2005年4月26日
福知山線
わしが子供の頃島根県から、東京へ行く、大阪へ行く主流は、当然ながら鉄道でした。
新幹線が岡山まで開業した時からは、主流が岡山経由になり、今は東京へは「新幹線」「飛行機」が主流で、補助的に「高速バス」と「夜行列車」、大阪へは「新幹線」と「高速バス」がメインです。
松江(米子)から山陰線の特急や急行に乗ると、倉吉、鳥取と続いて兵庫県に入り、城崎を通って福知山へ、そこから京都へはそのまま山陰線ですが、福知山から大抵の特急と急行は福知山線を通って、大阪方面へ向かいます(京都方面の需要は少なかったのですね)。
福知山駅は、夜行列車に乗ると真夜中に着くのですが、「弁当売り」のおじさんがたっていたりして、旅情をかきたてられたものです。
今では、東京までの所要時間と変わらないくらいずっと乗りとおして、やっとこさ大阪駅に到着。大阪方面の人は、大抵そこでおり、東京や名古屋方面に向かう人はさらに新大阪まで乗って新幹線乗り換えとなります。
「もうまもなく大阪だなあ」とそろそろ降りるために、荷物を網棚から下し準備し始める頃が、鉄路の位置が変わってなければ、今回事故があった辺りでしょうか。
福知山線は、昔は山陰への大動脈だったのですが、最近は「完全に関西の通勤路線」に変貌し、昔の面影は全くないようですし、もうわしも乗ることもないかもしれません。が、自分の思い出の中にはしっかりと残っているもの。でもそれがこんな大事故になって、昔の記憶の扉を開けさせられるなんて、やりきれない気がします。
投稿者 okesan : 2005年4月26日 10:29