2011年5月アーカイブ

 北海道で起こった特急の事故。 

 なんで、火災なのにトンネルの中で止まってしまったのかわけわからん状態で、掲示板にも「北陸トンネルのきたぐに」の事件忘れたのかなんて書き込みがありました。火災が起きたら止まらず走りぬけろがトンネル火災の教訓なのでわしも確かにそう思ったわけです。

 (北陸トンネル列車火災事故) ウィキペディアより 

 「これまでの「いかなる場合でも直ちに停車する」よりも「トンネル内火災時には停止せず、火災車両の貫通扉・窓・通風器をすべて閉じた上でそのまま走行し、トンネルを脱出する」ほうが安全であることが証明されたため、運転規程を改めた。トンネル内のほか、橋梁上や高架橋上でも停止しないことになった(青函トンネルような例外はあるが、火災などの非常時は避難が可能な定点(竜飛海底駅・吉岡海底駅)に停車するように決められている)。あわせて北陸トンネルのような長大トンネルであっても、トンネルを脱出するまで延焼を食い止められるよう、上述のような難燃化工事が進められていった。

 とにかく火災なら突っ走るが原則ですがこれを今回はしなかったんですね。

 でも今回の北海道の特急の事故の場合、脱線した上で火災を起こしているんですね。そっか、そうなると難しい。

 脱線した車両を強引に走らせるわけにはいかんもんなあ。火災だけならトンネルで止まったというのは大馬鹿者ってことだけれど、脱線したまま走って車両が転覆でもしたらもっと大馬鹿者ってことですからね。

 この辺のことはあまり詳しく新聞報道等されていないのでよくわかりませんが、火災だけ、脱線だけではない複合事故だったのがマニュアルでは対応ができず判断を誤らせて事態を悪い方向にもっていった一因のようです。しかし火を見ないと火災と確認できないってのは、煙がたくさん出ているのにどういういこった。

 トンネルを通り抜けるにしろ、トンネル内で止まるにしろ、その妥当性は(脱線と火災という複合原因からして)判断がかなり難しいことで判断には時間がかかるかと思いますが、止まった後の案内というか乗客誘導は最悪だったのは間違いないですからそっちは徹底的に早くから検証して対策打たなきゃいけないですよね。明日にでも同じような事故は起こるかもしれないので。でもほんと短いトンネルでみな割と早くトンネルの外に出られて死亡者ゼロで良かった。

 こっちは、マニュアルの想定外の事故で現場のJR職員のやってたことがわけわからないって話ですよね。

☆☆☆

 今日の夕刊フジ(ウェブ版)からですが、ヒゲの佐藤参議院議員(元自衛隊のイラク派遣のひげ隊長・福島出身)が、ずいぶんとイラついていらっしゃいます。

「いまだに作業員は床に雑魚寝で食事はレトルト食品かカップ麺。『食事と寝床を何とかしてほしい』『野菜が食べたい』と語っていた。医師の24時間常駐もない。先日、60代の男性作業員が心筋梗塞で死亡した。疲れがたまっていたのだろう。これから湿気や暑さが厳しくなる。世界中が注目し、国の存亡がかかった任務にあたる作業員がこんな待遇では、いい仕事はできない。

 作業員の環境は以前から問題視され、政府は「改善されている」と公表してきた。だが、菅政権は改善を東電に丸投げし、東電は「被災者が避難所にいるのに作業員の待遇を良くするわけにはいかない」と改善に目をつぶっているのが実態だ。」

 東電って馬鹿か?

 被災者に遠慮して作業員の待遇をカップ麺って、、、これがもし事実ならとんでもないことですよね。

 被災者(原発近くの)も、早くいい方向に原発が向かってほしいのは当然の気持ちで、そのために「栄養のある激務に耐えうるカロリーのある美味しい食事」を最前線の現場作業員が食べたとしても、それは理解していただけると思いますけれどね。理解してもらえないなら東電の説明する人間の資質の問題です。 

 いやこういうマヌケな待遇を考えた東電の正社員こそ、「今後5年間カップ麺だけ食べてろの刑」に服してもらわないとだめだわ。

 自衛隊は自前の供食施設を持っているので、震災直後の派遣でも温かい食事を作れましたが、その暖かい食事を自分たちは食べずに被災者に提供したりしてて自衛隊員の優しさに感動しました。しかし、そういうのとごっちゃになってないか東京電力?  

 あれは震災直後だからだし、もし外国なら自衛隊員が美味しい飯を食っていて、被災者に乾パンであってもそんなには文句を言わなかったと思う。何日も何日も瓦礫のなかを生存者がいないかあるいは遺体の収容のために捜索し、食糧や毛布を届けといういろいろな辛く体力のいる仕事をしてたわけで、そのためには「体力の元となる食事」がどうしても必要なわけで、被災者よりいいものを食べていても全くおかしくありません。それを自分たちはいいからと、被災者に暖かいものを譲ったのは自衛隊員にきわめて日本人的優しさと被災者を慮る気持ちがあったからにほかなりません。

 辛い仕事には美味しい食事ってのは仕事のモチベーションを維持するのにはとても必要。しかし今年の冬までカップ麺で作業員をこき使うつもりなのか?

 今、原発の風評被害で会社の責任でもないのに会社がつぶれたり社員が解雇されたところがたくさんあります。

 それなのに東電の職員については「老後の保障の意味から年金(企業年金)には手をつけない」と決めたらしい。そのことについては財産権の問題もあり、非常に微妙な話なので会社判断の妥当性については何も言いませんが、それだけ従業員の事が大切ならば、いいもの食わせてあげなきゃおかしいだろうよ。作業員が下請けならどうでもいいのか?。従業員の将来も大切だが会社の今も大切じゃないのか?

 被災者の事を思って現場作業員にカップ麺なら、東電社員についても職を失った被災者の事を思ってもっと給与も賞与も下げ企業年金もカットしなきゃおかしいだろうよ。

 なんだか自分のご都合だけを考えている気がするんですが。

 こっちは、鉄道事故と違って、東電の偉い人が何考えているのかさっぱり分からないって話。鉄道事故の場合は現場での緊急事態対応の事なのでオロオロしてても人間だから仕方がないかなあという面もありますが(本来オロオロしたらだめですけど、人間って極限でパニックになったら何もできないかもしれないので)、原発の話はもう2ヶ月半以上経っていて冷静に考えられるし改善をする時間も存分にあったし政府にもいわれているし、だからいい加減にしろよって話です。

 

 

 いやあ、熱狂的ファンってのはありがたいですよね。

 わしは昔から芸能人に熱を上げるということはなかったんですが、そういう類の人がたくさんいてものすごい情熱とお金をつぎ込む。本当に尊敬しちゃいます。

 若い子が熱を上げるのは年齢的なものでわかるけれど、若い子はお金がないのが普通なので、なかなか情熱ほどには趣味にお金が出せない。ただ将来そういうふうに熱を上げたのはいい思い出になるんでしょう。全キャン連(全国キャンディーズ連合)のメンバー(もうしっかりおっさん連中)がこの前スーちゃんの葬式に青いテープを投げて泣いているのを見てそんなこと思いました。

 熱を上げるってのはいい大人がやると限度なくなっちゃうよね、なまじお金があるから。

 ヨン様に憧れて、ガムを箱買いするおばさまなんているけれどよくわからない。ガムどうするんだろう。まあガムならたかが知れているですけど。

 てことで最近何かと話題のAKB48。もうわけがわからない。ほんとなんだかなー

 いや売りつけの商法もかなりエグイやり口らしいのだけれど(興味がないから解らないけど微妙に社会問題化しているらしい)、握手券やら投票券やらよくわからないものをおまけにつけて売りまくるんだそうな。

 うーんCDを何百万円分買っても、その相当額は秋元康に行くんだろうからなあw。秋元康をさらに太らせるだけに投資していると思うとそんなに買えないと思うんだけど(秋元康はもともと太めだからこれ以上太らせたらまずいだろ)、肝心のAKBのメンバーは事務所の給与固定性でたいした額(売上の割には)もらってなさそう。

 まあ、犯罪じゃないし相手が大人だったらある程度は許されるんだしわしがあれこれ言う事じゃないんだろうけどね。

 しかし、レコードとかCDとかDVDとか、そんなにたくさん買う物なのかね。1枚買ってじっくり聞けばそれだけで満足ってもんでもないんだろうなあ、熱狂的ファン心理って。そのへんがわからない。

 握手ができても、選挙で投票できても、「お友達になれるわけでもないし、ましてや結婚できるわけでもない」。わしなんかその時点ですごーーーく引いた目線になるんだけど。どんな美人でも距離を感じたとたんにすごく冷静になれる。ファンクラブの幹部クラスになったらお友達程度にはなれるのかな。

 同級生達爺のブログに書いてあったんですが、故郷松江にあるスイングレコードというお店が閉店。40代以上の人は寂しさを感じているんだろうな。まあ、東京で言えば渋谷のHMVが閉店したようなものなので。

 レコード屋さんが活況を呈していた昔に、レコードを100枚まとめ買いするヤツなんていなかったはず。大抵は値段が高いので1枚だけ。レコードは材質の関係で歪んだり劣化したりするので、余裕のある大人は予備に2枚くらい買った人もいたかもしれないが(わしの周囲にはいない)、まそんなもんでしょう。

 でも、そのころって丁寧にみんな音楽聞いたんだよね。たとえアイドルの音楽とはいえ。

 レコード針をレコードに落として、プチッと音がして少し雑音が入りしばらくして音楽が始まる。あのセレモニーはなんか懐かしいな。しかもなかなかあの針をレコードに落とすのも気を使ったもんだ。いまだと老眼も始まっていたりして、きちんと落とせないかもしれない(笑)。

 今はCDとかDVDどころではなく、通信でダウンロード出来る時代、というか通信でのダウンロード販売がCDやDVDを駆逐する時代。簡単に音楽が手に入る時代ですよね。ナツメロもyoutubeで探せば大抵出てくる。 

 AKBのグッズを大量に買い占めるのもいいけれど、レコード1枚、ポスター1枚に感情を移入していた我々の若い頃。ノスタルジーに浸るわけではないですがすてたもんじゃなかったですぜ。 

 

 昨日も雨、今日も雨。台風が着ているらしいので気合の入った雨。少しでも外出すると足がびしょびしょ。

 そういえば昨日、上野駅のホームのベンチで、ブーツを(雨用の)長靴に履き替えているお姉さんがいた。まあ人前でブーツを履き替えるのも何だけれどそれだけの緊急事態だったわけでしょう、ブーツも防水でないのは(革製とか)ヤバイんですよね。お手入れ的に帰宅後に乾かしてクリームか何か塗っておかないといけないのでしょうか。でも、週末雨の予報(+台風接近)はテレビネット新聞その他で繰り返して報道してたわけで、お姉さんかなり油断してたな。

 人間は水がないと生きていけないんだから雨も台風も仕方が無い。台風は自然現象なんだから来るものだと受け止めないといけないし、水が全くないより台風がくるほうが良い。日照りが続いている地域は台風でも来ないよりはマシと熱望するわけだし。それにあの大震災を見てしまうと、台風の被害なんて可愛いもんだって思えてしまう。慣れなんでしょうかね。それで自然災害を舐めていたらとんでもないことになるわけですが。

 今日は経理のAさんに午後来てもらって、帳簿の整理。午前中は来客だからということで部屋のお掃除。

 いやー、ほんと普段から部屋汚しているから掃除も大変だわ。でも人がたまに来るから最低限の掃除はするので最悪のちょっと手前くらいで止まっている気もするし、来客は悪いことじゃないです。まあ清潔好きな人からわしのような(いい加減なのが)掃除をしたくらいじゃ「汚いー」な世界かもしれませんが。

☆☆☆

 「津波で大きな被害を受けた宮城県南三陸町で29日、復興イベントが開かれ、首都圏から観光バスで買い物客らが訪れた。バスは壊滅した町中心部も回り、地元の住民らが「被災地の現実を知って」と訴えた。

 旅行会社「近畿日本ツーリスト」が企画した。バスで前夜に東京駅をたち、全国の商店街から送られた特産品を販売する「福興市」で買い物などをして、東京に戻る。」

 ということで、被害の大きかった地域への観光も復活しつつある様子。

 ボランティアでも物見遊山で身勝手なまったく役に立たない自己満足的な「自分勝手ボランティア」がそれなりにいるらしく、そんな迷惑ボランティアが来るくらいならなにもしないけど物を沢山買ってくれる観光客に来てもらったほうがいいに決まってます。お昼も南三陸町で取るのか知らないけれどどこかの地元の食堂で取るならさらにメリットがある。ついでに被災地付近の温泉で営業している所に(日帰りでもいいから)よれば温泉の入浴料やら風呂上りのお茶やら現地にお金を落とすことになってもっともっと有用なんですけどね。お金を落とすのは毎度毎度言ってますが立派な復興支援です。しかし夜行バスはきついなあ。

 被災地を物見遊山で行くのは心理的にどうかなと非常に判断が難しいところだけれど、行くならどしどしお金を落としていって欲しいです。それだったら被災地に行く意味は十分あります。仮に最初の動機が物見遊山だったとしても実際に被災地をみて「うぁーい」って思うようなバカは少ないと思いますしね。大抵は人間の無力さとか自然の恐ろしさとかに何も言えなくなるのではないでしょうか。今回の東北の現場に行ったことがない人間が偉そうなことは言えないですが、人生齢を重ねていると自然災害の現場を見ることもまったくなかったわけではないので、そうではないかと推測します。

 

 土曜日で天気がよかったら遠出デモしようかなと思っていたのですが生憎の雨。

 例年より12日も早く梅雨いりだそうで、まあ鬱陶しい季節になりました。

 雨なので遠出は諦めて近場で、気になっていた「東京国立博物館」にブッダ展を見にいってきました。手塚治虫の漫画(原画)と実際の仏像とをコラボして展示するというあまりない試みだそうで。

 上野の森は雨だけれど休日なので子供がたくさん。「上野動物園」があるからねえ。しかし上野の森は、「博物館」や「美術館」があるエリアなので独特の文化の香りがします(わしが勝手に感じるだけか)。

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東京国立博物館

 

 

 

 入り口で入場料800円ナリを支払って入場券を買い、解説のヘッドセットを300円で借りて、見学。

 外人さんもちらほらいたけれど、独特の(仏像の展示というよりは手塚治虫の原画展示に相当重きを置いているので)展示形態が理解できたかどうか。英語の説明はありますが手塚治虫の原画は当然日本語ですからね。

 しっかり楽しめましたが、展示の量の割にやっぱ料金はイマイチ高いなあという感じ。これはどの美術館や博物館に行っても感じることなので、わしの「文化的理解度」が低いせいか(苦笑)。

 全部展示を見終わってから、最後のおみやげ売り場でついつい衝動買い。

 

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手塚治虫 「ブッダ」文庫版全12巻、6108円

 

 

 

 まあ前から欲しかったので衝動買いというには当てはまらないかもしれませんが、冷静に考えたらアマゾンあたりでクレジットカードで買えば、「ポイントが付いたのになあ」ってことで、やっぱ衝動買いなのかな。

 帰りに駅からすぐコーヒー屋さんに入り、一気に3巻読んで、その後自宅で9巻読みました。1巻20分で大体4時間。もちろん、超特急読破ですから内容や画をしっかり味わったというわけではないのでまた改めて読み直す予定です(だから買ったんで、読み直さないなら漫画喫茶で十分)。

 かなり伝えられている史実とは違う手塚治虫独自の解釈とデフォルメが入っているそうなのですが、まあよくここまで書いたなあというのが正直な感想です。さすが手塚。これを読んで仏教がわかったとかお釈迦様のことがわかったとは到底言うことはできませんが、「入門」としてはこういうとっつきやすいものは向いているでしょうね。

 そうそう、昨日なにか忘れているなあと思っていたのですが、やっと夜になって思い出した。映画ブッダの前売り買うの忘れた(苦笑)。今日から封切りなのでもう前売りでは買えませんし、また近所の映画館ではレイトショー時間帯ではやってないようなので正規の料金で見るしか無い。あとは忘れないように映画の日の1日に1000円で見るか。

 文庫本の6000円、、、予定外の出費だったし今月はインド旅行の出費もあったことですし、今月もがっつり節約しないといけません。贅沢は敵だ!、外食は敵だ!。

 

 

 鉄道に乗っても、飛行機に乗っても、最近はPC開いて仕事しているか遊んでいるかはたまた寝ているか。

 子供の頃はあんなに窓から景色を見るのが好きだったのにね。まさにへばりついている感じだった。なんで年を経るとこんなに変わってくるんだろう。

 飛行機(特に国際線)なんか時間が長いだけに目的地に早く着いてくれっていつも乗ってて思う。

 まあそれでも乗り物の話題となるとわくわくするわけで。

 「大畠章宏国土交通相は27日、JR東海に対し、リニア中央新幹線の建設を指示した。26日に南アルプスを貫通する直線ルートで東京と大阪を結ぶなどとする整備計画を決定しており、国交相の指示を受け、JR東海は本格作業に入る。

 整備計画によると、最高設計速度は時速505キロで、甲府市や名古屋市、奈良市付近を経由する。建設費は9兆300億円。2014年度に着工し、27年に東京-名古屋、45年の全線開業を目指す。」

 いよいよか、リニア。待ってたよ。

 しかし、東京ー名古屋までの完成が2027年ってことは、、、わし大丈夫かな、生きてるかな(苦笑)。

 相模原ー甲府間は先行開業するという噂もあるので、出来たら話の種に死ぬまでに1度は乗りたいものですが。大阪まで通しで乗るためには、全線開通の2045年を待たないといけないのでこっちはちょっと無理っぽくて最初から諦めてます(笑)。

 計画によると、ほとんどが地下区間なんだそうで、早い話が「時速500kmで走る地下鉄」なんでしょうね。外の景色は期待できず、思ったより(思ったとおり)楽しくないかもしれない。名古屋までは40分なんでそれでもいいんですけどね。でもって景色が見えない上に車内で無線LANができるのでみなパソコンやスマートフォンに釘付けになってる景色が今から目に浮かぶな(笑)。

 40分じゃスジャータのアイスも乗る前に買わないと売りに来ないかもしれないなあ(そんな心配を今からしてどうする)。

 後は、補償金釣り上げ目当てのしょーもない地権者とかがあれこれごねて土地買収を遅れさせそれが原因で完成を遅らせるようにして欲しくはないのですが。

 で、もう1つの乗り物の話題はマイミクたみさんがつぶやかれいたのですが、

 「ANAと航空機メーカーのボーイング(米)は5月26日、ボーイング社の最新鋭中型旅客機B787が国内の空港設備の検証プログラムの一環で7月3日に羽田空港に飛来すると発表した。」 です。

 まあ、ANAはB-777で、横9列の座席配置(アブレスト)が標準なのを、横10列にして(通称詰め込みセブン)客を詰め込んでいるくらいなので、このB-787も設計では横8列が標準なのだけれど、9列も対応可能ということであれば間違いなく9列に配置するんだろうなあ。そんな詰め込み座席を採用している割に「運賃が高いのはなぜだ、ANA?」というツッコミは置いておいても、あまりにも効率にばかり重きを置くと、格安エアラインとの差が分からなくなって、お客さんごっそり格安エアラインに持って行かれちゃうよANAさん。

 就航前からそんな詰め込み客室が予想されるB-787なんですが、それでもやっぱり新しい機体というのはそれなりにワクワクするし興味が有るわけでして、もしどこかに行く機会があれば選んで乗ってみたいものです。B-777も国際線は横8列(エコノミーで)だと思いますが、わしANAの国際線ってめったに乗りませんしね。

☆☆☆

 6月の法事(父親の一周忌、母親の三回忌)の日程がほぼ最終土日に決まったので早速、帰省のためのチケット予約。これだけなら目の前のPCでさくっとやっちゃいますが、他に外出する用事があったので汐留のANAの支店まで足を伸ばした。5月末で期限切れになる株主優待券をお盆帰省に備えてOPENチケットにしなきゃいけないのがあったので。

 山陰地方に飛んでくる飛行機の機種(ANAが飛んでくる山陰の空港は鳥取米子石見)は、大抵エアバスA320とB-737という小さめの飛行機で、詰め込みセブン(B777)も詰め込みエイト?(B787まだ運行されてない)も飛んでこないのはちと寂しいですね。たまーにB-767が来たりするんだけど。まそれだけ山陰地方は人口が少ないということなんですが。

 

 

 

 わしは普段のスケジュール管理にグーグルカレンダーというのを利用しています。

 手書きの書き込み式の手帳は以前買ったことがありますが、わしのような忘れ物大王は「その手帳を必要な時にどこかにやってしまってわからない」ということを度々やらかすわけで、残念ながら使い物にならなかった。入社の時上司から「なんでもメモを取りなさい」って言われたけれど、肝心のメモを忘れたりどこかにやったりするんだから世話ねえや。

