2010年1月アーカイブ
日曜日ということで立ち読みとお買い物にお昼でかける。駅前は歩行者天国、がしかし、、、、人おらへん。
新橋で撮影をしていました。
順調に進んでいました。
が、、、終り頃の4時前になって、異常な音が聞こえてくる。
「オキナワに基地は不要だー!」
あーうるさい。で、一旦収録した映像はやっぱり音が入ってダメだということになって最後の部分を撮り直し。しかし、デモの声は一旦消えたと思ったらまた大きくなる。どうも新橋駅周辺をぐるぐると廻っている様子。
いやね、いろいろといいたいこともあるだろうし、デモの自由もあるんだろうが、やっぱ他人の平穏を乱したらいかんと思うのだよ。ああいううるさいデモは支持者は増えるどころか減る一方だと思うんだけれどなあ。参加者のストレス解消にはなるのかもしれないけれど。せめてぐるぐる廻りだけはヤメレ。
そういえば昔労働組合動員のメーデーとか出たことがあるなあ。
あれはほとんど無意味で、出かけてダラダラと歩くだけ。あれが労働者の祭典かっと思ったわけですが、、、政治的意味が薄くても楽しくなければ出る気にならない。あとはよほど切羽詰ったか。
先生ご接待で、焼き鳥屋@新橋
夜の新橋駅前(SL付近)のおっさん度の高さに驚かれた様子。
うーん、確かに周囲を見渡してみるとおっさん度高いなあ。きらびやかで若い女性は極端に少なく。
焼き鳥屋も美味しかったけれど、おっさん度高くて女性は皆無。
わし的には良い街なんですけれどねえ。
ボケないようにではなくて、ただ猛烈に眠くなったのが理由で、昨日は1時すぎに就寝、起きたのは8時前。6時間半の睡眠時間は確保、、やっぱ睡眠はこうでなくちゃ。できればもう1時間欲しいところ。
しっかり寝るとお昼に眠くなることがないので快適だ。
☆☆☆
昨日は病院行きましたが、、検査結果を聞く日でした。
2ヶ月おきに尿と血液の検査、で翌月はその結果を聞く。つまり採血と結果を聞くのが交互にあるわけです。
どちらも気が重い(笑)。検査の日は朝ヌキで昼ごろまで何も食えず、しかも痛い思いをする。前回の採血は妙に痛かった。本当にあの採血の上手い下手は病院に行く気分を変えるので重要ですよねえ。で、結果を聞く日は、痛い思いはしないし、朝ごはんも普通に食べられるけれど、、、結果が悪いとへこむわけです。帰路が暗い思いに。
あ、間違えないようにと念を入れて最近は結果を聞くだけの日も朝を抜くことが多い(昨日もそうだった)。結果聞きに行くつもりで「今日は検査ね」って言われたら困るし。
で、検査結果は、、、意外に「今回はコレステロール値が高いですねえー」と言われてしまった。なんだろう?なにか悪いことしたかな。少し気をつけなきゃ。あ、あと検査の日については3日前から1時前には寝なきゃね(苦笑)、これも重要。
健康診断だと全額自費なのに、病気があると健康保険が利くのもちょっとした矛盾。多分5月にエコー検査がありますが、あれ健康診断ならマルマル全額自費だけれど、病気の観察だと3割負担ですもんね。とはいえ保険が使える部分は良いが、そろそろ気をつけていかなきゃいけないから高くて敬遠していた人間ドックもそろそろ利用しないといけないかもしれん。尿と血液については普通の人より遥かに多いチェックがかかっているけれど、それ以外の病気については、一切ノーチェックだもんね。
わしの父親の既往症や父親の病歴、母親の既往症や母親の病歴 両方比較するとどうも自分体については父親のほうの影響が強い様子、、でも夜更かし体質というのは完全に母親の鵬の血を引いているし、、、子供って不思議だな。
先週金曜日に突然の仕事がはいって急に忙しくなった。
でもねえ報酬安いし、ほんと厳しいな。
サラリーマンって本当に「効率が良い」と思う。たくさん人がいるから忙しいときはヒマな人を応援できますもんね。まあそういう助けあいばかりじゃない職場もあってストレスの原因となったりするんだけれど。
わしなんかただでさえ稼ぎが悪いのに、仕事がダブってお断りすることもある。でお断りする方が稼ぎが良かったり(汗)。一応よほどのことがない限り先着順に仕事受けちゃうもんな(苦笑)。
不景気のせいか、来年度はマジで仕事減りそうだ(超汗)。少し営業考えないとなあ。
つうことでここのところ毎日4時前まで起きていたのですが、、、ウェブニュースによると、「寝不足はアルツハイマーを起こす原因」なんだそうです。
わし、、、70歳になるまでにボケるかもしれん。
そういえば親父は、10時には寝て5時6時には起きていた。早寝早起き励行してた。
人間やっぱりそういうほうが健康にいいんだと思う。3時4時に寝て、9時に起きるくらいなら1時に寝て7時に起きろって話しだもんね。
そういうふうになかなか上手くいかないんですけれどねえ。
ペルー政府がヘリコプターで救助に当たっているが、通信が途絶しており、現地の詳しい状況は不明。巻き込まれた日本人は団体旅行客らとみられる。」
孤立した観光客のみなさん、大丈夫すか?
