いまさらながらの室伏さん

「国際オリンピック委員会(IOC)のロゲ会長は30日、北京五輪陸上男子ハンマー投げで筋肉増強剤に陽性反応を示したベラルーシ2選手の処分について「分析結果で(違反は)議論の余地がない」と述べ、両選手の失格が確実であるとの見解を示した。当初5位の室伏広治(34)=ミズノ=が銅メダルに繰り上がるのは時間の問題となった。」

 めでたい事はめでたいんですけれどねえ、何かこう素直に喜べないというか、もう北京五輪って遠い昔のような気もして、いまさらって感がぬぐえないんですけれど。

 この前の日曜日、8月11日の日経のコピーをとりに図書館に行きましたが、一面下段が「内芝金メダル!」。

 あー、そんなこともあったなあって何か遠い遠い過去のことのように思えましたけれど、まだ3ヶ月経ってないんですね。

 メキシコ五輪男子200mで、アメリカ人で優勝したトミー・スミス、3位につけたアメリカ人ジョン・カルロスが、表彰式で黒人の貧困を象徴するため、国家演奏中黒い握り拳を掲げ続けた事件(今は銅像になってるんだなあ)の頃だったかもしれない(記憶あいまい)ですが、

 「黒人は金メダル取ったって、数年チヤホヤされてその後忘れ去られまた元に戻りに貧困にあえぐだけだ」 ってコメントを読んだ事があります(そのメダリストがしたかどうかは記憶は不明)。その当時はそんなもんかなあと思ったけれど、今は何となく「人の記憶は簡単に忘れ去られる」ということには同意しちゃいます。

 カールルイスに象徴されるようにその後は五輪金メダル=カネ の世界になってしまったので、チヤホヤされるばかりでなく、お金が入るというように五輪も変わって行ったので、今は、五輪の勝利=名誉のみで「黒人アスリートが元の貧乏に戻る」という時代ではないでしょうが。

 そう思うと、大した仕事はしていないのに銅像を作って地元の村役場とかに置き飾ろうとするバカな地方政治家はどうしようもないな。100年経つと「これは誰だ?」ってことになっちゃってそれこそ地元の古老に聞くみたいなことになるから。まだ薪を背負って本を読んでいる二宮金次郎の銅像を置いたほうが子供の情操教育のためにはマシでしょう。で銅像を作れば作ったでこんどは処分するのが面倒だし後世に悪影響を及ぼす。

 自分が社会的地位にあり、いろいろな業績を残した場合、それを後世の人に伝えるため銅像や肖像画を作りたくなる気持ちはわからんでもないが自分が思っているほど他人は自分の業績については無関心。やっぱり綺麗に何も残さず死んでいくのがわしは好きだ。てかわしは業績を残していないので問題外なんですけれどね。

☆☆☆

 明日はハロウィンだか何だか、、 

 外国のお祭りは何でも輸入しちゃうんだな、コンビニをはじめ小売店はなんでも商売のネタになるから。そのうちラマダン(イスラムの断食)まで輸入したりして(それはないか)。

 お祭りを輸入するのはかまわないが、その分「日本古来の古い伝統的なお祭り」がどんどん廃れていってしまうのは悲しい。

 楽しくドンちゃん騒ぎをするお祭りだけが後世に残り、日本古来の「ピンとこう乾いた空気のある厳粛なお祭り」が廃れて行っているような。特に地方都市のお祭りは後継者難もあり壊滅的ですよね。

 前から言っていますが、お祭りは楽しいばかりじゃない。元々祭りって宗教行事だからそれなりの意味があり、場合によってはちっとも楽しくない、極端な場合は祭りに苦痛を伴う事もある。とはいえ世の中の流れには逆らえないかな。

 JRは仮装して電車に乗ってくるバカのために特別警戒態勢だとか。自分たちの中で楽しむのはかまわないが、公共輸送機関まで乗ってきて邪魔するのはやりすぎだろう。

 

 


 

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このページは、が2008年10月30日 23:43に書いたブログ記事です。

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