 そんなわしにとって、グーグルカレンダーは、目の前のパソコンに予定を書きこめば、その時点でカレンダーにスケジュールが反映され、それは自分のパソコンからだけではなく誰のパソコンでも(インターネットカフェでも)見られるという優れものなので「手帳のようにどこに行ったかと悩むことはない」ので本当にありがたいものです。当たり前ですが海外にいってもパソコンさえあればわしのカレンダーは見ることができます(意味が無いので見ないけど)。ということは、同時に普段持ち歩いている携帯(グーグルフォン)のスケジュールカレンダーに全く同じものが表示され、訂正を入れるとそれがリアルタイムで変更されパソコンにも携帯にも同じものが表示される。これが重宝してて手放せない。

 ところがところが、今日の午後、「確か今日はヨガがない日だったよなあ」って携帯を立ち上げて確認しようとすると、「がーん、携帯のスケジュールの内容が綺麗に消えている」

 あわてて、パソコンでグーグルカレンダーをみたらこちらは無事だった、本体の(元の)ほうが消えてたらどうしようかと思ってたので心臓バクバク。

 しかしなんで、携帯(スマートフォンといわれるものだが)のほうのスケジュールだけ消えるかねえ?わけわかんね。

 まあ原因はともかく何とかスケジュールを携帯のグーグルカレンダーに回復をさせねば仕事にならない。

 まずは同期(グーグル上にあるスケジュールのデータを自分の携帯に送る作業)を手動で試してみるが、、、上手くいかない。 電源を切っていれてみて同期を試してみるが、やっぱりダメ。文系脳は基本的に電源を切って入れるってのをやるんですが(苦笑)。

 どうすんだいったい。まったくわけがわからんじゃねえか。悩んでネットで検索していたら、対処法が出てきた。

 なになに一旦携帯の中にある、スケジュールのデータを消去して完全に綺麗にしてから、データを同期してみると良い。って書いてある。

 じゃあって、まず携帯の中のスケジュール帳のデータを完全に消して(少しだけデータは残ってた)、改めて同期を試してみると、、、あ、回復した(汗)、スケジュールがもとに戻った。いやー助かった。

 しかし大元のデータが消えてなくてよかった。

 グーグルのサービスは魅力的なのが多いんですが、こんな不安定が時々あるのでちょっと不安なんですね。

 さて、次の問題はこんなトラブルが発生したのだから、どうやってバックアップ(スケジュールの控え)を取るか。よくわからんが何とかせないかんですよね。なんせ年金相談の日程等は来年の3月まで全部書いてあるんですから、コレが消えたらまた書類を家探しして入力し直さないといけないことになる。

 いままでこういう自体(スケジュールが消えること)がなかったのですっかりナメてましたが、そうか予定表が消えることを少しは考えとかないといけないなあ。

☆☆☆

 手塚治虫の映画「ブッダ」明後日から公開、いや楽しみですね。

 同時に手塚治虫展を東京の国立博物館でやっているとのこと。こっちも時間をあけて観に行かないといけないな。しかしさすが巨匠国立博物館ですか。

 

 

 

 

 今日は別のスーパーに行ったら、納豆の1個売りはなかったけど、2個1パックの商品があったのでそれを購入(2個157円・・・結構な値段じゃん)、ついでに生卵2個入り(2個で98円・・・こっちも結構な値段じゃん)を買って帰った。

 意外とコストがかかり、納豆と卵だけで一食127.5円。野菜サラダパック(198円)もついでに買ったので、トータルコストが(ご飯を除いて)300円を超えた。一見健康的かつ質素なようで割とぜいたくな食事になってしまったな。とはいえ外食するより安いのでOKか。

 卵かけ納豆ご飯にするにあたって、添付のカラシをどうするかちと悩む。やっぱ要らないだろうってことで入れませんでしたが入れた方がよかったかな。また勉強してみよう。前はどうしてたっけ?どうでもいい話なんですけどね。

☆☆☆

 報道にもありましたが、ガソリン価格だいぶ下がってきましたね。

 うちの近所のガソリンスタンドはよく前を通る(ここは安く結構人気店、大震災後のガソリン不足の車の給油待ちの行列のテレビニュースで放映されたことがある)のでわしはそこの値段を基準に定点観測してますが、震災直後に150円寸前(149円)まで行ったのですが、今日は139円でした。 

 航空会社の燃油サーチャージが6月予約分から値上げですから予定があるなら早めにチケット買った方がいいですよ(チケットは買った時点のサーチャージ料金を適用するので)って勧誘メールが旅行代理店より来ていたけれど、この調子で下げていってもらえば今後来年のお正月の旅の予約を考える頃の料金(6月の次は8月だか9月だか)は逆に安くなるかもしれないと淡い期待。だって、欧州とかチケット代は10万円だけどサーチャージが5万円(往復)で、合計15万円なんて世界なんだもん、高くなると手が出ない。

 お金がふんだんにある人ならいいのですが、わしみたいに予算との兼ね合いで旅行の行き先を決める人は燃油サーチャージは旅行先決定にかなりの影響を及ぼします。

☆☆☆

 月末も近くなったので、朝請求書を3通作って、ポストに投函。

 ポストまで行っていざ出そうとすると、「あれ、2通しかない」。おかしいなあ忘れたかなと思って、取りに帰ってまた投函しようと思って自宅に戻っても、ない。あれー、変だなとおもって今帰って来た道を丁寧になぞっていたら、「途中で落としているの」を発見。胸をなでおろして封筒を拾い上げ投函しました。

 そういえば、先日も役所にいって書類を提出しようとしたら書類がない。

 しかも、運が悪いことにカバンのファスナーが開いていて、ひょっとして落としたかと真っ青に。

 結局今来た道を引き返し、家に帰ったら家にはちゃんとあった。もう勘弁してくれ。

 今日も先ほどFPの勉強会から帰ったのですが、事前に打ち出しておいたレジュメを持っていくのを忘れて、結局隣のOさんに見せてもらった。打ち出してクリアファイルにまで入れて準備してカバンに入れてないんだもんなあ(嘆)。

 なんかこう脳が激しく劣化していっているのでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 わしは普段納豆を食べない人です。とても嫌いというわけではなく出されれば食べるのですが。旅館の朝食のお膳に納豆があれば残すことはなくちゃんといただきます。

 小さい頃、家の食卓にもあまり乗ってなかった。が、たまに出てきた。

 そのたまにですが、出される時は納豆ではなく、すでにコネ終わった納豆に生卵を混ぜてあるんですね。だから子供の頃は納豆だけを単品でご飯を食べたことはなかった。

 これはすごくノスタルジーを感じる。納豆の食べにくい部分が生卵で消されるのですごく食べやすくなる、いわば納豆入り卵かけご飯になりますからね。

 てことで、最近でもごくごくたまにこの納豆入り卵かけご飯を食べたくなります。

 で、今日はスーパーに行ってる時その発作が出て急に食べたくなったのですが、陳列してあった納豆が全部「3個入りパック」でした。

 あれ1食分だけ入ってるのって売ってなかったのかな?。3個入りを買うと2個は食べずに廃棄になる可能性が高いので、できれば買いたくない。震災前はあったと思ったんだけどなあ。たまに食うのだから値段は高くてもかまいません(高くても知れてるし)が全くないのでどうしようもない。

 つうことで残念ながら早々にあきらめました。確実に東北大震災後に納豆を食った記憶はなく(スーパーに納豆がないと悩んだことがない)。その前に納豆を食べたのはいつかと思うと、今年に入ってから納豆を食べてないかもしれない(食べたかもしれない)。

 たまに納豆を食うチャンスだと思ったんですが、ちょっとばかり残念。

☆☆☆

 一昨日の日曜日にタクシーに乗りました。

 最近わしがタクシーに乗るのは、自宅から錦糸町または押上駅まで(荷物が多い時)、田舎に帰って駅から自宅まで(バスが少なすぎ)がほとんどです。飲んで終電を逃がすこともないですから。いずれもが、お昼なら1000円でお釣りがくる距離。基本料金ではないですが、1回か2回メーターが上がる程度の利用です。

 一昨日もタクシーに乗る前地図でルートを確認していたのですが、たぶん1000円で収まるだろうなあと思っていました。

 が乗ってみれば、料金は1070円。わしが支払うわけではないのですが、1000円を超えるとケチで小心者で貧乏なわしはメーターを見ながら少々ビビりはじめます(苦笑)。心臓に悪いな。

 それと前にも書いたですが、あのタクシー運転手さんとの車内でのしーんとした雰囲気(お話好きな人もいますがそれはそれで面倒)とかできれば乗りたくない乗り物です。日本でも外国でも。

 でも、日本はともかくも海外に行ったら乗らざるを得ません。

 お正月のタイ・カンボジアも、今回のインドもタクシーではないがタクシー類似品(トゥクトゥクとかオートリキシャーとか(名前は違うがほぼ同じもの=バイク三輪タクシー)に乗りまくりました。

 現地人からしてあんなに車に乗りまくるのはすごい「お金持ちに見える行為」なんでしょうね。日本で日本のタクシーに乗りまくる人を見れば現地の人がそういう気持ちになるのがよくわかります。

 

 美味しいチキンNO1はマクドナルドだそうで。

 なになに、2位はファミマで3位もマクドナルド、、、

 あれ、マクドナルドってハンバーガー屋じゃないのか? 2位もコンビニだし。 ま確かに、最近コンビニのレジ横にフライドチキンがどこでも置いてあるな。

 で、どうした、KFC、堂々の第4位じゃまずいだろ。 ケンタッキーフライドチキンって会社名の通り、チキンがメインなのにね。

 そういえばケンタッキーフライドチキンのカーネル・サンダースは64歳の時から、ケンタッキーフライドチキンの製法をフランチャイズで広め始めたらしいですよね。

 すごいなー、60歳過ぎてだもんな。

 普通は引退を考える年齢ですよてか1890年生まれの60歳っていったら1950年。平均寿命も短く今の70歳を超えたぐらいのイメージだったんでしょうかね。引退を考えなくてもそろそろ体もきつくて仕事が面倒くさいみたいな人が多いのに。いやいや立派なものです。

 何かを始めるのに「遅い」ってことはないのですね。そんな偉大な創始者のためにがんばっておいしいフライドチキンを作ってくれ。

 そうそう、わしケンタッキーフライドチキンは好きなのですが、うちの近所には全く店舗がない(なかった)。普段あんなにあるのになんでやー、と思っていたら2010年(去年)の11月についに亀戸サンストリートにOPENだそうで。そういえば半年くらい食っていないのでそろそろ食いに行きたいな。毎日だとくどいけど、たまに食うのはなかなかに美味い。

 

 

 2日連続の年金相談会。

 お昼にスタッフの方と食事をしていて、20代の若い女性が、テレビに出てた、

 「大場久美子結婚」の報道がありましたが知らないそうです、ま確かにコメットさん以外はすごく売れたって感じじゃなかったのかも。キャンディーズも、解散後に女優業を続けた、ランちゃんスーちゃんはわかるけれど、ミキちゃんは判らないそうです。

 うーん、年代ギャップかなり感じるな。わしは特に仕事柄「若い人と話すことがまずない」ので特にそういう情報を仕入れられませんからそう思います。お家に子供さんとかいらっしゃる方は違うんだと思いますが。今日は偶然若い人と話す機会があったのですが普段の相談会では全くそういうこともありません。支店長さんと一緒にメシって事の方が遥かに多いもんな。

 でも、電話のダイヤルは知っているそうです。ダイヤル式の電話を前に、最近の中学高校生は「どうやって使うんだ?」って悩むのが最近の普通らしいのですが、体験とかモノの記憶というのは10代と20代の10年でもかなり違うのでしょうね。

 なかなかお話した女性は面白くて素敵な方で、レトロなグッズも好きで、

 「昔は、公民館とか集会所とかそんなところのトイレは下がタイル張りで、かつ「木製のゲタ」が置いてあって、用を足そうと入口で靴をはき替えて中に入ると、カランコロンと響く音がしたんですよね」というようなことをお話したら、それはわかりますと同意されました。うんうんあの木製のゲタがトイレに響く音の記憶はとってもわしは鮮明なんですよ。

 でも今の中高生は木製のトイレゲタ自体(普通に浴衣を着て履くゲタではないですがその辺はおわかりですよね)そんな体験はしないんだろうなあ。

 そうそう昨日の相談会では、夫と妻の年齢差25年という方がご相談にいらっしゃったんですが、普段家でどういう会話されているのかな他人のお家のことながら気になりました。年代が違いすぎると上手く会話が行き来しないような気がするのはわしだけでしょうか。お互いが好きならば簡単にクリアできる問題なのでしょうかね。 

☆☆☆

 大相撲技量審査場所終了。

 家から国技館は近いので出かけてみたかったのですが、チケットはあっという間に頒布が終わって気がつけばチケットなし状態。残念。

 でも実際は5-8割の入りだったそうで、「タダ」のチケットは心理的に平気でキャンセルできるんですよね。

 普段なら一番安い天井桟敷のような座席でも3000円くらいするのでチケットを買った人はめったなことではキャンセルなんかしません。

 技量審査場所だからタダではなくて、技量審査場所だけれど、東北大震災の寄付のため1Fのいい席は2000円、2Fは1000円くらい入場料を徴収すればよかったのではないかと思います。何か相撲協会はやることやること微妙にずれがあるような(上手く説明できないけれど)。

 1Fのいい席は軽く1万円以上するはず(今見たらマスのAが11300円)なので、2000円でも超破格ですよね。わしなら喜んで買います。

 

 

 

 

 年金相談会@さいたま。

 朝の6時50分に家を出て、最寄駅から東武線に乗り一路遠征。8時28分現地着。

 相談会場についてみると、今日のお客さんは「18人です」 ひぇーーーー。

 9時前からお客さんをさばいて、お昼休みのご飯は10分で食って、終了したのが5時前。最後の3人くらいの時はもう頭が全く回ってなかった(大汗)。

 報告書をまとめて引き継ぎをして、全部終了したのが午後5時半。車で駅まで送ってもらって(近いけれど)、ボロボロになって帰宅。

 帰りは、特急が一番早かったのと、特急にのってくつろぎたかったのがあって大枚750円ナリを払って特急に北千住まで乗りました。自宅には19時すぎに着。

 なんで、お客さんが18人も人が来たかというと、、

 前回の相談会が3月開催で、震災の影響で中止になったんだそうで。思わぬところで震災余波ってでてくるものですね。まあ3月開催のイベントは軒並み色々なものが中止ですし、世の中そんな雰囲気じゃなかったので致し方ない所。

 しっかし疲れた。ためしに18人分午前9時から午後5時前まで個別に話を聞いてみてください、それはそれは相当なエネルギーです。

 明日も、さいたまですが今日よりだいぶ近い所なので、ラクができそう(行き帰りは)ですが、また18人なんて話だったらひっくり返っちゃうな。すこしヒマだとありがたいのですが。

☆☆☆

 気温27度か・・・暑すぎる。

 節電のせいで、電車の冷房を極力抑えているところも多く、例年なら冷房入れているだろう温度でもなかなか冷房を入れてなくてほんと汗が噴き出すことも。今からこんな状態じゃ真夏が思いやられる。冷夏というのは作物の育成的にはよろしくないけれど、今年は例外的に(作物が凶作にならない程度で)OKなのかなと言う気もします。

 

 なんだかこう仕事がミス続きでまた凹んでしまう。

 サラリーマンなら致命的ミスでも起こさない限り、会社をクビってことはないだろうが、自営業はそうはいかんもんね。次から「さよなら」なんてことが普通にある世界なもんで。

 こういうミスが続くとほんと来年は暮らしていけるかなあというのは毎度毎度思い悩むところではあるのですが。気にし過ぎてはいけないと思いつつ気になる。なんでこうわしは注意力がないんだろうねえ。

 そんは凹んだ気持ちを払しょくするためでもないのですが、今日は横浜に行ったついでということもないけれど東京駅そばの丸善によって、本を2冊購入。

 年金の本と、はじめての台湾語。

 年金の本は当然仕事用、台湾語は遊び用、わし台湾での仕事なんて1つもありませんから。

 カウンターで、お金はカード一括でお願いしますけれど、領収書は分けてねというと、「研修中」の名札を付けた若いお姉さんがちょっと悪戦苦闘、隣のお局様がややむっとしてて。たいした処理じゃないんだけどね。

 もう何回も訪台しているのですがほぼ現地でも会話は日本語と筆談、たまには「こんにちは」か「さよなら」でも言えるようにと思って。台湾語というのは北京語とはだいぶ違います。やっぱ地元には地元の言葉。とはいえ台北あたりだと北京語が優勢で台湾語は使われなくなっていると聞きますが。でもいいんです、わしは南のひなびた街が好きだから。

 しかし、通勤時間がないのでわしはどこで買ってきたCDを聞いて勉強するかというと苦労するんですよね。

☆☆☆

 風力で原発40基分可能」朝日新聞の報道に東大名誉教授苦笑  

風力なら原発40基分の発電可能 環境省試算

 記事によれば、日本全体で風力発電を導入すると、約2400万〜1億4000万kWの出力になり、
稼働率を24%としても、原発7〜40基分に相当するというのである。

 この検証がされていて、 

 日本で発電可能な風が吹く時間は年間約2000時間とされるから、「稼働率24%」は妥当といえる。
 日本で導入されている大規模風力発電で使われる2000kWクラスの風車で考えるならば、原発1基(100万kW)を代替するには、およそ1770基が必要になる(原発の稼働率を実績から85%と仮定し、風力の稼働率を24%と仮定)。

 互いに干渉しないためには風車を最低でも100mずつ離す必要があるから、直線に並べれば177kmになる。ざっと東京〜いわき間の距離だ。

 40基分となると、この40倍だから7000km以上。北海道の稚内から鹿児島の指宿を結ぶJR線の距離が約3000kmなので、風車が列島を南北に1往復する計算になる。これが現実的でないことは、もはや言葉を要しない。

 はあ、風車を2列に稚内から指宿までですか・・・。それはできなくはないでしょうが、

 ひとつの新聞社が「反原発」の主張をされるのは全くかまわんしそれに説得力があれば非常に傾聴に値する意見なのだけれど、きちんと検証されないヨタ記事は、下手をすると国がととんでもない方向に向かう非常に危ないものって言っているのに天下の朝日新聞が・・・。可能性があるとできるは間違いなく違うぞ。

 そういえば、太陽光発電も前書いたけれど、富士山が大噴火したら関東地方はずっと光が当たらなくなって1-2年は太陽光発電ゼロかそれに近い値になりますよね。津波と噴火のどちらが確率が高いかというとどうなんだろう。富士山の噴火は相当記録があるみたいですし津波も不安だが噴火もかなり不安だ。

 自然エネルギーは、自然であるがために「偶然に左右される要素」がかなり大きいわけで、電力の問題については納得のいく十分な議論をしてほしいわけです。感情論もダメだけれどこういう「実現不可能論」もほんとダメダメだよなあ。

☆☆☆

 地球には寿命があるらしい。だから他の惑星に移住しない限り必ず「最後の人間」というのが世の中にいるわけですよね。

 今回の震災は本当に大変でしたが、地球の最後の頃というのは津波以上の悲惨なことが、東北や関東だけでなく、それこそ地球上のあらゆるところで起こるのでしょうか。

 何千年か何万年か何千万年か何億年か後かわかりませんが、必ず存在する人類の最後に立ち会う人というのは本当に運が悪いんだろうなあなんて思います。今地球上にいる人たちではないと思いますが一体誰なんだろう。

 そう思うと、今という時代に生まれてきた我々は(後20-30年の間に地球滅亡になるような大事故や大戦争でもない限り)本当にいい時に生まれてきたんだな。

 

 

 かものはしかも君の旅行記、1週間の旅でもどうしても2週間くらいはかかってしまい、その間は一般的な雑談というカテゴリの話はなくなってしまいましたね。

 その間にビンラディンが殺されたりいろいろとありましたが、、、東北の復興なかなか進まないのが気がかり。確かに津波じゃなきゃがれきを撤去して同じ所に家を建てるという選択肢もあるんでしょうが、津波が次来ることを思うとすぐに同じ所に建てるわけにはいかず難しいですよね。

☆☆☆

 先日の報道ですが、

(CNN) 英物理学者、スティーブン・ホーキング博士(69)が英紙ガーディアンとのインタビューで、天国や死後の世界は実在せず、「おとぎ話」にすぎないとの主張を展開した。