いや、わしが以前マチュピチュに行ったのも2-3月頃だった思いますが、この時期は雨季で雨が結構降るんですよねえ。わしもバス移動で道路が寸断されて悲惨なことになりましたが(平気でバスが10時間くらい遅れるとか)、でもなんとか旅はできました。孤立したりすることはなかったなあ。
まあアンデスの山の中で休憩をしている時外に出たら雨で、地面は土でぬかるんでグチャグチャで、こりゃーいかん。ってこともありましたけれどね。
団体旅行だと添乗員さんがいるので、いろいろと動いているかもしれませんが、何しろ数が多い団体さんだと、宿とメシという最低限の確保も大変かと思います。同じような状況に他の観光客の人もなっているんで、宿やメシは取り合いになってるかもしれません。そうなると一般的な話ですが、日本人の団体は他人はどうなってもいいから自分の分だけはなんてことで攻撃的でなりきれから他の団体と比べて遅れをとることも多いんですよね。
雨は別にして、マチュピチュは個人的にはおすすめです。世界遺産も最近は質が落ちて、、、なんじゃこれ なんてのも沢山ありますが、マチュピチュは間違いなくSランクの世界遺産だと思います。
☆☆☆
そんなこんなで、南米を旅したことを思い出しました。
旅に出たいなー、残された自分の時間を考えるとあまりにも行きたいところが多すぎる。
そろそろ旅に出たときの思い出グッズも整理し始めないとね。若い頃からのグッズが結構残っています。自分にもしものことがあればそれは全部ゴミになりますから、自分自身で整理しておかないといけない。
写真はスキャナーで取り込みたいと思いつつも、、、なかなか時間が無いです(汗)。
某所で年金相談をされた方で印象深い方がひとり。
記録を見たら、年金納付期間が10年もない。。。やばー支給に必要な25年、厚生年金期間だけで20年にも遠く及ばない。
なんとかならないかとあれこれと事情を聞いても、残念ながらやっぱりダメだった。 はぁ。 まあでも、疑わしい所については記録の確認のお願い手紙を書いてあげたり最善のことはしてあげた。
仮にこの記録が確認されても、まだまだあと7,8年くらいは納付期間がないとダメなのでかなり年金に結びつくには厳しいけれど、お客さんはあれこれと親切にやってもらってありがとうと感謝されて帰られた。
で、その後、
この人、どうも(噂だけれど)、「3食つき居住費無料寝具衣料提供の国営マンション、ただし移動の自由なし労働あり厳密な時間管理あり」にお住みだったことがあるのだそうな。
まあこの場合でもきちんと収入なしの保険料免除をしていなければ、年金をもらえる納付に必要な25年のカウントにはならないんだけれど、、一応微妙なこともあるし、もう少し詳細を聞ければよかったかなあ。と思いつつ、いやそんな個人的なことは向こうから切り出してもらえない限りこちらから聞いたりすることは口が裂けてもできないよなあと思い直す。やっぱ諦めるしかない。
うーん、話をしている時はすごく良い人だったんだけれど昔なにかあったのかな。結構本人は若い頃はやんちゃしてたような話はされていたんだけれど。
昨日のチャリのペダルが回らなくなった件。
本日午後に、自転車店にいって見てもらったところ、「チェーンが切れてます」
でもって、「チェーンのビスというか金具が飛んでいるので、こりゃ交換しかないですねえ」 と追い討ちをかけられ、他に選択肢がないので、交換をお願い。
チェーン2000円なり、交換の手間賃1400円なり、で合計3400円の出費。
仕方が無いよなあ、買って4年目だけれどもともとが中古再生自転車だし、前のオーナーがだいぶ使っている可能性もあるんだから。
出来上がって、最後に「あちこちガタ来てますねえ・・・」と言われた(苦笑)。そういえばペダルを踏み込んだときに変速すると結構自転車は悲鳴を上げていたような。
まあ、次買う時もたぶん「中古再生自転車」を買うと思います。3段変速で1.2万円なんだもんなあ。新車はもったいなくて(笑)。てことで普通の自転車屋さんに持っていくのは修理の時のみ。
☆☆☆
修理してもらっている途中で別の人が摩耗したタイヤ交換をお願いしていた。
特殊な車両で、タイヤも正規品を買うなら別注文だけれど、汎用品でもまあ間に合う。ただ乗り心地は変化するかもしれないですと説明されていた。
いや、何でもレアモノは高いですよね。自転車もパーツは大概特注になると思うので維持費も大変かと思う。わしは、ママチャリ系で十分だわ。
1月20日はわしが子供の頃住んでいたエリアは二十日正月=お籠りさんでしたねえ。当初の予測に反して思った以上にブログは長くつづいているので、この事は何回も書いたかかもしれない、記憶にないけれど。
子供の頃、おせちを作って、近所の集会所で食べた。それ以外になにかすることがあったかな。母親はまた料理をしなきゃいけないので大変だったんじゃないかなと今になって思う。
ちなみに二十日正月で検索するといろいろと出てきますが、
http://koyomi8.com/doc/mlwa/200801190.htm
延々と続くお正月行事がやっと終わりというけじめだったみたいですね。しかし鏡餅を20日まで引っ張ったら、、カビカビの緑餅になったんじゃないかなあ(苦笑)。普通に冷蔵庫でも餅はしばらくするとカビがでますからねえ。
神事とか仏事とかいうのは、厄介だけれどあればあったでものすごく生活に変化があるものだ。昔はレジャーが少なかったから本当にこういうけじめの行事、行事というのがとても大切だったんだろうなあ。昔の人の知恵かもしれない。
☆☆☆
夕食の買出しにいって、晩御飯を食べ、その後ふと気がついた。
そうそう、ふすまのスベリをよくするテープ、買ってこなきゃ。思いながらズルズルと行ってなかった。
思い出したときに行かないとまた延びると思って、いつも行くホームセンターにチャリを漕いでいく。無事テープは買ったものの、その後食品売場を覗いたら、お惣菜が半額投げ売りの時間帯に、、
