。晩御飯は先月に続き崎陽軒のシウマイ弁当。新幹線の中で年金の計算を1つ、なかなか金額が合わないうちに眠くなりちょっとだけ眠ってしまった。本当に仕事での移動時間もったいないですよね。酒が飲める人はビールにおつまみなんて人がいるがわしは酒を基本的に外で飲まないからそういう点は損だな。しかし日本中を駆け回るあるいは世界を飛び回るビジネスマンには本当に敬服します、一生のうちどのくらい乗り物の中にいるんだろう。どこでもドアがないかなあ。
遊びや観光では楽しい乗り物も仕事で使うのは苦痛だ。
☆☆☆
9月末締め切りなのに固定資産税と国民健康保険の保険料を納め忘れていた(大汗)。あわてて郵便局に行く前にコンビニで支払いを済ませる。いやー忙しいと忘れてしまうんですね。他に忘れてることないかな。
基本的に「支払いが滞るとすぐにペナルティ」があるものは忘れない。ところが税金や健康保険料については忘れても督促がきていろいろあってペナルティがあるのは相当先になる。てことで忘れがちになるんですね。
なになに、口座引き落としにしろ? おっしゃるとおりです。
雨がずっと続く。何かうっとうしくなります。洗濯もなかなかできない。
夕方からはヨガ(3ヶ月が1つのセットなので)新学期。
毎回毎回同じアーサナー(ポーズ)をやっているのですが、ちっとも上手くならない。始めてからもう20年以上にもなるのにね。初心者とはどこか違うところがあるのでしょうか、時々疑問になる。
☆☆☆
自転車の空気がなくなってきた。歩道の段差で結構お尻に衝撃が来る。
普段は錦糸町駅の地下駐輪場でお借りしているのだか、この前その地下駐輪場で借りようとしたら、壊れているとのこと。「あんまり壊れるんで、、もう区役所から買ってもらえないかもしれない」といっていたがどうなんだろう。そんなに使うものでもないから自分宅においておくのも無駄が多い。
1個1000円程度のものなんだから気前よく買ってほしいんだけれどなあ。あちこちで無駄しているでしょう。
昔から強くなったものは「女性とストッキング」とよく言われますが、自転車も間違いなく強くなっている。
昔の自転車は倒れたらすぐにペダル部分が曲がった。で、曲がったペダルがチェーンカバーに当たって、ペダルをこぐたびにカタン、カタンという音がするようになる。そうなると、自転車屋に持っていく。もっていくと自転車屋の親父はやっとこみたいなのでグイと引っ張ってペダルを元に戻してくれる。そうするとカタンカタンとはいわなくなる。
わしの自転車、中古再生で、駅前でよく将棋倒しになったりして倒されますが、ペダルがゆがむこともありません。カタンカタンと音のする自転車って最近見ないですもんね。
夕方、食材を買いにスーパーへ行く。
入り口の野菜、果物コーナー、、、ない、バナナが全くない、バナナのところだけぽっかりと空。噂には聞いていたが凄いなあ。いや普段からバナナは買いませんけどね。バナナ大好きのガッツ石松さんは大丈夫だろうか(笑)。
しかし、特定の食材を使ったダイエットが流行るといつもこんな感じでものがなくなるなあ。一般庶民というのは何というか流行に乗ろうとするのか、、たぶん何ヶ月かしたら元に戻るんだろうけど。
卵を買おうとしたら卵も6個入りは売り切れ(10個入りはあるんだけれど。10個入りはちょっと量が多い。新鮮さを考えたらこまめに6個入りを買ったほうがいい。ってことで卵はパス。
でもって卵は仕方がないとしてキャベツが安いから夜はキャベツたっぷりヤキソバにしようかと思ったら、肝心の「ヤキソバ用の麺」が売り切れ。3食入りとかのヤキソバは売っているんだけれどねえ、これもそういうのを買ってしまうと余らせてヤキソバが続く可能性もある。何か今日はスーパーとの相性が悪いなあ。
結局、クリームコロッケを2個かって晩御飯のおかずにすることに決定。
☆☆☆
清原引退。
全ての事、全ての物、全ての人 には終りがあるんですね。
何気なく観にいった初めての甲子園の高校野球。試合は伝説のPL学園ー池田高校でした、当時1年生のフレッシュ清原。 あれから二十数年。
南海ーダイエー とホークスを応援し続けていた(毎度しつこいがソフトバンクは応援しないぞ)わしにとっても憎いヤツですが、いなくなるとさびしいな。
最近は野球を見ないから若手選手はさっぱりで、どんどんと知っている選手がいなくなる。
王さんも監督を退かれましたが、王さんが引退した年に王さんのホームランを見た。
自分が歳を取るに連れて数々の伝説の記憶が自分の中に貯まり、そしてわしもだんだんと人生の終りに近づいていくんですね。