 言っちゃいましたね。ホーキング博士。

 いやあこれは、保守的なキリスト教、イスラム教層から総攻撃を受けそうだな。大丈夫かな。

 うわべの報道だけでの話ししかわしはわかりませんから、どういうつもりで言ったのか真意が判らないですしあまりあれこれ言うのも何ですが、ほんと難しい問題ですね。人生観、宗教観、は人それぞれですからね。

 わしは、この前インドのブッダガヤに行ったばかりなんですが、、、だからホーキングはけしからんなんて言うつもりもないです。

 死後の世界、天国の世界 あるかないかわからないけど、あればいいなと思う。二度と会えないと思った人に会えたらいいなと思う。死後の世界や天国があるかないかというよりあってほしいとは思う。でもこれだけは死んでみないとわからないですもんね。

 眠くなって眠るのと同じように自分たちは亡くなるのかなと思いつつ、それで何もかもが消えてなくなるというのはちょっとさみしい気もする。けれど、物理学的な観点で理詰めで考えていくと結論がそうなってしまうんだろう。わしもわからんのですがそう言われてみるとそうかもしれない、心の底にはそういう気持ちが全くないとは言い切れない。

 宗教家は、まず「宗教ありき」ですよね。キリストは神の子であったり、ムハンマドはアッラーからの啓示を受けた。もうそこらへんは「初めから疑うことなき前提」なわけで信じる信じない以前の地球が太陽を回っているというような事実なわけすよね。

 そういところから根こそぎ疑問を呈するような物理学者に対しては、まさに自分の乗っている船がひっくり返る、立っている大地がひっくり返るくらいの感じで、猛烈に反対する気持ちもわからないではない。ただ物理学の発展のために、「暗殺」だのそんなわけのわからないテロ行為だけは止めてほしい、自制してほしいものです。もう何十年かすればもっと色々な学問は深く広がるはずですから。

 ブッダガヤで朝から晩まで一心不乱にお経を読み、五体投地で体を投げ出すお祈りを1日中繰り返し、社会的には何の得にもならないことを延々と続ける純粋な僧侶をみていて、もし死後が何もないというのなら彼らの人生は一面として「無駄の集大成」というところができてしまいますが、これがいいことなのかどうなのか。

 東北大震災、インド巡礼、わしも死を考える、宗教を考える時間が増えてきました。

 

 

 

 

 

 つい2週間前のことなのに、インドに行ったのはすもう遠い昔のような記憶がします。

 やっとのことで旅行記を書き終えました。本当に読んでいただいた方ありがとうございました。

 かものはしかも君も部屋の定位置に戻り、次の出番を待っています。

 今回もですが、旅に出るたび自分の生まれてきた運の良さをかみしめます。

 地球の人口70億。貧しい国、貧しい地域では、食うや食わずロクに食事も摂れず、それこそ重い病気をしたら終わりのような生活をしている人もたくさんいるわけです。インドは豊かになったとはいえ(確かにアフリカの国よりはだいぶ進んでいます)、まだまだ貧しい人も数限りなくいます。

 わしは日本という豊かな国に生まれ、一応何とか食えてて、なんだかんだ言いながら海外に旅にも出られる。いろいろと細かい不満もありますがいい出したらきりがない。それこそ貧しい国の人から「何言ってやがるんだ」って批判を浴びそうです。

 昨日誕生日で、いろいろとお祝いメールもいただきましたが、そんな恵まれた人生に日々感謝をしながら、これからも生きていかないといけないですね。

 

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菩提樹の葉も順調に押し花になりつつあります。色形はいびつですがまごうことなき本物ですからとても貴重品。

 

 

 

 と、いちおう今回の旅のことを書きとめておいた方が(自分のために)いいかなあ―と思って、メモ程度に書いておきます。

 経費

 往復航空券(キャセイパシフィック航空) 東京成田 ー 香港 ー ニューデリー 99000円 (GWなので高かった+燃油料金がねえ、キャセイは安い方ではあるんですが・・・)

 インド国内線 GoAir ニューデリー - パトナ 9000円 (往復・・・復路放棄、距離1000kmなので羽田―福岡くらいかな、さすが格安エアライン)

 クレジットカード (香港空港(コーヒーと水)とニューデリー空港(お菓子お土産)で) 2500円

 両替 220ドル (1.8万円くらい?) ・・・ 上以外の全経費、宿代、バス代、電車(このうちラジダニエクスプレスの料金が3200円くらい)、飲み物代、食事代、ぼったくられ代(これが一番高かったりして(笑)) 

 合計で13万円くらいですかね。まあこれに、海外旅行保険(3000円)と今回買い足したもの(鍵1個と変換プラグなど)が加わりますが。これが高いのか安いのかよくわかりません。航空券が高くて現地滞在費がやたら安いのはインドの物価が安いのだから当然なんですが。バックパッカーなんかの切り詰め旅の人はインド1カ月で5万円なんて人も居てそういう人からみるとわしの旅は大散財ですし、6泊7日の急ぎ旅とはいえ、宿代や食事代が2万円でお釣りがくるというのは欧州等の物価の高い所に行かれた人から見たら脅威的安さなのかもしれません。

 国内線の復路放棄は、インド国鉄の慢性の予約困難状況からして仕方がない。オールフルって言われたらほんと日本に帰れなくなるからねえ。また現地の代理店に鉄道のチケットを頼むと、復路放棄以上の手数料を取られます。

 初めてインドにいった20年以上前、1ルピーは12円でした。屋台の紅茶が50パイサ。今は1ルピー=2円でパイサという補助通貨の単位は完全に姿を消したようです。ずっとここのところ経済発展も相まってかなりのインフレかと思います。田舎で安い賃金で日雇いとかしている人は大変なんだろうな。

 鉄道も、エアコンがどんどん普及してきて、エアコンのないファーストクラス寝台(昔乗った)が消え、1,2,3等のエアコンクラス寝台が普通になりという進化を遂げています。

 昔いちばんびっくりしたのが、駅のホームで煮炊きして食事を作っていた人がいた事ですが、さすがにこれは今回は見かけませんでした(いるけどみなかっただけかも)なあ。

 本当に短日程でなかなか足が地面に着かないようなせわしい旅でしたが、やっぱりいってよかったです。

 何度か書きましたが、インドには最低あと1回はお釈迦さまが亡くなられたところにいかないといけません。そのためにもがんばらなきゃね。誰かご一緒ウェルかものはしかも(あ、すべった。ウェルカム)ですが、、インドは誰も行かんかもなあ。 

 

★いよいよ帰国

 なかなかに大変だったインドも帰るとなるとちょっとさみしい。また来れるかな。というか巡礼の旅だからあと1回は最低(お釈迦様が亡くなったところへ)来ないといけない。そのためにも、旅する金と体とヒマは大切。

 ニューデリー空港へ昔は行くのがバスを探したりして大変だったのですが、連絡鉄道ができたのでとても快適。

 早速にニューデリー駅(空港連絡鉄道の始発)に戻るため、地下鉄に乗る。

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ここ地下鉄乗り場入口なんです。しかし入口を完全に塞ぐように車を駐車してる。

で、向こうに立ってる警官も全く我関せず。みんな大迷惑。

でもこういう車に乗っている連中は富裕層なんで一般人の迷惑なんか気にもしないんだろうな。

 

 

 

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空港連絡鉄道かも。

とっても綺麗だけれど、ガラガラかも。

 

 

 

 デリーの空港連絡鉄道はまだできたばかりで収支はわかりませんが、バンコクの空港連絡鉄道も超赤字だって出てましたね。

 どちらも、「早いけどべらぼう高い」んですよね。

バンコクの鉄道150バーツ(バスなら20バーツ)、インドの鉄道80ルピー(バスはいくらだ?たぶん10ルピーとかそんなもんか)

 成田にいくのにスカイライナーと成田エクスプレスだけ、関空に行くのに特急はるかだけを走らせているようなもんで、間違いなく赤字になります。バンコクは通勤用の安いのを同時に走らせているんですが、こちらとの値段差がすごいですしね。

 たぶん、大幅値下げして通勤客も取り込むみたいな方向に行くんじゃないかなあ。

 まそんな話はおいておいて、

 連絡鉄道はあっという間に空港へ。

 空港でも迷うことなくチェックインカウンターへ。カウンターで搭乗券を2枚(デリーー香港、香港ー東京)貰って、すぐに手荷物検査を抜けイミグレを抜け、制限エリアへ。

 免税店もきれいだし、インドじゃないみたいだな。経済発展が続いてインドは来るたびに劇的に変わっていきそうな気がする。次来るのが楽しみだな。

 

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空港内のモニュメント。

こういうのどこの空港でも好きだよねえ。

 

 

 

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いよいよ搭乗かも。

さようならインドかも。

 

 

 

 

 飛行機の中にもトイレはありますが、結構混んでいて待たされることが多い。おなかの調子がイマイチの場合は、我慢時間が短いですから、念のためトイレでしっかり用を足しておいた。香港まで5時間30分。6時間程度なら十分持つと思います。

 

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機内食かも。

パン、チャパティ(インドのパンだな)、お米、ケーキの炭水化物攻撃かも。 

ラーメンライスも真っ青かも。

 

 

 

 うーん、これは辛い。まずチョイスがインド系のご飯しかない。ベジタリアン用ミールとマトンを除くとチキンしかない。

 チキンの炊き込み飯ですが、チキンは敷き詰められた米の中に、掘り起こして食いましたが、付け合わせがパンとチャパティ(パン)って、何ですか。

 ということで、フルーツとヨーグルトとケーキとをいただいた程度、あとパンを少し。米とチャパティは手をつけずにおしまい。

 後は深夜便(23時35分発)で時差の関係で7時40分香港着、ということでお休みなさい。なんですがあまり寝られず。ラジダニの寝台車が恋しい(笑)。

 翌朝飛行機は無事香港着。乗換ですがそんなに時間はなく、ぼんやりと免税店を冷やかした後はベンチでゆったり。

 

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いよいよ日本かも。ボクも少し疲れたかも。

 

 

 

 

 

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このアングル、買い主さんはとっても好きかも。

写真ではわからないけれど飛行機の尾翼のマークにキャセイが多く日本じゃないことがわかるかも。

 

 

 ということで定刻の9時10分過ぎ、無事今回の旅の最後、成田行きの飛行機は飛び立ちました。

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珍しくビーフをチョイスかも。

 

 

 

 まあエコノミークラスの機内食ですからあまり期待をするのも何ですが、、

 基本的に「ビーフ」は頼みません。ビーフを選んで、臭いがきつくて食べられずという経験が何度かあるんです。牛肉って意外と臭うものなんですね(モノと料理法によるんでしょうが)。ということで、チョイスは(まずチキンか魚、次いでポーク(余り出てこないけど)、最後にビーフ、マトンは絶対頼まない)という順番になります。

 てことで普段はあまり頼まないビーフを頼んだわけですが、インドの肉といえばチキンかマトンなんですね。探せばビーフもあるらしいけれど基本的にはこの2つ以外を食べることは普通ない。

 なんかそういう気の迷いがあったのでビーフを頼んでみたわけです。

 ついでに写真のビール。酒はインドで飲むとかなり高い(食事1回分をはるかに上回る)うえに酒に弱いわしですので、ついぞ一滴も飲まなかった。酒で警戒心が弱くなるんだろうなということもあったので(わしは部屋で飲まない人なので、飲むなら外ですから)、避けていました。

 40度の熱気ですからビールは美味いだろうなあと思うことはありましたが、これだけ暑いとビールでもコーラでも水(冷たいの)でも水分なら何でもうまいわけで、かえって体が火照って暑くなりませんか?。アルコール類って・・・。

 そんな断酒をしたからビールを頼んだわけではなくて(日本にいたって1カ月酒飲まないのは普通ですしね)、最初は炭酸水クレって行ったのですが、「ごめんなさーい、カートに積んでないんです」と謝られたので仕方がなく。

 何か手際は悪いけれど、頑張って仕事をしている感じの若いパーサー(男の子)でした。

 つうことで今度は飯をしっかり全部平らげ、あとはうだうだと草なぎ君の映画なんぞみながら過ごしてました。酒に弱い人は映画みるならビール1本とはいえ酒は飲まない方がいいですね(ちょっと記憶が飛んだ)。

 香港を発って4時間半、飛行機は無事成田に到着。お疲れさまでした。

 

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無事成田についたかも。

みなさん、ボクの旅行記を読んでいただいてありがとうございますかも。

次にも期待してほしいかも。

 

 

 

 イミグレをぬけ(今回はスタンプ押したなあ、なんでだろ)、税関を抜け(インドだけれど荷物開けられず)、京成のスカイアクセス特急で押上、押上からバスで帰宅。当初いい時間に小岩行きのリムジンバスがあったので、チケットを買ったのですが、時差を香港時間で考えていて間違えていた(汗)。電波時計をしているので自動修正したのだと思ったのが間違いの元。うかつだった。

 ということで、今回のインド巡礼旅行無事すべての日程を終了しました。

 長々と、お読みいただいてありがとうございました。

 次回かものはしかも君は、7月末、ANAのマイル無料特典航空券で台湾にサクッと遠征予定です。温泉と足つぼが楽しみ―。

 おしまいかも。またお会いしたいかも。

  

 

 

 

★最後の観光、いよいよ日本へ

 ハンバーガー屋を出てから最後に向かったのは、ジャンダル・マンタル。

 要するに天文台なわけですが、最も有名なのはジャイプールにある。こいつは世界遺産なわけですね。ジャイプール以外に5か所作られたそうなんですが、その1つがデリーにある。

 駅から徒歩圏内にあるので、もう最後の最後としては適当かなと。

 本当は国立博物館に行きたかったんだけど、「インドルピーがねえぞ(笑)状態」。手元のガイドブックによると入場料が500Rsするんですよ。でも手持ちのお金は500Rsを切っていて。

 博物館は初めてのインドの時行った記憶がありますが、いいモノいい場所は何回行ってみてももよい。何回もいって興味あるものをみて記憶に残せたら素晴らしいことです。よほどでないと博物館の展示物は1回みて感動するけど忘れてしまう。

 

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ジャンダル・マンタルに到着。

 

 

 

 

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タイムボカンシリーズにこんなの出てこなかったっけ?そうそうブタの鼻。

ムージョ様!

 

 

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ボクがどこにいるかわかるかなかも。

 

 

 

 

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西日がきついかも。

 

 

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同じ太陽なのに日本の5月の日差しとは違うんだなあとつくづく思ったかも。

 

 

 

 天文台なので、いろいろとどういう働きでどういう風に観測するかというような説明書きはあるんですが、何しろ英語なので読む気がしない。じっくり読んでも、「天文用語」はわからんもんなー。

 

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インド人のお兄さんたちと記念撮影かも。ボクのパスポートが大ウケだったかも。

 

 

 

 ジャンダルマンタルを覗いたあと、徒歩でコンノートプレイスに戻る。

 コンノートプレイスの一角に、パリカ・バザールという地下商店街があります。まあ何というか、悪名高い(ぼったくりで)小さな店の集合体のようなところなんですが、わし、ここがコンノートプレイスだと勘違いしていた。わしの脳内の古い記憶ではそうなっていたわけで、ほんと人間の記憶なんてわからんもんだな。

 その、パリカ・バザール、わしのような(カモネギに思えるんだろうな)ツーリストが入ってくると、待ってましたとばかりすぐに悪魔のささやきが始まる。

 ベルト屋の前で(わしは見ることすらせず通り過ぎただけなんですが)、

 「どや、このベルト、デザインもいいし、耐火性もあるし(ライターで火をかざす)、掘り出しもんやで、400Rs!」

(無視)

 「うーん、だったら300や」

(無視)

 「そうか、それなら200でどうや」

(無視)

 「えーい、100でええわ」

 だーーーから、要らんもんは要らん。1Rsでも要らん。ほんとしつこいのう。しっかし20秒で価格が4分の1に下がるっていったいどんな商売しとるんや。とにかく視線を向ける=視線が合う=店の親父には買う気満々にみられるようで、視線を合わせないように全体を見物するのに苦労です。

 インド土産を買うつもりでここに来る(交通の便は誠に良いので)方いましたら、十分お気を付けください。つうか買わない方が無難と思われます。特に買う気配が体からプンプン出ている場合は、確実に、かつかなりの額、ぼられます。でしょっちゅう不良品(特に電化製品の場合)をつかまされるそうです。 

 そんなパリカ・バザールの一角に懐かしいものが。何だかわかりますか。

 そう、体重計なんです。

 

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1回2Rs 体重を測ったら体重を書いた紙(というか切符みたいなもの)が出てくる。

 

 

 

 2Rsならということでわしもやってみるけれど、出てきた体重が普段のマイナス5kg。えーっ。

 確かにインドに来てやせたかもしれんけど、洋服来てマイナス5kgってことは、裸で測ったらマイナス6-7kgってとこじゃない。なんぼなんでもそれはないぞ。ちなみに帰国してから測ったらマイナス1kg、絶対マイナス5kgはこの時ありえねー。

 インドいい加減な所多いけれど、体重計もいい加減すぎ(苦笑)。

 

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 コンノートプレイスは1933年に完成ってことは、もうすぐ80年経過ってことか。すごいなー。

 

 

 

 そんなパリカ・バザールを冷やかした後、そろそろいい時刻になったので、ニューデリー駅に戻り、そこからできたばかりの空港連絡鉄道で空港へ、いよいよ日本に戻ります。

 つづくかも。

 

 

 

 

 

 

 

★5月4日最終日デリー

 快適な寝台列車の旅で、ぐっすり眠れたため、寝不足にはならず、まずまずの滑り出し。

 というのは、帰りは4日の深夜発の飛行機で機中泊となるため、少し眠っておきたかったのです。

 よく考えたら、4月29日発、5月5日着、6泊7日の日程で、2機中泊、1車中泊 しかも「疲れるインド」ということで、冷静になって考えると(冷静にならなくても)、すごいキツキツ日程だな。体力の限界に挑戦しているような日程でした。

 今年お正月のタイカンボジア(ご覧になってない方はぜひ「かものはしかも君と行くカンボジア(アンコールワット)とタイ」をご覧ください)と同じくらいの(8日)の日程でしたが、宿が豪華だった(といっても30ドルだから知れてますが)のと、やっぱ車中泊、機中泊がなかったのでかなり楽でした。

 今回の旅、結局3泊、車機中泊のため、宿代がトータルで1000Rs=2000円 ってどんだけー(苦笑)。西成(釜ヶ崎=大阪)や山谷(東京)等のドヤ街の簡易宿泊所でも1泊2000円くらいしそうだからなあ(笑)。短い旅だし年齢も若くないから、お金をケチるつもりは全くなかった(当初の予定では1泊30ドルくらい)んだけれど、ブッダガヤで高い宿って全然どこにあるかわからなかった。もっと下調べしていけばよかったのかもしれないね。

 安宿こそ旅と言う人がいますが、わしは安宿も旅、高い宿も旅だと思ってます。アマンリゾーツみたいに1泊5万ー10万円払って日常とは別の世界を味わうのも、1泊500円の宿で日本では考えられないような、「扇風機が止まって暑くて寝られない」とか「水が出ない」とか「網戸が破れて蚊の襲撃を受ける」とかいう苦痛を味わうのも、非日常を体験する旅という意味では全く同じです。

 ビジネスで海外に行かれる方は、そういうリゾート系の超高級宿も、居心地に難のある安宿も敬遠されて、ネット環境やビジネスルームのある普通のホテルに泊まられることが仕事柄大抵でしょうし、それは海外であってもあまり変わらない日常なんだと思います。

 さて、話はデリーの最終日

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デリー駅について、ほっと一息。

 

 

 

 

 跨線橋をわたって外に出ようとしたら、そこで荷物チェックがあった。

 入る時の荷物チェックはあるが、外に出る時しかも鉄道駅での荷物チェックは始めての経験。パキスタンや中国としょっちゅう小競り合いしてて、東部の独立運動があって、国内はイスラム過激派がいて、、常に戦時下であるインドの現実をちらりと見た気がします。

 国内テロも時々ありますからね。

 そんな駅を離れて、地下鉄(これは前来た時はなかったなあ)に乗ろうとすると、乗り口がわからない。

 道行く人に聞くと、「駅の反対」と言われた。反対側(地下鉄のない側)に出てしまったらしい。はぁ。

 遠回りしてやっと反対側の地下鉄のある側に行く。ニューデリーに行くみなさん気をつけましょう。地下鉄は東口に降りてください。

 で、入口で、1日乗車券を買う。まずは世界遺産クトゥブ・ミナールへGO!