しまった、晩御飯もこの時期に買いに行けば良かった。と思ったが後の祭り。うーん、残念。
で、帰りにチャリを漕いでいたら突然ペダルが空回りする、、あれーチェーンが外れたのだろうか。困った。
ヨガの先生によると、ヨガではモデル体型にはならないらしい。
そういえば以前習った別の先生もそうおっしゃっていたな。
つまり、健康的な体になり、肌は艶やかになるけれど、スラーっというモデルさんのような体型じゃなくて、どちらかというとちょっと肉はついた感じの体型だけれど健康体になるということ。
そこまでヨガをやったことがないので本当か嘘かは知りませんが、確かにインド人のヨガ行者の人の中にはふっくら体型の人も多いような気がする。
理想的なプロポーションになるほうがいいのか、理想とはちょっと違って太めかもしれないけれど健康的になるのがいいのか。人間目標があるのでしょうが、モデル体型になるにはヨガではない別の痩身方法を考えた方がいいらしい。
で、それとはちょっと違うけれどいつも考えていることがある。
人工甘味料を使ってダイエットすること。
人工甘味料の弊害(健康についての)はよくわからない。販売時点で急性的な害(突然おかしくなるとか病気になるとか)は十分チェックしているのだろうけれど、10年20年と摂取して体がどうなるだろうかというのはよくわかってないというか未知の領域。
だったら、普通の砂糖のような伝統的な商品で少し太ることを気にしても糖分を摂取した方がいいのか。
どっちなんだろう。
そんな話をヨガの帰り道にIさんとしていたら、「そんなもん無糖にして糖分を摂取しなきゃいんですよ」と一言。
まあたしかにそうなんだけれど、それがなかなかできないのが人間の性なんだよなあ、それを言っちゃおしまいだよみたいな感じだった。
そうそう、ヨガの先生「甘いもの」が大好きなんだそうで、それもしょっちゅう甘いものを摂取しておられるそうな。それは長いお付き合いになるけれど知らなんだ。
でも、そんなに甘いものを食べても体型は若い頃と殆ど変わらず、、、やっぱ体を鍛えている人は違うんだなとちと思った。
少し疲れたので、夕方気分転換に駅ビルの書店に立ち読みに行く。
30分の予定が、ずるずろと1時間近くいた。昔は立ち読みが趣味なくらい立ち読みをしたもんだが、通勤という作業がなくなってから本当に立ち読みもしなくなったなあ。
駅ビルの5Fにある書店を出て、外の見えるエレベーターで下に降りる。
「あー、もうここに来て4年と3ヶ月かあ」
見慣れた景色だけれども綺麗な(というかパチンコ屋のネオンがケバイ)夜景を見て、ちょっとしんみりしてしまった。
今の住まいに引っ越すとき、「だいたい20年くらいいて、田舎に帰ろう」なんて漠然と思っていたので、予定通りだとその4分の1近くが過ぎてしまったことになる。人生って本当にスピードが速いなあ。今乳飲み子でいる子が高校生になる頃にはその20年になるんですからねえ。
どうやったら有意義に人生を過ごせるのだろう。
ゲゲゲの鬼太郎の目玉おやじの声優さんが亡くなったし(オイ、鬼太郎!の声が聞けなくなるのか)、元阪神の小林繁(江川事件はすごくショッキングな事件だった)氏も亡くなったし、わしと時代を一緒に生きてきた人の訃報も多いな(としんみり)。
☆☆☆
その書店で、わしが監修した雑誌が割と目立つ所におかれているのを発見。自分が作るのに携わったわけだから、表紙を見た瞬間にすぐにわかる。
いや、恥ずかしいからさっさと書棚から外してほしいです。まさか、こんな目立つように、、、、
ひっそりと売られていると思っていたのだけれどなあ。まあ旬のモノなので来月には消えるかとは思いますが。
昨日夜は、本郷で打ち合わせ。
いつものように錦糸町からバスに乗って、いくつか行った停留所で事件はおこった。
隣のおじさんが降りようとしてわしの前を通った時、わしの鞄のキーホルダーとおじさんの携帯か何かのヒモが絡まってしまった。
あせるがなかなかほどけない。
とすると、おじさんは突然わしのキーホルダーをわしの鞄から外してさっさと降りていった。こら、こら。絡まったままわしのキーホルダーはおじさんのほうに、、、悲しい別れ。
わしのキーホルダーさようならあ、、、 驚いて声を出す間もなく、バスのドアは閉まり無情にも発車。
いや、台湾旅行の時買った300円もしない、方位磁石のやつだから惜しくはないけれど、、、なんだかなあ。
いったいどう対処したら良かったのだろうか。時間があればわしも降りて、ヒモを解いてまた次のバスに乗る(しかし、200円のバス代を考えるとすてる方が合理的か、運転手さんに事情を話したらお金はとられないと思う)
思いのある品や、高いものでなかったと諦めるしかないか。それにしてもあのおじさん、、、まさかあんな行動されるとは思わなかったなあ。今思うと無効のヒモを切った方が安くついたような。
女子高生とかは携帯電話に異常なくらいチャラチャラとストラップをはじめとするアクセサリーを付けているけれどあれは、、絡むだろうなあ。
まあ普段は鞄の中にいれているから絡まないんだろうと思うけれど。
お間抜けなOKEさんは、毎奇数月の第一週に行われる、「企業年金教室」が、今月は1月10日に行われると思いこんでいた。
ところが、気づいてみたら開催日は1月17日(大汗)、その日は別の撮影がある。げ、ダブルブッキングだ。
企業年金教室は、、わしが運営をお手伝いしていることもあり、はずせない。ところが17日の撮影もやはりはずせない。。。でも体は一つ。先々週にこのことが判明し頭を抱えた。
そこで、17日は撮影の応援を頼み、当初まず撮影の飯田橋のほうへ行きセッティングをし、その後企業年金の代々木の方へ行ってお手伝いをして、また撮影のほうに戻って、撮影の撤収して終わらせる。
そういうスケジュールを考えていた。本当に恥ずかしい限りですが他に方法がない。