 

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開業2002年、前回デリーに来たのが20年以上前だから初めての乗車。

地下鉄とはいえ郊外に行くと、地上にでるのは日本と同じ(世界的にそう)。

 

 

 

 ついつい、「サブウェイはどこだ?」って聞いてしまう。そうすると、インド人しばらく考えた上で「メトロか?」

 そうそう、メトロだ。ついサブウェイって行ってしまうけれど、インドは「英国植民地」の影響を色濃く残しているので、サブウェイは地下道だし、1Fはグランドフロアーだし、センターはcentre って書いてある。

 

 

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クトゥブ・ミナール駅

 市の中心部から15kmくらい離れているそうで、昔なら「わけわからん市内バスを必死で探すか」ボッタクリパワー満載のタクシーとの交渉で疲れ果ててたはずだけど、地下鉄ができると快適。

 でも、ここから少し距離があるので結局オートリキシャーに乗らないといけないんだけどね。

 

 つうことで、地下鉄駅からクトゥブ・ミナールまで移動。無事到着。 

 

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 買い主さんはいつものように外国人料金250Rsを払って中に入るかも。でもボクは国際的なVIPなのでどこの遺跡も無料かも。 

 

 

 

 

 

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あー下手クソ写真や。この遺跡のウリのさびない鉄柱が後ろの門と重なっとる。 

 

 

 

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最終日なので観光にも力が入るかも。

 

 

 

 

 

 

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 空港が近いのでしょっちゅう数飛行機が通り過ぎる。

どの国の飛行機かもわかるくらいで、この飛行機は尾翼から「タイ国際航空」の飛行機(機種まではマニアじゃないからわからんなあ)と判明。尖塔と飛行機、絵になるなあ。

 

 

 

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綺麗な芝生でリスがいっぱいいた。

 

 

 

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デリー市内から手軽に行ける世界遺産、ブッダガヤと違って日本人がたくさんいるかも。

 

 

 

 

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未完成のアライ・ミナール。王様が死んで、次に作成中の塔は土台で終了。

いい加減だなー。

アライと聞くと、ドリフを思い出すのわしらの世代。

 

 

 でもってですね、この遺跡よりもっと印象が深かったのがリスたち。

 普通に歩いていたら、リスが近寄ってきた。あれっと思ったら、インド人が「ビスケットやったら喜ぶよ」と教えてくれる。

 そういえば、普段お菓子なんか持ち歩かないのに偶然、「夜行列車で口さびしい時」のために買ってたお菓子(ご存じのとおりしっかり車内食がでたのでそんな心配は杞憂だったわけですが)があったな。とカバンの中をまさぐると、源氏パイに似たような形と食感のお菓子があった。やったー。

 さっそく放り投げると、さささっと寄ってきてパイを食う。これがとってもかわいい。

 しばらく夢中でパイをなげていたら、別のインド人が「てのひらに乗せてあげたらもっといいよ」ってアドバイスしてくれた。

 ほほう、と思ってさっそくてのひらにパイを乗せてしばらく待っていると、リスが寄ってきてパクっとかぶりつき、さささっと後ずさり、自分の安全圏に入ると手に持ち替えて、一心不乱に食う。

 パイ生地なんで普通に人間が食べてもサクって音がするんですね。リスが食べてるとそのサクサクサクって音がさらに倍増している感じの音がしてとても素敵。

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パイを必ず手に持ち替えて食う。半端なく可愛い。

 

 

 

 

 えさやりにのめりこみ、わしは1口も食わずぜんぶリスにさし上げました。可愛いくてたまらん。

 とぃうことで世界遺産クトゥブ・ミナールを見終わり、またまた地下鉄駅までリキシャー、地下鉄駅から地下鉄で都心へ戻る。

 次に行ったのデリーの浅草と言われるがチャンドニーチョーク。ここは行っただけかな。もうちょっと体力があればお店を冷やかすこともできるんだけれど、なにしろ「あまり歩きたくない」もんですから。

 

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フルーツ屋。カットパパイヤを買ったけれど味はいまいち。

 

 

 

 

 チャンドニー・チョークをぶらついているともうお昼前。

 午後はどこに行こうかなあと思いながら、とりあえずデリーの中心コンノートプレースに行く。コンノートプレースでお昼ご飯。

 

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  もうカレーは食いたくないのが正直なところなので、掟破りの西洋料理(ハンバーガー)かも。オーダーはチキンバーガーとチャイ(紅茶)かも。

 170Rsって冷静に考えたら、「今回の旅の食事の中で一番高い食事」だったかも。 

 

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店内の様子かも。

 

 

 

 

 かものはしかも君も言っているように、確かに150Rsを超えるような値段の昼飯または晩飯は今回の旅で1回も食わなかったなあ。

 てことでまさかチェーンのハンバーガー屋のハンバーガーが今回の旅最高値の食事になるとは思わなかった(苦笑)。ここでも最初はチャイじゃなくてトマトスープを頼んだんですが「悪いけどトマトスープはねえよ」ってカウンターのおねえちゃんが言いやがるので仕方がなく紅茶(チャイ)をオーダーしたんですね。メニューリストにtea とだけ書いてあるけれど、何も言わないとインド式甘いミルクティがでてくるのがインドっぽい。

 ハンバーガーなもんで、味はまさにご想像の通り。

 てことでエアコンが効いているのでしばしたたずんで鋭気を養った後いよいよ最後の観光地へ。

 つづくかも。 

 

 

★パトナ市内観光のあとラジダニエクスプレスへ

 昼飯を食ってお茶を飲んで、とりあえず落ち着いたし、下痢の調子もまあまあで(この日トイレ回数2回)、さっそく市内観光へ。

 駅前からサイクルリキシャーに乗るが、値段がわからん。

 10Rsでいいか、って聞いたら、いいっていうんで、乗ってさっそく出発。 

 で、博物館へ着いたけれど、お金10Rs払おうとすると怒りだす。

 てめえが「10Rs」でいいって言ったんじゃねえかって思うんだが、言葉が通じてないんだから仕方がない。こういう場合は、もうちょっと多めにお金を置いてさっさと逃げるに限る。

 それで納得するか損をしない(現地料金以上のお金なら)なら諦めて追っかけてこないし、現地相場以下であれば間違いなく怒鳴って追っかけてくる。

 ちょっと少ないのかなという気はしていたのであと5Rs足して15Rsをリキシャーの座席に置いてさっさとその場を離れた。リキシャーの親父は怒鳴るけれど追いかけてこなかった。

 

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パトナ博物館。

内部撮影禁止のため外観だけ。

 

 

 なかなか見応えありましたが、この女性像にはやられました。しばらく見とれていたけど、インド人が2人デッサンしていた。覗きこみはしませんでしたが、世界各地の美術館で学生が勉強のため名作をデッサンしている姿はよく見かけますよね。あれはいくら学生の勉強のためとはいえ、「ある程度のレベルがないと」恥ずかしくてできないんだろうなあなんていつも思います(美大に入った時点で上手いだろうって話もあるけれど)。

 元々がお釈迦様の地元で長い歴史があるところですからいろいろと発掘したりすると貴重な品々がたくさん出てくるんだと思いますが、大抵は大都市「デリーに行った」「コルカタ(カルカッタ)に行った」になっちゃいますよね。

 まそんなことで博物館はしっかり(時間があったので)楽しみましたが、なんかもう旅疲れがでているのか、昇り階段がしんどくてしかたがない(涙)。

 

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パトナ市内中心部(銀座通りか新宿通りか) 。

駅前以上の喧騒。運転手同士喧嘩しているけれど、そもそも交通ルールがあってないものだから交通事故が起きないのが不思議(実際には起きてるらしいけれど)。

 

 

 

 市内中心部を意味もなく散策して、屋台売りのスイカなんか食っていたんですが、個人的感想(そんなにたくさんフルーツを食べたわけではないので本当に断片的ですが)フルーツに関してはインドはタイに負けます。聞けばタイはそれなりにフルーツにしても品種改良をしたりして、美味い果実を作ることを心掛けている(日本のマニアックな果実農家に比べたらそらあだいぶ劣りますが)らしくて、他国の自然任せ栽培の果実より美味いんですね。

 市内中心部を散策した後、ゴールガルに。 

 えっと18世紀にできた穀物倉庫だそうですが、まあ格好が変わっているという程度なんでしょうかね? 観光スポット山盛りな街だったら見向きもされないかもしれません。

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下の方にちっこく人間が写っていますが、結構でかいです。

 

 

 

 でもって、これを登ろうとすると、「激しく息が切れる」、かなり辛い。暑い、足が動かない。

 疲れがピークかなあ、東南アジアなら午後は暑いので夕方まで観光をせずエアコンの効いているマッサージやで脚や腰をもんでもらっている時間だもんな(笑)。

 ひーひー言いながらてっぺんまで。結構観光客はいるけれど、てっぺんはそんなに広くない。

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遠くにガンジス川が見えるかも。とっても景色がいいかも。

 

 

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インド人の女の子が不思議そうにボクの方を見ているかも。

 

 

 

 

 帰りの階段は息は切れないけれど、ちょっと怖い。ゆっくりゆっくりと降りて、また下で一息。

 時間は午後3時半。ラジダニエクスプレスの出発は19:00だからまだ3時間半もある。でも次どこに行くかと言えば郊外になると時間が足りないし市内はなにもなさげ。

 ええいとりあえず駅にいってみようと、リキシャーを止め、駅までお願い。

 駅というのは今まで何回か登場したパトナ駅じゃなくて同じ市内にあるけれどラジェンドラナガール駅。

 まあほら、大阪行くのに品川から新幹線乗ると、東京ー品川間が未乗になって悔しいじゃないですか。今はなくなったけれど関西発の九州方面の寝台列車。新大阪発の電車に大阪から乗ったら、新大阪ー大阪間が未乗になって悔しいじゃないですか。

 という、鉄道好きならだれもが理解できる理由(好きじゃない人から見たら呆れる理由)で、パトナ駅より10分ほどかかる始発のラジェンドラナガール駅からラジダニに乗ることにしたのです。

 ゴールガルからしばらく歩いて大きな公園のあるところから、サイクルリキシャーに乗車。

 

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 この親父のサイクルリキシャーは暴走リキシャーで(笑)、混雑した商店街でも、「どけどけどけー」みたいな感じでベルを鳴らして突っ込んでいく。場合によっては大声で怒鳴る。

 いや、時間はたっぷりあるし急がないからゆっくりでいいんですが(汗)。

 

 

 かなりの距離をかっ飛ばして、ラジェンドラナガール駅に無事着いた。なんかチップくれくれ攻撃に根負けして、お金払ったけれど、倍以上はぼられてたのかもしれんな。倍ぼられても損害額は30Rsだから60円か、、まいいか。

 駅には実際についた、でもなんかすごい日本の戦後の乱立した闇市みたいな雑踏の広がっている駅だった、駅舎はどうもわしがついた側の反対(要するにリキシャーは裏口についたってことやね)。いやわしそんな闇市の時代しりませんけどね。でもってパトナ駅以上に輪を掛けてきたない。

 

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鉄分の濃い(鉄道趣味の)人にはインドはたまらん国かもしれませんね。

わしはもうかなり鉄分が薄くなっているので、そうでもないですが。

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行き交う列車はデッキまで鈴なり。落ちるなよ。

 

 

 

 で、出発までにまだ2時間くらい時間があって、どうしようかな。駅前商店街みたいなのがないかなあと思って駅の周辺を散策に出かける。

 

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 この先に駅があるんですが、汚さわかりますかねー。いくらメインの側でない裏口側とはいえ、100万都市の駅なんですけどね。

 

 

 

 

 で、駅の周囲を散策していると、「インターネットカフェ」発見。

 さっそく店内に逃げ込む。

 インターネットカフェはブッダガヤではどこも1時間30Rsだったのですが、ここでは1時間15Rs えー、ブッダガヤは相場の倍の観光地料金だったのかな。

 昔の旅と大きく変わったのが間違いなく通信状況です。

 昔は旅に出たら、高い国際電話くらいしか通信手段がなかった。特にこちらから日本にかけるのはあるけれど逆はなかなか(特にわしなんか予定立てずに出るから)連絡がつながらなかった。

 それがメールができるようになり相互通信手段が確保でき、ウェブサイトで「日本のニュースが即日に視聴できる」。これは本当にすごいことです。

 で、昔は疲れたらお茶を飲みにお店にいってボヤーっとしているのが普通だったのですが、こんな具合にネットカフェがあると、そっちのほうが断然よい。間違いなく冷房完備だし、日本語環境が整っていたら読むモノには不自由しない。

 てことでここのネットカフェは日本語環境が整っており、日本語のサイトを開くと文字化けせず日本語のニュースが見られたので、1時間しっかりとニュースを読んでいました。ここでビンラディン殺害のニュースを聞いてちょっと衝撃。

 

 ちょっと早いがそろそろ駅に戻ろう。お金を払って今来たゴミ通り(わしが勝手に命名)を戻って駅に。

 駅に戻ると、あ、いたいたラジダニエクスプレス。

 

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 手前の列車がインドの一般的塗装の列車ですが、ラジダニは高級列車なので色からして(赤色)違います。って、ホームの雰囲気もかなり違わないか? ラジダニエクスプレスのホームはもう灯りが付いているんですが。

 

 

 

 車両の入り口に貼りだしてある名簿でわしの名前を見つけ、乗車券で自分のシートを探して、水を買って(これは忘れてはいけない)、さくっと乗車。まその前にあちこち見て歩いたのは言うまでもありません。

 

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ラジダニエクスプレス 2AC・・・エアコン2等寝台

このベッドで(シーツは後で自分で敷く)明日の朝まで過ごすかも。

 

 

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設備的には日本のB寝台と同じ、レールの幅が広いので車両もでかく、基本横方向の寝台だけど縦方向にも寝台が付いている。

 

 

 

 

 

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いよいよ出発かも。早く車内に戻らないといけないかも。

 

 

 

 

 

 ラジダニエクスプレスは、定刻より30秒遅れてするするとラジェンドラナガール駅を滑り出し始めました。

 で、寝台で足を投げ出してくつろいでいると、いきなり乗務員の人が、ペットボトルの水を配ってくれた。あちゃー水買ったばっかりなのに。

 次いで、夕食の確認、確認というのは、「ベジタリアン」か「ノンベジタリアンか」の確認のこと。

 その後、お食事時となり、機内食じゃなくて車内食が配られる、最初に、

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スープとスティック状のクラッカー(クッキー?)が配られる。

なんか大きなお盆なんだけど、乗っているものがしょぼくて広すぎて・・・ 

 

 

 

 最初のお盆は回収されてメインの料理が来た。当然カレー定食。

 

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チキンカレー、ご飯、チャパティ、きゅうりと人参の輪切りサラダ、左下の開封していないのはヨーグルト。

 

 

 

 

 おなかがいっぱいになったけど、最後にデザート、これは期待していなかったので不意打ち。でもいいい意味での不意打ちは大歓迎。

 

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アイスクリーム。甘党感激!

 

 

 

 

 

 ということでおなかがいっぱい、シーツを敷いて、盗難防止にワイヤーロックを二重にかけ荷物を固定して、歯を磨いておやすみなさーい。zzzz。

 羊の数を10匹も数えることなく、気がつけば外が明るい。

 いったいどこなのかはわからないが、列車は走っているのは間違いないので、途中で重大な事故が起きて立ち往生のようなことには巻き込まれなかったようだ。よかった、これで日本に帰れる。

 朝ご飯、といっても、

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紅茶と飴(2個)とクッキー。後でお湯を持ってくる。

ご飯というにはちと物足りない。

 

 

 

 おなかの調子がイマイチなのは書いている通り。到着後外に出てトイレに行きたくなったらシャレにならんので早めに用足しということでトイレを使い(インド式トイレだった)、その後身支度を始める。

 冷房はきつかったが、南の国でよくあるように「寒くて寝られないほど強い」冷房ではなかったのはなにより。

 

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朝刊無料サービス。

ごめん、わしヒンディ語は全く読めないので、、、日本語の新聞は無理だろうけどせめて英字新聞ないかなー(涙)。

 

 

列車は、おおよそ30分遅れて無事、終点デリー駅(ニューデリー駅)に到着。お疲れさまでした。

8時半について、夜の23時半の出発なので半日ほどデリーで時間がある。

 

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  長旅お疲れ様かも。でも快適だったので旅の疲れはともかく、鉄道での疲れはあまりなかったかも。

 今日はインド最終日。

 もう一息頑張って帰国するかも。

 

 

 

 ということでインドの首都ニューデリーからインド最終日が始まります。

 つづくかも。

 

 

 

 

 

★パトナへ

 そんな出来事のあったマハーボーティを離れ、いよいよパトナへ行くバス乗り場へ。

 朝7時に出るっていうのはもう調べてある。

 で、バス乗り場までリキシャーでいってチケット売り場へ。

 「ハロー、ワンチケット トゥ パトナ プリーズ」(わしの英語なんてこんなもん)。

 とニッコリいったら、係員おもむろに、

 「7:00AM バス アー キャンセルド」

 はぁ?

 って疑問を持つ間もなく、キャンセルはキャンセル。午後の便しかねえとか言いやがる。

 どうすんだ? と聞いたら、 ガヤまで行ってバスか電車に乗れ だと。

 ガヤまでどうしていくんだ? ってさらに突っ込んだら、目の前の大通りでオートリキシャーを拾え だと。

 はぁ(嘆)。

 イライラしても始まらない。

 すぐに目の前の大通りにいって、それとなく通りを行くオートリキシャーに目配せをしていると、そのうち1台のオートリキシャーが止まる。

 「ガヤ駅」か「ガヤのバスターミナル」に行きたいんだけど、っていうと「OK、行くぞ」っていうもんであわてて乗車。

 オートリキシャーで、ガヤ駅まで30分ほど。で、ガヤ駅で降りて、まずはチケット売り場に行く。

 パトナまでのチケットはなんと32Rs、あれこっちに来る時の予約のキャンセル待ちで乗れなかったのは165Rsじゃなかったっけ、、、うーん5倍か、、すげー。確か100kmくらい距離があったはずだけど32Rsって60円ちょっとかよ(驚)。

 でも、たぶん2等座席はギュウギュウの修羅場なんだろうなあ、あー気が重い。

 そうだ、そんな心配の前に列車の時間を調べてなかった。エンクワイアリ(なぜかインドでは大抵の駅にある)で尋ねると、10:30分だと言いやがる。え、まだ8時にもなってないんですが(汗)。

 こらいかん、ということで切符は捨ててでも(32Rsだし)さっそくバスにしようと考えを改め、そこいらにいる奴にバス乗り場はどこだと聞くと、駅から出て左側の方を指さす。そうかそうか、、、ってあてもないがとりあえず歩きだす。

 でも、、、、歩きだしてもバスターミナルらしいものは見つからない。

 これは地元のサイクルリキシャーに連れて行ってもらうのが一番だなあとおもって適当なところで、1台のリキシャーに「パトナに行くバス乗りたいんだが乗り場まで連れて行ってくれ」と頼む。15Rsで話がまとまり、いざ乗車。

 すると、あれれ、今来た道を元に戻り始め、駅の方に向かう。

 なんでやーーーー。

 

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 結局ガヤ駅(クリーム色の建物)付近に戻った。手前に見えるバスがパトナ行きのバスだった(涙)。

 ほんとデタラメ教えやがって、最初から移動する必要なかったじゃねーか―。

ってインド人に怒ってもしょうがないな。

 

 

 チケット(50Rs)を買って、水を買って(これは絶対忘れちゃいけない)、いざ出発。

 なんか座席は指定制で、何とかわしが座るシートも確保されていた。てことで、バスはわしがチケットを買ってから20分くらいしてから出発。後はパトナ行きなのでずっと乗っているだけ。

 お昼前にはパトナのバスターミナルに到着。あーやっぱり鉄道使わなくて正解だわ。

 

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到着後バスターミナルのまん前のお店に入って、コーラを1本。

 

 

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入口以外の3方がコンクリート壁なので、暑さ倍増、はぁ。

 

 

 

 

 コーラを飲んで、一息ついて、さて町の中心の鉄道駅までとりあえず行こうと、「いくら?」って聞くと「12Rsだ」っていう。

 じゃあこれで、って20Rsのお札を出すと、「釣りがねえ」とかぬかしやがる。

 でたーーーーインド名物釣銭がない攻撃。

 ほんと何を思っているのかさっぱり分からない。日本では小売のお店の人は毎日銀行に行って、円筒状の100円玉とか10円玉とかをもらってきて、釣銭がないように万全の準備をしている。

 ところが外国ではこれがなかなかできてないんですよね、特にインドは。80円の品物を買うのに1000円札を出すのは、さすがに日本でも気が引けるが、12Rsの商品を買うのに20Rsの札を出したら釣りがねえっていうのは問題外だと思うぞ。

 結局22Rsだして10Rsのお釣りを受け取るという「日本のお店でよく見る作戦」で切り抜けましたが、もうちょっと商売考えた方がいいぜよ。

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パトナ駅到着。この前の時とは反対側になります。

オートリキシャー多すぎ。

 

 

 

 おーすげーな、相変わらずだなあ(立ちションしている奴も数多く)、と佇んでいると、インド人から声を掛けられる。

 

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俺たちを撮れ、だと。

 

 

 

 

 いや、インド人よくわからんす。

 俺たちの写真、俺の写真を撮れっていうんですね。でもそれを「送ってくれ」とかそういうわけじゃない。一緒に撮るというわけでもない。とにかくおれたちの写真を撮ってくれ。

 ま、デジカメだし撮ってあげましたけどねえ、なんで他人のカメラの被写体になりたがるんだろう。 

 てことで、お昼にもなったし、駅のそばのレストランで昼飯。

 

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フィッシュカレーかも。小骨の多い魚で苦労したかも。

 

 

 

 何せスプーンしかついてないので、スプーンで小骨の多いフィッシュカレーを上手く食べることができず悪戦苦闘。そうすると従業員が来てなんだかかんだか現地語で話しかける。ごめん、わからん。 従業員も諦めて退散。

 フィッシュカレーはインド式で手で食べたほうがよかったかもしれんね。あ、でもをそれをするとかものはしかも君が汚れる(苦笑)。まインドでは食事に手を使うので必ずレストランには「手を洗う所(トイレではない)」と石鹸が用意されているんですけどね。

 てことで昼飯を食って満腹。

 列車は19:00発だから、それまで何もないといわれるけれどパトナの観光をしよう。

 つづくかも

 

★5月3日 下痢キターーー!

 わしは、旅に出ると数日後に必ず下痢になります。これは通過儀礼みたいなもので、これを通り越すと「現地対応型」の体になる。台湾とかだと下痢になりませんが、なる国の方が多いですね。

 大体が、1日10リットル超という日本の5月ではありえない量の水を突然インドに来てから毎日補給しているんだから、おなか壊すのは当たり前なんですよね。

 下痢自体あまり良いことじゃないけれど、問題はその程度。熱が出たり、30分おきにトイレという状態はヤバいですが、わしの通過儀礼的下痢の場合は1日に2~4回程度のトイレ頻度になるレベルですから、そんなに神経質になるほどのことはない。ただ、もよおした時に、迅速に対応をしないと、「我慢できる時間が普通の場合よりかなり短い」ですからね。そこだけ早め早めに動けば問題ない。

 ということで、やっとインド慣れしてきたなと思ったのですが、そろそろ帰国ってのはちょっと悲しい。

 さて、話を元に戻して、

 昨日夜ガイド氏について行ったゲストハウスがRavis Guest House

 いきなり到着して、一言「じゃ今日のガイド代800Rsね」

 「あれ、600Rsじゃなかったの?」

 「車乗ったでしょう?」

 んんんん、 何か違うぞ。

 元々チャーターしたのは奈良の人だったわけで、わしが乗っても乗らなくても車代は変わらなかったはず。わしはインド人ガイドに金を渡すんじゃなくて、チャーターした車をシェアした奈良の人にお金を渡さないといけないはず。おかしいぞ。そもそも後付けで言うなよ。

 ま、喧嘩しても仕方がないし(小心者だし、わし)、不承不承800Rs渡すが、その後も、

 ベッドにシーツ要るか? (当たり前だろ)

 電気蚊取りの薬液がないので、補充を要求したら、「蚊は出ない、それにこれ撮りかえると60Rsかかるのね」と拒否され(これは宿の必要経費だろ)。昨日はDeep Guest House で蚊に刺されてかゆいんだけどなー。

 ウマが合う人はウマがあう  んだろうけどね。わしはこの手の人ダメだ。日本語が話せるけれど日本人のメンタリティをあまり分かってないような気がする。

 宿帳も書かず、前渡しで宿代を渡しても受取を出さない。

 これは、トラブルの元なんだよね。インド人は平気で二重請求してくるから油断も隙もない。宿帳は法律的に決められているのかどこの宿でもやっていること。なにか事務がいい加減で嫌だ。

 日本語話せなくてもいいから、きちんと仕事をこなしてほしい。ここが変だよ日本人に出たってインドではなんの勲章にもならんしな。その点昨日までの宿はしつこく営業はなくフロントの人は言われたことだけをきちんとやっていてすごく好感が持てた。

 までも、困った時には助けてくれそうだし、おまかせのツアーのアレンジはしてくれそうだし、付き合い方、利用の仕方次第なんだろうな。わしもいろいろとインドのことを教えてもらったことがあった。

 ガイドとか宿のスタッフとしては?だけれど、日本語の話せる知識の豊富なインド人と言う点ではいろいろと面白いかもしれない。

  

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出発の前にゲストハウスの全景を。

 

 

 

 

 まそんな宿ですが、朝6時前には出発。

 バスが7時出発、マハーボーディにもう一度お参りしてから出かけたい。

 

 

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ここから先は聖域につき、車乗り入れ禁止。ここも何回も通ったけど、お別れ。 

また来たいな。

 

 

 

 

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目に焼き付けておかなきゃね。

 

 

 

 

 で、靴を脱いで最後のお参り。

 あのネパール僧侶の彼もいた。うーん、がんばってわしが買った辞書を使って勉強しておくれ。また会おうね。ネパールはそのうち行くから(ルンビニー・・・お釈迦様が生まれた所はインド領じゃなくてネパール領なんです)。

 

★ 衝撃的な高松のおばさん

 下足場で、靴下をはいていると、目の前におばさんが一人、日本語を使うので日本人だとすぐわかる。

 何かインド人とやり合ってる。

 「ねえ、私の荷物ここあるけれどみとってよー、すぐもどってくるから」

 って言って、なんとそのおばさん、たくさんの人が行き来する下足場前のベンチのところに自分の荷物を放り投げてどこかに行こうとしている。

 インド人に日本語で「私の荷物見ておいて」って言ってもなあ。第一盗難多すぎなインド人はそんな甘いことしないから理解できないだろ。

 だからインド人もポカーンとするよ。手元を離れた荷物はどうぞ盗んでくださいというサインだってのが、インドの掟。ましてや有名観光地で泥棒もインド国内から遠征してくる(といううわさのある)ブッダガヤでっせ。

 わしも仰天しました。

 で、おばさんがわしに話しかけてくる、

 「あんたも日本人?、私四国の高松から来たんよ、東日本の大震災みたいに、なんでお釈迦様はこんな酷いことをなさるのか直接聞いてみようかと思って」

 いやいや動機はどうでもいいんですが、その、荷物管理なんとかなりませんか?

 でわしが助言する、

 「あのね、このあたりは泥棒だらけなんですよ。こんなところに荷物置いてどっかいったら100%盗まれますよ」

 「こんなもん盗まれるかなあ? お祈りの道具しか入ってないんだけどなあ」

 いやいや、泥棒は中身を確認してから盗むんじゃなくて、盗んでから安全な所で中身を確認しますから。

 それでも、荷物を置いてどこかに行きたがっているので、

 「じゃ、10Rsくらいチップを下足番に渡して、せめて下足番のいる椅子の傍あたりに荷物を置かせてもらったらどうですか?」と提案。

 少なくても公道に野ざらしの荷物と違って、下足番の傍に置いておくだけでも(しかも外から見えない状況になるのだから)、盗まれる確率は2ケタくらい減る。

 「わかったわ」といって、下足番の人の方を向いて、

 「ほんなら、この荷物そこに置かせて、でも絶対10ルピーしか払わんからねー」(全部日本語で・・・やれやれ)

 おいおい、一体誰がこのおばさんを連れてきたんだ。このままじゃ何日インドに滞在するのか知らないけれど、滞在中に5回ぐらい物盗まれてもおかしくないぜ。

 まあ、おばさん無事に旅行してください。

 しっかし、、、、すごい人がいるもんだなあ。服装が作務衣姿だったので宗教関係の人かと思いますが、それにしてもこんな無防備でインドに来る人もいるんだなあ、改めて驚きました。

 つづくかも。

 13日は朝5時30分起きで、相模原で年金相談会。

 午後7時に帰宅して、午後9時の新幹線で名古屋へ。午後8時10分家を出る。

 なんか1日がやたらとなげーすが。 てな状態ですので「かものはしかも君と行くシリーズは1回休み」にさせていただきました。

 「神奈川県産の「足柄茶」の生葉から相次いで暫定基準値を超える放射性セシウムが検出された問題で、県は13日、新たに真鶴町と湯河原町の生葉から検出したと発表した。県内で基準値を超えたのは生葉を生産する16市町村中、6市町村に広がった。県は「ただちに健康に影響が出るレベルではない」としている。 」

 

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ということで、あまりにもタイムリーなお茶を仕事先でいただきました、いやおいしいです。今缶入りになっているということは、昨年のお茶で作ったものなので放射線全く関係ないのですが今年の新茶はこんな缶入り茶にはできないのかなあ(しんみり)。

 

 

 

 

 

 明日は終日ビデオ撮影、夕方の新幹線で戻り、月曜日が締切の原稿校正を仕上げなきゃいけません。

 かものはしかも君シリーズのブログアップの作業は、行き帰りの新幹線の中でコツコツやらんといかんのですが。

★ナーランダーから急転直下ブッダガヤに戻る

 

 昼飯を食った後、次はナーランダー

 世界史の教科書にも出てきた、学生数1万人を超えた、仏教大学跡。

 頭の中は、「咲いた、咲いた チューリップの花が、〇、〇 あかしろきいろー」なんですけどねー。インドまできてオヤヂギャグか(笑)。こういう風にオヤヂギャグになるような名前の地名は、高校時代に習ったものでも覚えているものですね。

 

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敷地は広くて、気温は40度で・・・

立っているだけでもつらいけれど、ほんとここに来た学生は、この暑さの中必死に勉強したんだろうなあと思うと格別な思いがする。

アジア中から歩いてきたんだろうからなあ。

 

 

  

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 どうも日本語ガイド氏は遺跡等には詳しくなく日本語での案内だけ。

「ここが変だよ日本人」って番組に出たとか、どうでもいい話をしてくる。

少しは遺跡のうんちくを語れるくらい勉強してくれよなー。

 

 

 

 いつも思うけれど、コピー機がない時代って、複写ってのは全部自分が書き写すことを意味したわけで、本当に頭が下がる。特に活版印刷すらない時代は、本自体も少なかったわけで、勉強というのはいまどきの人に比べて比較にならないくらい大変なことだったんだろうなあ。まあ、写本をすることそれ自体が勉強ということなのですが。

 

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ボクの綺麗な黄色が日焼けしてしまうかも。ちょっと困るかも。

 

 

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逆光でちょっと見にくいですね。

 

 

 

 

 

  

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しかし、入場料インド人料金と外国人料金が20倍も違うのは問題だよなあ。

確かにインド人まだまだ貧しい人も多いけれど、かなり富裕層も増えていてそういう層が実際に旅行をしているのだから。

 

 

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 ほんのわずかしかない日陰だけどあればそこを選んで歩きたくなるよね。

 

 

 

 

 ナーランダー大学跡を一通り見終えた後、敷地内の木陰でみんなでしばし休憩。

 日本で言うと8月1日の猛暑日に外を歩き回っているわけだから絶対無理したらあかんと自戒しつつも、やっぱりめったに来れないところだからとついつい動きたくなる。

 ナーランダーの見学が終わったら次は竹林精舎へ移動。竹林精舎は世界で最初の仏教寺院跡なんだそうです。でもイメージと違って、竹林精舎後池になっているし、竹林も少ない。想像力を働かせないと何にもないところではあります。

 でもねえ、やっぱここもなにか「気」を感じるんだよね。

 

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竹林精舎にやってきたかも。現地の人は池のほとりでくつろいでいるかも。

 

 

 

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今現在竹林があろうがなかろうがあまり関係ない。ここが仏教的にとても貴重な場所であることが大切なんだよね。

 

 

 

 

 あと敷地内にある日本寺を見物し、竹林精舎の見学はおしまい。その後道路際の小さな遺跡を1つみて、本日の全日程は終了しました。

 で、これからどうしようかと悩む。このままラージギルで宿を探して泊まってもいいし、それだとゲストハウスがあるエリアで降ろしてもらって宿を探せばよい。

 ところが、ガイド氏いわく、「ボクの所のゲストハウス(ブッダガヤ)に泊まればいい」という。確かに今から宿探しもしんどいし、もう体力的にもレッドゾーンに近いので、いい宿がなかった時に困ってしまうのでその提案も悪くない。

 このガイド氏は商売になるとしゃかりきになり(ガイドの割に観光地案内の質はいまいちだし(アルバイトガイドなんだろうかな)、日本語自体は大丈夫だけれど)、困った奴だなあと思いつつも(但しインド人的にはまともな部類に属する)、疲れもあり、ブッダガヤという街がもう2泊して慣れていることもあり、結局ブッダガヤに戻ることにした。

 いずれにせよ明日午前はラージギルからパトナ、またはブッダガヤからパトナというパトナに戻るというパトナへ戻るという日程に変わりがないので正直どっちでもいいんだよね。

 てことで途中で降りることがなくなったのでそのまま車に乗る。行きの「屋根の上バス」に比べたら、帰りは専用車なんで話にならない快適さなんですね。第一エアコンががんがん効いている。

 

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  インドの踏切は、いったん遮断機が下りると、走行車線の側だけでなく、反対車線の側までどんどん車とバイクが入ってきて(踏切の反対側も同じ)道いっぱいに車とバイクと自転車と人が連なって遮断機が上がるのを待っている。

 当たり前だけれど、電車が通り過ぎてからの遮断機が上がった後が修羅場。だって反対車線にまで車が一杯で、ぎりぎり道路路肩まで使って1台だけ通れる(苦笑)。ほんと砂時計のくびれ部分やないかい。ゼロを発見した理論的で頭がよい(と言われる)インド人だけれど、我欲が出てきた時のインド人はひょっとして大馬鹿ではないのかと思う。 

 

 車は、快適に(超高速で)道路をぶっ飛ばし、驚くほどの(行きに比べたら)早さでさくっとブッダガヤに戻った。

 朝出るときブッダガヤに「お別れ」したんだけどなー、まさか当日舞い戻ってくるとはなあ。これも仏様の思し召しか。

 とはいえ、夜に戻って、明日早朝に出発するんだから本当にブッダガヤで「寝るだけ」なんです。

 

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チェックイン後すぐに食事に出る。

焼き飯+トマトスープ トマトスープの酸味が疲れた胃袋にいいんだよねー。

 

 

 

 

 ん、かものはしかも君は? いやかものはしかも君は疲れたので宿でゆっくりとしています。

 ※(ひどいかも、買い主さんがボクを忘れて置き去りにして晩ご飯を食べに出かけただけかも、ウソつくのはよくないかも・・・かものはしかも君の声) 

 

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 ご飯のあとはラッシー(甘味ヨーグルトドリンク)屋でラッシーをいただく。

 普通のラッシーとかマンゴーラッシーは日本でもよく飲みますが、ローズラッシーというのがあったので試しに飲んでみる(25Rs)、色がほのかにバラ色なんですね。味は普通のラッシーと極端にかわらないか。

 

 

 

 飯を食ったらもう8時になってる。すぐに宿にもどりシャワーを浴びて、そそくさと寝る。

 シャワー浴びてたら天井に巨大ヤモリがこんにちわしてたのに目が行く。苦手な人には向かないインド。ヤモリ程度であーだこーだ言ってたらインドは旅できんよねえ実際。

 明日はいよいよパトナに戻り、パトナからデリー行きのラジダニエクスプレスに夕方乗ります。

 つづくかも。 

 

 

★ラージギルの山賊

 さて、ラージギルについたら山へ登らないといけない。

 お釈迦様が弟子たちに法華経を説いたという、グリットラクータ山(霊鷲山)にいかんといかんのです。

 でこのグリットラクータ山の隣にはラトナギリ(多宝山)という山があり、そっちはリフトがあるそうな。じゃまずそっちから行くわ。

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リフトは快適、40Rs しかし、、、下りは使わなかったけど往復も片道もおんなじ値段なんだろうかね?

行き交う人がお互い声を掛けるところは日本よりもいい感じ。

 

 

 

 山の上に上って、ラトナギリのストゥーパー(仏塔)へ。日本山妙法寺が立てたらしいんだけど。

 

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景色はいいなー。

 

 

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山の上は気持ちがいいかも。

でもやっぱり暑いかも。

 

 

 

 

 さて、ラトナギリから、最も目玉であるクリットラクーダ(霊鷲山)は見えていて、そんなに遠い所ではないのですが、このラトナギリはわんさかインド人が訪れて、全く安全には問題ないのですが、クリットラクーダにはだれも行かない。

 ということで、「盗賊がでる」と評判の所らしいんですね。事前にみたブログなんかにも不安なことが書いてある。

 目の前だから大丈夫なんて言うなかれ、目の前で強盗にあってもインドじゃ誰も助けてくれないし、一瞬の隙にやられる(らしい)。

 うーん、ここはどうしようか。一応遠目だけれど霊鷲山も見えたし、一旦はここで退散するか考えた。でも、もうちょっと様子を見てみようと木陰でたたずんでいると、一人のインド人に声を掛けられる。日本語だっ。

 日本語で声を掛けられると大抵は構えてしまうわけだが、今回も恐る恐る話をする。

 で、いろいろ話をしていると、今は日本語ガイドで奈良からインドに来ている男性を今案内している最中だと。で、彼の話を総合すると、「やっぱ危ないことはある」んだそうで、だったら「案内つければいいじゃない」ってことで、そこいらで絵葉書を売っていた奴に声を掛け50Rsでボディガードとして山までついていってもらうことに。

 いやあ、まあ、1人で行くのに比べたら「現地の奴」と一緒に行くのは全然違うけれど。。。マシンガンを持った警察の護衛じゃないからなんか頼りない。

 でも、わしとその即席ガイド以外に、そのインド人と奈良の男性と合計4人が一団で行くことになったので、まあ大丈夫かな。霊鷲山に行くことに決定。

 何せ聖地ですから、目の前まで来て帰るのはちょっともったいない。

 基本的にラトナギリからは下りなんですが、何せ40度のインド、ちょっと歩くだけでももう息が切れる。

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お釈迦様が瞑想した穴(だったと思う)

 

 

 

 

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暑くてきついけれど、景色は撮ってもきれいかも。

 

 

 

 

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山頂に着いたかも。

 

 

 

 

 なんかこのてっぺんにインド人がいて、お布施というかお賽銭を納めろと言われたけれど、よく考えたら「こんな誰も見ていない人気のないところで、たくさんお金出したって、こいつにポケットに入れられたら何にもならん」だろうに。きちんとお布施がつかわれるならいいんだけど、、疑惑度90%。ということでお賽銭は思い切って100Rsだけれど、ちょっと出し過ぎたかな。でもお布施に20Rs(40円)位も失礼だし、50Rsくらいがちょうどよかったか。

 何かこれ見よがしに、日本ののし袋が置いてあるのも気になったな。

 で、わしが頼んだボディーガード、山まで来たら「帰る、お金くれ」って言いやがる。

 てめえ、何のため雇われたと思ってるんだ。行きはよいよい帰りは怖いか?行きも帰りも山賊襲撃確率は同じだろうが。

 そしたら一緒にいたインド人ガイドが、「全部終わってから出せばいいの、お金ださなきゃついてくるんだから」って助言。あ、そうだわなあ。

 てことで最後までついてこいって事でお金を出さずに、安全な所まで下山してお金を払って別れた。

 で、下山して麓のリフト乗り場あたりで、ジュースを飲んで休憩していると、そのガイドがやってくる。

 「どう、600Rsでこれから先のラージギルの名所とナーランダーの大学跡案内するけど」って、お前が声をかけてどうする、あんたの雇い主は、奈良の男性だろ。

 奈良の男性に聞いてみると「あ、ボクは全然かまいませんよ」。

 たぶんオートリキシャーの交渉をすると往復300Rsくらい(ラージギルからナーランダーまで)取られそうな感じだったので、まあいいかと思ってお願いする。この時点でチャーターしていたロバ車はキャンセル(往復料金で片道料金払うんだからいいだろうがよー)、ここからは普通の車で移動。

 あー、普通の車がこんなに乗り心地がよかったとは(笑)。そういえばインドに来てからタクシーに乗ってないし、バスとリキシャ(サイクルリキシャー)とオートリキシャーと くらいだもんなあ乗ってたの。

 で、ラージギルの他の遺跡も見せてもらうが(ごめん、予習不足で場所覚えてない。名前をメモしておけばよかったけれど暑くてもう頭が回ってなかった。 

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奈良の男性(29歳)とインド人日本語ガイド氏

彼は、日本に5年ほどいたというが、彼についてはまた書きます。

で、ほんとわしはどこの遺跡にいったんだっけ。

 

 

で、次は温泉寺院(ラクシュミー・ナーラーヤン寺院)。

温泉好きなわしとしてはこっちはきちんと事前に予習をしていた(これとか)。できれば入りたいなあと思ってはいた。

だが、行ってみると、

汚い

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正直ごめんなさい。足だけは浸りましたけど。

温度は結構ありいい感じの温泉なんで綺麗に整備すればいいのにねえ。

打たせ湯がありこっちはいい感じかもですが、貴重品を全部体から外す勇気はさすがにない。日本から複数で旅にいって1人が荷物番しないと無理だと思われ。

 

 

 そういえば、アンデスぺルーのマチュピチュの麓のアクアスカリエンテス(温泉)もかなり汚かった記憶があるなあ(入浴したけど)。

 温泉というのは意外と雑菌が繁殖するので、衛生管理が大切なんだけどね。安心して入れる海外の温泉は少ないかもしれない。

 つうことで温泉寺院の見学も終わって、お昼ご飯。 

 いや朝ご飯が2回あったのであまりおなかはすいていないのでパスしてもいいくらいだけれど、ここは全体に合わせないといけないから。

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ご飯はやきそばかも。味はソース味かも。

最初に撮らずに半分くらい食べてから撮ってしまったのでちょっと汚くて見苦しいかも。

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ガイド氏が、「野菜取らなきゃ」って勧めた野菜サラダ。ムラサキのカブみたいなのは日本ではみたことがない。

 

 

 野菜サラダ勧められたので、わしもパクパク食っていたけれど、後で聞いたら、「お昼は全部奈良の男性持ち」という契約だったんだって(苦笑)。

 だったら、ガイド氏が勧めるのではなくて奈良の男性が勧めないと理屈としておかしいだろう、、他人の財布で自分が飯食ってそれでさらに他人に料理勧めるなんて、 典型的インド人だなあ、あんた。てっきりわしは誤解してたわ。わかってたら野菜サラダの代金の半分くらい渡せばよかった(この辺はわしは典型的日本人)。 

 ということで、食事も終わり、次はナーランダー大学跡へ。

 つづくかも。

★ 5月2日 ラージギルへ出発じゃー

ラージギル(ラージャグリハ)とは(ウィキペディアより)

 釈迦がこの都市でマガダ国王ビーンビサーラと高弟シャーリプトラ(舎利弗)、マウドガリヤーヤナ(目犍連)の有力な帰依者を得たことが、教団発展の助力となった。大乗仏教においても、般若経典はじめ『法華経』『無量寿経』など多くがこの都市近郊にあった霊鷲山や竹林精舎を説法の舞台としている。仏教にとっては重要な八大聖地

 つうことで、朝6時前に起きて6時半頃には宿を出る。

 しかし行き方がさっぱりわからんな。ガイドブックによると、マンプールのバスターミナルまでリキシャで行ってそこからバスに乗れと書いてある。でもどこなんだマンプールって?