☆☆☆
で、今日はその当日。朝7時20分起床。8時に家を出る。
予定通り飯田橋へ行き、当日の撮影準備をしていると、代々木のSさんから電話が入った。
「OKEさん、おかしい、、、会場に違う人が来ているけれど会場は代々木でしたよね?」
え?、あわてて携帯でサイトを見て日程と場所を確認したが、、、今日の会場は代々木になってる。
折り返して電話 「やはり間違いないですけれど」
「そうすると、、、会場予約が入っていないみたいなんですけれど」 とSさん。
「・・・・・」
えー、勉強会というかセミナーを開催するのに、会場の予約が入っていない。。。。絶望感で頭がくるくるし始める。
10時から開始予定の企業年金教室、もう開始まで30分もない。。。どうすんだ。
飯田橋の撮影のほう演芸を撮るわけじゃなくて、年金の講義ビデオを撮影するために来ている。そこそこ大きな会場だったので、その会場に他に空き教室がないかどうかを確認しにあわてて事務室に走る。
「あのー、突然で申し訳ないんですけれど、会場1つ(研修室)どこか空いてませんか?」
「人数は?」
「46人なんですけれど」
「30人収容の部屋が2つしか空いてないんですけれどそれ以上の人数の部屋は・・・」
狭いとはいえ、選択の余地はない、、、「いやもう机がなきゃ空きスペースに椅子詰めて置くだけでいいからお願いします」
やっとこさ会場を確保したのですぐSさんに電話「会場は狭いながらもなんとかなりそうです」
「じゃ、飯田橋でやるということに決定して、お客さんに移動してもらいます。よろしく」
「はい了解」
代々木から飯田橋はそんなに遠くないので(タクシーで2000円ほど)、ほどなくして、今日の講義用の配布物を抱えたT先生を筆頭に、代々木に行かれていた受講者の方がぞくぞく到着。
会場は、他の教室から足りない机や椅子を運んでもらい、特急で準備中。
やっとのことで準備が終わり、中に入ってもらう。しかし、さすがに定員30名の所に無理やり42名分の机椅子のスペース(4人くらいは欠席だろうと適当に決めて42名)を入れると辛い。が非常事態だから仕方がない。
大慌てで受け付けをし配布物を受講者に配り、、、10時20分にやっと講義が始まった。 はぁーーーーーーー
代々木で10時から始まる予定の参加者46名の講義が、10時20分に全く予約のなかった飯田橋で始まったのです。ブログにサラリと書くと大したことがないように見えるが、、これはすごい。ほぼ奇跡に近い気がする。
(異常に運が良かった要因)
1.わしが上のようなおまぬけダブルブッキングをかましてしまったので、本来ならば代々木に行っているところ、飯田橋に偶然いた。なので、会場のことをすぐに事務室に聞きに行けた。
2.日曜日なのに、ちゃんと手配をしていただけるような、判断力のあるきちんとした事務スタッフの方が飯田橋にいた。しかも、椅子や机を運んでくれるスタッフもいたのですぐに会場設営をしてもらえた。
3.前から時々お世話になる会場なので、信用ですぐに使用をOKしてもらえた。
4.日曜日なので、タクシーが、極めてスムーズに代々木から飯田橋まで移動してくれた。30名以上の移動が短時間でできた。今出ましたよという電話からほどなくして到着したような感じ。
会場に予約が入っていなかったということで、Sさんは最初「本日中止」を覚悟されていたとのことですが、受講者の中には茨城、名古屋、長野辺りからいらしてる方もいるとお聞きした。そんなもん中止なら新幹線の代金と本日の受講料とを返却しても足りないだろう。大幅に開始を遅らせても、「新幹線に間に合わない」ということになっただろう。
ま、そんなこんなで、、、本当に疲れましたが、、、無事終了しました。
あとは、午後11時半くらいに出かけたけれど、人っ子一人いなかったぞーとかクレームが来るかもしれないが、そもそも会場の手配についてわしは全く関係ないので、それは担当さんに対応してもらうとして。
で、問題の代々木ですが、、後で判明したところによると2月7日(日)で会場を予約していた様子。 ダメじゃん。
「事業再生ADRによる事業再建を目指すウィルコムが「企業再生支援機構を活用して再建を目指す方向で最終調整に入った。ソ〇トバ〇クが出資を検討している」と、一部の報道機関が報じている。」
マジすか?
この会社しか携帯の会社がないなら死ぬまで携帯電話を持たなくてもいいと思うくらい嫌いなソ〇トバ〇クが支援するなら、、ウィルコム即解約。
といいたいところですが、PHSはMNP(携帯の番号をそのまま会社を移すヤツね)できないので、当分は「安心だフォン(受信専用、発信が3か所しかできない激安プラン)」にして、徐々に「電話番号変わりますー」の周知を周囲にしていって最後に解約という手順を踏まないといけないので、解約には1年くらいはかかるかな。
しかしよりにもよって、支援企業がド〇モでもA〇でもなく、ソ〇トバ〇クなんだ、、、全くトホホでございます。ほんとガックリ。
一体何をたくらんでいるのかわかりませんが、、、自分の会社も巨大な有利子負債を抱えているのに他の会社を助けるかねえ。
ウィルコムも今年でマル10年。なんでわかるかといえば西暦2000年に買ったからでございまして、PHSのメルアドに2000という数字を入れているので忘れないのでござります。今の機種が3代目ですが、ウィルコムユーザー歴は3代で終わるのでしょうか。ちょっとさみしい気がします。って、一発逆転で、ソ〇トバ〇クの支援を受けないで支援の話が決まらないかなあ。
☆☆☆
下痢が治まり、体調が元に戻ってきたら、急におなかがすいて、何となく食事がっつり食べまくってたら病気前より太った。やれやれ。
またすこし体重を戻すように苦労しなきゃいかん。
一般に病気で痩せた分は元気になるとすぐ戻りますが、今回は2,3日殆ど食わなかった時に痩せなかった(汗・・・なぜだ、体重計に乗って不思議だった)。で、元気になってそれ以上に食い始めたら太りますよね。