 リキシャにあれこれ聞いていると、日本語のできるやつが登場。日本語ができる=助かると同時にぼられる なんですけどね(笑)

 あれこれ聞くと、「おれがリキシャー手配してやるから」ってことになった。

 でもたぶん「倍以上ぼられるんだろうなあ」、でも相場が判らない弱い立場のツーリストなので仕方がない。

 出発前にお茶を飲もうとしたら、少し時間がかかるから飯を食っておけと言われ、汚ったない掘立小屋のような食堂で、揚げパン(味がない)+カレーの朝食。

 パンにカレーソースをつけて食うんですが、この汚い掘立小屋のカレー、、、実は美味かった(苦笑)。写真を取り忘れたのは失敗でしたが。

 (注)・・・後でしらべたら、これアルプリっていうらしいです。そういえばカレーに(皮をむいていない)ジャガイモが入っていたな。インドの定番中の定番か、、そういえば朝飯は大抵食わないかパンはお菓子で済ませることが多いからなあ。 

 で、お題は何と紅茶(チャイ)とセットで10Rs。どんだけ安いんじゃ(苦笑)。ま確かにパンといっても小さい+カレーソースの量は少ない ではあるんですけど。

 まそんなこんなで飯を食って、いざ出発。

 

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水のない枯れ川を渡ってブッダガヤに別れを告げ、さようならー、また来るね。

(とこの時は思っていた)

 

 

 オートリキシャーは、小一時間も走らなかったと思うが、無事マンプールのバスターミナル(ん、バスが単に何台かいるところって所だけれど、やっぱターミナルという表現なのかな)に到着、リキシャー代金130Rs、適正価格は一体いくらだったんだろう。

 さっそく、英語も通じないので、車掌と思しき人に「ラージギル、ラージギル!」と大声をあげて目的のバスを探す。

 最初に「これっ」と言われたバスに乗ろうとすると、「違う違う」って言われ。そこいらの一般市民がわからないならともかく、運転手や車掌がわからんでどうする。バスだって4,5台しかないんだぜ。

 でやっと目的のラージギル行きのバスがわかり、乗ろうとすると、拒否される。「満員だ」

 いや満員なら立って乗るからって思うんだけれど言葉が通じない。

 そしたら、車掌が、「屋根の上に乗れ」って言いやがる。

 どひょー、、、屋根の上ですか? (超汗)

 次のバスはいつなんだろう、大体どのくらいの間隔で出発しているんだろう。それによっては次のバス待つんだけれどと思うんだけど、言葉が全く通じないので、それがうまく伝わらずもどかしい。

 わかったよー、乗ればいいんだろう乗れば(涙)。

 泣きながら(泣いていないけれど)、車体の横にある哲のはしごを登り屋根の上へ。はぁー。

 

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屋根の上も満員になっていよいよ出発でっせー。

 

 

 

 

 

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屋根の上は鉄のすのこ状になっているので、正直ケツが猛烈に痛いんですが(涙)。これで3時間ですか? あーわかりましたよ。ほんと。

 

 

 

 

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OKESANの足だけ登場。かものはしかも君は間違っても出せません。リュックを開けて引っ張り出して写真を取ってまたリュックにしまうなんて屋根の上でやれない。

しっかし立ちションするやつだらけだな、、、だから臭うんだって(涙)。

 

 

 バスは、おもむろに発車。

 なんかこう写真なんかみると屋根の上ってすごく居心地がよさげに見えますが、感想としては、

1 何しろ危ない(リラックスできない、寝られない。うとうともできない。・・・緊張でアドレナリンでまくりで疲れる)

2 暑い(気温40度だけど当たり前だが屋根がない)

3 危ない(何度か、街路樹の枝のアタックを受けた)、走っている時に枝が当たると結構痛いのよね。

4 痛い(鉄のスノコの上に長時間座るのでケツが痛い)

 などなど、本当に難行苦行のバスでございます。でもインド人はこんなバスに普通に乗っているわけで、えらいなほんと。

 パトナからブッダガヤまで乗ったバスのチケットに、Deluxって書いてあった意味がやっとわかったよ(笑)。バスで「座席が確保され」「その席が立ち席でも屋根の上でもなく」普通に乗れるバスはボロでもデラックスなんだなあ。痛いほど納得だ。

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隣に座っていた奴、いい奴だった。

 

 

 

 

 痛い、暑い、危ない、といいことはないバス屋根の旅ですが、唯一の利点は「景色がよいこと」。 何せ目の前にさえぎるものが全くありませんからね。

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お釈迦様もこの景色を見ながら歩いたのだろうか。

今でも一部の修行僧はブッダガヤからラージギルまで(70kmくらいあるのかな)何日かかけて徒歩で歩くそうです。

 

 

 たまに街につくと、物売りが寄ってくるが何せ屋根の上なのでそこまでは昇ってこないし客も降りるのが面倒。なもんで、屋根の上のお客はお札を放り投げ、下の物売りがそのお札を拾い、商品を放り投げ返すというなんともほほえましい方法でモノを買ってる。やばいんちゃうかと思ったら案の定、ウリかきゅうりみたいなものを放り投げたらキャッチしきれず落とした。でもあれ洗ってまた「商品になる」んだろうなあ。

 まそんなこんなで、眠くなることもなく(これが一番怖かった、たぶんきちんと目が開いていれば(バスの事故以外で)、振り落とされることはないだろうと思っていましたから)、無事ラージギルに到着。

 

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観光用馬車(正確にはロバ車)と通り過ぎる。ラージギルはもう少し(周囲の連中が勝手にガイドし始める(笑)、ほんととんでもない奴もおおいけれど憎めないんだなあインド人)。

 

 

 

 

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ラージギル無事到着。ほんとほっとしました。で相変わらずHOTでもあります。

 

 

 

 

 降りたらすぐに(観光用馬車(ロバ車)のいるところで降りたので=というか降ろされたので)、すぐに営業のお兄ちゃんがやってくる。

 まてまて、その前に少し休憩、普段のバスの3倍は疲れたから。

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朝ご飯パート2かも。

えっと名前は忘れたけど、基本的にケチャップをつけて食うお好み焼きの変形みたいなものなので、普通に食べられるかも。

この後にアイスクリームも食べたかも。

ボクは安全上の理由で屋根の上ではずっと出してもらえなかったかも。

 

 

 なんか2回目の朝飯を食った後、馬車のお兄ちゃんと交渉の上、観光地をいくつか回って、250Rsで話がついた。この値段も全く相場が判らないのでたぶんぼられてるんだろうなあ。最初300Rsと言われたので、50は値切ったんだけれどこの程度じゃないだろうからなあ。

 で、いよいよ観光に出発

 

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まずは監獄跡。

ここにはなぜかうらぶれた爺が一人いて、わしが中に入ると突然勝手に説明をし始め、終わったらチップを要求しやがる。迂闊にも聞いてしまってたので仕方がなく10Rs渡すと、「少ねえぞゴルァと逆切れされる」 てめえ、10分も説明してないだろ。しかも勝手に説明し始めたんだろ。まったくほんとにインド人は・・・。

 

 

 ラージギルは、有名な仏跡なのですが、他に有名なのは、「治安の悪さ」なんですね。

 ラージギルの山賊の話は、前々から聞いていました。

 ブッダガヤでも、ラージギルに行った人がたくさんいたので、情報収集をしていた。

 で、それによると、

 治安は昔に比べたらものすごくよくなっている。けれど、やっぱり山賊が出てるらしい。

 なもんで、夜は絶対ダメ(当然)、昼も1人で行かない方がいい。ってのが共通意見。

 

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ここはさっきブッダガヤからのバスで通ったところで大通りなので、山賊は出ない所らしいけれど、誰ひとりいない状態になると、、やっぱ不安だー。

 

 

 

タンガ(馬車というかロバ車)は無事入口に到着、

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何事もなく到着。このへんは人がたくさん歩いていて大丈夫そう。

さて、リフトがあるのでリフトに乗って山登りだ。

 

 

 

 

 小心者のわしは、結構緊張していたので、かものはしかも君はなかなか登場しません。精神的にかものはしかも君を出して写真をバンバン撮るような雰囲気じゃなかった。ごめんね。

 ということで続くかも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★ 夕闇せまるマハーポーティへ再び

 日本寺に参拝した後、また菩提樹の下に行きたくてマハーポーティに戻る。

 入口で靴を脱いでいると、「オフィシャルガイド」というやつに声を掛けられる。

 「どや、1時間100Rsだ」

 黙ってあるていると、ずんずんついてきてあれこれ説明し始める。年齢は40-50代か、背の高い男性。

 英語がわしにもかなり聞き取りやすい英語だったので、100Rsならまあいいかと思って承諾。

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さすがオフィシャルガイドだけあって、もれなく説明をつけて案内してくれる。

 

 

 

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当たり前だけれど菩提樹の木は逃すわけはなく。

何度見ても心が休まるなあ。

ガイド氏によると、菩提樹は4代目で、スリランカから持ってきたもの。ただしスリランカに元はここから菩提樹を移したので、血統(木でそういういいかたをするのか不明)的には初代菩提樹に通じる木なのだそうです。 

 

 

 

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菩提樹の木の下に、本当に悟りを開いた場所がある訳ですが、

わしが写真を取っていたら、「アー見てられない」って感じでガイド氏はわしのカメラをひったくり、撮影。

でできた写真がこれ。うん、なかなか綺麗に撮れとる。

 

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ガイド慣れしてるせいか、上手いのう。

 

 

 

 

 

 

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ここの手前右が聖木の菩提樹。

ガイド氏いわく「ブッダは瞑想から目覚めて悟りを開いてこの道を歩いたんだ、その時歴史が変わったんだ」(わしの語学力なので正しいか否かわからんが)

なかなか上手いこと説明しやがるのう。

 

 

 1時間100Rsといいつつ、実際には40分ほどで終わりやがったので、どうしようかなと思ったけれどいろいろと説明をしてもらったし判り易かったし(彼の説明よりわしの語学力の方が問題)、チップ20Rsをつけてお礼。明日スジャータ村にいかないかって誘いを受けたんだけれど、残念今日もう行っちゃったよ。

 しかしこういう風にきちんと説明を受けてスジャータ村を歩いたら、また感じ方がずいぶんとちがったかもしれないね。いいガイドは旅を楽しくする。

 ガイドしたことの大半は忘れちゃうんだけれど、でもやっぱガイドがつくといいね。

 てことでガイドと別れ、また境内を一周。

 

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ガイドさんの説明によると、お釈迦様がここで瞑想していたかも。

そうしたら、突然の雨、あっという間に池ができるほどの激しい雨かも。

でもそこに突然コブラが現れ、お釈迦様の体に覆いかぶさり、雨をふせいであげたのだそうかも。

だからこの像は、お釈迦様の後ろにコブラがいるらしいかも。

やっぱこうやって話を聞くと理解が深まるかも。

 

 

 

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夕暮れ迫るマハーポーティかも。

朝とは違った雰囲気かも。

入口で朝ボクをモデルに記念撮影をしなかったので、がんばって撮影したかも。

朝より人が多くて少し恥ずかしかったかも。

 

 

 夜も涼しくなりますが、何しろ地面が熱せられているので余熱が強く、どちらかというと朝の方がとてもお参りしやすいです。

 でも、夕暮れもいいなあ。

 そうそう、ブッダガヤのあるビハール州はこの時期連日40度で暑いは暑いのですが、夜の12時から朝の8時くらいまでの間は、どうみてみも「日本の7-8月の東京の夜」よりすごしやすいです。

 現地のインド人に、「どや、暑いだろ」って声を掛けられたりしまして、確かに昼は泣きが入るほど暑いのですが、夜はファンだけで十分睡眠がとれる。日本で扇風機だけだと気温28度の熱帯夜だとちょっと辛いですからね。

 だから、「暑いだろう?」って声かけられたら、確かに暑いので暑いとは答えるけれど内心は、「日本の湿気のある暑さ」の辛さを思うとそうでもないかもって思っていた。

 さてお寺を出たら日も沈み晩ご飯。

 毎日10リットルくらい水を飲んでいるのにトイレには1回くらいというくらいの暑さだから食欲もがたんと落ちた。

 もういい加減カレーはいいや、と思ったので頼んだのが、

 

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トマトクリームスープ(トーストつき)かも。

 

 

 

 

 今から20年以上も前、同期の大三とインドを旅した時、このトマトクリームスープがめちゃうまで、しょっちゅう食った記憶があるんです。

 その時偶然旅していた日本人の学生も「インドのトマトクリームスープは美味いですねー」って言ってた。

 でも後で日本にいるインド人に、「インドのトマトクリームスープ美味いですね?」って聞いてみると首をかしげてた。別に名物でも何でもないらしい、名物にしている地域もないんだろう。

 でもわしはやっぱり美味いし好きだ。暑くて疲れた夏に梅干しがうまく感じるように、トマトの酸味がとてもインドの死ぬような暑さにマッチするんだと思う。

 ということでとても美味しくいただきました。ごちそうさま。

 お値段もこれが50Rsほどで、懐に超優しい。いやわしは晩飯には300Rs(600円)くらいまでだしていいつもりではいるんだけどなあ。

 

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 お店の外観。

 ちょっと手ぶれ(汗)。

 

 

 

 

 お店から宿まではそう遠くなく、帰ってシャワーを浴びて明日の準備をして寝る。明日はラージギルに行く予定。

 つづくかも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★ スジャータ村(セーナ村)へ

 普段はスジャータといえば、めいらくグループの乳製品、わしにとってはその中でもアイスクリーム、東海道新幹線のあのコチコチアイスクリーム(わしが愛してやまない一品、270円)をさすわけですが、当然インドではそんなわけもなく、お釈迦様が断食では悟れないとなった後、最初に食した乳粥を持ってきた女性の名ですよね。

(以下ウィキペディア)

 釈迦は6年にわたる生死の境を行き来するような激しい苦行を続けたが、苦行のみでは悟りを得ることが出来ないと理解する。修行を中断し責めやつしすぎた身体を清めるためやっとの思いで付近のネーランジャー川(尼連禅河)に沐浴をした。

スジャータは「もし私が相当な家に嫁ぎ、男子を生むことがあれば、毎年百千金の祭祀(Balikamma)を施さん」とニグローダ樹に祈った。その望みの通りになったため、祭祀を行っていた。スジャータの下女はプンナー(PuNNā)樹下に坐していた釈迦を見て、樹神と思い、スジャータに知らせると、彼女は喜んでその場に赴いて釈迦に供養した。釈迦はスジャータから与えられた乳がゆ(Pāyāsa)を食してネーランジャー川に沐浴した。

心身ともに回復した釈迦は心落ち着かせて近隣の森の大きな菩提樹下に座し12月8日、遂に叡智を極め悟りを得て仏教が成道した。

 

 せっかくブッダガヤまで来ているんだから、スジャータのいた村(セーナ村)まで行かないといけない。さてどうするか?

 値段をあーだこーだとリキシャーと交渉していたらタンガー(馬車)の御者が割って入り、結局こいつに連れて行ってもらうことに。

 でも失敗でした。

 訪問したのは、お釈迦様とスジャータの像のあるお寺(ヒンドゥ寺院らしい)だけ。他に発掘しているストゥーパー(みんな出かけている)やら、お釈迦さまが休んだ大木やら、見どころは他にもいろいろとあるんだけれど、この御者は全く英語を解さないため、「何を言っても無駄だった」。ま仕方がないさ、これはきちんと予習してなかったわしが悪いんだから。

 しっかし観光地の馬車なのに程度低すぎだな。

 

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観光的にはこういう景色は絵ハガキになりそうでよさげだけれど、やっぱ交通手段としては車のほうがはるかに優れている(乗り心地、速さその他)よなあ。

 

 

 

 

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お釈迦様が沐浴をした川は乾季で全く水はなく。

悟りを開かれた12月頃行けばどのくらい水があるんだろう(検索したけれど見つけられなかった)。

 

 

それにしても暑いな、また今日も40度か・・・。

 馬車はのんびりと歩を進め、スジャータ村についたのはいいのだが、前述のとおり肝心の「スジャータのストゥーパ」にはいかず、なぜかスジャータ寺だけを案内された。

 やっぱ、ガイドがおらんとダメだなあ(嘆)。

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お釈迦様に乳粥をあげるスジャータの像かも。

 

 

 

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ここは基本的にヒンドゥー寺院なんですが、物乞いの子供たちがすごい。

 

 

 

 

 そういえば、昔パキスタンを旅していた時、ラホール博物館でとっても有名な「断食をする仏陀像」を見ました。

 ルーブルのモナリザみたいな博物館の大看板で、ほんとこの仏像は素人のわしも今でも思い出すほどの迫力でした。断食とか瞑想とかは他人にとやかく言われるものではなく、自分の心の中との格闘のみであるわけで、びっくりするほどにやせ細った体、人間と言うのはここまで妥協を許さない姿勢が貫けるものか。

 仏陀という人は、本当に「道を究めるのに純真」な人だったんだろうなあと思います。

 てことでラホール博物館、パキスタンはビンラディンをかくまっていた云々で今後もまたアメリカとの関係とかいろいろややこしげですが、一度見に行かれるとよいかなあって思います。 こちら中ほど   パキスタンの話は全くの余談ですね。でも、そんなやせ細った仏陀をみてスジャータは何を思ったのかなあなんて昔を想像したりしていたのです。 

 そんな想像をしている間にも直射日光は容赦なく降り注ぎ、暑くて頭がもうろうとしてきた。ささっとブッダガヤに戻ろう。

 ペットボトルの水は、瞬時にぬるま湯になる。日本の7月下旬から8月上旬の感じ。

 ということで、誠に残念なスジャータ村訪問でしたが、その途中の素朴な景色は十分にわしを和ませるものでした。

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何かほっとするよねえ。

 

 

 

 ブッダガヤに戻ってからちょっと水分補給のためのしばし休憩。水分補給をした後またまた観光開始。

 仏教の最大の聖地ですからブッダガヤには、タイ寺、中国寺、スリランカ寺等々各国の仏教徒が競ってお寺を立てています。暑いしその全部を回るのはとても無理なので、日本寺だけ参ることに。

 リキシャが片道20Rsと言っているのを、往復で30Rsに値切り(どっちみち帰ってくるんだから)いざ出陣。

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道の途中でみたゲストハウス。

全く関係ないけれど、オームゲストハウス(看板に日本語表記あり・・写真でわかるかな)ってのは日本人的にはどうかなあ。A原の事件からもう16年経ってるんだから若い大学生は抵抗感ないのか。

あ、OMより、AUMのほうが表記としてはより正しいような気がしますが(根拠なし)。

 

 

 つうことでリキシャのお兄ちゃんは(かなり元気)、思いっきりペダルをこいで、日本寺へ、まずは仏像(大仏)

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 周囲の人にこの写真だけみせて、「京都、奈良行ってきました」って言ったら、みんな何の疑問も持たずに「そうですか」って納得してしまうかも。

 仏像には靴を脱いでいくんだけれど地面が熱せられて鉄板を歩いているような暑さかも。

 

 

 

で次は日本寺の御堂へ

 

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なにはともあれ木陰にはいるとほっとする。

大仏のほうはインド人にも人気があるけれどこっちは全く人がいない。

 

 

 

 ということで小一時間で日本寺見物を終わりもう時刻はだいぶ夕方に近づいてきた。

 朝のマハーポーティもよかったけれど、夕方はどうなんだろう? また、マハーポーティにお参りに行かなきゃ。それが目的で来たんだもん。

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マハーポーティの前には山のようにお土産物屋がお店を出していて、そんなお店の一つをひやかしているかも。ボクがいると目立つのですぐに人が集まってくるかも。

 

 

 

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野次馬な面々、暇だなーおまいら。あ、緑シャツ君はお店の奴だ。

 

 

 

 

 わしは、基本的に「お土産は思い出」という考え方なので、基本的に何も買いませんが、同級生のJUNさんから旅に先立ちとっても小さいウサギをいただいたのでそのお礼のお土産をここで買う。

 一番まずいのは(わし的には)、インドのガネーシャの置物とか、インドの神様の壁掛けとか・・・ あれは貰ってもつらいものがあるからなあ、第一重くて荷物が増える。売り子さんが必死なのでお店を冷やかすということもちょっとはばかられる(視線を落とすとすぐに、何がほしいんだって突っ込まれる)。

 つうことで、午後のスジャータ村と日本寺への旅はおしまい。

 朝につづいて、夕方のマハーポーティ見物へ。

 つづくかも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★ 5月1日 ついに悟りを開いた菩提樹に

 しっかりと眠ったので爽やかな目覚め。やっぱ人間寝ないとだめだなあ。

 ブッダガヤに来て何をするかといえば、お釈迦さまが悟りを開いたマハーポーティに行かなきゃいけない。それがすべて。

 というわけで、着替えをして出かける。

 入口で靴を脱ぎ、裸足になって中へ入る。

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寺院外観

 

 

 

 いやー、来て良かった。なんかもうこれだけで旅の目的は達せられた気がする。

 朝なので空気はさわやかだし、気持ちがよい。

 でこの寺院の本堂で仏様にお参りをし、

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ちょうど、着衣を取り替え中でお坊さんが中に入っている。

 

 

 

 

 でもって、悟りを開いたと言われる場所にある菩提樹にお参り、

 

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とても改まったすがすがしい気持ちになるかも。ボクも仏教徒かも。

 

 

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 さすがに聖地の中心地だけあって、お参りする人は絶えず(特に中国か台湾の団体がすごかった)、ひたすら座禅する人がおり、五体投地で祈る僧もいて、やっぱりすごいなあ。

 単なる観光での人であれば、5分もいれば飽きるかもしれないが、わしは何時間でも座っていたかった。父親の分と母親の分も合わせてお祈りした。

 一旦ここを離れて、境内をぐるりと見物し(写真は次に回しますので後でご覧下さい)、また戻ってきてずっとここにたたずんでいた。

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少し遠目からの写真

 

 

 

 

 しばらくたたずんでいると、頭をくりくりに丸めた、新米僧侶の子供たちが、お寺の周りをぐるぐると回りお経を唱えて歩き始めた。お揃いのシャツを見たらタイ寺院とプリントしてある。顔はどうみてもタイ人ではなくインド人なのでタイ寺院に帰依して出家するんだろうかな。がんばっとくれ。

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上部坐仏教は戒律が厳しいし修行も勉強も大変だし、遊びたい盛りだから大変なんだと思うけれど、がんばってほしいよなあ。

 

 

 

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マハーマーヤ像(お釈迦様の母)

 

 

 

 ここで1人のネパール出身の僧に出会い。いろいろと話をする。

 名前は、えーっと、、思い出せない(歳だなあ)。

 彼は英語はあまりできない、わしも英語はあまり得意じゃない。だからたどたどしい会話になるけれど、いろいろと話をしてくれた。本当に全世界(といってもアジアがほとんどだけれど)から僧侶はやってきていて、自分も勉強をしているとのこと。

 で、ありがたいことに彼は、「落ちてきた菩提樹の葉」をくれた」んです。

 実は、ちょっと前、なんだかよくわからないヤツにこの菩提樹の葉だと2枚葉をくれたんですが、これは「本物かどうかわからない」、菩提樹の葉は寺の入口で土産物としてしつこいくらいに買わないかと言われるお土産品ですからね。

 でも土産品は、「本物かどうか」なんてわからない。ここにある聖木じゃなくて適当に他の菩提樹の木から取ってきて乾燥してお土産にしたってわかりゃしないんだもん。

 第一そんなに土産物になるほどとれるものかどうかもわからない。わしが2時間たたずんでいて葉っぱが落ちてきたのは3回ほどでしたがそうなるととてもハードルが高いはずで大量に土産物として売られるものなのかどうかも疑わしい。

 でも、まあ仏教の聖地で取れた菩提樹であることは間違いないから、疑わしくも菩提樹の葉はお土産で持ち帰ろうとは思っていた。

 でも、この僧といろいろと話している時、目の前で3枚の菩提樹の葉が絡み合って1つになって落ちてきた。で彼は、すごい素早い動きで、それをゲットし、わしにくれたのです。

 これはありがたい。本当に目の前で落ちてきた菩提樹だから、DNA鑑定などしなくても、間違いなく「聖なる木から落ちてきた葉っぱ」なんですね。疑うこともない。

 これは日本に持ち帰って家宝にしますわ。

 これがゲットできたら、寺の入り口で綺麗なビニールに入れられたお土産用の菩提樹の葉なんて買う気にもならないですもんね。

 てことで、またその僧と話をしていたのですが、いろいろととぎれとぎれの会話の中で、辞書がなくて困っている。ということを彼は言っていた。

 一体いくらするんだ?と聞けば 安いのは100Rs、高いのは1000Rsくらいするかな。と彼。

 高いのはだめだけど、安いのなら、上のような菩提樹の葉のお礼もあるしいいよ、とわし。さっそく本屋(といっても掘立小屋のような本屋)に彼と出かける。

 ブッダガヤは「学校詐欺」というのも有名で、学用品が足りないので寄付してくれとか買ってくれとかいう輩が多いのは知っていた。学校にいって交流をしてから少なくない寄付をお願いするようなこともあるのは知っていた。しかし彼は身分が僧侶だし、上の葉っぱのお礼もあるし、少々なら騙されてもかまわない気持ちにわしはなってた。

 本屋に行って、辞書見せろというと、親父は、2,3冊見繕って辞書を出してくる。

 これが・・・ 高いのは475Rs、安いのが350Rs、もっと安いのは200Rsくらいだったが、こいつはテキストブックであって辞書じゃなかったので問題外。

 結局安いほうの辞書は、背表紙の部分に破れがあってこれを300Rsに値切り、購入して彼に渡す。この一連のこと騙されたのか騙されていないのかわからない。でも300Rsは600円。正真正銘の証拠つきの菩提樹の葉っぱ1枚200円で手に入れられたと考えれば全く高くない。葉っぱ1枚200円というのは、現地価格で行けばべらぼうな値段かもしれないけれどわしの心のなかでは十分にそれだけの価値のあるものなんだよ。菩提樹の葉を土産物屋で手に入れるのは簡単なんだが、その葉が聖なる木のものかどうかはツーリストにとっては全く分からないからね。

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わしに菩提樹の葉をくれたネパール僧

手に持っているのがわしが買ってあげた英ヒ(ヒンディ語)辞書。

 

 

 

 その後彼の学んでいる学校に行こうと誘われてちょっと行ってみようと思ったけれど、あまりに遠くて途中でダウン。ごめんな、おっさんは40度の気温の中をそうは長く歩けないんだよ(涙)。若かったら学校まで行ってみたかったけどな。

 ということで、午前中は全部お寺詣りに費やして、気がつけばもう昼。

 そろそろ飯を食わないといけないな。

 一旦お寺を出て(また土産物屋の攻撃が厳しい)、適当なところで昼飯、、の前にお寺の周りをふらついてみる。

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屋外床屋、インドでは普通の光景。

 

 

 

 イスだけの屋外床屋があるのはインドならどこでもみられる光景ですし、これ以外にもいろいろなものを売っているのを見かけるけれど、初めてインドに行った時よく見かけた、「屋外歯医者」はいないなー。

 虫歯を抜く専門の歯医者だと思うんだけれど(資格がないから歯医者じゃないか)、あれを見た時はかなり衝撃だったなあ。さすがにインドにもそんなのはいなくなったか。

 暑いので外歩きは適度に切り上げて本当に昼ごはん、

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食事の前にまずは喉をうるおす。

インド名物リムカかも。リムカを飲むとインドを感じるかも。

リムカの説明 → こちら

 

 初めてインドに行った時からリムカはお気に入り飲料。コカコーラ社に買収されたらしいですが、リムカが昔と変わらず残っているのは非常にうれしいことなんですね。

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お昼はチキンカレー定食かも。おいしかったかも。 

 

 

 

 一応メニュー上はターリー(定食)となってましたが、本来定食だったらもっといろいろと付いているはずで、観光地的手抜きなのかなあ。ま、美味しかったからいいか。しかしやっぱり盛りが多い。

 

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  ご飯を食べて一息かも。しかし、外は40度の気温で一旦涼しい所にいると屋外に出たくなくなるかも。

 

 

 

 リムカ(15Rs)、チキンカレー定食(100Rs)、水(15Rs)で、130Rsを支払いおなかがいっぱいになって食堂を出る。

 さてまた灼熱の中を次はスジャータ村に行かなきゃいかん。

 つづくかも。

 

 

 

★ バスで移動じゃー

 ということで、とぼとぼとあるいてビハール州の観光開発公団のバスで移動することに。

 その前にまずはヒルメシってことで、近くのレストランに入る。

 注文はエッグカレー、インドに来て最初のインド飯。だがその前に「みずーーーーっ」

 頼むことなくお店の人は察してミネラルウォーターを1本持ってきてくれてました(気が利いていて珍しいな)。700ml一気飲み。うめーっ。

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エッグカレーを注文したかも。かなり辛いけれど美味しかったかも。

 

 

 

 

 1リットルのペットボトル300mlほど残しておいて助かった。辛かったので最後の水をごくごく。しっかしお昼食べるだけで1リットルの水を飲んだんだな。うーむ。

 ご飯はかなりの量なので、3分の2位でごちそうさましてダウン、おなかいっぱい。インドは正直盛り多すぎです。

 でお口直しはインドの定番、フェンネル+氷砂糖

 

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お口直しかも、いまだに使い方が判らないので適当にとって口の中へかも。

 

 

 

 

 なんかウェイターのお兄さんが優しい奴で、わしが東京から着てきた長袖はもう暑いから今日は着ないし、カバンの中に詰めようとしていると、「私が畳んであげます」とかいう感じでもっていて綺麗に畳んでもってきてくれた。インド人はエグイのもいればなんか妙に親切なのがいたりして、ごちゃまぜの不思議な世界ですよね。そこがいいのかも。あ、チップあげるの忘れたな(苦笑)。

 さてさて14時10分前、バス乗り場に行くと、いましたいました、わしの乗るバス。

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なーんせチケットにDeluxeって書いてあるくらいだからねえ、期待するよねー、ふかふかのシートなんだろうなあー。

運賃60Rsナリ。ん、日本円で120円って安すぎないか? ま、いいか。

 

 

 でパトナからブッダガヤまで3時間半くらい、苦行の旅、、、じゃないな、なんてたってデラックスなんだからそんなことはない(と思いたい)。

 デラックスバス(しつこいなー)、舗装してあるのになぜかよく揺れる道をひたすら南下しブッダガヤを目指す。少し眠くなったので暑くほこりっぽかった車内だけれど、一瞬ウトウト。そうだよなあ、昨日ほとんど寝てないんだもんな。

 バスは1時間半走ってまず休憩。

 

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休憩で水分補強。とにかく1日中水飲んでる。

 

 

 

 バスは15分ほど休憩して改めて出発。当然水(ジュース)を飲んで水分補給。いや暑いんだほんと。

 で、バス(何回も言うけどデラックスバス)に乗ってたら、すごい揺れと(道が悪いのと、速度を落とすための凸凹と)さっき飲んだ多めの水と、お昼に目一杯食ったカレーと、疲れで、ちょっとおなかの中がむかむかしてきた。

 

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えっボロいバスに見えますか、座席もあちこちほころびてる? いやいやそんなことはないはずですよ、なんてたって、

"Deluxe" なんだから。いや、ま、エアコンはついてなくて埃入りまくりだけどね。

 

 

 なんとか体も持ちこたえ、夕方6時過ぎの日の明るいぎりぎりの頃、聖地ブッダガヤに到着。

 日本を発って約30時間。長かったなあ。

 バスを降りて、リキシャー、オートリキシャー、ホテルの客引き等々の声には全く耳を貸さず、あらかじめ下調べして、もっとも人気のあった、Deep guest houseを目指す。途中、マハーボーティの寺院も見えて感激。

 客引きには「沈黙」がベストです。視線も合わせない、一切返答しない。

 外目にはすごく冷たい奴のようですが、そうでもしないとインドでは目的の宿にはたどりつけません。

 「ネエネエ、日本人」

 「安いゲストハウスあるよ。○○ゲストハウス」

 「お寺から近くてとっても綺麗ネ」

 「ちょっと見るだけでいいからよっていってよ」

 一方的にしゃべりまくられるのだけれど一切無視。下調べしてなかったらついて行ってもいいんだけどね。

 Deep guest house バス停を降りたエリアとちょうど街の反対側にあり結構歩きましたが、やっとたどり着き、フロントで部屋があるかどうか聞くと、「あります」ってことで投宿決定。

 お代は、400Rs。エアコンはなし(ファン)、部屋にトイレ、シャワー付き。

 サクッとシャワーを浴びて、もうさすがにお寺に参拝する気も起きないので、とりあえず水とコーラを買いに出かける。ご飯食べる気力もなくて、ポテチを一緒に買ってきて夕食代わりに食っている間に猛烈に眠くなってきた。そらあこんだけつらい移動してきたんだもんな。

 

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 インドのローカルコーラ サムズアップかも。

お味は、うーんちょっと薬品ぽいというか、やっぱりコカコーラかペプシの方がうまいかも。

 

 

 このゲストハウス、なかなかに快適でした。飛びぬけてサービスがよいわけでもなく、シーツも洗ってはあるがシミがついていたり、水の蛇口はきちんと締めても漏れてきたりで、細かいところを挙げればきりがありませんが、「余計なことをしてくれない」のは本当に良いです。しつこいゲストハウスだと、お土産はどうだとか明日のツアーはどうだという「煩い営業が始まる」んですね。だからそういうのが嫌いな西洋人さんたちにも評判がよいのかと。フロントが控えめでよかったです。

 最初ホットシャワーあるかと聞いたら、「この時期ないです」とあっさり。よく考えたらこの時期は気温40度の季節なんだから、真夏の日本でもわしときどき水シャワー浴びてるし、そうだよなー。ただ冬は相当寒いらしく水シャワーだとあっさり死ねる予感。冬行かれる方はなにはともあれ蛇口をひねってお湯が出るのを確認しなければ。

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 今日は1日移動し続けてボクの出番が少なくてちょっとさみしかったかも。でもあのパトナの状況じゃ仕方がないかも。

 買い主さんはもう瞼が鉛のようになってて眠る寸前かも。ボクをベッドからよけてくれないと寝ている間に蹴飛ばされるかも。

 おやすみなさいー、かも。

 

 

 ということで、4月30日の大移動は無事終了。

 実は猛烈な眠気で歯を磨いている途中、歯ブラシを握ったまま寝てしまいました。

 つづくかも。 

 

 

 パトナ駅についたが、何しろ汚い。

 すんごい喧騒と、うぇっとなるような臭い。めげそうになるがちょっとがんばらんといかん。

 駅に行ったがまずどこが切符売り場かわからん。日本の駅は大概が改札の近所なんだけどね。そうそうインドはチケット売り場が離れているんだと思いだし、やっとのことで駅正面向かって右の切符売り場に。

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パトナ駅予約窓口(2F)

がらんとしてるみたいだけれど、1人にかなりの時間がかかりすぐに終わらない。

 

 

 

 ここで、しばらく待って綺麗なお姉さんだったけれど、チケット買いたいっていったら、23番窓口に行けと言われる。でたっインド名物たらいまわし。

 23番窓口(一番右)のおじさんに今日のガヤまでの11:40分発の座席と、3日のニューデリーまでのラジダニエクスプレスの1等個室寝台をお願いする。

 で、おじさんが席を立って(そこにはコンピューターがないのかおいっ)、他の窓口に行き、キーボードを叩いて、出た結論が、

 今日のガヤ行きはない、キャンセル待ち。3日のラジダニは1等エアコン寝台(1AC)はない、2等エアコン寝台(2AC)ならある。 ってこと。

 で、切符を売るわけでもなく次に7番窓口に行けといわれる、おいおいまたたらいまわしかよ。7番は外人用窓口でもあるので23番で出た結論で、まず今日のチケットはキャンセル待ちに(WL○番というキャンセル待ち番号がもらえる)、日本と違ってキャンセル待ちでも切符を買うんです。で寝台車のほうは1等をキャンセル待ちにするかどうか聞かれたのですが、面倒ですので2等でいいよと2等で妥協することに、あーでもラジダニの1等乗りたかったなあ。ちなみに1等は2800Rs超、2等は1600Rsと倍まではいかないけれどかなりの差があります。

 つうことで予約窓口を出たのが9時前、11時40分ですが、直前にならないと「キャンセル待ちの結果が判らない」ので、しばらく駅前をうろついたりホームや待合室を覗いたりして時間つぶし。

 

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予約窓口じゃない切符売り場(1F) もー人が多くて大変なんですからすいません(三平風)

 

 

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パトナ駅前

 

 

 

 

 

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パトナ駅舎、遠目には綺麗なんだけど

 

 

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構内にあった年代物のポスト

letter box って書いてあるけれど、

litter box(ゴミ箱)じゃねえかあ?