近所のコンビニのカウンターに、「実習中」のプレートをした高校生らしい(年齢)の子がいた。
前のお客のお弁当を温めたら、「蓋の上のソースをはぎ取り忘れて」いたらしく、レンジから取り出したら、袋に入ったソースが破れて悲惨なことになってた。またそれをビニール袋に入れようとして・・・。
呆然としている彼にしびれを切らしたか、オーナーが奥から指示を送る。
ちゃんとお弁当を拭いて(弁当はふたは取れていなかった)、綺麗にして、、ソースの控えをつけて。。。ちゃんとスペアのソースがあるんですね。知らなかった。
やっと体裁を整えて、お客さんに渡す。
わしの順番までけっこう待ったが、面白くみていた。
若い子だから、コンビニのレジの扱い「チケットの発券の方法はとか」は覚えるのは早いかもしれないけれど、接客を覚えるのには時間がかかるだろうなあ。
コンビニは手軽なバイトかもしれませんが、なかなかに難しいですよね。レジ打ちがメインですがそれ以外に、さまざまな仕事があるようで。
でもって最近は中高年のバイトも広がっているらしい。
今年は不況なのかわしが仕事さぼっているのかその両方なのか、仕事が激減しそう(涙)。、、、わしもしばらくしたら深夜のコンビニで働いているかも。
JALがいよいよ正念場に。
株主優待券をありがたく使わせていただくわしにとっては、株券が紙くず(紙は既に発行されていないのだけれど)になるという悲しい話。シクシク。
「株主責任を厳しく追及うんぬん」と言われてもなあ。
株主優待をギリギリまで発行せず、経営が悪くなったから「さっさと発行しません」ということであったならばあっさりJAL株なんか売っている人も多いだろうに。株主責任は社会のルールだから仕方がないし、仕事がなくなる人(JAL本体というよりJALを主要取引先としている中小企業が悲惨だろう、、掃除から警備からいろいろあるはずで)に比べたらはるかにマシなわけですが。
まあ、メインのANAのほうが無事なので盆暮れの帰省には問題はありませんので、それはありがたい。
☆☆☆
航空業界というのは本当に「不安定な業界」で、大昔成田空港でアルバイト(荷物検査)をしていたことは以前何回か書いたと思いますが、
わしがバイトをしていて一番多く仕事をしていたエリアは、エールフランス、ルフトハンザ、アリタリア、シンガポール航空、バリグブラジル航空のシマでした。
いま振り返ると、バリグとアリタリアは経営破たん、、多分日本人スタッフは解雇されているわけです。
一番端の(わしは全く関係なかったですが)、ノースウエストはデルタに吸収されたのでその段階で解雇も出たと思いますし、その隣のシマの英国航空は1日2便が1便に減便になっているので、整理解雇もあったかもしれない。
海外のエアラインの雇用の不安定さは半端なくて、人がぐるぐる変わる。逆に、会社が倒産してなくても「よりよい条件を求めて」日本人スタッフがまた自分からころころと仕事先を変えるので、「あれあんたこの前違うとこにいなかった?」という人もいました。極めてドライな考え方で人も動く。
特にアジア系は物価の関係か、「ものすごい給与が安く(噂です)」て、家族を一人では養っていけないような程度の給与水準だったとか何とか。多くの人が欧米系のエアラインに転職できるように転職活動していたと聞きます。
彼らの仕事場は一見華やかではありますが、「所詮は現地雇いの使い捨て」という部分があったように思えます。しかもバリグもアリタリアも巨大企業だったはず(ブラジルから日本まで飛行機を飛ばしてきていたのだから)なのにあっさりと潰れる。エアラインって怖いなあと(当時は潰れていなかったですが、潰れた時)、スタッフも見かけ以上に辛そうだなあと思いました。
外国エアラインのスタッフの語学力(英語力)はJALやANAに比べて一般的に上で、多分何年か(あるいはもっと)、海外で勉強を積んでいたのだと思います。多分JALやANAの職員に比べて「語学力は負けない」というプライドがあったのだと思います、、、が実際は、日本で日本のエアラインに就職するのに比べて何かと条件は悪かったと。
エアラインスタッフの中に、国内社(JAL,ANA)>海外(欧米系)>海外(アジア系)という見えない階層があったのは事実のようでした。
その階層のトップに位置したJALが今回はこけるわけですから、、、相当数の希望退職者を募るらしいのですが退職しろといわれた人は厳しいでしょうね。いつクビかわからない海外のエアラインとは違って自分が会社を辞めた時(クビの時)のシミュレーションもしていないでしょう。
ダラダラとわけのわからないことを書きましたが、要するにエアライン全体、「見かけの華やかさと実態の不安定さ」のギャップが極端に大きい業界だということを言いたかったんですが(なんか話がぼけてます)。
従業員を雇っていない(自分の家でやっている)豆腐屋さんが、「豆腐は不況に関係ない」と言われたことをまた思い出します。不況だからといってお客さんが豆腐を買うことは止めない。一度「この豆腐はおいしい」と評判がつくと不況でも安定的に売れるのだとか。そんな豆腐屋さんよりエアラインというのは不安定な職場なのかもしれません。絹ごし豆腐より柔らかい職種なのかな。
昨日の日記が飛んだのは、「体調不良」になったからでして。
昨日の深夜2時半、、何か吐き気がするなあ、、と思って目覚めてすぐトイレに。。。。その日一日分の食事全部戻しました。
まそれで、寝たわけですけれど、朝から酷い下痢。1時間3回。
何か体の全体の水分が抜けた気がしました。 で、昨日1日で、水分以外に摂取したのが、桃缶少しとプリン1個。
桃缶は大日本帝国海軍伝統の、「吐く時楽な食べ物」なんだそうで(それは書いたことがあると思う)。
そんでもって今日になり、朝トイレに行きましたが相変わらず、、下痢は治らず。