 

 

 

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パトナ駅1番ホーム

乞食の女の子から集中的に「金おくれ攻撃」を受けた。

 

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待合室

暑いせいかみんな横になって待ってる。

犬、乞食、その他多し。

 

 

 

 てことで、涼を取るべくその間に駅の食堂でアイスを頼んだら、コーンに入れてくれたのはいいのだけれど日本のソフトクリームみたいに腰がなく、眼を離したすきにすぐに溶け落ちて体にかかって大騒ぎになったり(その後ハエの襲撃を受けるように(苦笑))、階段を上がって他のホームに行ってみたりと、適度に過ごす。

 出発の30分ほど前に、キャンセル待ちになってた結果を見に行く。

 結果→外れ(がっくし)

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貼りだされたリスト

 

 

 

 

 こいつが、キャンセル待ちの結果シートです。わしの名前が赤いところ。わしを含めて下の4名ほどは「残念ですが」という結果に。

 それ以外の人には、ちゃんと号車と座席番号が割り当ててあって、めでたくキャンセル待ち合格組。

 これとは全く別に、「全予約者のリスト」が同じように打ち出され、駅の掲示板と列車の入り口に貼りだされます。

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ちょうど、おじさんが列車の入り口に乗客リストを貼りだしているの図

 

 

 

 なんでだろうねえ、最初から予約した人の手元のチケットには座席番号が書いてあるし、座席番号のわからないキャンセル待ちの人の分だけで十分だと思うんだけど、そういう仕組みになっているんだよねえ。

 しかも、日本だと大クレーム(特に女性)になりそうな、氏名と年齢・性別が書いてある。あんまり個人情報を流すのもどうかと思うけれど、もうずっと前からこの方式でやっているのだし、当分はこのままなのかなと思ったりします。

 直前にネット検索(インド国鉄のサイト)をした段階では、楽勝でチケットが取れるような状況だったので、満席もキャンセル待ちで取れない状況も意外でした。ガヤまで2時間程度なので、早くに予約をせず直前になってから動きがでてきたのでしょうか? いずれにせよ残念。

 ということで、チケットのキャンセルと言う面倒をしなきゃならん。

 また例の2Fの窓口に向かってキャンセルをしよう、、と思ったらお昼休み(はぁ)。大きな駅で列車が動いている時間帯にお昼休みはねーだろーよ。

 てことで、15Rsのキャンセル料を支払ってお金を戻してもらったわけですが、元々のチケット代金が165Rsで330円ほどなので、かかる面倒と時間を考えると、イラネと思わず言ってしまいたくなるような値段。まこの区間、普通列車で移動したら、30Rsちょっとなんで、ものすごい高いは高いんですけど。

 さて、キャンセル料を受け取ったら、何とかして今日中にブッダガヤーまで移動せねばならん。

 確か州の観光公団のやっている直通バスが14時からだったよなあ。と歩き方に書いてあるのを思い出し、乗り場に向かう。

 もう気温はがっつり35度を超えていて、100m歩くのも面倒だけれど、駅前のオートリキシャーやサイクルリキシャー連中は英語が通じない奴と英語が通じるけれどぼるやつとそもそも場所が判らない奴ばかり。わしはタクシーで7kmを200Rsで来たんだぞ。それを地図でみて1kmもない所に行くのに、100Rsってなんだよ。

 全然交渉にならないので、1kmもないし歩くことに決定。しかし、、、しゃれにならんほど暑い。東京の7月8月に1km歩くなんて決断しないもんなあ。

 おおよそ場所の見当はついたので、テクテクと歩くことどのくらいだろう(覚えていない)、場所のあるところまでいって、バスチケットを買う(60Rs)。時間は13時前。

 「バスは14時に出るから、それまで休憩してこい」という売り場の人の言葉に従い、お昼ご飯にすることに。

 つづくかも。

 

 

  

 

 

★ インド国内移動じゃー

 デリー空港(インディラガンジー国際空港)の情報はかなり薄く、なかなか手に入らなかった。

 国際線で到着したターミナル(T3)と国内線でわしが乗るGoAiarという格安エアラインのターミナル(T1D)は、6kmも離れており、海外+真夜中+高温だからとてもじゃないが歩いていける距離じゃない。

 とはいえ、タクシーも深夜に乗るのは辛いし危ないし、どうかなあ、シャトルバスがあるらしいけれど、うまく乗れるかなと心配Max。いやちゃんとした国なら問題ないんですが、インドの客引きはシャレにならん(Noといったくらいでは引き下がらない)。というわけで変な輩がうごめいている中に突撃しなきゃならんのです。昔初めてのインドもこの「大喧噪の中」に突撃したことがあったので雰囲気もなんとなく覚えており気が重い。当時は出迎えがあったので助かりましたが。

 てことでおそるおそる税関をでて制限エリアを抜け、気合を入れてgate4(ここから出ると無料シャトルバスに近いという情報は英語の掲示板でゲットしていた)から外に出てみると、、

 あれーーー。

 客引きがいないーーー。

 のどかー(暑いけど)。

 あのー、ここは、あの悪名高いデリー空港でしょうか?(自問自答)。

 信じられん、寝不足で夢見ているんじゃなかろうか。

 

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 さくっと柱ナンバー11のところでシャトルバスの案内を見つけ、その隣、10番のカウンター付近のお兄さんのところに行って、今までの搭乗券(捨てたらだめだよ)と次の国内線のe-ticketを見せる(向こうに行ってから買うからってのはだめみたい)。

 そうすると、次の早朝4時発のシャトル(24時間運航)に乗れって言われて、おとなしく乗車。

 いやーこんなにスムーズだなんて、正直拍子抜けしたよ。普通の国とおんなじじゃないか。これで楽勝でターミナル1Dに行けるわ。

 

 

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 客引きがうごめいているかと思った出口付近。ほんとうに普通の空港でした。

 これがこの時間帯だけなのかどうなのか、タクシー乗り場付近はまた別の喧騒が発生しているのかどうかは知らないけれど。

 

 

 シャトルバスは4時ちょっとすぎに国内線のターミナル1Dに向けて出発。一部のメジャーな国内線を飛ばしている航空会社は同じターミナル3から乗換なんだそうで、これならもっとよかったな。ま、仕方がない。

 ものの10分ほど走って(6kmだかんね)、ターミナル1Dに到着。

 またまたインドの定番厳しいチェックを受け、ターミナルへ。

 GoAirのパトナ行きは6時30分発(結局、出発時間があーだこーだあったけれど最初の時間と同じだった=以前のブログ参照)、4時半にチェックインし、荷物検査を抜けて制限区域へ入る、

 のどが渇いていたのでさっそくカフェでコーヒー

 

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 夜明け前の薄明かりの中の、激甘コーヒー(Mサイズ1杯=120Rs=240円)、疲れが取れるかも。

 日本を午後5時前にでて12時間、もう一息で目的地に到着かも。

  

 

 

 そうそう両替率は1Rs(ルピー)=2円くらいって考えるとほぼ合います(2011年4月現在)。計算は楽だよね。以下のブログにRsまたはルピーがでてきますが、そんな計算をしてください。 

 

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 こっちの国内線ターミナルもできて1年くらいの新品ピカピカ、忙しいビジネスマンがパソコン片手にあれこれと仕事をしている様子がたくさん見受けられるかも。携帯電話は当たり前にみんなが持っているかも。

 

 

 

 日本の感覚だと国内線はゲートに15分前に行っていればよいです。チェックインも20分前に行ければOK。

 ところが、ここは違った、チェックインも1時間前までに済ませろ、だし、搭乗開始は40分も前に始まった。LCC(格安エアライン)なので、飛行機まではバス。

 

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 本日乗りますGoAirをバスの中からパチリ。GoAirってハワイにも同じ名前の会社があるようですが、関係ないよね。

 

 

 

 

 しっかし、プッシュバックし始めたのが6時25分頃で、定刻よりずいぶんと早い、万事がなんでも遅れが目立つインドでは珍しいことじゃねえかあ。

 飛行機は、一旦飛びあがってしまうと速度に極端な差があるわけでもないし、到着地の空港に自然現象での障害がなければ普通に到着します。そういう意味では安心は安心(飛び立つまでがね・・)。

 GoAir、パトナまでの1000kmが往復9000円ほど。安いです。東京ー福岡って考えるとね。

 帰りはどうしても鉄道に乗りたく、もし予約できれば帰りの予約は捨てて帰るつもりで、そうなると4500円を捨ててしまうことになるわけですが(行きと帰りを別々に買うとまた高い)、常時混雑しているインド国鉄で予約を急ぎの旅人がサクッと手に入れるのはかなり厳しいことが予想されますから仕方がないことと覚悟は決まっております。

 この手の航空会社、どこで稼いでいるかというと機内販売なんか主力なわけで、タラップを上がっていきなり、「クーポン券」を渡される。

 で、飛行機の座席の背の頭部のところのカバーが、目玉商品の割引の案内になっとるわけで、こらすげえや。

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モナリザパールセット、3490Rsが1190Rsって、ここまで商売やるか。

 

 

 

 格安エアライン故、タダでもらえるものは(カタログ以外)一切なく、お食事も有料。

 せっかくですから、何か買ってみようと朝ご飯を注文。

 

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 紅茶(30Rs)とサモサ(菜食用2個入り70Rs)で合計100Rsかも。

 サモサはやっぱりスパイシーなカレー味かも。ちょっと冷えてたのが残念だけどそこそこに美味しかったかも。

 

 

 

 隣のおじさんに何人かと聞かれ、日本人だと答えると「震災の話題」に。時節柄仕方がないよなー。しかし、わしの英語力はあまり深くを理解できず途中で途切れる。ま、仕方がない。

 お食事のカートの後は、モナリザパールセットがあるのかないのか知らないけれど、時計やらアクセサリーやらの機内販売。免税じゃないんだけど免税の国際線なみに気合が入ってる。売れたかどうかは知りませんが。

 パトナ到着は定刻の8:00ちょっと前。いよいよですよ、着きましたよー。空港とか飛行機内とかはある意味特殊な普通の世界で、あの疲れるインドと久しぶりの再会だ。

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パトナ空港、かなり霞んでた。

 

 

 

 預ける荷物がないので、他の人より先に、さささっと空港の外に出る。暑いっ。

 さてここからが大変、気合の入ったインドの人たちと喧嘩しながら(かつ仲良く)旅を続けなきゃいかん。

 まず、連絡バスのような公共連絡施設を探すけれど、駅前広場を見渡す限りこれがなさげ。

 まったく相場もわからないし、タクシーを頼むのも何だけれど、タクシーが駅まで200Rs、もうちょっと安くならないかなあとオートリキシャー(三輪タクシー)に声をかけてみると、180RS もうちょっと負けろと言ってみたが相手にされず(敗北)、仕方がないのでそれに乗ることに。

 ところが、すぐに車をだしやがらない。

 あれ、おかしいな、話が通じないのであれこれ周囲の状況を推測するに、「もちょっと乗合で客を乗せるから待ってろ」みたいなことを言っているらしい。

 「ぷちっ」 インド初切れ。

 だからー、180Rsで借り切ったんだからさっさと車出しやがれーー、と制止するドライバーを無視して、オートリキシャーを降りタクシーに乗る。駅まで200Rs。 こっちはすぐにスタート、がしかし、途中で「金くれ」と言いやがる。だからタクシーは着いてからだろ、一切無視して、「No!,Go!」の一言。そんなにわし金持ってないように見えるか(苦笑)? 途中で払うと、駅までとかいいつつ適当なところで下されるからだめなんだよー。ほら、みえてるだろあそこが駅、ここから先はタクシーダメだから(ここはウソ)、駅まで徒歩で行ってくれとか丸めこまれる、ほんとインドは油断も隙もないし小心者のわしにとってもつらい限りだが、日本のように人がよいでは前に進まないので鬼にならんといかん。

 しっかし、汚い街だなあ。いやインドは他の街も汚い所が多いけど、このパトナーって街は群を抜いて汚い街のような気がする。

 タクシーは、そんな汚い街を抜け、パトナ駅(Patna JN)に無事到着。で、お金を払いドアを開けて駅前に出てみると、

 「臭っ」、パンパない排泄物の臭い充満。 インドだからそのうち慣れるとは思うけど、やっぱ排泄物の臭いはつらいんだよねー。

 さてさて、パトナ駅についたのは、鉄道のチケットを買うためで、2つ買わないといけない。

 ひとつは当日30日のパトナからガヤー(ブッダガヤ最寄駅)までの急行の指定席、もうひとつは3日のパトナからニューデリーまでのラジダニエクスプレス(特急)の寝台車。

 またまたこれが大変なんだ。ということで駅でのやり取り等は次に。つづくかも。 

 旅した期間 2011.4.29-2011.5.5

 一昨年母親が亡くなり、昨年父親がなくなり、糸の切れた凧のようではないけれども、10年以上続けていたGWの帰省もする必要もなくなり、父親と母親の供養のためにも、ここは仏教聖地を巡るべくGWには3度目のインド旅を計画しました。

 仏教の聖地 特に重大な4大聖地は ブッダガヤ(悟りを開いた地)、ルンビニー(生誕地)、クシナガラ(入滅の地)、サールナート(初代法輪の(初めて説法をした)地)です。

 その中でサールナートは初めてインドに行った時、ヴァラナシに近かったので、ついでに見て回ったのですが他の3つは全く手付かず。昔から「生きているうちに行かないといかんなー」と思っておりました。

 本来ならば2週間もあれば、その3つを駆け足で回れるのだと思いますが、そんな長い休みを取れるわけもなく、ピンポインで場所を絞って、まずはなんといっても最大の聖地ブッダガヤを目指すことにしたのです。

 あと2つ(ルンビニーはネパール領)残しているので、2度またインド・ネパールに旅しないといけないわけですが、まそれは来年以降ということで、自分が死ぬまでには。

☆☆☆

★ インドじゃー 

 4月29日、16時50分の出発だったので、空港には(e-checkinをしているし)、1時間40分前につくように段取りをつけていたのですが、なんとぎりぎりで仕事の電話があり、その応対に追われて、てんやわんや。やっと終わって時計を見たら「やばー」な状態。あわてて押上駅までタクシー、押上駅から空港アクセス特急(スカイライナーではない一般車両)で、成田空港へ。

 スカイアクセス早いは早いんだけれど、途中で単線なんで10分くらい反対列車待ちがあるので思ったほどには早くない。

 結局成田空港には1時間20分前にはつきましたが、ほんと休む間もなく、さくっとイミグレを抜け

 と思ったら、パスポートに「出国スタンプ」を押印してない・・・なんでや。しばらく次の人見ていたらやっぱり押していない。自動化ゲートを通っていないのになあ(謎)、まこれは次までに調べておこう。

 お茶を飲むような時間もあまりなく、すぐに搭乗ゲートへ、

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こんにちは、ボクが「かものはしかも」かも

いよいよ、インドに向けて出発かも。楽しみな半面盗難等も多く、不安も多いかも。

 

 

 

 いや、今回はほんとかものはしかも君の言うとおり、「盗難等」の多い国」ですから十二分に気をつけて旅しないといけないですね。

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旅の前には独特の期待感と緊張感があるかも。

 

 

 

 

 時間になり搭乗ゲートで、搭乗券を提示して乗ろうとしたら、ピンポンって変な音が鳴って、「ちょっとお待ちください」って止められる。

 家で、搭乗券をプリントしてきた奴では、うまく機械がバーコードを読めなかったらしく、改めてお姉さんがパソコンであれこれやって確認。「お待たせしましたー、どうぞお乗りください」

 しょっちゅう出張で飛行機乗っていてマイレージクラブの優先会員の資格のある人なんかだと「ビジネスクラスへのアップがあるのかな」とか期待するんでしょうが、わしにはそういう心配は一切ない(笑)。

 搭乗券をプリントアウトしてきた人、周囲には誰もいなかったなあ。まだそこまで普及が進んでいないのか。将来はそうなっていくのだと思いますが。

 飛行機は当然ながらGW初日なので満席、で、定刻に香港に向けて飛び立ちました。

 キャセイパシフィック航空は、2年半前にタイに行く時使いましたがそれ以来。当時はあまりぱっとした記憶はなかったどころか椅子が壊れていて、何もしないのに椅子が倒れるというなんちゃってオートリクライニング(笑)の座席だったりしたのですが、エコノミーなのにシェル型の座席(背もたれが後ろに倒れるのではなく座ってる部分前にセリ出てリクライニングする)とか、パーソナルモニターがさらに充実とか、「めっちゃくちゃ進化」してました。

 でも、映画はこういう時に「重いもの」はよくないので、キムタクの宇宙戦艦ヤマト実写版を選択。

 こういう機会でもないと、キムタクの映画なんてみませんからねー。しかし、キムタク「14シーベルト」の放射線の中で生きていた云々のくだりがあったですが、時期が時期で少しずれていたら、「福島原発との絡み」で公開が延期になってたかもしれませんね。

 ましかし、キャセイの責任ではありませんが、隣に座ったのが日本人、推定120kmのおデブな若者。うーん、自然に肘掛は占領され(涙)圧迫される。早々につらいのう。

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 ご飯はうなぎかも。チキンオアフィッシュって言われるけど、ウナギをフィッシュといわれるとうーんどうかなーかも。うなぎが大好きな買い主さんはご機嫌かも。

 

 

 

 

 飯を食って映画のヤマトをみて、ぐだぐだして4時間40分、まず無事に20時40分頃香港に到着。ここで乗り換えです。乗り換え待ち時間は2時間ほど。

 徳にすることもなく、売店でミネラルウォーターとコーヒーを買って、香港ドルの手持ちはないのでクレジットカードで決済。今回の旅で初めてのお買いもの。

 そうこうしていると香港からデリーへの飛行機は、20分遅れのアナウンスあり。

 いやいや当初から空港で余裕時間ありまくりだったので、20分遅れるくらいなのは逆にありがたい。

 

 

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 デリーって、漢字で書くと「徳里」っていうのかも。

 

 

 

 ここに限らず、かものはしかも君、空港等ではよくお出ましになります。やっぱ空港内は外部に比べて安全が保たれているので、カバンの中のかものはしかも君を出し入れしやすいんですね。

 時間になり搭乗、いよいよインドじゃー。

 香港までの飛行機と違って、やっぱ客層はインド人がグンと多い。乗り継ぎがいいのでGWを利用した日本人もちらほら。

 

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 ご飯はチキン中華風。インド風お漬物(写真右上のコップの下)がついてきてインドを連想させるかも。

 

 

 

 普通、菜食(ベジタリアンミール)については、チェックイン前に事前にオーダーしなければならないのが普通ですが、インドに行く(帰る)飛行機は、普通のミール選択と同じように、チキンオアマトンオアベジタリアン ってな感じで選べます。

 しかし、わしは羊肉が苦手なので、インドやイスラム圏の機内食はいつも緊張します。まだ今回のようなインド方面はベジタリアンミールが選べるので、いいんですが、チキンオアマトンでチキンがおしまいと言われたら目も当てられないですもんね。実際メインのお皿以外だけ食べたって事もあり。臭くない羊肉に遭遇することもあるけれど(これなら食える)、そうじゃないことの方が多いような。

 

コピー ~ DSCN1011.JPG
 

 

ターバン巻いたおじさんがかなりいるので、インドが近いって感じ。

 

 

 

 

 少し寝ようと思ったのですが、あまり眠くなかったので、アリスインワンダーランド(ディズニー映画)を1本観る。その後ウトウト。

 飛行機は定刻より25分ほど遅れて、2時半前にデリー空港に到着。

 空港は改装されてとてもきれいになっていたと聞いていましたが、本当に綺麗な空港になっとる。うーん経済発展著しいインドだからなあ、やるなー。

 

コピー ~ DSCN1012.JPG

 

 

空港トイレ。これじゃ間違えませんよね。

 

 

 

 つうことで、イミグレ―ションを抜け、税関を抜ける前に両替。

 トーマスクックとインド地元の銀行の2つがあったので、比較のため、地元の銀行で120ドル、トーマスクックで100ドル両替してみましたが、結果は、地元の空港の完勝。レートも1ドルで1ルピー高いし、細かい紙幣を混ぜてくれるし。トーマスクックは500ルピーを8枚ドンでおしまい。せめて100ルピーに替えてくれといってもNOの一言。

 正直小銭がないとインドでは身動きできない故、トーマスクックのサービスの悪さに呆れました。ここは使わない方がいいです。でもみんなトーマスクックの名前に押されて安い方で両替するんだよなあ―。

 帰国前デリー市内で確認しましたが、空港ではなく市内(コンノートプレース等)では両替レートがもっとよく(空港より1ドル3ルピーお得、トーマスクックより4ルピーお得、100ドルで400ルピー、インドの物価考えるとこれはめちゃくちゃ大きい。本当は空港では50ドルくらい両替するのが一番なんでしょうが、何しろわしは街に出ずそのまま飛行機でパトナに飛んじゃうんで、率が悪いのは覚悟の上で全旅程分を両替したわけです。そうでなきゃ空港で大量には交換しないほうがいいですよね。

 ということで無事に入国を果たし、さっそく国内線ターミナルに移動です。日付は4月30日になってる。

 つづくかも。

 

 CX504便は14:20分過ぎ無事成田に到着。

 かものはしかも君ともども無事帰国しました。

 連日40度近い猛暑の中歩き回ったせいで、もうへろへろ+水の飲みすぎで軽い下痢ですが、それ以外は何ともなく元気です。

 落ち着いたら「かものはしかも君と行くインド巡礼(ブッダガヤ)」ブログ更新します。というか細かいことはすぐに忘れてしまうので落ち着かない早いうちがいですね。

 旅というビッグイベントが済んで残るのは仕事、あー気が重い。とはいえ次の旅のためにがんばらないと。

コピー ~ DSCN1206.JPG

 

 

 

ニューデリー駅かも

 

 

 しかし、旅をすると今の自分がなんて恵まれているのかよくわかりますね。インドのような濃い国を旅するとなおさらです。

 つうことで、今日は短めにおしまい。

 

 

 

 

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