で先ほどまたおう吐。さすが桃缶、、、吐く時楽なんですよねえ。普通だと胃液ですっぱいのですが、桃缶の場合は甘いシロップが酸っぱい胃液を押さえてとても吐きやすい。さすが大日本帝国海軍の経験則なんて関心している場合ではないのですが。
体の水分が不足しているせいか、唇かさかさなんですけれど、、、一体どうしたんでしょうね、わしの体。
4日目の最終日は飛行機に乗るだけ。
朝起きて、朝食をいただき、けんじろの奥さんにお礼を言って(2日も泊めていただいてすいませんでした)、けんじろの出勤に合わせて家を出る。
けんじろの奥さんと話をしたのですが、奥さんの方のお友達は既に4人も遊びにこられたそうなんですが、けんじろの友人に関してはわしが初めて。
こういう場合、女性の方が積極的な傾向なのと、男の人で40代、50代くらいって人生でもっとも責任が重い時期で友達の所へ遊びに行くために仕事休むなんてことができにくいのと、いろいろ理由もあると思いますがちょっと人生損をしている部分も多いような。
けんじろの奥さんがいい人じゃなかったら、ホテルを予約してけんじろのところにいったかもしれません。奥さんがいると微妙に気を使う所もあります。友人に連絡したら、「お、遠慮なくうちに泊まれ」といってくれて、こんにちはーって出かけたら奥さんがいい顔してなかった。みたいなところがあったら非常に気づまりですし。
ま、そんな話はおいておいて、
けんじろの車で20分も走ると、カルトレインのサンノゼ駅に着く、
で、なかなかに良い建物だったので、写真を撮ろうとしたら、「電池切れ・・・」
ごめんなさい、ということでネット検索しました。こんな感じで結構いい雰囲気です。
デジカメが使えないので携帯で写真を撮る(これが空港大汗の原因)
100年前は、「NYまで2等で1枚」なんてやってたのかも。
いよいよ帰国という感じかも。
金曜日に、注文していたメガネを取りに行きました。
夏にもメガネを買ったのですが、その時の視力補正は、矯正1.2くらいにして、よく見えるようにしたものを購入したのです。が、眼鏡屋さんいわく、「お客さん、長時間パソコン使われるんですか?そうするとこのメガネじゃ眼が疲れます。ぜひ作業用の眼鏡を作ってください」と言われたんです。
補正して見える度を上げれば上げるほど眼に負担が来る。まそれは別に我々のような素人でもわかりますわなあ。
とはいえ、眼鏡屋さんの言うことだから営業トークも入っているし、夏の段階では、頭の中だけで理解してどうしてもほしいとまでは思わなかった。
しかしその後仕事が忙しくて朝から晩までPCの前に座っていると、確かに若い頃に比べて眼が疲れてしょぼしょぼしだす。夜中に目薬が欠かせない状態になる。目の筋肉も老化しているんでしょうねえ。
やっぱこれは、作業用&予備としてもう一個メガネを作った方がいいのだろうなあということで、年末も押し迫った12月終わりに重い腰を上げて作りに出かけた。
眼鏡屋さんによれば、度を2段階ぐらい落として、0.8-0.9くらいの視力にし長時間使用しても眼の筋肉に疲労をためないようにする、パソコンの光から眼を守るために、カラーレンズは必須 この2点のアドバイスを受け、わしもこのHOYAさんのレンズ(あ、眼鏡屋さんはここじゃないですよ)を頼みました。
で、できてきたのがコレ
全体に赤っぽいのは写真のせいですがレンズにわずかに赤っぽい色がかかっているのは写真のせいではありません。
土曜日の名古屋撮影は、これをかけていったのですが、金曜日の午後に受領し土曜日終日1日掛けただけでは、本当に死ぬほど忙しい時に、目が疲れてしょぼしょぼすることが軽減されるかどうかは、わかりません。なおかつ新しい眼鏡なのでちょっと違和感もあったりして(これはすぐ慣れると思うけれど)。
で、度を落としたといっても、1.2→0.9(あるいは1.0→0.8 2段階程度の差)くらいでは、あまり掛けていて極端に見える見えないの違いは感じません。夜中に運転をするような場合はかなり見え方が違うと眼鏡屋さんはおっしゃってましたので今夜あたりベランダに出て遠くを見てみるか。
レンズに色が付いているので、真っ白なところがやっぱり真っ白には見えないですねー、世の中赤みがかってるのか(笑)。色つきのメガネは買ったことがなかったので、ほんのちょっとだけ不思議な感覚です。注意してなければ気付かない程度なんですけれどね。
ともあれこれでパソコン作業が楽になってくれたらうれしいです。
おなかが膨れた後、車は西海岸を目指して西へと向かう。
前のブログ、かものはしかも君と行くサンフランシスコ(9)ではサムネイルがきちんと張ってなくて、写真拡大ができませんでした。今は修正をしていますので写真が拡大できます。よろしかったら見てくださいね。
ちょっと前に眼に止まって、てためしに飲んだ生姜入りチャイ、残念ながらおいしくありませんでした。
雨は降るし、どこ行こうか? とけんじろと相談の上、castle air musumに行くことに決める。そうは遠くないがかといって近くもない距離らしい。こういうところに行くということは、けんじろも乗り物好きなんだな。
車からみた景色。やっぱりアメリカは広いかも。
車は順調に、かつちょっと単調なアメリカの郊外をひたすら走る。
2時間も走っただろうか、MドNドで休憩。わし的にはまああまり好きではない店ではあるのですが、アメリカの郊外ってあまり選択肢がないんですね。お店見つけたら早めに入らないと、えーい次の街でいいやってことをやると次がなかなかないこともある。この辺は人口の少ない大陸の大きな国も同じですね。逆に日本のほうが、田舎でもお店密度は格段に高いのだと思う。
MドNドのカウンターのお姉さんはボクを見て笑っていたかも。
しかしアップルパイはあまり美味しくないかも。日本のMドNドのアップルパイのほうが確実に美味しいかも。
コーヒーを飲んで落ち着いてから、けんじろは車を更に進める。
アメリカのカーナビ(当然案内は英語)の必要がないような一本道かも。
今日もやっぱり雨。滞在中はずっと雨だったかも。
アメリカのカーナビがそろそろ、目的地を示す頃、、おおおー飛行機が見えてきた。
飛行機が見えてきたかも。
ちょっと興奮するかも。
がしかーし、、、けんじろが悩み始める。
「入り口どこだろ?」
確かに、入り口らしきところは厳重に鍵がかかっているし、他に入れそうなところもない。
車で敷地の周りを一回り、、、でもやっぱり入り口は最初に見た鍵がかかっているところみたい。でも人っ子一人敷地にいない。全くの無人状態。おかしいな。
「・・・・・」
初日の博物館、2日目の教会は、いけなかったけれど時間が遅かっただけだし、そんなに行くのに苦労したわけじゃない。でもねえ、今日はたっぷり時間を掛けてきたわけだしクローズドだし、、、うーん。
「わし英語読み間違えたかなあ?Okeさん?」
いや、前回1年、今回4年もアメリカにいたけんじろの英語力はわしの英語なんかと比較にならないわけだし、そんなわしでも、上のホームページの中にある、
「The museum is open daily year round. We are closed on New Year's Day, Easter, Thanksgiving and Christmas Day 」
は、「博物館は年中無休。新年、イースター、サンクスギビング、クリスマス のみお休み」としか読めんぞ。
今日は日曜だけれど、別にクリスマスでもなんでもないし、、うーん、なんだかなあ。
と、へこんでいるところへ、博物館の反対側の線路に列車が走ってきた、、、 おおアムトラックだ。
やっぱり鉄道はいいかも。
次来た時は絶対ボクも乗りたいかも。
帰国してアムトラックの時刻表をチェックしたのですが、アムトラックの本数めっちゃ少ない。ということで車が止まっている状態(写真が撮れる状態)で、アムトラックが通過するのは非常に幸運だったようだ。ただねー、アムトラックの写真撮りに来たわけじゃないからねえ(嘆)。次にアメリカ来たときはアムトラック絶対乗らないとねー。
結局、エアーミュージアムは見れずじまいだけれど、しゃくなのでもうちょっと金網の外から飛行機を眺めていた。
軍用機は詳しくないけれど、やっぱり見ていると近くで見たくなるかも。
本当に残念だったかも。
まあ、雨も降っていることだし、長居をしても中に入れるわけではないので、そそくさと退散。
でもう時間は2時前になっているのでおなかがすいている。
ちょっと走って、適当なお店に入って昼飯とする。
アメリカ行ったら、1回くらいはハンバーガーでしょ。ってことでハンバーガーを買主さんは頼んだのだけれど、これはちょっとボリュームありすぎかも。ボクは見ただけでご馳走様かも。特にポテトの量が半端ない。
お腹も膨れて、さらにけんじろの車は、太平洋岸に向けて走って行く。疲れが出て、車の中でちょっとうとうと。
続くかも。
あーむかつく。
ご近所の立ちションベンじじい。
今日、一旦外出しようとして忘れ物をして取りに帰り、部屋まで戻って下におりたら、わしのチャリの隣で立ちションしてた。でわしのチャリに小便がかかってて(タイヤにしずく痕が)。。。あーむかつく。
普通は自転車置き場に置くのだけれど、まさか忘れ物取りに帰るだけだからそこいらに適当に置いておくわなあ。
どこの誰だと(名前は知らないけれど、どこに住んでいるかは知っているししかも商売しているし)大声で言いたいところだが、、、そこはブログなのでぐっとこらえて(耐)。
本当に何とかならんもんかね。テメエの家でオマル買って用を足しやがれ!
☆☆☆
小さい商店街の通りを歩いていると、おばあさんがヨタヨタしながら、何か車を押していた。真後ろからなのでよくわからず、最初は「お買いもの用の手押し車」かなにかかと思っていたのですが、追い越そうとその横を通り過ぎたら、おじいさんの乗った車いすを押してるのがわかった。
うーん、老老介護なのかなあ。
おばあさんは本当押すのが大変そうで(押される側でもおかしくないのです)、みているわしも辛かった。
通り道の八百屋の親父は老夫婦の知り合いらしく、おじいさんが「お、ミカンが安くなったねえ」などと声をかけていたので、おじいさんは足腰はだめだけれど上半身は元気なようだ。
うーん、独身だったり、早くに夫または妻が亡くなって1人暮らしをしていたりするのはちょっとさみしいことだけれど、老老介護の悲劇を心配しないで良い分楽なのかな。早めに見切りをつけて自ら進んで施設に入ったりしますからね。
長年連れ添って、おばあさんはおじいさんを何とかしたいのだろうけれど、これじゃ下手したら自分が先にまいっちゃうよ。
ミカンの季節真っ盛りだけれど、おじいさん、いちごの季節もすいかの季節も無事過ごしてくださいね。そしてそれよりも車いすをよたよたと押していたおばあさんが介護疲れもなく元気でありますように。
立ちションベンおやじのおかげでイライラと荒んでいたわしの心ですが、老夫婦をみて少し落ち着きました。
デジカメで撮った写真は鮮明だし、ズームやフラッシュ機能もやっぱりそれ専用なので、携帯電話(自分の持っているのとの比較だけれど)とは話にならないくらいデキは良い。
だがしかし、携帯の場合は、さっさとメールで自分宛に送ってしまうなりすれば話は早いけれど、デジカメの場合は、取り込む作業が必要で、ものぐさなわしなんかそれが苦手でついつい後手後手に回ってしまう。
ということで、デジカメに取り込んでいたウェンディーズ浜松町店12月30日16時45分頃の写真です。この翌日にウェンディーズは日本での営業を終了しました。最後は肉が足りなくなったり売り切れ続出で大変だったみたいですね。
ゆくんとお別れして、次は学生時代の同級生けんじろと会う。
けんじろは、某県のサンフランシスコ事務所長。事務所長というと聞こえはいいが、「部下はいないらしい」
昨年東京で会って以来1年ぶりの再会。
わしがサンフランシスコに到着したのが12月11日、ところがその日の早朝、けんじろの事務所(のあるビル全部)に泥棒が入り、パソコン等を盗られたそうな。(後で聞いた)。サンフランシスコは滞在していて(短期間だが)そんなに治安に不安は感じなかったし、Parisあたりのほうがよほど怖いというのが正直わしの感想だけれど、やっぱり住んでいるといろいろと危ないことはあるものなのですね。
事務所の経理情報等が入っていたので、「情報管理の甘さ」を後で指摘されるのかもしれないらしく、まあ大変。
後日けんじろからのメールによると、事務所前にデカイガードマンが立つようになったとのことで、さすがUSA、やることが極端だなあ。
まそんな話は横道に置いておいて、
けんじろは午後に知り合いのパーティ(奥さんが日本人)に行くとのことで、「お前もついてこい」な状態。
少しだけ時間があるので、
もう一度ゴールデンゲートブリッジ(今度は渡った)を通ってみる。
午前中は父親のいる病院へ。相変わらず寝ているが、顔色はよさそうだ。姉は年末見たときちょっとむくみ気味だと心配していたけれど、そんなに心配することはない様子。お隣のおじいさんは入院日が平成17年1月14日になっている。もう5年入院してここにいらっしゃるのか。うちの親父は長いようだけれどだ1年半だ。
顔をみたらもうすることもなく、声を掛けても反応しないので、「また返ってくるから」と言い残して病院を出る。
その後、銀行と郵便局へ行き諸般の手続きを済ます。また父親の年金から少しずつ葬儀費用をわしの口座に移す作業もせないかん。
3時頃には用事がすべて終了するも、飛行機は最終便の夜8時。
というこで書類の整理をし、午後6時前に姉が来て、姉の家に連れて行ってもら夕食をとり、車で空港に送ってもらう。
午後8時発で、7時15分前に空港に着いたのでベストなはずだった。うーんナイスタイミング。
が、が、が、が、
お正月3が日もあっという間に終わり。
明日からは普通の生活、、、ではなくて明日は銀行等めぐりをして夜の飛行機で帰京予定です。普通の生活は明後日から。明日は雨マーク、明後日は雪マークで、たぶん雪は飛行機に関係なさそうでひとまず安心。
本当に天気大荒れなお正月でした。今日も夕方買い物に出かける時は結構雨が降っていて傘が必要。ちょっとの間晴れ間が出ることはありましたが、続くことはなかったです。
イベントといえば同窓会くらいで、悪天候のおかげでほとんど外に出ることもなかったですが、仕事をしないというのは本当にいいなあとつくづく思いました。基本的にわし仕事嫌いなんです、しなくて済むならしたくない(てわけにはいかないけれど)。こんなにゆっくりできるのもお正月ならでは。
ここ2年は、年6回帰省。今年は母親がいなくなったので、年4回くらい帰省の予定です。
父親も母親もまだまだ元気な時は、年2回の帰省で、盆と正月だけでした。1月に帰省した後次は8月でした。それが、少しずつ増えて2ヶ月おきになったのですが、また減っていくでしょう。年2回の時は次会えるかなと心配してずっと後ろ髪を引かれる思いでしたが、今はそれもなく。何か寂しいですよね。5年前に売った家ですが、思い出の中にはたくさんでてきます。
元気な頃、東京へ戻る日、バス停まで父親が自転車で荷物を運び(半ば強引に)、母親は玄関でずっと自分のことを送っていた。その時はちょっと寂しさが頭の中を駆け巡った。カレンダーを見て、指折り数えて自分の帰省をずっと待っていたのだろうにあっという間だなーというのはわしも親も同じ感想だっただろう。前も書いたかもしれないなあ、でも本当に強烈に記憶にある。また書くかもしれない。
あと15-20年後に東京を引き払うまでは嫌いな仕事ももうちょっとがんばらんといかんなと思いますが(老後の生活があるので少しは金ためないとね、自営業で年金少ないし)。ついでに旅も(やっぱ羽田と成田がある東京は海外出やすい)。
本日中学の同窓会、高校のプチ同窓会も同日開催だけれどさすがにはしごはきついのでこっちはパス。ヒロツグ君ごめんね。
朝11時前にどじょう掬い社長が来て、ピックアップしてもらう。
会場の大根島まで車で30分もかからない。社長は幹事なので一番乗り、時間は12時から。会場はこちら、牡丹の名所です。
雪は嫌だけれど、日本庭園を引き立たせるには本当にいいものだと思う。
新年になりました、喪中だとおめでとうという言葉を使っていいのかどうかわかりませんが、まずは新しい年を迎えられたことはめでたいことかと思います。今年もよろしくお願いいたします。
まだ雪は降っていますが、昨日ほどの大荒れではなく、また気温もプラス(11時で1.1度)で、落ち着いています。午後は雪もやむみたいでやっと穏やかな日々になりそうです。
30日の夜に帰省して以来、全く外出をせず、まあこの天気なら仕方がないでしょう。親父が元気だったら暴風雨でも初詣は欠かさなかったはずで(宗教的なものですから、天候なんかで止めたりしません)、寒さに凍えながらの初詣だったでしょう。
父親がいるからお正月に帰省をする。父親がいなくなったらお盆の帰省は当然だけれど、お正月の帰省はあまり意味のないものになるのでたぶん疎遠になると思う。そうなった場合わしが次にゆっくり山陰の雪を見るのは自分が老後に東京を引き払った時か。あ、同窓会とか特別なイベントがあれば別だからそうとも限らないかな。
いずれにせよ、毎年欠かさず帰るというわけにはならないだろうから、今のうち綺麗な山陰の冬の景色をたくさん目に焼き付けておこうかと思う。手前味噌だけれどいい所だよなあ。山のほうにも行ってみたいが足がないのでそれはちょっとかなわないけど。
ということで元旦も引きこもり、明日は中学の同窓会なので2日ぶりの外出になろうかと思います。
